三木二寸の論文

日本再生へ三つの処方箋

1999年3月28日

 小泉改革も難航しているようですが、 思い切って発想を変えなければ、日本を元気にすることはできないと感じています。
 随分前に書いたものですが、これからの日本を考える上では、今でも参考になると思い、 ネットに掲載することにしました。
今読み返してみると少し気になるところもあるのですが、まずは、執筆当時のまま再発表です。

目次
はじめに
1 日本沈下の原因は?
 原因その一 よいことはいつまでも続かない
  戦後高度成長の終焉
  もはや許されない輸出至上主義
  内需拡大しかない
 原因その二 キャッチアップの忘れもの
  なくしたのは地域の豊かさ
  近代市民社会構築のチャンスを失った
  そしてコミュニティを失った
 原因その三 時の流れに身をまかせ
  情報社会の到来
  国民国家の終焉
  人類を規定するものとしての環境問題
2 三つの処方箋
 処方箋一 「遊ぼうよ」、五時から大作戦
 処方箋二 市場制民主主義の提案
 処方箋三 情けは人のためならず…21世紀は「愛」の世紀
3 再生された日本の姿
おわりに



はじめに
 日本経済再生のためには構造改革が不可欠であるというのは、大方の認識になっている。 去る 2月26日の経済戦略会議答申「日本経済再生への戦略」も、 「日本経済は本来2%強の潜在成長力を有して」おり、 「十分な構造改革が断行された場合、…2001年度には2%の潜在成長力軌道に復帰する。」としながら、 「潜在成長率の大きさは、構造改革の推進が切り拓く人的資源開発や社会インフラ整備に依存している。」と言っている。
 むしろ、わが国が直面しているのは単に経済だけの問題ではなく、 日本のあらゆるシステムが根本的な変革を迫られているのだと考えるべきである。 それは、私たち自身の生活様式にまで及ぶものであり、声高に「構造改革」を叫ぶだけでは何も変わらない。 ものの考え方を根本的に変えることこそが必要である。
与えられた課題は「日本経済再生のための処方箋」であるが、 題名をあえて「日本再生…」としたのはそのためである。
 この小論では、まずわが国の「再生」が必要になった原因を探り、 次に変革に必要な発想の転換を三つの「処方箋」として提示したい。

1 日本沈下の原因は?


原因その一 よいことはいつまでも続かない

戦後高度成長の終焉
 現在わが国が突き付けられているのは、たしかに経済問題である。 成長が止まったどころかマイナス成長になり、出口の見えない不況に陥っている。 景気対策を打ち続けてきた国家財政も、多額の赤字を抱えている。
 この原因の一つは、近くには、もちろんバブルの崩壊であるが、 もう少し大きな流れで考えると、日本経済の成長にとって有利に働いてきた戦後の冷戦構造が過去のものになったことに求められる。
 戦後の冷戦の激化にともなって、 アメリカはそれまでの日本の経済力を低くおさえる政策を改め、 日本経済の自立を強く求めるようになった(山川出版社「詳説日本史」1993年文部省検定済み高校教科書)。 懐の大きい米国は、自国を日本の市場とすることを容認したのであった。 一方、「資源小国日本が生きる道は貿易しかない」と、我々は繰り返し教えられてきた。 日本で造られた製品の大部分は、アメリカで売られたのだと思う。 (講談社「昭和−二万日の記録」第16巻によると、1986年に生産された家庭用VTRは31,286台であり、うち27,689台が輸出された。) 今日の日本を代表する企業の多くは、アメリカ市場抜きでその成功は考えられなかったはずである。
 ロンドン大学名誉教授・森嶋通夫は、インタビューに答えて 「1980年代の初めまでは、日本の政治家や官僚は米国のガイドラインに上手に合わせて日本経済を運営してきました。 そのうえ、朝鮮戦争やベトナム戦争のような大型の神風が吹いてくれた。 なぜ日本は『成功』したか」を書いた時は、そういう絶頂でした。」 と述べている(1999年 3月19日付け毎日新聞夕刊)。

