2002.07.01
5月28日 レッスン2日目
午前中はドラムの練習。
昼間はその日によって場所が違うけど、みんなでお出かけ、
夕方から日没くらいまでがダンスの練習。
これが一日のサイクル。
メイサンはドラムの先生のなかのひとりだった。
しかしまったく変わりなく淡々と教えてくれる。
けじめ、というのとも違うけど
こちらの人のキッチリとした切り替えには感心させられる。
立派な態度だと思う。
ダンスの方は今日もコブラベがついてくれて。
おかげで2日目も人並みにやれた。
練習後、FMの持ってきた『ワールド・ミュージック』という
分厚い本の中から日本のページを、せまがれて読み上げる。
意味もわからないだろうに
日本語の響きが面白いらしくて、これが大ウケ。
エマニエルさんが、日本語でGOはなんていうんだ? って妹に。
「行け」
「イケ?」
これ以降 Ready Go! の号令が、
Ready イケ! に。
「行けでいいんやんな?」
さ、さあ? いいのかなあ。
5月28日 マーケット
今日の昼間は、みんなでマーケットに出かけるという。
うんうん。
これはガーナという国を感じる絶好のチャンスだね。
気合いを入れて行きましょう。
そこは商店のつまった、村だった。
中央にアーケードのような屋根付きの細長い建物があって
その周りにもたくさんの露店がつらなる。
そこを所狭しと人が行き交う。
頭の上に商品を載せて売り歩く人も、固定の店に負けないくらいいるわけで
思い通りに進めないほどの混雑ぶり。
すさまじいパワーだ! ・・・でも何かが足りない、
そんな風に感じた。
今、考えると
その足りない何かというのは、協調じゃないかな、と。
取引というのは、お互いに得をすることだと思う。
交渉というのは、お互いともが得をする交点を探すことだと思う。
だから、商売には信頼が大切なんだと思う。
だけど何だか、ここの人たちは
相手を騙してでも自分が得をしよう、
自分の利益は相手の不利益、自分の不利益は相手の利益、
そんな風に考えているような気がした。
商品で、ひときわ目を引いたのは、魚。
それも、おせち料理のタツクリのようなものが、あちこちで売られている。
まさにタツクリな小魚もあれば
巨大な丸ごと一匹、タツクリになっているのまであった。
さすがにそれには大笑いだ。
しかし、僕が買いたいと思うようなものは、なかなかなかった。
コブラベに何か手頃な物があれば買っていこう、とも思っていたのだけど
適当な物は見あたらなかった。
ま、いいや。コブラベには自分の持ち物から何かプレゼントしよう。
妹がライトを欲しがっているんじゃないか、と言っていたな。
ここであげてしまうと、この先、明かりがなくなって困るかもしれないけど
コブラベが喜ぶのであれば。
このサンダルもうらやましがっていたっけ。
サイズが合えばあげてもいいな。
物は使ってしまえば、それでオシマイだからなあ。
もっと物の他にも、何かコブラベの将来の役に立つような
そんなものも残していきたいのだけど。
コペイヤの最終日までにはまだ時間がある。
じっくり考えよう。
2002.07.01 その2
5月29日 プライベート・ビーチ
蚊帳を再び使ったにもかかわらず、
まぶた(右)と指の関節
を刺されようとは。
まぶたには薬を塗るわけにもいかないので、急いで飛び起き、よく洗っておく。
ここの蚊は毒性はさほどではないようで、これですぐに治った。
それにしても
関節を好んで刺してくるのは、どういう理由なのか。
手の甲側からみると、
すべての指の関節が刺されているのがよくわかる。
今日の昼間は、エマニエルさんのプライベート・ビーチへ行くという。
海に行くと目が痛くなるかもしれない・・・とも思ったけれど
プライベート・ビーチ
とはいかなるものなのか、これは見に行くしかありますまい。
小さい黒ブタが、親ブタの後をついて、一列になって走り
ヤギが座って
ニワトリが歩く。
はぁ〜
そんな景色の向こう側、一面に広がる海。
この砂浜、みーんなエマニエルさんのもんすかあ。
あ、ヤシの木、茂ってる。
あとでちゃんとしたココナッツジュースをごちそうするので
落ちている実には手を触れないように。
実にはヘビがいて、噛まれるかもしれないから。
へえ〜
少し波とたわむれた後は、ヤシの木の側でボケーっとしておりました。
あ、ここにもブタ走ってる。
エマニエルさん、すごいお金持ちなんだろうなあ。
「サトーシ!」 力強く握手される。
そして、自分の名前、ミドルネームなのかな?、はGoという意味なので
これからは「イケ」と呼んでくれ!
