料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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リュウノウギク
 

 庭の片隅でひとり鳴いていたカンタンの音がとうとう途絶えてしまった。野菊の類もほぼ終わりで、足元が急に寂しく感じられる。そうなって初めて有難味を増すのが花期の長いリュウノウギクである。秋のはじめから咲いていたはずだが何故かその頃は見過ごしてしまう。野生の菊にしては花も大きく、斜めに延びた茎は無造作に一輪挿しに入れても形になるというのに。
 リュウノウとは竜脳樹の製油から得る結晶で、樟脳に似た香りを持ち、防虫剤や薫香、墨等に使われる。

 本郷の家でも箪笥を開けるとこれらの防虫剤の匂いがした。母はあまりこの匂いを好まずに、和装のときには伏せ籠にしてお香を炊き、着物をその上に広げて防虫剤の匂いを消していた。お香は白檀が好みだったようだ。扇子も白檀の扇子だった。私はこの匂いが苦手で、母が扇子を使うときにはなるべく側にいないようにした。
 
  昔はよく物売りが家々を訪問していた。近頃もセールスの人が電話やら訪問やらひっきりなしだが、当時は同じように来ていても煩わしさを感じなかったのは不思議である。時代がゆったりとしていたし、ぜいたく品がなかったからかもしれない。彼らが持ち歩くのはほんの些細な日常品や食料で、そこで売れなくてもどこかでは必ず売れる品々であった。売り子ものんびりしたものだった。疲れると一軒の家でいつまでも駄弁っていた。私が覚えているのでは昼寝をしていった人がいたことだ。何を売っていたのかは知らないが、「奥さん、ちょっと休ませて」と言ったとたんに狭い縁側で身体を丸めてグーグー寝てしまった。しばらくしてから覗きに行くと、「あーあ」と大きな欠伸をしている。そこへ母がお茶を出してやる。どちらが客かわからないが、お互い信頼しているからこその光景だったのだろう。

 顔見知りはいつも縁側のほうへ回ったが、はじめての物売りは玄関から声をかけた。玄関の戸はいつも開けっ放しか、閉まっていても鍵はかかっていなかった。その女性も「ごめんくださいまし」と、もう玄関の中にいた。「お母さんにこれを」と名刺を渡された。名刺には母の知人の名前と紹介文があった。座敷に上げ一通り挨拶が済むと、風呂敷包みを解いて小さなミイラのようなものを取り出した。なんでも古い香木だとかで、「本来はかなり高価なのですが」ともったいぶった口調で言っていた。茶道を嗜んでいたことを知っての訪問らしかった。母は片手を顔の前で振って「お茶といっても、道具はみんな売ってしまいましたし、今はもっぱらお番茶で」と笑った。それでも興味深げに匂いを嗅いでいた。私も嗅いでみたかったが母が許してくれなかった。
 間もなく女性はミイラを元の風呂敷に戻して帰って行った。「あれだけあれば一生お香には困らないわね」と母がまた笑った。きっと白檀ではなかったのだろうと私は胸を撫で下ろした。(2009年11月20日)

 

 
リュウノウギク  キク科 イエギクと似た葉で表裏とも白毛があり、特に裏面は白い。東北地方南部以南、四国、九州に分布する。日当たりのよい乾いた所を好む。
 
 
 
     
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