料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ミナヅキ
 

 植えて四年になるミナヅキは、去年まで長い枝を地面からニュウと出してラグビーボ−ルのように大きな花を一個つけていた。あまりの重さに枝は湾曲し、ラグビーボールは泥にまみれ犬に踏まれ、散々であった。
 それが今年は細い枝を沢山出し、各々にほどよい大きさの花穂をつけた。装飾花の白色が暗がりに浮かぶ様は厳かとさえ思えるほどだ。

 昔、母の店にガンさんという男性客がいた。体つきが頑丈だったのでそう呼ばれていた。最初、私の父と一緒に来た。父が店に顔を出すときはいつも酔っていたが、その日は特に泥酔状態でガンさんともろくに話をしなかった。ガンさんは父に丁寧にお酌をし、母に笑顔を見せ、あとはお茶漬けをすすっていた。ガンさんは下戸だったのである。
 二人が帰った後、「カモちゃんのファンなのかしらねえ」と母が首を傾げた。カモちゃんとは、苗字の美甘からきたあだ名である。
「ガンとカモだもん、天敵じゃない。付け馬じゃないの?」と意地悪を言うと、母は怖い顔で私を見た。

 翌週からガンさんは頻繁に来るようになった。多少母に気があったのかもしれない。父と同じ映画会社で裏方の仕事をしていたそうだが、間もなく会社を辞め、自分で商売を始めたという。離婚暦があった。髪の毛が薄くお腹が出ていて、父より随分年上のように見えた。
 来るときはいつもお土産を持ってきた。和菓子が多かったから、その方面の仕事でもしていたのだろうか。母はカウンターの後ろの棚に安物の黒茶碗と、茶杓、茶筅を常備していたので、ガンさんに一服点て、自分もお相伴していた。
 
  ガンさんのことを思い出したのは、先日茶席で「水無月というお菓子は夏越の祓いの六月三十日にいただく」と説明されたからだ。同じお菓子をガンさんが持って来た時、「これは氷室の節会として六月の一日にいただく」と母が言ったような気がする。一ヶ月も差がある。近頃記憶が曖昧になっているから私の間違いかもしれない。
 いずれにせよガンさんの禿頭は水無月という雅な和菓子とセットになって私の記憶の襞に刻まれているらしい。
 
 結局ガンさんは二年ほどせっせと通い、悟ったように来なくなった。その頃から父も顔を出さなくなった。父の人生には結核という一大事が起こっていたわけだが当時の私たちはまだそれを知らない。
 別れてもまだ愛していた父と、趣味の合うガンさんの両方を失って、母の心にはどのような烈しい風が吹いていたことだろう。大切なところではいつも表情を変えない母であった。だから何があっても平気だと、強い人なんだと、不覚にもずっとずっと思っていた。(2010年7月15日)
 

ミナヅキ ユキノシタ科 花序全体の形が、大きいろうそくの炎のようになり、長さは15〜20pになる。ノリウツギが全部、装飾花になったもの。

 
 
 
 
     
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