「暇だ。」
ぽつりと零れる単語が一つ。声は低く、野太い男のもの。
その声の主は、燃える緋の髪をがっしりした巨躯に纏わりつかせ、髪の色に映える深い深緑の瞳を嵌め込んだ野性的な容姿を持っている。そして、その体躯に相応しい無骨な手にはこれまた長大な剣が握られていた。この姿から、彼は戦場においてさぞ衆目を集めるだろうことは容易に想像できる。そんな頑強な戦士の瞳は今・・・何もない空間をボケーッと見つめている。なんとも容姿に似合わない状態ではあった。
しかし、見た目とは逆に男は苛々しているようだ。先刻からチャキン、チャキンと手が、剣のこい口を鳴らし続けていることから良く分かる。そしてその苛立たしさを空いた片手のタバコにぷつけた。灰皿に押しつけられ音も無く煙草の火が消えた時、けぶる紫煙の狭間からもう一つ別な声が上がった。
その者は、ぬばたまの夜を思わせる黒髪を肩で綺麗に切り揃え、闇に浮ぶ顔は整った目鼻立ちをしている。すらりとした細身のしなやかな体に髪と同色の闇色のローブを纏っていた。
だが、彼の特筆すべきはその笑みだろう。貼りつけられたように寸分の狂いもない完璧な笑み。それは今、赤毛の男に向けられていた。
「間が悪いんですよ、ガーヴ様は。」
「うるせぇ、ゼロス。」
この唐突に始まった会話から察するに、赤毛の男がガーヴ。黒髪の男がゼロスというのだろう。
ガーヴは軽く視線で牽制したが、ゼロスの方はそれに一向、気づく様子もない。というよりは無視しているのかもしれない。が、口調はとても楽し気である。ゼロスはその笑みの前に、ピッと立てた人差し指を振り振り、
「不用意な事、言うからですよぉ。あんな事言えばゼラス様でなくとも、女性なら怒りますよ、普通は・・。」
「どやかましいっ!!黙ってろ!!!!」
ゼロスの言葉が終わらないうちにガーヴの怒声が辺りを揺るがせていた。
誰もが恐れ戦く戦慄の咆哮。が、恐怖に震え身を縮こまらせるはずであろうゼロスは、柳に風と変わらぬ笑みを湛え、尚且つ、全身から楽しさとはまた別なモノを滲み出していた。それを例えて言うならば、優越感、快感・・とでも言おうか。だが、それは苛立っているガーヴの神経を逆撫でするばかりなのは言うまでもなかった。まあ、それすらも彼の狙いだったのかもしれないが。
「いいか、ゼロス!いくらお前がアイツの神官だろーが、余計な口挟むんじゃねぇ!」
ガーヴの鈍く光る緑の瞳がゼラスを串刺しにしていた。だが、ゼロスは全く動じるコトなく、
「いえいえ★そーはいきませんねぇ。
あの方は僕の大切なお母様ですから。そのお方のご気分を損じられるなどという不届至極なコトを、神官である僕が見過ごせるはずなどないでしょう?!」
「不届至極って・・・お前な・・・。」
普段のゼロスには全く無いはずの、妙な使命感に溢れかえるゼロスを見るや、ガーヴは深く溜息をつく。
「言っとくがな・・・・俺は今機嫌が悪い。」
「それが何なんです?」
「今すぐ黙らねぇと・・・」
「黙らないと?」
ガーヴの低く重い声が流れた。だが、ゼロスのニコニコ顔は崩れない。ガーヴの声音に空恐ろしいほどの殺気が篭りはじめたのに気づかないのだろうか?
「2、3千年精神世界(アストラル)から出てこれねェよう、ヤキいれてやるが?」
「・・・・・・・・・」
このあまりにダイレクトな恫喝にさしものゼロスも口を閉じざるを得なかったようだ。どころか、糸の切れた操り人形のようにがっくりと頭を垂らし、肩を小刻み震わせていた。その様子にガーヴは少しだけ満足気に笑い、ふかふかのソファにふんぞり返ろうと上体を仰け反らせた。が、その時!
