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- 1785/02
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数名の子供が、エリー・ケドワードが彼らの血を抜き取る目的で家に誘い込もうとしたと訴え出る。ケドワードは魔術を使ったかどで有罪となり、寒さのとりわけ厳しい冬のさなかに追放され、以後死んだものとの憶測がなされていた。
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- 1786/11
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- ケドワードを告発した者全員と町の子供たちの半分が真冬の頃までに姿を消す。町の人々は呪いを恐れ、ブレアの地から逃げ出し、以後二度とエリー・ケドワードの名を口にしないことを誓う。
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- 1809/11
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- "ザ・ブレア・ウィッチ・カルト"が出版される。一般的にはフィクションと考えられているこの稀少本は、追放された魔女によって呪われた町のすべてを記したものである。
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- 1824
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- ブレアの地に、バーキッツヴィルが築かれる。
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- 1825/08
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- 青白い女の手が上がって来て10才の
アイリーン・トリークルをタピー川に引きずり込むのを見たと11人の目撃者が証言する。アイリーンの遺体は発見されずじまいだが、彼女の溺死後13日間、油にまみれた木切れの束が小川に多数浮かび、流れがよどむ。
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- 1861〜1865
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- 南北戦争
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- 1878?
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- ロビン・ウィーバー誕生
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- 1886/03
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- 8才の ロビン・ウィーバーが行方不明と伝えられ、捜索隊が出される。ウィーバーは戻るものの、捜索隊の一つが帰還せず。手足のところで縛り合わされ、内臓を完全に抜かれた彼らの遺体が、数週間後ひつぎ岩で発見される。
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- 1903
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- ラスティン・パー誕生(1941年当時、38才だったから)
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- 1923?
〜1928?
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- パーの家建て始め(彼が20代前半のときのこと)
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- 1932?
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- カイル・ブロディ誕生(ラスティン・パー事件のとき9歳だった)
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- 1940/11/13
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- エミリー・ホランド誘拐される。
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- 1941/01/08
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- テラ・シェリー誘拐される。
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- 1941/02/20
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- スティーブン・トンプソン誘拐される。
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- 1941/03/05
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- マイケル・ギドリー誘拐される。
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- 1941/03/13
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- エリック・ノリス誘拐される。
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- 1941/04/02
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- ジュリー・フォーサイス誘拐される。
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- 1941/05/20
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- マーガレット・ロウエル誘拐される。
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- 1941/05/25
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- ラスティン・パーという名前の中年の隠遁者が地元の食料品店に現われ、その場にいた人々に自分は「ついにやり遂げた」と語る。彼が隠遁暮らしをしていた森の中の家に、徒歩で4時間かけて到着した警察が、行方不明だった7人の子供の遺体を地下の貯蔵庫で発見する。どの子供も儀式めいた殺され方をしており、内臓を抜かれていた。パーはすべてを詳細にわたって認め、彼の家の近くの森に住む「年老いた女の幽霊」のためにやったのだと当局に語る。彼はすぐに有罪を宣告され絞首刑に処される。
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- 1941/11/22
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- ラスティン・パー絞首刑
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- 1943?
1944?
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- ロビン・ウィーバー死亡直前
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- 1970/11/09
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- マイク・ウィリアムズ誕生(フライヤーの年齢は、24才)
公式HPにあるマイクの書いた経歴書の1973年1月23日は、年齢をごまかしていた?
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- 1971
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- カイル・ブロディ死亡
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- 1971?
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- ジョシュ・レナー
ド誕生(フライヤーの年齢は、23才)
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- 1972/08/17
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- ヘザー・ドナヒュー誕生(フライヤーの年齢は、22才)
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- 1994/10/20
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- モンゴメリー大学の学生、ヘザー・ドナヒュー、ジョシュ・レナー ド、マイク・ウィリアムズが、学校の課題用にブレア・ウィッチの伝説について地元の人々にインタビューするため、バーキッツヴィルを訪れる。ヘザーは、生涯をこの地で暮らしてきた人物でメアリー・ブラウンという精神に異常をきたした年老いた女性にインタビューする。メアリーはある時、タピー川の近くで、半分人間で半分動物のような毛むくじゃらの獣の姿をしたブレア・ウィッチを目撃したと主張する。
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- 1994/10/21
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- 早朝、ヘザーは2人の釣り人にインタビューし、ひつぎ岩は町から20分もかからないところで、昔使われていた伐木搬出用の道を使えば簡単に行くことができると教えられる。撮影隊はその後まもなくブラック・ヒルズ・フォレストに入って行き、その後再び彼らの姿を見たものはいない。
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- 1994/10/25
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- 最初の緊急配備が敷かれる。その日の午後、ジョシュの車がブラッ
ク・ロック・ロードに停められているのが発見される。
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- 1994/10/26
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- メリーランド州警察がブラック・ヒルズ一帯について、捜査員100
人と警察犬、ヘリコプター、国防総省の衛星による上空飛行までを動員した、10日間にわたる捜索活動を開始する。
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- 1994/11/05
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- 人時にしてのべ33000時間を費やしたものの、撮影隊の足取りも、遺留品
も発見できないまま捜索活動が打ち切られる。ヘザーの母のアンジー・ドナヒューは、娘とその2人の連れについて個人的に徹底的な捜索を開始する。
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- 1994/12/23
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- メアリー・ブラウンがジョシュ・レナードの亡霊を目撃。
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- 1995/06/19
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- 事件の迷宮入りが宣言される。
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- 1995/10/16
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- メリーランド大学の人類学科の学生たちが築100年の丸太小屋の基
礎部分の下に埋められていた、フィルム缶・DATテープ・ビデオカセット・Hi-8ビデオカメラ・ヘザーの日記・CP-16フィルムカメラが入ったダッフル・バッグを発見する。証拠を調べたバーキッツヴィルのロン・クレイヴンス郡保安官は、モノクロのフィルム11ロールと10本のHi8のビデオ・テープは確かにヘザー・ドナヒューとそのクルーの所持品であると発表する。
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- 1995/12/15
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- バッグの中身について最初の調査が行われた後、いくつかのフィルムの映像が家族に見せられる。アンジー・ドナヒューによれば、普通ではない出来事が何箇所か収録されているものの、決定的な事柄な何も映っていないという。家族は分析が徹底的に行われたかどうかについて疑問を抱き、さらなる閲覧を要求した。
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- 1996/02/19
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- 家族は他のフィルムの抜粋を見るが、地元の警察関係者は
これを捏造されたものだと見なした。激怒したドナヒュー夫人は公の場で批判を行い、クレイヴンス保安官は証拠のいかなる閲覧も禁止してしまう。この措置に対し2件の訴訟が起されたが解除することはできなかった。
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- 1996/03/01
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- 郡保安官本部は、証拠が決定的なものではないと発表し、事件はまたも
や迷宮入りを宣言される。フィルムは機密区分措置が終了する1997年10月16日をもって家族に返還することが決定された。
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- 1996/04/30
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- バック・ブキャナン、スティーヴン・ウェイトリー、カーロス・ソネンバーグ、
ダイアン・アールクィストがフィルム発見現場で捜索活動を行う。
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- 1997/10/16
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- 発見された、子供たちの最後の日々を記録したフィルムがヘザー・
ドナヒュー、ジョシュ・レナード、マイク・ウィリアムズの家族らに返還される。アンジー・ドナヒューは映画会社のハクサン・フィルムズにコンタクトをとり、フィルムを調査して、1994年の10月20日から28日の間に起こった出来事の映像をつなぎ合せるよう依頼する。
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