もはや許されない輸出至上主義
 日本が経済的に成功を収めたころから、日米の貿易摩擦が出始めた。 冷戦構造が崩壊してからは、世界中から、日本が不公正な国だと袋叩きである。 日本の輸出本意の姿勢には、冷戦構造下でこそ目をつぶっていたが、 新しい世界秩序構築に取り組んでいるいまでは、各国にはとても容認できないのであろう。
 日本の市場は閉鎖的であるといわれる。 確かに日本という国は、世界からみると特殊な国、ミステリアスな国なのだろう。 中根千枝(「タテ社会の人間関係 単一社会の理論」1967年講談社現代新書)は、 日本の「タテ社会」は、欧米や、インド、中国と異なった社会構造(social structure)であるという。 が、そのような社会構造の違いや、文化や生活習慣の違いは、 日本が外国の市場にチャレンジする際にも乗り越えなければならなかった壁である。 そのような意味では、貿易摩擦は日本だけが一方的に非難されるいわれのないものである。 が、それは、一方的に他国の市場に自国の製品を売り込むのであれば、話は違ってくる。
 米(コメ)の市場開放によって、農業だけでなく日本の文化や美しい景観も滅んでしまうのではないか、 と心配しているのは私だけではないと思うが、 一方的な輸出によって繁栄しようとすることは、そのような仕打ちを他国にしようとすることである。 「日米構造協議」のさ中であったと思うが、 自動車の町デトロイトでは失業者があふれ、NHKテレビが失業者の家庭を映し出していた。 複雑な気持ちでそれを見たのを、覚えている。
 貿易はお互いの繁栄が基本にあるべきであり、 良いものを安くつくっているのだから売れて当たり前だということには、必ずしもならない。 世界中が自由貿易を基本にした新しいルールづくりに取り組んでいるが、 実は、その底流には相互繁栄の思想がなければならないはずであるし、 それ故にわが国の「一国繁栄主義」が非難されているのだと考えられる。 メガコンペティションの時代といわれ、国際競争が激化していることは確かであるが、 日本がやりにくくなっている事情は別にあるのではないかと考えている。


内需拡大しかない
 日本経済の需給ギャップは20兆円とも30兆円ともいわれるが、 経済を回復させるための需要拡大を海外市場に求められないとすれば、 内需拡大しかないということになる。 内需というとすぐに思い付くのは「社会資本の整備」である。 ヨーロッパを旅すると、高速道路など生産基盤についてはそれ程遜色があるとも思われないが、 生活を豊かにしてくれる公園や町並みといったものでは彼我の差は大きく、 生活関連の社会資本整備だという掛け声には説得力がある。
 しかし、よく考えてみると、そもそも我々の生活そのものが、 欧米と比べて格段に貧弱なのである。 日本と欧州諸国の福祉施設を実際に見比べてみると、 日本に住む自分の老後への確信はとたんに揺らぐ。 それでもなお私たちは、自分の払う税金の使い道として、社会資本の整備を最優先に選ぶのだろうか。 更に言えば、社会資本整備の重点は本当に生活関連におかれているのだろうか。 しかも、社会資本の整備によって経済を発展させるほどの余力が、 国家財政に残されているとはとても思えない。
 経済のパイを取りあえず大きくするためには、社会資本整備への投資が有効であることに異論はない。 政府の経済対策は、間違いなく最終需要を押し上げているはずである。 が、それは、非常事態の緊急避難としてはともかく、 今の日本では、せいぜい民需の不足を補うものでしかないはずである。 赤字国債を発行して景気対策を続けていけば最悪のシナリオになることはさけられない。


原因その二 キャッチアップの忘れもの

 かなり以前のことになるが、「となりのトトロ」(1988年、監督・宮崎駿)というアニメ映画が大ヒットした。 昭和30年代の東京近郊を舞台にしたその世界はとても豊かに見えた。 この映画のキャッチフレーズが、確か「忘れものを、届けにきました」というものだったと思うが、 「忘れもの」とは、高度成長の過程で日本が失ったものという意味に、私は解釈している。 私たちは、明治から始まった「キャッチアップ」の過程で、たくさんのものをなくしてきたのだろう。 そのなにがしかは、中高年の郷愁にすぎないものであろうが、 21世紀の日本になくてならないものまで、いっしょになくしてはいないだろうか。


