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「―――以上が今回の計画の詳細です。」

 少し高めの・・・それでも男と分かる声が途切れた。黒髪、白い顔に浮んだ奇妙な笑みが印象的な男だった。
 その者の前には一段高いところにもう一人の男・・・であろう者が気だるげに座っていた。

「ご苦労、獣神官。
 ゼラスには『委細承知』と伝えくれよ。」

 男であろう者はその表情と同じく気だるい声音で唇を蠢かせた。
 その声は黒髪の『獣神官』と呼ばれた男より幾分低く聞けばすぐに『男性』を思わせるものだった。

「受け賜りました。確かにそのように。」

 淡い金髪に彩られた、薄氷を思わせる淡いプルーの瞳だけが向けられた返答に首肯する。
 そして、その視線は虚空に漂うかと思われたのだが・・・そのままじっと己を見ているのに気づくと、黒の『獣神官』は怪訝な面持ちで目前の男を見返した。

「・・・・・・・あの・・・・何か他にご用でも?覇王様。」
「・・・・・・・・・・・。」

 覇王。
 この黒の『獣神官』ゼロスの主、獣王に比肩する腹心の一人。その覇王が己を見ていると気づいた時、獣神官の身の内に言いようもない怖気が駆け抜けていた。
 その怖気は覇王にも感じ取れているはず。だのに、覇王はおくびにも出さず気だるさをそのままに唇を開く。

「・・・・・・なぜ・・・そのように逃げ腰になっているのか?」
「逃げ腰とは・・・・?何の事を仰っておられるのです?」

 獣神官の言葉に大仰な呆れとも、落胆ともつかぬ溜息が漏れた。今の今まで感情らしきものは感じさせなかった覇王だったが、ようやくそれらしきものを感じさせていた。

「我に気づかれていないとでも思っていたのか?
 我前に出た時からずっと、妙な恐れを抱いていたであろうが。」
「それは当然の事です。貴方様は私などより遥かに力強い存在なのですから。
 その貴方様に本能的に恐れを抱いたとて不思議な事では・・・・」
「違うな。」

 立て板に水、を思わせる獣神官の弁舌はいきなり遮られる。無色の力の塊がゆらりと揺らいだ。組まれていた脚が解かれコツコツと靴音を鳴らす。獣神官のすぐ傍に覇王が並び立つのは後数歩。その時。

ズザザザザザッ!!

 近づいたはずの覇王の前に獣神官は居なかった。見れば、座っていた時と寸分違わぬ距離を置いた位置にいる。
 最初はあっけに取られていた覇王だったが、すぐに極微量の不機嫌を漏らした。

「ゼロス、何をしている?」
「・・・・お許し下さい。」
「何の事だ。それに・・・なぜそのように妙な恐れを抱いている?」

 覇王の問いに、ゼロスは答える気が無いのが深く頭を垂れている。その強い態度に覇王の僅かな恫喝が送られる。

「答えよ。」
「・・・・・・・・我主の言いつけなのです。」
「?・・・・言いつけ・・・・詳細は?」

 静かな恫喝にさしもの獣神官も観念したのか、はたまたそれを口にするのが本来の目的であったのか、以外にもさらりと零しはじめた。

「・・・・・言われたのです。」
「だから何をだ?」
「貴方様に不用意に近づいてはならぬ。と」
「どう言う事だ。」

 覇王の形の良い眉根に僅か皺が刻まれる。怪訝な表情はさらに深くなり薄氷の瞳が少し蒼を増している。
 だが、獣神官は気にした様子もなく言葉を繰り出し続けていた。

「・・・・・・・・・あの・・今から僕が言う事は、あくまで我主が言った事ですので、誤解なさらないで下さい。
 ゼラス様の言いつけは・・・・」
「早く言え。」
「・・・・・・・『食われるから近づくな』です。」

