俺は今、人並み以上に・・・いや、言葉では言い尽くせない程、誰よりも幸福だ。
これは真実だ。この真実を手にするまでには多分に周囲を傷つけもしたが、それでも後悔は一切ない。これから先、何を犠牲にしようとも手放すつもりは微塵もない。それほどのものだ。
その真実の具現が俺の傍でこう言った。
「ゼル、あたしはゼルの全てが・・・好きなの!だから傍に居るんだから。それ以上でも以下でもないわ!わかった?!」
この言葉だけで俺はどれだけの幸福を得たか、彼女には分からないだろう。
彼女と出会い、その心に触れただけで今までの無限の暗礁から抜け出られた。
彼女は俺の醜さ、弱さを知りながらそれでも何も変わらなかった。それだけで大いなる救いだった。
闇に沈んでから初めて出会った至高の存在だ。
今までにこれほど何者をも惹きつける鮮やかな存在を他に知らない・・・。初めて出会った時、あの視線を浴びた時から彼女の虜だったのかもしれない。
柔らかさと硬質を含んだ視線。そして、悲哀と歓喜を共に持つ視線。すべての対極を内包する眼差しを持つ存在。それが彼女だった。それが真実であることは冥王との戦いの中でロード・オブ・ナイトメアという至上の存在の神降しを行いながら、尚、生還出来た事で証明済みだ。
彼女を見ているとつくづく自分は弱く、平凡な人間なのかと思う。
だからこそ、あの妬ましいまでの強さへの興味が憧憬へ、そしてそれ以上の感情へと変化するのを止められなかったのだろう・・・・・・相手は誰よりも何よりも輝いている人間で・・・おあつらえ向きにも、異性であったのだから。
こんな事を考えるようになるとは過去の俺からは想像もつかないことだ。
過去の記憶―――ある時点より以前について最近は思い出すことを滅多にはしない。恐らく無意識に忘れてしまえと努力しているからだろう。
それなのに、ただ一つの記憶だけが未だ鮮明に在る・・・今も心に、焼き鏝を押し付けられている様に疼きを覚えたりもするというのに、なぜ、あんな記憶を・・・・・・?
なぜ、痛みを覚えることしかない記憶を甦らせるのか。日々僅かでも思い出されるのか…ただ一人の女の記憶を。疑問符だらけの思考の中でもなお、他の者達とは比肩できない程鮮やかに甦るのか。まるで大切な者のように……こうして、あの女について僅かでも懊悩すると否応無しにあの頃の記憶が湧き上がってくる。
俺は、ほんの少し前迄、強大な力に捻じ伏せられ恐怖と憎悪によって支配されていた。
己が畏怖のする者の命ずるままにどんなことでもやった。
殺戮、謀略、暗殺、裏切り……。他者を踏み潰しながら、なんの感慨も抱かない――まさに悪鬼のごとき所業を重ねていたのだ――数える事など・・・その行為事体、愚昧に思うほど。
精神面だけでも、魔族となんら変わりはなかった。
それだけでも十分拷問であったものを、俺の身体は血縁者の手で合成獣へ変えらた。外面さえも化け物に成り果てた。
血縁者―――かなり近しい者であるはずなのに俺を奴隷同様、それ以下の道具としてに扱ったのだ。俺はその者を、信じ、愛してさえいたのに・・・。
その相手に地獄の責苦を負わされる・・・涌きあがる底無しの絶望。
この時ほど、己の愚かさと境遇を呪ったことはなかった。
そして、そのことが俺の生への執着を希薄にさせた。が、人の性か、俺の生への執着も完全に消える事はなかったようだ。
そうでもなければ、さほど時をかけずに俺の精神は崩れ去っていただろう。俺のすべてが醜悪で、忌避されるべきものだと感じていたために。
そうして時は過ぎる。
絶望と痛みにも慣れ始める。徐々に痛みが悲哀に、悲哀が憎悪に変わっていく。心の平穏が失われて逝く・・・。
こんなことを平凡な人間の精神で耐得るか?実に簡単な命題。
答えは―――否、だ。
俺もその例に漏れることはなかった―――それ故に、俺は、精神の延命を図るために己のプラスに値する感情を心の・・・いや魂魄の奥宮に封じ込めた。
憎悪のみの現在(いま)が日常で、己の有様だと。要は己をペテンに掛け、自己防衛を計ったのだ。
そうして、俺は心の平均を失い、外見共々、人とは呼べない狂った化け物・・・『物』になったつもりだった。
しかし、大事なことを失念していた―――俺は平凡な人間でしかないことを。
恐怖と絶望の噴煙に盲い、己は冷酷でも、残忍でも、絶望と孤独に付き合いきれるほど強靭でもなかったくせに、馬鹿げた愚かしい「俺」という「物」の芝居を演じていたのだ。
その芝居の最中だった。あいつが現われたのは。
時間にすればごく僅かの間、俺の舞台に上り、微かな希望をちらつかせて、俺の闇を際立たせるだけの白の狂気を演じて見せた。
だが、その狂気の芝居は無理がありすぎた。
結局、俺は自分の弱さ故に・・・あいつは俺にのめり込み過ぎたが為に、舞台は幕を引いた。
舞台には俺がただ一人残された。
あいつは、一人、さっさと遁走し、黒だけだった舞台を中半端に綯い交ぜにしていった。光の無いくすんだ灰色の舞台に。救いの無い場所に・・・・・。
そして、俺は、リナと出会う。
―――今。
俺は陽の射す舞台にいる。
すぐ側に「陽」が、リナがいるのだから。
俺だけの太陽を手に入れたのだから。それでも俺の全てが、真っ白になった訳ではない。俺の舞台は、まだ灰色のままだ。しかし、俺を取り巻く世界が明るくなっていることは事実で、今はそれでいいと思っている。
己が孤独の中でもがいていた頃―――虚勢を張り、意固地なほどに孤独を求め、心爛れさせ血を吐いていた時――を思えば天国だし、灰色も悪くはない。自分でも驚くべき変心だが。
なぜなら、人はすべからく各々自分の舞台を持っているのだ。
何色で染め上げようと、その者の自由なのだ。一時期を思えば随分と達観した考えに変わったものだ。本当に・・・・。
事これに関しては、リナがその身で持って証明してくれている。
強く、激しく、魂を燃して生きる彼女の舞台は、瞳と同じ朱だからだ。
リナ―――愛しい者。俺のすべて。内なる魂が何よりも健やかで、強く、輝けるもの―――だが、ふと思うことがある。果たしてリナただ一人によって、俺は柵から解放されたのだろうか?