なくしたのは地域の豊かさ
 なくしたものの一つは、地域の豊かさである。
 工業化を進めるために明治政府がとった政策の一つは、中央集権であった。 江戸時代は藩の連邦国家のようなもので、分権社会である。 それを一気に中央集権体制に変えた。 東京で徹底して近代化を進め、それを地方に伝播させようというのが基本戦略だったように思う。
 この戦略は、戦後も基本的に変わらなかった。 効率よく工業化を進めるには適した方法だったのだろう。 工業化は成功し、高度成長を達成して、今ではトップクラスの先進工業国である。
 この間に、地域はすっかり疲弊してしまった。今やふるさとは過疎に泣いている。
 農山漁村は、都市に人材を出し続けた。父母は、子どもたちを上級学校に進学させ、サラリーマンへの道を勧めた。 過疎地域対策緊急措置法が制定された1970年ころには、それでも農山漁村は元気であった。 父母たちはまだ若く、自分たちが食べていくに十分な豊かさを、農山漁村はもっていた。 いま、過疎地に子どもたちの声はほとんど聞かれなくなった。産業の後継者がいないだけではない。 祭を支える若い衆がいない、それどころかお宮をお祀りする人たちがいない、 あと何年集落が維持できるか誰も分からない、といった状況が全国各地の農山漁村から伝えられている。
 これらの地域には、それぞれかけがえのない生活や文化があり、 人間の営みと自然との共同作業によってもたらされた美しい景観がある。 過疎に沈むとともに、それら地域固有の文化も滅びてしまうのだろうか。
 都市の近郊農村でも、農地を将来の開発用地としてみるようになって、 農業をまじめにやろうとすることが難しくなった。 やはり、地域が大事にしてきたものはなくなろうとしている。
 都市でも「地域」は滅びようとしている。 中心市街地の空洞化が指摘されるようになって久しいが、商店街に空店舗が目立つようになり、 土曜日や日曜日でもなんとなくひっそりとしている。 人びとが車で郊外の大型店舗に出かけるようになったからである。 それだけではない。中心市街地に住むのは、圧倒的に高齢者である。 若い人たちは、郊外の団地に住むようになったからである。
 東京でさえも、神田明神の祭禮で御輿の担ぎ手が足りなくなっているとのことである。 「まち」の文化もまた滅びようとしている。
 このように、ほとんど例外なく「地域」が滅びて、我が祖国は、のっぺりとした国になろうとしている。 そのような国から本当の活力が生まれるだろうか。


近代市民社会構築のチャンスを失った
 明治政府は、急速に工業化を進めるために必要な部分だけを変えようとした。 「和魂洋才」という言葉は、それをよく表している。 西洋の近代化は、産業革命と市民革命の二つの革命が可能にしたものであったが、 日本の近代化は、新しい「ムラ型社会」をつくることによって進められてきた。
 中根(前掲)が、日本の社会構造は集団への帰属を中心にした「タテ社会」であると述べていることは先にも触れたが、 都市の会社の集団としての社会構造は村落と同じであるとも指摘している。
 農村では、「オキテ」を守らなければならないが、 それさえ守っていれば、ムラの構成員はムラ全体で守ってくれる。 江戸時代のムラには一種の自治があり、福祉や社会保障の機能まで有していたようだ。 ムラという組織に帰属してきたのと同じように、会社に帰属してその中で生きるという仕組みの中で、 日本は工業化に成功し、有数の経済大国になった。 近代化を進める過程で、本来は、市民社会をつくりあげなければならないところを、 日本型の社会構造をそのままに、経済だけが成熟することになった。
このようにして「会社人間」がつくられた。 会社への忠誠を誓わなければ、会社の「オキテ」に従わなければ、「会社八分」になってしまう。 私たちは、近代化の過程で、個人がいきいきと活動できる社会をつくるチャンスを失ったのかもしれない。
また、会社や官公庁などが国際社会で生きていくためには、 その組織は、真に近代的、合理的なものでなければならないはずである。 普遍的な原理で組織されるべきものが、非常に特殊な原理で組織されているために、 各国との摩擦が生じているのであろう。


そしてコミュニティを失った
 私たちがもう一つ失ったものは、近隣社会(コミュニティ)である。 古いタイプの地域社会は近代化の過程で徐々に解体したが、 市民社会が未成熟なのであるから、新しいコミュニティは育っていない。
 最近、「補完性の原則」という言葉が注目されている。 この原則には、実に深い哲学的な意味が隠されているようである (神奈川県自治総合研究センター・平成5年度研究チームA「補完性の原則と政府に関する調査研究」1994年 9月)が、 私なりの理解では、個人でできることは個人の自立に任せるべきであるが、 人間は一人では生きていけないのだから、本当に困ったときには、 社会の側は自立を損なわないようなやり方で支援をしなければならない。 それによって、個々人は尊厳ある人生が全うできるのである。 最終的な「補完」の責任は行政にあるとは思うが、まず身近なコミュニティでのささえあいの仕組みが必要になってくる。
最近ボランタリーな活動への社会的な期待が高まっているのは、そのような意味合いで理解されるが、 それを支えるコミュニティが、わが国には育っていないように感じる。
 もとより、市民活動を地域活動に限る必要はないのであるから、 地縁以外の自由な共同体をここでコミュニティと呼んでもよいが、 自由な個人が共同して何かをやろうというようなこと自体が日本では育っていない。 集団帰属意識中心の社会構造である(中根・前掲)ためであろう。
 デンマークでは、市の高齢者サービスの内容を決めるのは、各地区の高齢者、 つまりサービスのユーザーで選挙された委員会だそうだし、 イギリスやニュージーランドなどでは、学校の運営が父母も入った学校理事会で決められている。 今まで行政任せできたものを自分たちで工夫するようなことが必要だと思う。 そういった仕組みづくりも含めて、広い意味で市民の活発な活動を育てていかなければならない。


