風,通る部屋     Junchoon

あれはいつ頃からだったか...。 気がつくと、あの部屋へと足が向いていた。

生活の匂いのない部屋。 飾り気どころか。 埃が積もり。 紙屑や、血の染み付いた
包帯が散乱した、あの部屋。

なぜこんなことしているんだろう。

そう思いながら、ただゴミを片付けて。 話し掛けて。
家のことをしに帰る時間まで。

帰ってくるのは、ただの相槌と。 戸惑ったような、ありがとう、だけ。

話題を見つけるのが辛かった。 話すことが無くなって、気まずい沈黙が流れても。
それでも。 あの部屋へ行くのをやめられなかった。

なぜなのか。 わからない。 いつの間にか、その答えを探すのが目的になっていた。
そんな気がする。

いつだっただろう。 もう話すことなんか何もなくて。 彼女から話し掛けてくる
こともなくて。

彼女は、ただ机で本を読む。 僕は、片付けも終わってしまって。 でも何となく
帰る気がしなくて。 ただベッドに腰掛けていた。

話題を探すのもばかばかしくなってしまって。

ただ何をするでもなく。

その時に、ふと気が付いたんだ。 沈黙そのものは、苦痛じゃないことに。

ただ彼女と同じ部屋にいて。

ただ一緒の時を過ごすだけ。

それだけのことなのに。

無理に話題を見つけようとしない。 たったそれだけの違いなのに。
何故か。 とても心地好かった。
不思議な、居心地のよさ。

学校では。 あいかわらず無愛想なやっちゃなぁ、とトウジは言う。
でも碇がいるとそうでもないぜ、とはケンスケの弁。
彼女の近くの席の子は、なんだか居心地悪そうで。
どうしてだろう?

彼女がどう思っているのか。 そんなこと、わからない。
でも。 拒まれもしないから。

僕は、毎日足を運んだ。 彼女のいる、あの部屋へ。

掃除して。 ゴミを片付けて。
話したいことがあれば話し。 何も無ければ、ただそこにいる。

そんな時が続いたある日。

いつものように声をかけて。 いつものように扉を開けると。
部屋は、奇麗に片付いていた。

相変わらず飾り気はないけれど。 清潔さは保たれた部屋。

掃除をしてあげる、という理由はなくなったけど。
僕はいつものように部屋に上がり。 ただ、一緒の時を過ごす。

彼女が拒まないから。 不思議な居心地の良さが、包んでくれるから。

そんな日が、しばらく続いた後。

ある日、彼女はベッドに腰掛けていた。
いつも僕が座っているところから、少し離れて。

椅子に座ろうか。
少しだけ迷ったけれど。

僕は、いつもの場所に座り。 ただ、同じ時を過ごす。

ただ。

彼女の座る位置は。 毎日。 少しずつ、近づいてきた。

そして。 拳ひとつの距離になった日。 思い切って。
彼女の方へ、近づいた。 肩の触れあう距離。
彼女は、あとわすかの距離を越えて。 僕に身を寄せた。
肩に優しく重みがかかり。 彼女の温もりと柔らかさを感じて。
彼女の匂いを間近に感じて。 内心少しどぎまぎしたけど。

でも。 その感覚は少しも嫌じゃなかった。 ちょっと嬉しい...。

ある日。 いつものように声をかけて。 いつものように、扉を開けようとすると。
壊れていた筈の鍵が、かかっていた。

「...一人...?」

「うん...」

「そう...。 入って」

たったそれだけの会話。 鍵が開く音がして。 扉が開く。

招かれるまま、部屋に入る。 軽いパニックを、抜け出せないまま。

何も変わらない、部屋。 背中ごしに、鍵のかかる音。

そして。

彼女が差し出したもの。
部屋の、合鍵。

「一人で来た時だけ、使って」

そう言って。

どうして僕に...?
どうして、一人の時だけ...?

