料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI
   

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左:MAY 右:十兵衛
撮影:岡崎伸彦
 
     
  トウモロコシの顛末  
     
 

 

 十兵衛を飼ってはじめてわかったことがある。


 十兵衛は3ヶ月で我が家にやってきた。私の腰のポシェットに立たせると、両前足がやっと肩にとどく程度に小さかった。それなのに同じ3ヶ月できたハヤテはすでに四肢が長く伸びて、すっかりドーベルマンの形になっていた。しかもハヤテはメス、成犬後の十兵衛との体重差は10キロ以上である。
 本当は5、6ヶ月たっていたのではなかろうか。犬は飼ったことがなかったので私の中に大きさの基準などなかった。「来年ぐらいに」と言っておいたら「今ちょうどいいのがいます」と見せられたのだ。

 そのことを今はなんとも思っていない。感謝さえしている。ではなぜ気にしているのかというと、ハヤテは16才になる寸前で死んだ。夏に生まれて夏に死んだのだが、もし春に生まれていたのだったら、ハヤテはまるまる16年生きたことになる。今まで「ほぼ16年生きました」と言っていたのが堂々と「16才まで生きました」と言えるからだ。
 それくらいドーベルマンは長生きをしない。一般に大型犬の寿命は短い。ハヤテを飼ったころで平均寿命は8才、近頃はだいぶ延びたが、それでも10才くらいだろう。小さいころ虚弱体質だったハヤテが長寿だったことが嬉しいのである。それと、もしうちに来なかったらハヤテは間違いなく殺される運命だった。売れ残りのドーベルマンを飼う人はいない。しつけの時期の問題もあるし、神経質な犬だから、狭いところに閉じ込められたままでは性格的なマイナスも出やすい。
 本当に会えてよかったのである。

 しかし当初は苦悩の連続であった。下痢が止まらなかったからだ。病院通いをしても治らない。前述したように犬種的に神経質な上、飼い主の無知も大きかったろう。遺伝的に内臓が弱かったこともある。
 それが1才を過ぎたころから安定してきた。8才のときにトウモロコシを呑み込んで手術した以外は、病気一つしないで10才の坂を越えた。
 

 そのトウモロコシ事件。
 ふだん食いしん坊のくせに食が進まないので、おかしいおかしいと思っている間に、口に入れるものはすべて吐くようになってしまった。レントゲンで見ると腸に何かある。触診でもわかるほどの大きなしこりだ。いよいよその時がきてしまったのか。 
 ハヤテは身体中に管をつけて病院のゆかに横たわっている。舌を、こんなに長かったのかと驚くほどダラリと出して、目玉は黒白がひっくり返ったようになっている。さきほど大量に血も吐いた。
「手術に耐えられる状態じゃありません。それでも開けてみようと思うのですが・・」
 信頼のおけるドクターだった。
「お願いします」
 このまま死ぬよりはいい。
 待合室にはすでに人や動物の姿はなく、テレビの音だけがむなしく流れていた。
 どのくらいの時間が経ったのだろう。人の気配に振り返ってみると、手術着のドクターがいた。
「トウモロコシがね」
「はっ?」
「トウモロコシの芯が腸管をふさいでいました。もう大丈夫ですよ」
 ドクターの笑顔は、どうやってあんな大きなものを呑み込んだんでしょうねえ、と言ってるようだった。

 通っている村にはゴミ捨て場が畑にある。腐らせて肥料にするためだ。隅の方に穴を掘って埋めるのだが、一人暮らしのお年寄りにはしんどい作業なのだろう、表面にポンと捨ててある。魚の頭や野菜屑が犬猫に「おいでおいで」をする。目ざといハヤテは「ハイハイ」とすっ飛んでいく。
 小さい時に下痢ばかりしていたハヤテは常に栄養失調ぎみであった。そのせいか、命令をよく聞くいい犬に育ってくれたがたった一つ欠点があった。拾い食いである。もちろんリードつきのときには素振りも見せない。それが一旦自由になるや、目安をつけておいた場所へすっ飛んでいく。これだけはどんなに叱っても効果がなかった。
 しかし骨まで砕く犬の歯である。トウモロコシの芯ぐらい細かくできないはずはなかろう。私に呼ばれたか、他にも目当てのご馳走があったにちがいない。
「ハヤテはトウモロコシで拾い食いをやめました」
 手術があと少し遅れたら、こう言わなければならないところだった。
 実際にはその後も拾い食いで栄養補給をしながら、もう一匹の犬の寿命分ぐらい生きたのである。

 

 

 
     
 
     
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