って言ってくれた。
イケを、まさかそんなに気に入るとは思わなかった。
他の村の人もそうやって呼んでいたし。
ひょっとして、イケという単語はアフリカでは別の意味があるのかな。
ごちそうになった、ココナッツジュースというのは
甘くも酸っぱくもないグレープフルーツジュースのような味だった。
中が空洞になっていて、そこになみなみと果汁が満ちている。
実自体を器にして飲む。
飲み終わった後は、実を割って内側も食べさせてもらう。
日本でココナッツ入り、とか書かれた
プリンやらゼリーはたしかにこんな味してたかも。
で、・・・ココナッツってなに? ヤシなの?
2002.07.02
3日をすぎると、またしばらく更新できなくなると思います。
妹が引っ越しで、新しい部屋は僕が住み着けないくらい小さいらしくて。
アメリカ単独行動編開始というわけです。
5月29日 コブラベ
いよいよ難しくなってきた。ダンスもドラムも。
コブラベは
「Don’t worry」
と言ってくれるけども。
ブライトさあああああん?
ブライトさん?!
ブライトさん!
左舷弾幕薄いぞ、なにやってんの
練習後にブライトさんを探して、簡単な日本語を書いた紙を渡す。
たとえば
good morning → おはよう → o ha yo u
という具合。
これが大ヒットで、ブライトさんだけではなく
周りのみんなまでも喜んでくれた。
駆け寄ってきたコブラベに
Do you want like this?
うなずいている、良かった。
I make it.
ほお!
ブライトさんはコブラベのお師匠さんなのか!
それはそれは、なんという奇遇。
(↑ と日本語で言ってみたり)
コブラベのお師匠さんに助けてもらったことになるのだなあ。
へええ。
なんだかコブラベが話をしたがっている様子ので場所を移す。
うん、うん。話そう、話そう。
みんなから少し離れた場所に差し向かいで腰を下ろす。
「日本に帰ったら、手紙を出してくれるか?」
ああ、もちろん、もちろん。
あとで住所を教えてくれたなら。
うん。
「Do you like me?」
ん?
これも、もちろんyesだが。
yes,i like you。
聴き取って理解するまで大分かかったが
「今日、学校で先生に教室から出ていけと言われた」
そう言っているらしかった。
何故だ?! 僕の見たところ、コブラベはかなり頭いいように思うが。
何度も聞き直して、ジェスチャーでもやりとりして確認する。
どういうことだ。
Why?
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
わからない。
スローリー&イグザクトリー、one word one wordだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜school fee〜〜〜」
かろうじてschool feeという単語を拾う。
学費か!
これも何度も確認をする。
つまり、you cannot pay school fee、そういうわけだな?
そうか。
奨学金、スカラシップ制度はないのだろうか。
「Can you help 〜〜〜〜〜〜?」
うーん。
うん。
How much?
「50 サウザンド」
50・・・というと・・・
5000bill、と四角く札を描いてみせる、これが10か?
「Yes」
僕がそのお金を出すと、コブラビはどれくらい勉強できるんだろう。
これから先、僕が出し続けられるわけではないし。
それで、How long you can study?
「one year.I finish 〜〜〜〜〜〜〜〜〜.」
そうか。
コブラビは17歳だったな。
見た目、小学生か中学生くらいにしか見えないけど。
僕がそれだけ払えば、コブラビは高校を卒業できるのか。
高校か・・・。
そうか。
うん、うん。
立ち上がってコブラビの肩を叩く。
大変なのだな。
それに比べて僕は。
自分の高校時代を思い出す。
心が大きく振れる。
そして振り戻る拍子に、不甲斐ない我が身に思いが至る。
返事を求めるコブラビに言う。
少し待って欲しい。
wait please.i am thinking.
出したい。
そのお金、払いたい。
これ以上、有意義なお金の使い方があるだろうか。
いまだかつてないほど素晴らしい使い方だ。
しかし!
