料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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オダマキ
 

 花の本をめくっていたら、オダマキは日本で古くから栽培されていたと書かれていた。
 粋で瀟洒なその姿がいつの時代の日本人にも好まれたということだろう。
 
 オダマキといえば静御前が義経を想って舞う「しづやしづしづのおだまきくりかえし・・」の歌が有名だが、本歌は伊勢物語の「いにしえのしづのおだまきくりかへし むかしを今になすよしもがな」。しづとは「倭文」のことで「しつおり」(上代は静音)、その略がしづ。やまとのあや、という意味であり、おだまきの方は糸を繰る道具の事だと説明されている。

 静御前もそうだが、源平の合戦に巻き込まれた女性たちは総じて哀しい運命をたどっている。平家物語の中で私が知っているわずかな箇所でも、横笛や、小宰相など切ない女性が出てくる。巴御前は見事に生き延びているが、しかし彼女とて最後まで義仲と一緒にと思っているのに、その愛しい男から「女を最後まで連れていたなんて言われたくない」と拒絶されて戦場を去っている。一騎当千の女武者としてこれほどの屈辱、これほどの哀しみはあるまい。

 静に別離を歎かせた義経に話を戻すと、平家物語には歯が出ていると書かれている。だから醜男とは限らないが、その書きようは好意的とも思えない。平家側からすれば義経はもっとも忌むべき直接の敵だからだろう。
 その義経もやがては兄に追われるわけだが、末路の悲劇が後年、義経を美しい男に仕立てたとも考えられる。しかし静ほどの白拍子が惚れる武将ならやはりそれなりに魅力があったのは確かだろう。弁慶だって、牛若丸の俊敏さだけに惹かれたわけもない。武将が美しい同性に惚れることはそれほど珍しいことではなかったのだから。
 と、義経美男説をとる判官贔屓の私である。

 下北沢でお茶漬け屋をしていた母が、「牛若」と呼んで可愛がっていた小柄な青年がいた。私は二度ほど会っただけだが、かなり頻繁に出入りしていたようだ。美男子で京都生まれ、とくれば惹かれるのも道理。京都は父母が駆け落ちまでして所帯を持った土地である。母にすればその後悲しい別離があったわけだから、そこで時計が止まったままのようになってしまったのも無理からぬことなのだ。

 牛若を、若い頃には二枚目役だった俳優の父に見立てたのではなかろうか。「パパはジャン・マレーのように素敵だった」が終生の口癖だった。倦んだ私が「別れちゃったら価値もない」と憎まれ口をきくと、寂しそうに微笑んでいた。
 そして牛若には、たまにお茶漬けをご馳走する以外、何をしてやれたわけでもあるまい。いつまでも恋に恋する乙女であった。
 
 義経のことから急に思い出した名である。私にすれば顔も定かではないが、彼のほうは自分を牛若と呼んで可愛がってくれた母のことを覚えているのだろうか。       (2010年4月20日)

オダマキ キンポウゲ科 イトクリ草。花は外側の青紫色の5枚がガクで、内側の白っぽい五枚が花弁である。その花弁の基部が細長く後ろに伸び、距といって蜜を溜める。距はガクと同じ色。

 
 
 
 
     
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