「ふふ・・・ふふふふふ・・・・ふっふっふっふっ・・・・・はっはっはっはっはっ!!」
唐突に地獄の鬼神もかくや、と思わせる底意地悪い高笑いが響いた。ガーヴは、そのあまりに不気味な笑い声に、ソファからずり落ちそうになる。が、なんとかずり落ちるのを食い止めた彼の視線に、今も高らかな笑いを撒き散らす・・・・・ゼロスの姿が飛び込んできた。
「い、い、一体なんだってんだ!!」
「ふっふっふっふっ・・・・ガーヴ様。
ま・さ・か♪・・・・アノ程度で僕を黙らせた、なんて思われてるんじゃないでしょうねェ・・( ̄ー ̄)
・・・・・うふふふふ・・・・僕を?捻り殺すぅぅ?
くすくすくす・・・・・・2、3千年間精神世界(病院)送りにするぅぅぅ?」
そこで一旦言葉を切ったゼロス。
見ればその口元の笑みに想像を絶するイヤらしいモノへと更にレベルアップしている。そのあまりのえげつなさに、ガーヴも呆気にとられているしかなかったようだ。だが、それは彼の一生の不覚、と言えよう。彼がボケッとしている間に、ゼロスの笑みはマシンガン話法へと更なる高みへと駆け上ったのだから。
「いいんですかぁぁぁぁ?
この僕に!!そんなことすれば、まぁぁぁぁた、あの方のご機嫌を損じますよぉぉぉぉ?
そ・れ・も!思いっきり♪♪
・・・・って、そんな目で見ても無駄ですよ。僕の言ってる事はぜーーーんぶ、事実ですからねぇ。どーです、違いますかぁ、ガーヴ様?
ふっふっふっ、違いませんよねェ♪♪」
「ぐぐっっ!!ゼ、ゼロス・・・・お前・・・・」
ゼロスのこの自信は一体何なのだろうか?だが、ゼロスの不遜な言葉はどうやら事実であるらしい。
ガーヴがゼロスの言葉に何も言えない、いや言わないのだから。おそらく、すべてが事実有根(!)であるだけに一言も無く、ただうめくしかなかったのだろう。しかし・・・ゼロスの攻撃(口)はなんとえげつない・・ではなく、強烈である事か。精神的にも強靭であろうはずのガーヴをしてああなのだから。ゼロスは手加減という言葉を知らないのだろうか?それとも何か個人的に含むものがあるのだろろうか?
が、そんなことはさておき、とにもかくにも、ゼロスの態度にガーヴの意識は・・・・彼の瞬殺的毒舌の前に、屈辱と怒りに悶え狂い、そして、魔竜王と呼ばれる自分を相手に、ここまで身のほど知らずな事をしても平気でいられる天下無敵のバックを持つゼロスへの羨望の海で溺死しかけていた。
だというのに、ゼロスの舌鋒はこれっぽっちも衰えることは無かったのである。おそらく彼は、とことん攻撃しないと気が済まないようである。自分で大見得切っただけに『お母様大事!』は伊達ではないということなのだろうか?
「そ・れ・と♪ガーヴ様は自覚されていらっしゃらないようですが・・・・
僕が思うにガーヴ様、女心というのに疎くていらっしゃいますよぉ♪」
「・・・・・・・・」
「いけませんねぇ、仮にも遊び人を自称されるのでしたら女心の研究くらいされた方が言いと思いますけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
「プレゼントも悪くはないでしょうけど、今回の場合はねぇ・・・。
やはりたまには、甘い言葉の一つや二つ言って差し上げた方がいいですよぉ、女性にはね。( ̄ー ̄)」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「って・・・・おや、どうされたんです?震えてらっしゃいますね。
・・・・貧乏揺すりですかぁ?ダメじゃないですか、女性が嫌がる癖の一つです!余計嫌われますよ、ガ・ー・ヴ・様♪」
ここまできてようやくゼロスの口が閉じた。彼の瞳にはすでに『ゼラス様へ捧げる、魔竜王屈服の図まで目前!!』とテロップが流れている。そして敗残の将になりかけのガーヴは・・・メンタル・アタックを防ぎきれなかったのだろう、深く深く項垂れたままピクリとも動かなくなっていた。なんとも哀れな姿だった。その姿にゼロスは得意満面、100点満点の笑みを湛え、とうとう高らかに勝利宣言を発した。
「なんでしたら・・・・
『格下の!』
獣神官であるこの僕が!!!