学費を払う、という行為は友情を越えるもののような気もする。
してもよいことなのだろうか。
sorry,sorry
thinking.
考える。ひたすら考える。
自分の中から結論を探す。
晩ご飯を食べ
外の広場に戻っても
考えがまとまらない。
夜も更け、みんなが部屋へ引き上げる頃、
コブラビに物陰に誘われる。
なんで物陰なんだ?
そこで返事は今夜中がいい、とうながされる。
そうか。
学校は明日もあるんだもんな。
今、ここで僕が払わなかったら、明日、もう学校へ行けないわけか。
だけど、すまん、ごめん、
僕はこんな大事な決断を夜の闇の中ではしたくない。
もう少し考えさせてくれ。
明日、明日の朝、もう一度来て欲しい。
5月29日 眠れない夜
・・・この話、嘘ではないか
心の中でささやかれる。
馬鹿な。コブラビが嘘をつくはずがない。
僕が嘘が嫌いなことは伝えてある。
じゃあ何故、人目をさけてコソコソする?
そりゃあ、学費を無心するなんて格好の良いことではないからだろう。
学費というものは、急に足りなくなる性質のお金ではない。
なんでこんなに急なんだ?
わからない。でも急に足りなくなることもあるかもしれない。
スカラシップという僕の言葉に反応しなかったのは不自然じゃないか?
どうだろう。僕の英語力不足を考えて、あえて説明しなかっただけかも。
昨日学費の足りなかった者が、今日払えるなんてことになれば
誰かに出してもらったことはすぐにわかるだろう。
それでも闇に隠れるか?
そこまで考えるだろうか? 感覚的に人目を避けただけではないだろうか。
今日たしかに学校から帰ってきたコブラビの表情は冴えなかったように思う。
だけど
コブラビの話を裏付けるものは、逆に言うとそれだけしかない。
今の僕は最悪だ。
友を、あんなに良くしてくれている友を、疑っている。
本当だったらどうする?
コブラビが高校を卒業できなくなるんだぞ。
そんなことが許されていいのか?
しかし・・・今の僕に他人の学費を払う資格なんか・・・
いや。今はそれはいい。そこは考えなくていい。
それは僕が非難されれば済むことだ。
そもそも、友達が、学費を出したりするだろうか?
形はこの際、どうでもいいだろう。
今、僕は、友を助けることができる。
助けないのか?
客観的状況は、間接的にながら、嘘だと示しているぞ?
僕はコブラベに嘘は嫌いだとハッキリ言ったことがある!
コブラベの意に添わない答えとわかっていながらも、正直に自分の意見を言ったことがある。
そこまで誠実に接したつもりだ!
嘘なはずがない!
ということは、嘘だったら、決定的に裏切られたことになるな。
だが、もし本当だったらどうする。
コブラベの将来がかかっているのだぞ?
誠実というのなら、信じたらどうだ。
まずは相手を信じる、それがお前のやり方だろ。
だいたい、嘘か本当かなんてことに意味はあるのか?
嘘でもいいじゃないか。
相手はコブラベだ。騙されてやれよ。
ダメだ! それは絶対にダメだ!
コブラベのためにならないだけでなく、村のためにもならない。
こういうことは、どうしても広まるものだ。
もしもコブラベが不正な手段で大金を手にしたとしたら
同じように自分も手に入れたいと思う者が大勢出るだろう。
この村全体の雰囲気が悪くなる。
今後、この施設を訪れた、みんなが迷惑する。
そんなことだけはしてはいけない。
それだけは残して行ってはいけない。
絶対に騙されてはいけない。
こういうときは、問題を大きく掴むことが大切だ。
最大の疑問は・・・コブラベが今まで学費をどうしていたのか、だ。
そして、この国、この村の教育事情はどうなっているのか、だが。
わかるわけがない。
そんなことを僕が知っているはずがない。
しかし、ここが判断のキモだ。
これがわからなければ、判断はできない。
自分で判断できないことは、これではっきりした。
自分ではできない判断を無理にしても
それは間違うだけだ。
ノートを開いて、懐中電灯の下、英文を考える。
This problem is very important.
I can not decide alone.
I want to ask BIG JOE.
I must ask BIG JOE.
You must not hide in dark.
