料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ギンラン
 

 亮二さん宅を辞すると外はもう真っ暗だった。目の前の車庫には主のいなくなった軽トラックがひっそりと納まっている。
 家への最後の坂道で、ライトの中に白く光るものがあった。ギンランだった。その付近には毎年場所を変えてギンランが出ていたが、去年はとうとう姿を見ずじまいだった。今年も見つけられず、そのことを昼間嘆いたばかりであった。それがたった一輪、形の良い蕾を光らせて凛と立っていたのである。私はつい、「あ、亮二さん」と呟いてしまった。

 突然の訃報だった。最後に訪ねたのは去年の11月だった。奥さんの背中を毎日マッサージしていると仲の良い夫婦ならではのことを言っていた。 
 亮二さんは知識欲が盛んな人で、郷土の歴史について随分勉強していた。小説類もよく読んでいたし、近年はパソコンにも挑戦していた。
  葡萄農家だが、養蜂でも有名だった。刺激を受けた主人はこの四月に蜂の箱を用意したばかりだった。むろん教えを請うつもりで。
 亮二さんに初めて会ったのは、借りた家の大家さんの所だった。その夜は無尽でもあったのかほろ酔いで現れて、「新しい人が入ってくるのはいいこんだ、うんうん、いいこんだ」としきりに頷いていた。
 

 それから三十年近く、何かにつけて親身に相談に乗ってくれた。六年目に土地の売買で詐欺に遭った時は亮二さんにも随分心配をかけた。「村のことは村のやり方で」という言葉を鵜呑みにしてやられてしまった。結局二重にお金を払う形で土地を手に入れたのだが、今度は造成のことで隣家とトラブルになってしまった。その時には市役所に行って直訴までしてくれた。これは大変勇気のいることなのである。運命共同体である村では、問題が起これば村人の側につくのが自然である。村人をさし置いて他所者に味方すれば結束が乱れる。前例も無い。悪人は常に他所から来るし、変化は時として破壊をもたらす。それはある程度正しい。場所場所で、生きる知恵も正義も違う。
 亮二さんは少し先を見ていたのかもしれない。三十年前、村はすでに過疎になりつつあった。新しい風を入れなければ将来は無いと思ったのかもしれない。彼の予測した通り、村は今、限界集落である。ポツポツ都会人の家も建っているが、肝心の村の青年たちがいない。
 もし亮二さんがいなかったら、私たちは土地をとっくに放棄していただろう。事実そうやって二度と来なくなった都会人がいる。
 
 その夜、奥さんはまだ信じられないというような表情で経緯を話してくれた。具合が悪くなったときには手遅れであったという。これから訪れる深い喪失感を何とかやり過ごして、亮二さんの分まで長生きして欲しい。観音像のようにライトの中に浮かんでいたギンラン、いや、亮二さんもきっとそう願っているはずである。(2010年5月16日)

ギンラン ラン科 丈は20センチ前後。花は1センチに満たない。30から50センチの丈があるキンランに比べると地味だが、いぶし銀のような良さがある。

 
 
 
 
     
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