Half 〜 半身 〜


 今となっては、すべてが遅すぎる……

『お前の身も心も、全てが欲しい…』
 一言、ただ一言乞うだけで……それだけで何もかもが変わっていたかもしれない。
 だが、俺は真実を口にはしなかった。いや、出来なかったといったほうが正しいのだろう。
 俺は望みを捨てることが出来なかった。仮にあいつがかまわないと言ってくれたとしても、このおぞましい体のまま、あいつに触れることなど出来はしなかっただろう・・・・・だからこそ、言えなかったのだ。
 俺は1人、この体を元に戻すために、ありとあらゆるものにすがり、その度に落胆し、ともすれば絶望に苛まれてきた。だが、それでも諦める事など出来はしない。今もあてどもなく、うつつをさまよっている。
 そう、例え何度落胆しようと、『ただ前を見てひたすら希望を探し続ければ望みは叶う。』あいつからそう教わったからだ。そして、それが為に俺は抱えた希望の数と同じだけ落胆をも抱え続けている。

 不意に、俺の口からぽそりと呟きが漏れた。
「フッ・・・・希望だけを見ていれば・・・・いい。」
 台詞はいっぱしであっても、力が篭ってないことが分かる。結局、ここにも何の手がかりも得られなかったからだろう。
 俺は身体を翻し、自分の言葉で妙に気だるくなってしまった足取りで、ようやくこの場を後にした。



 懐かしい微笑みが、胸を絞めつける…

 今も、旅を続て、ふとあの頃を思い出す時に・・・・・いや、気がついた時にはあいつのことを思い出している。他の何を忘れたとしてもあいつのことだけは、必ず。問題は、記憶を引き出した時、あの微笑が終始俺の脳裏をつき纏う事だ。一瞬でも気を緩めれば魅了されてしまうほどの微笑が…だが、それは俺の胸を只々締めつけ、荒涼とした心持にさせるだけだった。
 どれほど手を伸ばそうと、叫ぼうとあの笑みが俺のものにはならないからだ。
 この事実が、此れほどに俺を切り刻むとは予想もしなかった。今、俺には、すぐ身近にけたたましい足音を立ててやってきている絶望を感じている。



 たとえ誰を傷つけたとしても、あの時に、君のこと奪えばよかった…

 これほどに、自分がたった一人の人間に、しかも、女に縛り付けられてしまうとは思いもよらないことだった。逆の立場というのならば、幾度か経験済みではあるが…。
 これまで、ひたすらこの現実を意識的、無意識的に否定しつづけてきたが、もう、限界だ。想いは、すでに臨界点を超えてしまっている。何時、暴発するか……。心は暗い劣情の刃が猛威を揮って俺を傷つけている。だが、俺はその刃から逃げ出すことができない。この痛みを受け続ける自分を寸時、マゾヒズムに傾倒しはじめているのではといぶかしみもした。しかし違う。あえて・・・あえて刃を、自らを止めるために受けているのだ。じくじくと続く痛みにまかせ、心を麻痺させて、いつ何時、突出するかしれない激情を只〃押さえ込むために・・・ひいては、リナのあの綺羅の如き微笑を消さない為に・・・。仮に、この刃から隙を見て逃れられたとしても、その逃亡は一時的なものでしかない。逃げ場などないのだ。いずれ、バッサリやられるだろう。闇雲にとち狂った俺自身という追手によって。そして、捕まった時こそ、安易なダンディズムに浸る俺の消滅を意味するからだ!目前の現実のために!!!

『おめでとう、リナ』、『リナ、しあわせにね』

 今、目前では美しい悪夢が繰り広げられている。
 「リナ=インバースの結婚。」
 まるで、何かの紙芝居を見ているようだった。
 あいつ――リナがウエディング・ドレスを着て微笑んでいる。俺の欲した、柔らかく美しい微笑…。だが、それは俺のためではない、他の男のもので……。
 何も、考えられない…俺の中はほとんど空白の状態だった。ただ、胸が揉み絞られるように痛かった。
 手に入れたかったものはあの笑み。髪、瞳、唇・・・、なにより、その心。
 そう、もう理解して……いや認めている。俺はあいつが欲しかった。恋うているのだ。あいつ自身を、心を、無垢なる魂を!!