ふう。書きはしたけど、言えるかな。
だいたいジョーにも。なんて言えばいいんだ。
そしてスーツケースを開いて、一応、10枚のお札も用意する。
分厚い札束から10枚だけを抜き取る・・・。
5月30日 早朝
4時・・・か。ニワトリの鳴き声、外のちょっとした気配の変化にも敏感になる。
コブラベだろうか。
そう思って、3度、外への扉の前まで行っては、ライトをつける。
しかし
何の反応もないのだった。
もしもコブラベが来ていたらどうするつもりだったのか。
できることなら、ジョーに相談することは避けたかった。
告げ口のようで気がひける。自分で解決したい。
そんな気持ちも頭をもたげる。
コブラベを前にして、本当に言えたか?
わからない。
みんなが起き出す気配がする。
妹も起きる。
起きあがって開口一番、
「昨日の夜、なんでスーツケース開けてたん?」
そうくるか。いい〜質問だな。
もっけの幸い、打ち明ける。
コブラビから学費を出してくれないかと言われてな。
本当に学費かどうかはわからない。
だけど本当に学費なんだったら、なんとしても出したいと思う。
ジョーに相談したいんやけど・・・ついてきてくれるか?
それで一応、お金も用意していたというわけさ。
「うん。それは相談した方がいいな。絶対、した方がいいな」
たったこれだけの説明で間髪を入れず、こんな返事ができる。
我が妹ながら、良い直感を持ってるな〜、と思う。
だけど、ジョーに、いつ、どうやって、言おうか?
ジョーは、いつも朝が遅い。
コブラベが来てしまったら、どうしたものか。
そもそも、今日の学校はどうするのか・・・そこにも興味はあったが。
心配なかった。
これがまた幸運なことに、何故か今朝だけジョーが早起きなのだった。
ジョーが部屋から出て、水瓶の方へ行くのを見つけて
妹と追いかける。
「Good morning,サトシ」
グッドモーニン、あ、あの。
うーんと、えーっと、
あーーーーーなんて言えばいいんだあああああ。
「He has question.His good friend コブラベ ・・・・・・」
じっと、妹が説明し終わるのを待つ。
ジョーも。じっと聴いている。
話を聴き終わったジョーは、静かに、しかしはっきりと
「I don’t think it’s true」
そう2回繰り返して、首を振った。
そして友子に何事か指示を与えたあと、
「Thank you for asking」
さ、thank you so much。
そう答えた僕に
「Thank you for asking」
もう一度、こう言った。
2002.07.04
5月30日 夕食
ジョーからの指示は、
エマニエルさんに確認をするから、それまで待て
というものだった。
落胆、問題が自分の手から離れた安堵感、寝不足などから力が入らず
この日は一日寝て過ごしたのだった。
コブラビに合わせる顔もないし。
全員が一堂に会する夕食時。
サトシはどうしたのだ? とみんなが心配してくれたみたい。
まったく言葉はわからなかったが
どういう話をしているのかは、わかる。
ジョーが今回の件について、一通りの説明をしているようだった。
クリスチアンさんから鋭い質問が飛ぶ。
サトシは英語ができないのに、どうして学費の話だとわかったのか?
すかさず妹が答える。
彼は、school fee という単語を聴いている。
空気が、重い。
コブラベと仲がいいのは、なにも僕だけではない。
みんなにとっても友達なのだ。
僕なら騙せる、そう思わせてしまった責任を
みんなに対して、感じる。
部屋に戻って妹から、ジョーの話の詳しい内容を聞かせてもらう。
クリスチアンさんの質問は、もっと深かったそうだ。
サトシは、お金を要求されたくらいで何故ショックを受けるのか?
というものだったらしい。
クリスチアンさんは中東から来ているので、よりアフリカに近い文化を持っている。
たくさんお金を持っている人から、お金をもらうのは、特に変わったことではないらしい。
日本の文化と、アフリカの文化、まったく違った文化がぶつかっている。
そこで、人を騙すという行為を一概に悪いとは言えない。
一概に悪い、というのは押しつけである。
今回のケースでコブラベが悪かったのは、僕を傷つけたこと。
コブラベの両親は、今ここにはいないのだそうだ。
コブラベを、エマニエルさんに頼んで預けていったのだという。
育ててくれそうな人に子供を預けるというのは、よくあることらしい。
つまり
家、服、食事、そして学費に至るまで、すべてエマニエルさんが出している。
しかし
こういう行為、村を訪れた人を騙すような行為については
常々、警察に突き出す、と言ってあったそうだ。
今回のコブラビには
エマニエルさんとジョーから
「strong talk をしたって」
5月31日 朝
「オハヨウゴザイマス」
日本語を勉強しているというマット、博識っぽいマジック・マイクあたりが
そう挨拶してくれる。
あ、どうも、おはようございます。
「オニガシマス!」
鬼ヶ島す?