『偉大なる魔王様の腹心!』
で、神族どもも恐れる強きガーヴ様に!!
女心の何たるかをレクチャーして差し上げてもいいですよぉぉぉぉ!!( ̄ー ̄)」
そして、ゼロスは普段の癖なのか、またもやピッと立てた人差し指を振り振りさせている。その狭間に、彼の晴れやかな笑い声が響き渡っていく。
「・・・・・・・・・」
「???・・・・何か仰いました?」
と、部屋に充満していた笑いの中、極僅かだったが別のものが混じった。さすがは主こそ違えど神官である。ゼロスは即座に感知し反応していた。
「・・そ・・い・・・・・ー・・・・も・・か?」
「あの・・・聞こえないんですけど?」
「・・う・か・・レ・・・・お・・・・。」
「ですから、はっきり仰ってくださいよ、聞こえませんってば!!」
項垂れたままぼそぼそと呟くせいか、ガーヴの声は殆ど聞き取れない。ゼロスが何度聞こえないと繰り返しても同じことの繰り返しだった。ちょっと苛めすぎたかな〜とちょっぴり反省しつつ、このままでは埒があかないと、仕方無く項垂れたガーヴを覗き込む。と、不意にゼロスの体が宙に浮いたかと思うと次の瞬間には床に組み伏せられていた。あまりに素早すぎてさしものゼロスも何も出来なかったほどに。
「っな!?ガーヴ様、一体何を!!?」
ゼロスはガーヴに疑問符をぶつける。こういう時のセオリー通りの言葉だったが。
「何をも糞もあるか。たった今言ってくれたじゃねぇか。俺に!『レクチャーして』くれるんだろ?んん?( ̄ー ̄)」
「!?・・・そ、そそ、それは!!」
ガーヴの言葉にゼロスはじわじわと押し寄せるモノに恐怖した。怒涛の勢いで焦りが彼を支配していく。
『こ、この状態から予測すれと、次に来る場面は・・・・・
間違い無く、あ〜〜〜んなコトや、こ〜〜〜んなコトを・・・・
○○で■■されて、挙句の果ては、△■○×!!???(滝汗)。』
などとゼロスの心中深〜〜〜〜くでは、これまたえげつない妄想が繰り広げられていた。そして妄想がイキつくところまでイキ着くまでの間、ゼロスの顔は真っ白や、真っ赤、はたまた真っ青へと紫陽花のように変化している。そして彼が誇大妄想の海からようやく浮上した時、立場はすでに・・・満塁逆転場外ホームラン!!で一気にひっくり返されようとしていた。今の二人の体制と同じく。
「あの、その、さ、さっきのは言葉のあやですぅぅぅっっ!(;;)」
「おんやぁぁぁ?と、ゆーことは!!嘘ついたってことだな?」
「ちっ、ちちち、違いますよぉ、だから、僕は・・」
「嘘吐きには、『大切な大切なお母様♪』から、お仕置きが待ってるんだったなぁ?( ̄ー ̄)」
「ううぅっ、そ、それはっ・・・・(;;)」
「ってことで!キャンセルの申し出は無し・・だろ?返事はOK以外ねぇよなぁ?( ̄ー ̄)」
「そ、そんなっ!!勝手に決めないでください!大体僕は、『女心のレクチャー』をするって言ったんですよ!!!
そ、そそ、それよりっ、ガ、ガーヴ様に『レクチャーする』だなんて・・・やや、やっぱり僕には、分不相応なコトですから、謹んでご辞・・・・ぁっ!!・・・やめっ!んんっっ!!」
「硬い事言うなよ、先生。・・『レクチャー』ヨロシク頼むぜ・・・実地でな( ̄ー ̄)。」
「ああっっ!!」
――― 本日も最終的に・・・『勝利の凱歌』は、魔竜王ガーヴの上に響いたのだった。 ――――
(完)
ひとこと。
これは、受けゼロス君ラブのねこまたさんに献上させていただきました!!