狂える残滓
「ゼルガディス。あんたは・・・・・狂ってしまう。」
第一声がこれだった。こんなことを言われれば誰しも癇に障る・・・・はずだ。
蝋燭一本灯る部屋。薄暗く、ひそやかな言葉を交わすにはもってこいの場所。そこには、男が2人いた。
「なぜだ?」
ゼルガディスと呼ばれた男が口を開く。だが、別段怒っている様子は感じられない。かえって面白がっている風で。
「悪い事はいわない。あの小娘には触れない方がいい。」
「小娘・・・・リナ・・のことか?」
僅か言葉の途切れた瞬間にグラスと氷の触れる音がする。まるで何かの合図のように。
「あの小娘はあんたを変えてしまう・・・・。」
向かい合う男のやけに哀しげな声がしているが、ゼルガディスには一向に届いていないようだ。ただ、静かにグラスを傾けている。
「俺は、変わりはしない。この体ほどにはな。」
「いいや。あんたはもう、変わり始めている。もう・・・・。」
「どうしてそう思う?ゾルフ。」
ゼルガディスと差し向かいでグラスを傾けていた男。ゾルフは、しばらく口をつぐんでいたかと思うと、何かを飲みこむように言葉を紡ぎ出した。
「・・・・・あんたは変わりはしない。そう言うが・・・少しずつ、そうと気づかぬうちに・・・病魔が巣食っている・・だというのに・・・・・・いいや、あんたはそれを感じているはず・・・だが、知らぬ振りをしている・・・・・。」
ゾルフは手の中の酒を一気に喉に押し込むと、ゼルガディスが口を挟む様子がないのを確認し、また言葉を続ける。
「そして、いずれは、それにどっぷり浸りきって・・・・・・抜き差しならなくなって・・・・・・・」
「・・・もう、酔ったのか。そうでなければ・・・お前の方こそ、狂っているようにしか見えんぞ。」
かすかに笑いを零しながら、ゼルガディスがゾルフに向き直る。だが、そこにいるゾルフからまったく酔いが見られなかった。
「・・・・・そうかもしれないな。」
まるで何かの懺悔をしているような暗く神妙な顔つきのゾルフ。そして、更にゼルガディスの空のグラスに酒を注いだ。一瞬、月が雲間から覗いたか、2人のいる部屋へ緩やかに閃光が走る。
「ゾルフ。・・・・仮に俺が狂っていくとして、どうしてあの小娘が関係している。レゾ故に、ってなら・・・・まだ、わからんでもないが。」
「あの、小娘だからこそ・・・・なんだ。」
ゾルフはそう一言呟き、また唇を開きかけてそのまま噤んでしまった。だが、その表情は、瞳はまだ何かを訴えかけていた。
「ゾルフ・・・・・・そんな歯に衣着せた物言いはよせ。らしくないぞ。」
目前の沈黙を通しつづけそうな男の頭上を、ゼルガディスの妙に楽しげな言葉が通りすぎる。その楽しげな言葉故か、ゾルフの影が揺れる。
「・・・・・・・・ゼルガディス。あんたは・・・・・女を知らない・・・・・。」
ゾルフの、ついに意を決した、とでも言うような口調がこれまた、まったく無関係とも思える台詞を吐き出した。次に続く、呆れ果てたゼルガディスの口調も無理はなかったろう。
「おいおい。ちょっと待て。いくらなんでもそれはないな。抱いたことくらい・・・・・」
だが、その半ば呆れ、半ば楽しげな言葉もあっと言う間に遮られた。激しい激情によって。
「違う、違うんだ!そうじゃない!!!!・・・・・・・あ?・・・・す、まない。大声なぞ・・・・・・私が言いたいのはそう言う下卑た意味じゃない。」
「じゃあ、なんだ?」
「あんたは、これまで女も抱けば、恋だの愛だのってのも少しは経験してきたんだろうが・・・・だが、女を本当の意味で・・知らない。だから、あの小娘に・・・・・・捕まってしまう・・・・・。」
ようやく、自分の言いたかった言葉を言えたようで、ゾルフの表情が含みの色がわずかだが褪せている。向のゼルガディスは聞き役に徹するつもりになったのか、口を差し挟まない。