何度か、思索を繰り返した結論から言えば、
―――リナは俺の心臓(こころ)だ。・・・しかし、そうなる以前、核の礎なるのがすでに俺の心に生まれていたのではないか―――
ということなのだが、馬鹿馬鹿しいの極致だ。自身でリナの事を否定しているようなものだ。
これでは、『あまりに身勝手な自分』に対して、また要らざる苦悩の追い足しとなるだけなのだが・・・・・。
まぁ、なんにせよ、こんな考えは「下手の考え休むに似たり」・・・と同義なのだろう。
が、リナに対して罪悪感を抱きながらも、まだ、馬鹿馬鹿しい結論を捨てきれないでいる。
仮に、あいつと出会うことなく、憎悪に呑まれたままリナと出会ったとしたら、おそらく、最初の交渉が決裂した時点で、刹那、躊躇ったとしても結局、命令を遂行していたのではないだろうか。
例えリナのあの瞳に魅せられたとしても、俺の暗さはそれを認めることを良しとしない程に澱み、何をするにも罪悪感と言うものが欠落していたのだから・・・。
しかし、眼前の現実は全く正反対の状況だ。
ということは・・・だ、身勝手な結論が正論になり―――核=あいつ―――になる。なんとまぁ、人は矛盾といい加減に満ち満ちていることか。
その核は―――鮮やかで、熱く、酷薄だった。そして、娼婦でもあり、聖女でもあった、この上なく美しく、醜怪な・・・、『俺』という暗泥の舞台を掻き回した―――あいつ。この先なにがあろうと、死ぬまで俺の心に存在するだろう・・・・忘れ得ぬ女。
不思議なもので、深く傷つけられもしたが、なぜだか憎んではいないのだ。
それどころか感謝の念にも似た心持だ。なぜなら、中途半端であろうと俺を闇から引き出してくれたのだから。闇から灰色の舞台へと。
それ故に、今がある。そう思いたい。・・・・こんな考えを意固地にも正論のように持しているから、今もってあいつの幻影がちらつくのだろう。
こうして、身勝手な俺は・・・あいつのことを考えた後、必ず、いつもため息をつき、自分を嘲笑うのだ。
『こんな思索に耽るとは・・・追憶にもならん。愚にもつかない幻だ。詰らぬ繰言は自分が見えていない証、己に負けたモノがすることだ・・・。』と。
こんなことは他人には言えない。言えるわけが無い。
もし、万が一話すとすれば・・・リナだけだろう。
それもただ、俺が今ここにいる為に必要なことだったとしか言えない。リナならそれでも分かってくれるだろう。
だが、本当のところは、そうではないかもしれない。
事実を話せば彼女を傷つけてしまう、何よりもその為にリナの輝きをくすませてしまう事を、最悪、俺に背を向けてしまう可能性を―――恐れているのかもしれない・・・?
偉そうに講釈ばってはいるが、こんな物思い自体、甘えなのだろう・・・俺は単に、リナに「そんな後ろばっかり見てて、どうすんの!!」と笑って叱り飛ばして欲しいのか・・・?
つくづく、自分が甘ちゃんになったと思う。
もし、昔の俺を知る者が現在の俺を見れば、腑抜けだと嘲笑うだろうが・・・・。それこそ俺が今、幸福を満喫していることの、人として歩いていることの証明になるのだ。
ただ、漠然としたものだが、こんな証明があろうがなかろうが、この後、俺がどんな生を歩むのかは分からない。
おそらく、平穏とは程遠い足跡を残すことになるだろう。
この俺の体故に。そして、リナ故に。
例え、そうなろうと、ただ、こんな物思いでも、何時しか懐かしく思えるようになればそれでいい・・・・・・あいつのことも。
後は、ただ願うだけだ―――今が続くよう、どれだけ刻が過ぎようと傍らの幸福が・・・リナが消え去っていないように―――
だが、俺はこの考えを直ちに訂正する。
「・・・違うな・・・。これからは、ただ、前を向いて歩いていく。振返らずに。願うだけでなく、願いを叶える為に・・な。」
これが、あいつへの詫び状。
そして、鎮魂歌に。
これが、リナへの思いの礎。
そして、共に生きる為の力に。
そして・・・俺だけの、幸福へ至る条件だと確信している。
(なんとか) 完!!
ここまで読んでいただき、恐悦至極に存じ上げまする。
かなり以前の話を改訂するのは指南・・・至難の技ですな。
おかげで、さらに訳わからん話に・・・・(死)
こんなんでも、感想、文句等々ございましたら、メールなり掲示板なりに書いてやって下さいませ。
そして、この熟しきって腐れきった駄文。
これはっ、これはぁぁぁ!!
タイトルまでつけてくれた、マイ エンジェル(はぁと) セラフィーナに捧げます!!
とーぜん、ゼルもセラフィーナのものよーーー!!・・・・・えっ?いらない!!
はっ、はっ、はっ!
三下管理人 きょん太拝