原因その三 時の流れに身をまかせ

 時代が大きく変わりつつある。 今の日本がうまくいっていないのは、時代の変化に乗り切れていないのが、一つの原因である。 時代の変化を感じ取って、それを先取りすることが求められている。 時代の変化は多岐にわたっているが、ここでは特に三つを指摘したい。

情報社会の到来
 近年、情報通信機器とデジタル技術の発達が目覚ましく、 世界を双方向かつ大容量で結び、映像、音声を含めたあらゆる情報を瞬時にやりとりできるようになっている。 しかも、インターネット網を通じて、だれもがそれを利用することが可能になっている。
犯罪などへの利用防止が難しいことが問題視されているが、 既存の秩序や規制に縛られない自由なネットワークの形成が可能になっているということでもある。 多くの専門家が、情報ネットワークの進展が急激に社会のあり方を変えることは間違いないと言っている。
 場所や時間の制約を受けないネットワークは、創造的で多様な生活スタイルを実現する上で大きな力になるだろう。 また、地縁、血縁や職場などの人間関係に、情報システムを媒介にした新しい人間関係が加わることだろう。 ネットワークを介した男女の出会いも、映画の中だけのものではなくなっている。
 これらの可能性を、私たちの生活の豊かさに結びつけることができるかが、今問われている。 そして、それはまさしく日本再生の条件の一つでもあるのだ。
 しかし、「情報社会」(information society) とは、単に情報通信が発達した社会という意味ではなく、 「物財、すなわち、物や、資産、資本などの財力にかわって、知識や情報が優位となる社会」 (安田寿明・小学館「日本大百科全書」電子ブック版)である。
 国立民族博物館教授・端 信行は、現在は、 「産業経済」のタイプから「文化経済」のタイプに変わりつつある「大転換の時代」であると、述べている。 これからの家計のありようは、モノにお金をどんどん注ぎ込んで行くのではなく、 我々人間が活動するのにお金を使っていくという形になってくる。 モノが、機能ではなく、製品に埋め込まれた情報の価値で人びとが買うようになった、 といった主旨である(1996年 3月29日開催「第33回すばるフォーラム」の講演録)。
 「情報」には、「文化」など精神的な価値をも含むことになる。 物に対する価値は、個々人の価値観にそれほど大きな隔たりがあるわけではないが、 精神的な価値は人によって全くといっていいほど違うわけである。 端(前掲)の言うように、経済のあり方が変われば、それにあわせて社会の仕組みも大きく変えなければならないはずである。


国民国家の終焉
 情報化の進展は、私たちの国家観をも変える可能性をもっている。
 日本大百科全書(「国家」の項;田中浩)によれば、 近代国家は、「自立した自由な個人の活動を基礎として、 それを保障する法と制度を整備することにより、 成員全体の平和と快適な生活を増進する政治共同体として創出されたものである。」というが、 それは、近代工業社会が成立する過程において、市民革命、産業革命を背景に成立したものである。
 今日の国家観自体が歴史の所産であり、工業社会に代わって「情報社会」が成立するとすれば、 それにともなって新しい国家観が生まれてくるはずである。
 いまや地球時代といわれ、さまざまな分野で「国境」がなくなりつつある。 金融取引は瞬時にコンピュータを通じて世界規模で行われている。 企業活動は国境にとらわれない時代だといわれ、海外に生産拠点をもったり、海外企業と連携したりしている。
 インターネットを通じて情報が世界を行き交う今、国境を意識しないで行われる活動は確実に増えている。 住むところも、生まれた国にとらわれなくなってきている。 グルメ漫画「美味しんぼ」の原作者・雁屋 哲は、 「4人の子供には『受験勉強などさせない。思いきり遊ばせ自由な心を育てたい』と思い7年前、 一家でシドニーへ移住した」(1995年11月10日付け中日新聞夕刊)そうだ。
 田中(前掲)も、 「かつて国家は情報を独占し、自国民に対して敵意識や対外恐怖感を醸成しつつ国家の強大化を図った」が、 「情報化社会の急速な発達によって、だれでもが世界で起こったできごとを容易に知ることが可能にな」ったと指摘している。 また、国連軍縮特別総会には多数のNGOの代表が参加し、 「世界最大の平和組織である国際連合は、…諸国民の連合としての性格をもつように迫られつつある。」 とも指摘している。
 21世紀の国家がどのようなものになるのかは定かではないが、 国民である前に地球市民であるような、今よりずっと国境の低いものになると予想される。
 私たち日本人は、近代国家の社会契約説的な観念さえ未熟で、 国家の繁栄があってこそ個人の幸福があるといった感覚から抜け出せないでいる。 が、21世紀には現在の国家観を大きく揺さぶるような変化が予想されるのである。