 今は只、もう手に入らないあいつを見送っている俺に、ココロの中に住まう兇暴な魔剣士が嘲笑していた。
 『馬鹿な奴だ。欲しいのなら、力ずくでさっさと奪ってしまえばよかったのだ!!何を遠慮する必要がある?くっくくくく・・・』
 嘲笑は、見事なほど的を得ていたただけに、更に俺を苛むだけだった。



 忘れようとしても、忘れられない刻。

 リナの結婚式…
 俺が、生を歩みつづける限り忘れられない出来事。刻。
 目前で繰り広げられる俺への私刑に抗するために、俺は脳裏にあいつと共有した記憶、忘れられない刻を流しつづけている。そうでもしなければここにいる全てのものを破壊しようとしていただろう。幾度、攻撃魔法を放とうとしたことか……。そのたびに呟いていた。『俺は、冷酷非情だが、残虐ではない!残酷ではあっても、殺戮者ではない!!』

 声にならない絶叫を放ちながら、俺はあいつとの思い出に逃避しこの現実を否定した。そして、逃げ込んだリナとの記憶さえ、否定していた。この狂おしい恋慕故に。



 あの場所、一人で訪ねれば涙はまだ涸れていなかった…

 そして、俺は居たたまれなくなりその場から人知れず逃走した。
 気がつけば、リナと出会った町に立っていた。
「リナ、お前が、欲しい……」
 いつのまにか、呟いていた。今も変わらない、変わりようはずのない俺の心を表現するたった一つの言葉だ。
 いつか想いが伝わるのではないかと、傍にいた日々。それも只の徒労に終わってしまった。真に望むものはもう手にすることは叶わなくなったのだから。そのことが脳裏を掠めた時、瞳から零れる涙に慄いた。涙など、遥か昔に涸れ果てたと思っていたのに。合成獣の狂戦士となったあの時から。
 俺は、その場所に根を張った樹木のように佇んでいた。
 しばし、夜露と見まごう雫が舞っていた。



 忘れようとしても、忘れられない女。―――

 長い間さまよって、ようやく見つけた俺の半身。だがもう望みは・・・・叶わなくなってしまった。
 この現実に耐えられるだろうか。
 否、だ!いっそのこと・・・そう、すぐにでもこの恋慕を切捨ててしまえばいいのだろう。だが、俺はそれ程器用にはできていない、望んだものがモノだけにおおよそ不可能事だろう。
 今現在も苛み、鱠切りにされ続ける心臓を生涯抱え続けなければならないのだ。この癒す当てのない疵と痛みをどうすればいいのだろう……。
 我ながら恥ずかしいほどの女々しさだ。
 己の恋々とした心に半ば呆れ返り、顔には苦笑が浮かぶ。
 苦しいはずであるのに、心のどこかで『これでいい・・・』とも感じている。それがどうしてか、などと解ろうはずはない。だが、いずれその答えを見出すことも出来るだろう。
 半ば闇に身を置く俺が今もって『恋』をしているという事実を認める事ほど難しいことではないはずだ。
 これから先、如何なる答えが導き出せるのか・・・それを見極めるのも、また一興だ。
 なにより、痛みを乗り越えてこそ、更に強くなると確信している。


 痛みも、想いも滴り続ける心の雫に塗込められて、いずれは琥珀に変わる。
 疵が疵でなくなる。
 想いが思い出に変わる。
 そして、すべてが輝石となるだろう。



完。


うーむ。妙に暗くなってしまいました。
もう少し、明るいのをupできんもんか。
元ネタがこれまた妙に暗かったので仕方のないことなのかも。
とりあえず、今回のコンセプトは・・・・・ゼルやんに失恋をしていただく。
あーーんど、未練たらたら、これでした。(滅殺!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これに懲りず、次回もお付き合いくださいませ。皆様っ!!!

三下管理人 きょん太拝