「あの小娘。あれは・・・あの目は、ただひたすら、遠くを、先を、空を・・・・そして、もっとずっと先しか見ていない、そして、それを目指して、すぐに飛んで行こうとする目だ。片時も止まると言う事を知らない・・・・・。」
喉の渇きを覚えたか、酒を喉に通す。冷えた感触が焼けつく熱さを呼びこんできた。
「・・・・・・あんたには・・・・・不似合いな・・・女だ。」
ようやく、自分の言いたかった言葉を吐き出したか、ゾルフの唇が閉じられた。そして、ずっと落としつづけていた視線を上向かせるとそこには、ゼルガディスが待ち構えていた。その目は笑っていた。
「俺は、あんなどんぐり目玉でペチャパイのチビガキに惚れたりなぞしていないぞ。」
「肉体的なことをいってるんじゃない。体なぞあと2、3年もすれば衆目を集める容貌になることくらいわかる・・・・だが・・・・・」
「ゾルフ。案外お前がイカレちまってるじゃないのか?あの小娘に。」
ゼルガディスの楽しげな提示。だが、ゾルフは聞いているのかいないのか、至極真面目な表情のままだった。
そして―――ゾルフの目がちらりと外に、正確には空の女王へ向けられる。
「いや、それは絶対にありません。いえ、ありえない。私には・・・・・もう、いますから。」
何時の間にか、空を覆う雲が半分ほどになっていた。月の光が2人を浮かび上がらせる。
ゼルガディスの目が更に興味深げな色に変わる。
「・・・・ほう。そうか。」
「ええ。」
「どんな?」
よほど楽しいのか、興が乗ってきた為からか、らしくもなくゼルガディスの問いかけが始まった。
「・・・・・物静かな・・・・女で、しかし、強い女・・・・・・あの小娘ととても似た瞳の・・・・」
「もう・・・逝ったのか?」
「いいえ・・・・まだ、生きているはず・・・・です。」
「なぜ、傍から離れた?」
ゼルガディスはなぜこうも詮索しているかわからなかった。例え部下とは言え、他人の過去など今まで、興味もなく、何も触れずに来たというのに。だが、己の口から出て行くのは繰り返される質問だけだった。
らしくないゼルガディスに引き摺られるようにゾルフもそっと答えていく。
「負けましてね。その相手の女と・・・・自分に。」
「そんなに強い女だったのか?」
「ええ・・・・・細腕一本で大剣を振りまわして・・・細い肩で、大きなモノを見ることの出来る・・・・」
「化け物だな。」
ゾルフはゼルガディスの暴言とも言える言葉に憤りなぞ欠片も感じてはいないようだ。そして、その現れはそのまま言葉になる。
「・・・・・その通りですよ。化け物です。・・・・・けれど、その化け物に・・・・・私は・・・・」
「・・・・・・・・逢ってみたいもんだ・・・・・な?」
「もう、逢ってますよ。あんたは。」
不意に、ゾルフの唇が歪む。ようやく浮かべられたとでも言うように。
「あの、小娘か?」
「ええ。スケールは幾分、落ちますがね。それでも・・・・・いえ、だからこそ、あの小娘の方が・・・余計化け物じみてる。」
「そうか・・・・。」
「ええ・・・・・・。」
そして、ゼルガディスから今宵最後の質問が送られる。
「お前が・・・・・今もとち狂ってる相手・・・・・名は?」
間が空いた。ゾルフが逡巡したのだろうか。だが、すぐに応えは返ってきた。
「あれですよ・・・・。」
ゾルフは視線を空に向け、軽く顎でその先を示した。そこには、狂ったように煌煌と光放つ月が鎮座していた。
――――アレですよ・・・・・・・今も、とち狂ってんです・・・今も・・。
完。
えーと。
とりあえず、ずいぶん以前に書いたものを修正してみました。
脇役で消えてしまわれましたが、渋くてハンサムなおじさま(はぁと)と言う事で、脇役ながらも私のはーとをげっちゅうされたお方です。
要するに『渋い』だの『ハンサム』だのに弱いのです。
ミーハーと言われようと好きなものは好きなんです!
もしかして、モーホーだと思われたそこの貴方!残念ながら全く違います。
ご期待に添えず申し訳無いですが・・どうかご了承ください。(爆)
三下管理人 きょん太拝