人類を規定するものとしての環境問題
 今、環境問題は、人類にとって最大の問題である。 早ければ人類は21世紀中に滅びるかもしれないとさえ言われる。
 人類が生き残れるかどうかというときに、 産業や経済が、環境問題で大きな制約を受けることはやむを得ないと思うが、 日本の環境対策には、どこか、経済優先の雰囲気があると感じるのは私だけだろうか。
 経済学の教科書では「外部不経済」の典型例として「公害」を挙げているという。 経済的に評価されないので、社会コストとなってしまうというのであるが、 これだけ環境問題が大きくなったのに、環境コストが価格に反映されないとなるとこれは一大事である。
 聞くところによると、ヨーロッパの多くの国、例えばドイツでは、缶ビールは売られていないという。 回収、再生の仕組みができている国では、アルミ缶の再生コストはずいぶん高く、瓶の再利用の方がずっと安いのだそうだ。 欧州製の缶ビールが日本で売られているのは、製造コストだけなら缶の方が安いからで、 「環境後進国」向けの輸出用とのことである。馬鹿にされた話である。 消費者が消費のトータルコストを負担する仕組みができれば、環境コストは必ずしも外部不経済にならないのである。
 日本では、環境コストを企業に転嫁することが企業の競争力を損なわないか、それが経済発展を妨げないかと、 あまりにも心配しすぎた感があるが、環境問題に積極的に取り組むことが、経済発展につながる時代がもう来ている。 企業は、工場敷地から有害物質が出たことをあえて公表してまで、ISO14000シリーズの認証を取得しようとしている。 環境問題に無頓着な企業の製品など誰も買わない、という時代が来ている。 いや、そのような経営の仕方ではかえって環境コストの負担が大きくなってやっていけなくなる、 そのような仕組みを早くつくらなければいけないのだ。


2 三つの処方箋


 日本がダメになろうとしている原因を、三つの面から述べたが、個々の原因それぞれに対処するだけでは不十分である。 思い切った発想の転換が必要で、そのための処方箋を三つ用意してみた。
処方箋一 「遊ぼうよ」、五時から大作戦