たしかにエヴンは鬼ヶ島にいそうだけど。
あ。あー、あー、あー、「おねがいします」か。
エヴン、合気道してるんだもんね。
こちらこそ、おねがいします。
日本語とは。今朝は特に・・・気を使わせちゃってるなあ。
みんな、ちょっと廊下で顔を合わせたようなときまで、毎回ちゃんと挨拶してくれる。
アメリカの人たちは、日本人が会釈や目礼で済ませるような場面まで
しっかり言葉を交わすのだなあ。
この頃になると、
うっかり日本語で話しかけてしまうくらい、通じるんじゃないかと思ってしまうくらい
仲間に親しみを感じてきていた。
朝食後、ジョーから友子をまじえて話がある、とのこと。
広い食堂に3人で座る。
ジョーがしゃべり、友子が通訳する。
今、一番大事なことは、お互いに許し合うことだ。
サトシはコブラベと話をしなければならない。
騙そうとされたことで、どれだけ傷ついたかを伝えなければならない。
そうすれば二度と騙そうとはしなくなるだろうから。
わかったか?
わかりました。僕は怒ってはいません。
話し合ったその上で、もう一度、友達になれるか?
わかりません。それは話し合ってみないとわかりません。
ジョーや友子が、一緒に立ち合おうか?
いいえ。2人で話し合います。
握手をするジョーの表情は満足そうだったな。
それにしても、話の展開がアメリカのホームドラマのような。
本当にこんな感じなんだ。
だけど、その通りだ。
このままより、話をする方がいいだろう。
部屋に戻ると、友子が両手を広げ気味に下に出してくる。
なんだ、その構えは?
僕の左手をとりながら
「もーーー、こういうときはハグしあうんやに」
でけるか!!
5月31日 午前
今日の午後には本番がある。ここで習い覚えた成果を村の人たちの前で披露するのだ。
なのでこの午前中のレッスンはリハーサル的なものになった。
まずは軽く準備運動。
軽快なベルに合わせてステップを踏みながら、一人ずつ前に出て
なんか色々やってる。
え? なに? なんなの?
もう最後、僕しか残ってない、僕の番なんだけど。
「オリジナルのエクササイズを、する」
お、おりじなる、やったんか。
カンカンカン、カンカン
カンカンカン、カンカン
カンカンカン、カンカン
ど、どないしよ。とりあえずステップしながら前に出て考える。
あ、日本人なら、これしかないっしょ。
ラジオ体操第2のアレを! かましておきました。
みんな笑っていたけど
やっぱり妹のウケが一番良かったな。
「ダンスorドラム?」そう訊ねられる。
FMあたりから、ダンス! ダンス! という声が飛ぶが
ぶるぶる、とんでもない。
木の実に貝殻付きフィッシングネットをかぶせた、例のマラカスに駆け寄る。
こ、これなら多分、なんとか。
完璧にするのは難しいけど、そこそこになら、おそらく。
そんな僕を見て、
エマニエルさんが親指を突き出しながら
「イケ!」と笑った。
2002.07.05
5月31日 午後
いよいよ、僕らが村の人たちの前で成果を見せるときが来た。
ダンスを選んだ人は衣装を身につけるんだけど。
男は上半身、裸。
それに手・足・腰へフリルのようなものを装着するので
相当かわいいことに。
特にジョーなんか。
コブラビを見かけるけど
挨拶だけして話そうとはしない。
うーん、まあ後だな。
僕は楽器担当なので、ひと足先に舞台となる木の下へと向かい
マラカスを握る。
なかなかの人だかり。みんなやっぱり興味あるんだ。
緊張は、あんまりないな。
僕のやることは、ごくシンプルだし。
ダンダタタン、ガガン
マスタードラムが鳴る。
ドラムや、マラカスやベルがたくさん鳴るけど
踊る人が聴くのは、このマスタードラムの音。
僕は、この出だしの音を聴いたら
パ、パチパパチパチパチパパ
と叩いておいて、あとはベルの音を聴いて、それに合わせて
パチパパチパチパチパパ
パチパパチパチパチパパ
パチパパチパチパチパパ
と叩いていけばいいんだと・・・思う。
最後のあたりでも少し変化があるけど、そこはもう、適当ということで。
この曲の出だしは、ちょっとずらされていて
最初の音が『1』じゃないんだ
って、たしか妹が言っていた。
ドラムに合わせて入場する先頭はジョー!