浮かぶはずの疑問が、何故か、あの時は浮かばなかった。
ただ当然のように差し出された合鍵を。 当然のように受け取って。

いつものように寄り添って座り。 いつものように、ただ一緒の時を過ごす。
それだけなのに。 なぜか、いつもより、胸の鼓動が速かった。

でも。 それは、とても心地好かった。

ある日気が付くと。 いつの間にか、彼女の肩を抱くようになっていた。
でも。 彼女は、一度も拒まなかった。
むしろ。 それまで以上にしっかりと身を寄せた。

そんな日が暫く続いて。

ある日。

いつものように、鍵を開けて。 いつものように、部屋に入る。

何か違う。

彼女は、初めてみる服を着ていた。

白一色。

大胆に胸元の開いた、ノースリーブのブラウス。
ミサトさんのほどタイトじゃない。 でも、同じくらい、大胆に短いスカート。

薄手の生地が、透けそう。

見蕩れて。 立ちすくむ僕を。 彼女は、立ち上がって迎えた。 そして。
いつものように寄り添って座り。 いつものように肩を抱くと。 いつもと違う、
滑らかな感触。 胸元から、白いふくらみが覗く。

気のせいか、いつもよりはっきり、彼女の匂いを感じた。 その優しい香りが、
かえって、気持ちを落ち着かせてくれた。

気持ちが落ち着くと。 なぜか、見ちゃ駄目だ、という気がしなくなっていた。

それ以前に。

年齢と、細身の体つきの割にかなり豊かなふくらみも。 スカートからすらりと覗く
素足の滑らかさも。 僕に、目を逸らすことを許さなかったけど。

どうしたの。 そう聞いてみたら。 葛城3佐に買ってもらった、と。
部屋着専用にしなさい、と言って。

NERVからの帰りに、普段、部屋でどんな服を着ているか聞かれて。
制服だと答えたら。

勢い込んだミサトさんに、ブティックに引っ張りこまれたらしい。

いきさつを話しながら。 本の最後のページを読み終えて。 本を閉じ。

彼女が顔を上げた。

まっすぐ僕の目を見つめる彼女と、視線が絡みあう。

そして。

きっと碇くんも喜ぶ、って言われたから...。

そう言って、そっと微笑んだ。

少し、見つめあって。

どちらからともなく。 何故か、当たり前のように。

唇が、重なった。

彼女の手を滑り落ちた、ハードカバーの本。 床に落ちて、ゴトリと音を立てる。
でも。 それさえも気に掛からなかった。

やがて。 唇を離して。 お互いの目に映るのが、自分の姿だけだと気が付いた。

そして。 二度目の口づけ。
蕩けるように。 熱く。

そして。 僕達は知った。

彼女が、理解できなかった。
僕が、気付かない振りをしていた。

自分自身の、ココロを...。

二人で迎えた翌朝の、彼女の微笑みは...きっと、一生忘れられない。

そして、今。 打ちっぱなしだった壁には壁紙が。 窓にはカーテンが。
小さいテーブルと2脚の椅子。 二人分の食器と、洗面道具。 全部、二人で選んだ。
余分なものは何もない。 でも。 料理道具や掃除用具も。 必要なものは揃って、
掃除も行き届いてさっぱりとした部屋。

クローゼットにも、少しずつ。 制服じゃない服が揃いはじめている。

最初は、驚いたけど。 家事全般、レイの腕は、正直、僕ではかなわないほど。
一人暮らしを始める前、リツコさんに仕込まれたと言ってた。

どうしてしなかったのか聞いてみたら。 ひとりだと、やる必要を感じなかったと。
ちょっと恥ずかしげに微笑んだ。

でも何故だろう。 リツコさんの料理なんて食べた事ない筈なのに。
レイの料理は、とても、懐かしい味がする...。

最近は、レイが夕食を作りに来てくれる。 学校が終わって、NERVでの仕事が
ないと。 レイの部屋で二人の時を過ごして。 レイと一緒に帰って。 レイと一緒に
家事をやる。

4人と1羽の夕食の後。 レイを部屋まで送る。 その時は、すぐ帰らないといけない
のが、とても辛い。

朝食と、アスカの弁当は僕が作る。 でも、僕の弁当は、レイが作ってくれる。
レイが全部やると言ってくれた時、何故かアスカが猛反対。

レイとアスカの睨みあいは背筋が凍るような迫力があって。 レイにもそんな一面が
あることを知った。

結局、今の形で妥協した訳だけど。 アスカ、なんで反対したんだろう。

今はまだ、ミサトさんやアスカの帰らない日しか泊まれない。

そう、今日みたいな。

だけど、いつかは...きっと...。



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レイが殺風景な部屋で暮らしていたのは
”一人だと必要がなかったから”だとは思い付きませんでした。
…しかし、シンジって不器用な奴。


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