 今までの常識は、豊かになるためには「働こう」であったが、これからの常識は、朝ドラのテーマソングではないが、「遊ぼうよ」である。

 東京三菱銀行参与・真野輝彦は、世界的な供給過剰、すなわちモノ余り現象を指摘している(1999年 1月18日付「時事通信・金融財政」)が、 我々消費者からみても、物は余っているように感じる。 今の日本は、食べる物は十分、工業生産品も十分に行き渡っている。 これ以上売れるものがなくて、輸出しない限りは生産力が余るという状態である。
 経済の発展を一言で表せば、食べるのにも事欠いていた人類が、生産性が向上するにつれて人のために物をつくって食べる人が出てきた、 さらには、サービスを提供して食べる人が出てきた。 余分の生産力を次の生産に回すことによって、人びとの生活が豊かになり、同時に経済の規模を大きくしてきたといえるだろう。
 生産力を次の何かに回す時期に明らかに来ている。
 次の何かとはサービス系であることで、論はほぼ一致しているようだ。
 例えば、高齢社会を迎えて、福祉などもサービス産業としての成長が期待できる分野である。 しかしながら、福祉の需要だけで経済が活性化するとは到底考えられない。
 いくらでも消費できるモノ、それは、文化や情報など形のないものである。 実は、CDなども、1枚を聞くためには1時間近く必要なのだが、耐久消費財と比べればはるかに大量に消費可能である。 端(前掲)の「文化経済」論を先に紹介したが、 これを単に時代の流れとしてとらえるだけではなく、 積極的に、文化や情報によって生活を豊かにすることによって、わが国の経済を活性化することが必要である。
 「情報社会」だといっても、企業内LANなどによる需要は高が知れているし、それは最終需要ではなくて設備投資である。 情報関連の社会資本投資にしても、財政に限界があるのは、道路や下水道づくりと同じである。 「情報」を最終消費者、それも個人が消費しなければ、真の経済成長にはつながらない。
 需要を簡単に作り出せるのは、実は遊ぶことである。みんなが働いているだけでは、需要は生まれない。 モノやサービスを創り出す一方で、それを消費してこそ経済が成り立つ。
 「遊ぶ」といっても、「飲む、打つ、買う」ではなく、 ボランティアのような社会活動も含めて、自分のやりたいことをやることを「遊び」と言っている。 文化経済の時代には、人びとはモノではなくて活動にお金を使う(端・前掲)のであるから、 そのための時間が一人ひとりに確保されるような社会の仕組みにしていく必要がある。
 先に、日本の近代化は個人の自立した生活をつくりだす代わりに会社人間をつくってきたと述べた。 いま、個人がいきいきと活動できる社会をつくらないと、日本は大変なことになる。 日本の企業も、会社に忠実な人間だけでは、もうやっていけないことに気がついている。 一人ひとりの能力をできる限り会社に貢献させようというような考え方では、日本全体の活力が出てこない。 太っ腹に、5時からの時間は、家庭に帰し、地域に帰して、社員がいきいきと活動できるように考えることが、日本の企業に求められている。 それが社員の活力を増し、内需を拡大して、結局は会社の利益にもなるのだといった、深慮遠謀がもてないようでは、 構造改革などは進まないのではないか。
 第一、終業後は個人の時間であることなど、どこの国でも当たり前のことである。 が、付言すれば、欧州諸国では、残業の割増賃金はどえらく高くて企業は割に合わないらしい。 そのような法制度によって個人の時間が保障されてきたのである。

処方箋二 市場制民主主義の提案

 我々は市場を通して商品を選択しているだけでなく、社会の資源配分を決定している。 これを一歩進めて、新しい仕組みをつくったり、社会の発展方向を決めるメカニズムとして活用できないだろうか。
 戦後の冷戦構造とは、資本主義と社会主義のイデオロギー対立でもあった。 勝者だけでなくだれもが幸せになれるという社会主義の理念は十分魅力的に見えたし、 日本でも、自民・社会の二大政党対立の時代は長く続いた。
 ところが、1990年代に入って、社会主義諸国は突然自己崩壊してしまった。 これを単純に資本主義の勝利とみることはできないと思うが、資本主義諸国の何かが社会主義諸国より優れていたことは間違いないだろう。 一党独裁の政治構造に自壊の原因を求める人もあるが、私は、決定的な差は、市場機能の有無に求められると考えている。
 国家が、単に人民支配の構造ではなく、人民の最大幸福を追求するための機構であると考えれば、 国のもつ資源をできる限り有効に配分できたかどうかが非常に重要になってくる。 社会主義諸国では資源配分は政治と行政が決めたが、資本主義諸国では、専ら市場が配分を決定した。 前者は資源配分がうまくいかず、軍事や宇宙開発ではそこそこの水準を達成しても、 市民生活では西側と大きな差ができて、結局は自壊せざるをえなかった。
 極端な言い方かもしれないが、我々の願いを正確に国のあり方に反映するのは、何年かに1回の投票ではなくて、 毎日の買物、つまり市場での選択ではなかろうか。
 とすれば、単に商品選びだけでなくて、 市民のさまざまな願いが市場を通じて社会のあり方に反映できるような仕組みを作っていくことが必要であると考える。
 現在は世界的なモノ余りだということは先に述べたが、 その際紹介した真野(前掲)は、「市場経済は供給が需要を上回った時に可能になる。 需要者の選択で価格メカニズムが働くことになるからである。」とも述べている。 すべての分野にわたって、提供側の評価から消費側の評価へのシフトが起きている経済的な背景はここにある。
 我々庶民が、乏しい政治的な選択手段によらずとも、私たちの意思を直接社会に反映する条件が整ったということである。 一票の投票よりも、私たちの消費行動の方が、はるかに敏感に社会を変えていくことに、我々は早く気が付かなければならない。
 我々庶民の消費行動を通じての「投票」を称して、私は「市場制民主主義」と呼ぶ。
 「環境」に例をとろう。「グリーン購入」という言葉があるように、 環境コストを負担することによって環境を守ろうという市民が増えている。 環境政策によるのではなく、直接企業活動に働きかける力をもった行動である。
 自動車の排出ガスがマスキー法によって劇的にクリーンになったように、環境は法的な規制によって守られてきた。 が、規制の範囲内であれば、それ以上の改善の努力は必要ないのである。 しかし、「環境」が商売になるとなれば別である。 割高な低公害車が生産能力を超えて受注されたのをみても、 市民のささやかな願いをモノやサービスに表せば、十分商売になるのである。 現在、企業が競ってISO14000シリーズの認証取得に熱心であるのは、それと同根である。
 とはいえ、わが国で「市場制民主主義」が十分に成熟しているとは思えない。 欧米では「グリーン購入」(green consumer)は一般的であるのに、日本では普及していないといわれる。
 では、「市場制民主主義」の発達を阻んでいるものは、なんであろうか。
 「情報非開示」の慣習である。
 先の「グリーン購入」の例でも、我々は、どんな商品が環境面で有利なのかの情報は、ほとんど持っていないに等しい。 低公害車にハイブリッドカーというのがある。 一方で低排出車(LEV)というのもあって、排出ガスの数値をみると素人目にはそれほど違わないようにみえる、 が、値段は随分違う。 製造過程、あるいは廃車処理による環境負荷については全く分からない。 現在の車を耐用年数いっぱい乗るのと、低公害車に買い換えるのとでは、トータルでどちらが環境負荷が小さいのだろうか。
 これでは、市民はどのようにして選択すればいいのだろう。
 対策は実に簡単で、情報公開したらよいのである。 請求したら出すというのではなく、入手しやすい形で、積極的に公表したらよいのである。 企業活動は規制緩和の方向が正しいと思うが、同時に情報開示を義務づける必要がある。 徹底した改革で知られるニュージーランドでは、金融業は届出だけで開設でき、世界でもっとも自由なのだそうだが、 情報開示の義務もこれまた世界一なのだそうだ。
 例えば産業廃棄物の処理についていえば、 不適正な処理がされた場合に、その廃棄物はどのメーカーがどの製品のために排出したものか、 中間に介在した業者も含めてすべて公表すればよい。 豊島のような事件があった場合、関係していた企業は深刻なイメージダウンを受けることになるから、 最終処分まで自らきっちり監視することになるだろう。
 もっとも、選択に必要な情報の提供は、法的な規制によるより、NPOなど市民活動を通じて行われることが望ましいとは思う。
 環境を例にあげたが、例えば、5時から残業させるような企業の製品は売れなくなって、処方箋一は、自然に実現するかもしれない。
 すべての分野にわたって、市場制民主主義の成熟が必要である。 これによって、社会の資源が、人びとの望みにもっとも近く配分されるとともに、日本の経済が持っている力相応の大きさに回復できるのである。


