料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ハナイカリ
 近頃ハナイカリが姿を消してしまった。以前は近くの林の中で普通に見られたものだ。目立たない花なので昨今のように里山が荒れてしまうと他の草に埋もれて探しだせないのかもしれない。

 目立たない花と書いた後にこの人の話をするのは失礼かもしれないが、ニッコウキスゲからの流れで触れておきたい。トッポのことである。
 トッポジージョに似ているからか、人気GSに同じ呼び名の人がいたからその人との関連だったのか、その辺は詳しく知らない。とにかく私が会った時、彼はすでにトッポだった。カイのサッカー仲間で、政治運動も一緒だったのだろう、とにかくカイとよく一緒にいた。当時大学生だったはずだが、まだ十五、六の少年の幼さを残していた。
 トッポは寡黙だった。みんなで騒いでいるようなときでも一人でひっそりと隅っこにいた。挨拶の言葉も発しなかった。「元気?」と声をかけると、困ったような、笑うような、不思議な表情をした。それが彼流の挨拶だった。仲間はみなそのことを知っていたので、彼の意志は表情から読んだ。「飲みに行く?」「・・・」「トッポも行くってさ」というような具合である。
 そのトッポが「誰か好きな女の子はいる?」との質問に、「えりちゃん」とはっきり私の名を出したことがある。これにはみんな吃驚した。当の私が一番驚いた。そしてその場にいた誰もが、トッポがカイに傾倒した結果、私が憧れの女性になったのだろうと推測した。
 
 私がカイと別れた後、一度トッポと飲みに行ったことがある。何も話さず、ただ飲んで、したたかに酔った私を家まで送ってくれた。駅のホームで終電を待っているとき、「バイクに乗ってさ・・」と突然トッポが言った。「突っ走って、そのまま一緒に死のうか?」
 なんて美しい言葉だろうと思った。しばしの沈黙の後、私は彼に感謝のハグをした。そのまま二人で空を見た。星がキラキラと輝いていた。
 バイクに乗る機会は来なかった。会うことも無かった。それでもトッポの精一杯の励ましは心にしっかりと残った。弟のような、というより、本当に優しい仲間だった。トッポは間もなく海洋関係の大企業に就職した。

 トッポに再会したのは、それから五年ほど経ってからだった。新宿のデパートの入り口でばったり出会った。女性を連れていた。「あっ」と歩を緩めると、トッポが「やあ」と声を出した。誰でもが知人にする、ごく普通の挨拶だった。ただ少し声が大きかった。第一トッポの挨拶ではない。それはまるで「これ以上近づかないでくれ」と訴えているようだった。女性がちょっと振り返った。トッポは振り向かずに去っていった。結婚というイカリを入り江に下ろして、彼はトッポではなくなったのだ。
 少しさびしかったが、それでいいのだとも思う。あの時、たしかにトッポという人間が目の前にいて、私を救おうとしてくれたのだから。(2009年9月20日)

 

 
ハナイカリ  リンドウ科 二年草  北半球の温帯に広く分布する。がくが四烈し、花は平開せずつぼんだように咲く。船の碇に似た珍しい形をしている。

 
 
 
     
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