巨体を揺らしながら、すごい迫力!
激しくコミカル!
会場中、もうドッカン、ドッカン受けている。
みんな大笑い。
さすがはBIGジョー。
僕もマラカスをたたくのをやめて、写真を撮ろうかと
本気で検討したくらいだ。
動作のひとつひとつ
踊り手の一挙手一投足に歓声が上がる。
演劇風味になっていて、
踊り手同士が殴り合うシーンがあるのだけど
友子あたりに殴られて、巨体のジョーが痛恨の表情で倒れようとすると
もう、すごいすごい盛り上がり。
うわー! っと。
ドリフのおばちゃん顔負け。
もう僕も笑いすぎて、リズムを外すことしばしば。
だけど横に子供がついていてくれて。
僕が間違うとリズムを修正してくれるのだった。
踊りながら、入ってきたときと同じように退場していく。
踊り手が広場から姿を消すと、ドラムも終わる。
パフォーマンスは大盛況だった、と言っていいと思う。
マラカスを置いて、駆け出そうとする子供の肩をたたいて
Thank you、というと
振り返って、
とても良い笑顔を返してくれた。
さて。現在、僕のするべきことは。
コブラベを探して声をかけることだ。
探す。
声をかける。
あとで、と言われる。
少し間をおく。
探す。
声をかける。
あとで、と言われる。
うーむ?
その後も、あとで、ばかり。
パフォーマンスが終わったあとも大盛り上がりは続く。
ジョーがドラムを叩けば
子供達が全員といっていいほど踊りまくる。
FMがギターを弾けば
輪になって、リズムに合わせてドラムやマラカスを叩く。
エマニエルさんまで大はしゃぎ!
僕もその輪の中に引っ張ってもらっちゃって
「ボブ・マリー」だよ。知ってるだろ? って感じで。
残念ながら知らないけど。
マラカスを渡されてしまったので、適当に合わせて叩く。
みんな大ノリだ。
あれ。
リズムに合わせているだけなのに、何だか僕まで楽しく・・・。
「Happy?」
YES!
何も考えなくていい、快感。
こういうのも良いもんだ。
5月31日 夕食後
「コブラビと話、した?」、妹に訊かれる。
いや。まだ。
何度か呼び止めたんだけど、あとで、と言われてな。
「ふーん。でも話そうとはしとるんや」
ああ。まあな。
クリスチアンさんが特に心配してくれているという。
あれだけ良い関係にあった、僕とコブラベが、このまま別れてしまっては
この先ずっと、後味の悪いことになる、
話し合った方がいい。
そう言ってくれているそうな。
みんな、すごいな。
しかし向こうの方が避けてくるんだよなあ。
「それは多分、怒られると思ってるんとちゃう?」
そうやろか。
「そうやに、きっと」
なら最初に怒っていないということを言う方がいいか。
じゃあ、行ってくる。
裏手に回って、扉をくぐる。
あの月夜の晩、コブラベに出迎えてもらった、あの場所へ行く。
僕の姿を認めると
すぐにイスが用意され、座るように勧められる。
正面には今日もヴィクトさんが座っていた。
現地語で、ひとりひとり順番にしゃべっていっているようだった。
なんだろうな?
だけど僕は、兎にも角にもコブラベと話をしなくてはならない。
なんとなく話の区切りを見つけて
話をしようと、人差し指を僕とコブラベの間で振る。
「Don’t worry,Don’t worry」
何が心配ないんだろう?
まだ引き延ばすつもりだろうか?
I must talk.