処方箋三 情けは人のためならず…21世紀は「愛」の世紀

 「市場原理」が重要だという人たちがいる。 処方箋二で述べたことも、「市場原理」を社会の仕組みとして活用しようという提案である。 しかし、「市場原理」だから「競争原理」だ、勝者と敗者がでるのは当然だ、能力のない者は去れ、 という風に論が展開するならば、私の考えとは少しちがう。
 「市場」は選択のメカニズムであって、競争はそのための手段である。 市場原理を「競争」としてとらえるのは「提供側の論理」であって、 消費側からみれば選択ができる仕組みが整っているかどうかこそが重要なのである。 例えば、「価格破壊」だ「流通革命」だなどと低価格競争の結果は、 店頭には個性のない品物が溢れていて、欲しいものを手に入れることが実は大変難しくなっている。
 「競争」に代わるものとして、私は、「愛」の原理による選択システムを提案したい。

 「文化経済」の時代である(端・前掲)ならば、競争で万人向きの「良いもの」をつくるよりも、 予め特定の志向をもった顧客を想定して、そのニーズに最も適った製品を作り出すことが求められるはずである。
 自動車で考えると、少し前まではほとんどがセダンで、上、中、並とクラスが分かれていて、財布に相談して買うことになっていた。 今は、実に多種多様な車が出ており、自分のライフスタイルに合わせて車を選択するようになった。 マツダのロードスターというスポーツカーは、「『加速』ではなく、『加速感』を追求し」て開発されたそうである。 他にも心地よいエンジン音などにもこだわり、 ユーザーがスポーツカーに求めるニーズをつかんだ「感性設計」によってヒットしたとのことである(「サイアス」'98.11/12合併号)。 文化経済の時代には、車という物ではなくて、車に埋め込まれた情報の価値を買うのである。
 自分の気に入った商品は、まるで自分のために作られたように感じることがある。 そのような製品やサービスを提供するための努力をここで「愛」といっている。
 そもそも経済は、他人が喜ぶものを提供することによって、提供者も報われるための仕組みである。 それによって、できるだけ皆が幸せになろうとするための仕組みである。 とすれば、「競争」よりも「愛」の方がふさわしい。
 乏しい時代には「他人の不幸せは自分の幸せ」であったが、 「他人の幸せは自分の幸せ」という本当に豊かな社会は、実は目の前に来ている。 貪りさえしなければ、みんなが幸せになれるだけの生産力を我々は既に手に入れているのだから。