 覇王と獣神官の間に沈黙が横たわった。だが、一瞬にて消え去る。覇王の落ちついた、それでも怒りに染まった声音に。

「我はお前など食わん!
 どこをどう突ついたらそんな言いつけが出てくる!?
 ゼラスは一体何を考えているのか?!」

 覇王は獣王の理不尽の理由を目前の獣神官に問うた。すると、

「それは・・・・・そのぅ・・・・貴方様は・・『男食い』・・・・・・つまり『男色家』だから『近づくな』と。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」

 獣神官の言葉にまたも覇王はあっけに取られていた。あの者は一体何を考えているのか?一瞬身の内に獣王に対する怒りが湧き起こったが、ただ僅かに口角を歪めただけだった。だかその極微量故に目の前の獣神官にはよけい恐ろしく感じられた。

「・・・っくくく・・・・・・」
「・・・あの・・・・覇王・・・様?」

 覇王は笑みを深くする。
 その姿に獣神官は何をすることも出来ずただ呆然としていた。その獣神官を、覇王は嘲う。

「ゼラスめ。
 普段、他の者に片手落ちだなんだと小生意気な事を言ってるが・・・・あやつこそ人の事は言えぬぞ。」
「・・・・・・・どう言う事です?」

 喉を鳴らす覇王に獣神官は問いかけた。
 覇王の瞳がすいっと眇められる。何時の間にか薄氷から白銀を思わせる色が獣神官を貫いていた。

「・・・・・ったく、いい加減な事を・・・・」
「そ、そそそ、そうですよね。
 いくらなんでも・・・・・・」

 獣神官はこれ以上、目前の腹心の怒りを買わぬよう慌てて言葉を紡ぐ。だが、その言葉は覇王の一言で四散させられた。

「片手落ちもいいとこだ。
 どこをどう調べたのかは知らんが・・・・
 我は女抱ける。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「なんならすぐに証明してやってもよいぞ、ゼロス?
 シェーラ辺りでよければな・・・・・クックックッ・・・・。」
「は・・・?
 ・・・・・あの・・・・・・・・・・(滝汗)。」

 そうして、そこには爆笑を始めた覇王とひたすら呆然とした獣神官が残された。
 途切れる事なく続く笑い声。

 ―――どうやら覇王は笑い上戸だったようである。





おまけ。

「―――ですので覇王様は『委細承知』とのことです。」
「そう・・・・・ご苦労様。」

 黒の獣神官の前には、艶やかな己が主の姿がある。
 その主に獣神官はもう一つの報告をはじめた。

「それから、あの・・・・獣王様?」
「なぁに、ゼロス?」
「それが・・・・新たな覇王様の個人情報を入手しました。」
「グラウの?」

 獣王は部下の言葉に、そんなものがまだあったかと内心首を傾げていたが、獣神官はお構いなしに言葉を繋げている。

「はい。
 覇王様のプライベートデータに『男色家』というものが登録されています。が・・・・ご本人様の弁に依りますと、『両刀』だそうです。」
「はぁ?!」

 いきなり何を言い出すのか?己が部下を問いただすより早く、獣王の中にそこはかとない疲労感が広がっていく。あまりな追加情報と、変に意気揚揚と話しつづける部下に対して。
 だが、そんな主に気づきもせずに己の部下の弁舌は流れ続けている。

「データベースの中身をそろそろ再構築された方がよろしいのでは??
 いけませんよぉ、間違ったままの情報を載せるなんて。
 あ、でもご心配なく。この部分はさっき僕がきちんと訂正しておきましたから。
 ミスのままにしておくのは『諜報活動の獣王』様にとっては致命的ですし。
 何より、信用問題ですからねぇ。
 それから・・・・・。」

 止まるところを知らない獣神官の何かがズレた弁舌。
 果てしなく流れ続ける言葉の河を前にしてゼラスはただ、深く深〜〜〜〜〜〜〜〜く嘆息していた。


―――やはり、製造課程で何か間違えたのだろうか?

【完】

今回の懺悔室!

・・・・・・・・・・・・・。
一体何を書きたかったのか・・・・・・・タルいわ、山ナシ、オチナシ、意味全くナッシング・・(TT)
もっとお笑い修行を積まねば!(ってなんか違うよーな・・・・/汗)


イロボケ大王 拝