料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI
   

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  いぬけい  
     
 
左:MAY 右:十兵衛
撮影:岡崎伸彦
 
     
     
  ムサシ  
 

 私には、忘れられない犬がもう二匹いる。ムサシとノラである。両方とも毒ダンゴで死んだ。忘れられないのはその死の特異性によるかもしれない。
 ムサシは通っている村で飼われていたリトリーバ系の犬である。甲斐犬がらみの犬が多い村でムサシは図抜けて大型だった。そのせいかすぐに村のボスになった。しかし性格は温厚で人なつこい。私たちにもすぐ慣れて、そのままうちの雌犬にぞっこんになってしまった。 それからは、私たちが村にいる間は片時もそばから離れようとはしなかった。夜は家全体が見渡せる庭のまん中で、スフィンクスのような格好でじっと見張りをしている。雨の日などは軒下に入れようとしてもガンとしてそこを動かなかった。

  うちの犬の方は、好かれているのを承知でずいぶんと邪険な態度を取った。匂いでも嗅ぎにこようものなら般若のような顔で威嚇した。そのくせエサの時間になると、自分のを一口食べてはムサシの器にも顔をつっこむ。三拍子の要領である。ワン、ガブガブ、ツウ、ガブガブ。牛乳にいたっては、先にムサシの分をバシャバシャとたいらげてから自分のをゆっくりと飲んだ。ムサシはあきらめて後ろへ下がってスフィンクスに戻る。そうやって目を閉じた姿は、なんだかこっちが惚れてしまうほどの男伊達なのであった。

 

 村では毎年、春秋に毒ダンゴを一定の場所へ置く。野ネズミと野犬駆除である。お百姓さんにとって畑の作物を荒らされることは死活問題なのだ。私たちの通う村はブドウ農家がほとんどだが、それでも野菜類は賄いの必需品である。荒らされれば腹も立とう。
「えーっ、いついついっか、どこそこにどれくらいの間おきますので、飼い犬等はつないでおいてください」
アナウンスが有線で流される。それでも飼い猫が死ぬ、飼い犬が死ぬ。うっかりつなぎ忘れてしまうからだ。

  こうして幾多の「顔なじみ」が村から消えていった。
有線放送のない私たちが毒ダンゴの情報を得るについては不都合が多い。常住してないし、衛生委員が交替制だから顔見知り以外の人がなったときは声をかけてもらえない。親しくお付き合いをさせてもらっている人たちも農作業の忙しい時期だから聞き出すチャンスは稀である。

 その日、村へ着いた私たちは運よく毒ダンゴ情報を得て飼い犬を車に閉じ込めた。それからムサシを飼い主の家へ連れて行った。
 それなのにムサシは死んでしまった。
 クサリをすり抜けてしまったという。自由奔放に生きてきたムサシは、きっと縄目のチジョクに耐えられなかったのだろう。それは、わかる。だが、どうしてもわからないことがある。どうしてムサシが毒ダンゴを口にしてしまったのか。

 ムサシは口のきれいな犬だった。やたらに落ちているものを食べるような犬ではない。もしや仲間のために身を張って、とは、ムサシに惚れた私の考え過ぎであろうか。
 ムサシがいなくなって、うちの犬もめっきり元気がなくなった。彼女は彼女なりにムサシを好いていたのだろう。家の前の通りでじっとムサシを待っている姿は心底、哀れであった。

 
     
 
     
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