 日本の「競争」には、もう一つ問題がある。 画一的な尺度にあてはめて序列をつけようとすることであり、これが活力ある社会に必要な多様性を損ねていることである。 例えば、教育の歪みの原因がそこにあると多くの人が気付いている。
 ちなみに、アメリカは競争社会の典型のようにいうが、だれもが考えつかなかったことをするとか、 他の人とは違ったやり方をするということに非常に大きな価値をおいている。 音楽でいえば、上手だがだれかとそっくりな演奏よりも、その人らしい個性的な演奏の方が評価される。 他の人にできない何かが出来ることがその人の能力である。そのような競争なのである。 不必要な競争で消耗することは、やめようではないか。

3 再生された日本の姿

 最後に、私がどのような日本を夢見てこの小論を書いているのかを明らかにしなけれならばないだろう。
 私の再生日本のイメージは、何よりも、一人ひとりの国民が、いきいきと自分のやりたいことに一生懸命取り組んでいる姿である。 それがうまくいけば、自ずと社会全体に活力が出てきて、経済だってうまくいく。 経済のパイを大きくするのは、結局は一人ひとりの個人の活動しかないのだと思っている。
 ちなみに、元ロッキード事件担当検事として知られ、現在弁護士で財団法人さわやか福祉財団理事長の堀田力は、 活力ある長寿社会を構成するための三つの条件を挙げている。それは、
一つは、個を重んじる生き方を、個々人が身につけること、
二つは、高齢者が自らの思いを活かすために社会参加する道が開かれ、生き方が選択できる社会になっていること、
三つは、高齢者はより死に近い存在であるところから、身体や心の不安を除去する社会の仕組みができていること、
だそうだ(「都道府県展望」1999年 1月号)が、私の再生日本のイメージを長寿社会にあてはめればこうなるとも感じられる。
 これらは、そっくり、若い人にとっても豊かな社会であり、私たち高齢者予備軍を含めて社会全体で取り組んでいく方向に思われる。
 このような社会をつくるためには、先に「処方箋」として述べたような発想の転換が必要なのである。


おわりに

 NHKに「みんなのうた」という実に長く続いている番組があるが、 ずっと昔に放送されたうたで「アイスクリームのうた」(佐藤義美作詞、服部公一作曲)というのがある。 昔は王子様も食べられなかったアイスクリームを僕は食べているというのであるが、 いまやそれどころではなくて、私たちは王侯貴族にも考えられなかったような贅沢な暮らしをしている。 私のような庶民でも、各部屋にエアコンがあって、寒い朝起きるとタイマーで部屋が暖かくなっている。 歴史的に見ても、地理的にみても、最高に豊かな生活をしていることは間違いない。 それに加えて、20兆円とも30兆円ともいわれる需給ギャップ、つまりは生産力を温存しているわけなのだから、 決して悲観するような状況ではなくて、私たちはもっとバラ色の夢を将来に託してよいはずである。
 が、そのためには、私たちの持っている生産力をどこに回すかということは、とても大事なことである。 バブルの頃を思い出すと、政治家や経営者、エコノミストたちに任せておくのはいかがなものかと思う。 日本の将来は、専ら経済や政策のレベルで論じられているが、もう少し深いところから考える必要があるだろう。
 近代国家の諸原理を明らかにしたホッブズは、 国王、議会いずれの党派にもくみせず、 「人間にとって何がもっとも重要であるか」を考えたことによって新しい理論を構築することができたという(田中・前掲)。
 為政者の目からマクロな日本の成長を考えるのではなく、 私たちの生活をどうしていったらよいのか、どうすれば私たちは幸せになれるのかという、 いわば「生活者」の視点から考えることが、新たな時代の変わり目にある今こそ求められているのだと思う。
 もっともこの課題は、論文などというものを書いたことのない私には荷が重すぎた感がある。 言いたいことを書いただけ、十分に論証されていない、といったご批判は甘んじて受けたいが、 専門家も含めた多くの人が私の思いを受け止めて真剣に考えてもらえる一助になれば、こんなに嬉しいことはない。

三木二寸さんへのお便り、ご意見は、 Eメールでどうぞ