「Don’t worry,Don’t worry」
更に繰り返すコブラベに
「Talk him」
ヴィクトさんの一声で、場は静まる。
i dont angry.
if your word is true,i want to pay.
i have painful.
i suspect friend.
painful!
understandか?
うん、うんとうなずいて、Don’t worry とだけ言ったコブラビへ
ポケットから取り出した
簡単な日本語の会話表と、ローマ字付きの五十音表を手渡す。
あの月夜の晩と同じように、コブラベは僕のイスの肘掛けに座っているし
ヴィクトさんも正面にいる。
だけど今夜は星が多いな。
再開された現地語の飛び交う中で
ただ夜空を見上げるのだった。
5月31日 夜
星を見ていた僕のところへ、誰かがやってくる。
そして何かをまくしたてている。
ん? 妹? 妹がどこにいるかなんて知らないけど。
え、違う?
My sister is looking for me?!
おっと、それはいかん。立ち上がる。
行かねばならない。
一礼して立ち去る。
なんだろ?
足早に道を急ぐ僕の前に、人影が見えてくる。
誰かが僕の前を歩いている。
誰だろう。
追いつくと・・・それはジョーだった。
友子から聞いた話が脳裏に甦る。
ジョーは25歳のとき、ガーナの大学で音楽を勉強しようと決意して
単身ガーナへと向かったそうな。
しかしそのときのジョーは、まったくの世間知らずで
ガーナへ行くのが嬉しくて嬉しくて、空港でも機内でも
ガーナに行くんだ、ガーナに行くんだ、とふれてまわったんだと。
すると、その中のひとりが、
お金とパスポートを渡せば、ホテルから何から手配してあげよう、
と言ってきて。
「なんて親切なんだ!」と思ったジョーは根こそぎ盗られたのだという。
そして当のガーナは
クーデターの真っ最中で。
警戒が厳しいのが幸いして、パスポートは戻ってきたのだけど
大学に人が居なくて、入寮の手続きをとるのが大変だったそう。
そしてやっと入った寮は・・・とても住める代物ではなく。
タクシーをとめて、一番高いホテルへ!
そこでぐっすり眠って起きてみれば
体中を蚊に刺されていたらしい。
そんなゼロからスタートして
BIG・ジョー、グレーター・ジョーとみんなに呼ばれてるんだもんな。
さすがです。
駆けつけた僕を見た妹は、
「え? なに? 別に探してなんかないよ?」
返す返すも、さすがです。
「あ、だけど、私とお兄ちゃんの2人に話があるっていう人はおる」
へええ。
友子を間に挟んで、3人で花壇の縁に腰掛ける。
暗くて相手の顔はわからない。
知っている人だろうか?
どうやらその人は、友子を通訳に、僕に話があるようだった。
アポロジャイズ、ベギング、ドウターという単語が聞こえてくる。
「まず、ベギング(物乞い)することを、ごめんなさいって」
そして、現在、娘さんが入院している苦境にあって、
いくらでもいいから助けてくれないか、ということらしい。
言ってやってくれ! 僕がとても人にお金をあげられるような立場にはないことを!
気にしないでくれ、と肩をたたかれたが。
いいえ、気になります。
娘さんが良くなるように、祈るだけはさせてもらいます。
6月1日 コペイヤ出発
一夜明けた出発の朝、正面前の広場はごった返していた。
主に子供たちが集まってきていて
他の人からだろう、もらったプレゼントを手に手にしている。
僕の所にも子供が一人やってきて、お金をくれ、という。
思わず苦笑い。
だけど、こういうストレートな要求は嫌いじゃない。
お金はあげられないけどな、
君は知らない顔じゃないし、代わりにこの鉛筆をあげよう。
コブラベも来ていた。
僕と眼が合わせられないようだった。
それは・・・コブラベも傷ついたということなのだろうか。
とても弱々しい、しかし丁寧な握手で。
一言、
「see you」
そう言った。
盛大な見送りの中、ワゴンは次の村へと出発する。
2002.07.05 その2
今、ボストンは7月4日、ジュライ・フォースとかいう独立記念日です。
今日、アメリカで何らかのテロがあるんじゃないか、などと囁かれていたりします。
だからといってお祭りを見逃すことなどできようはずもなく。
次の更新は8月になると思います。
では、8月にまた。