鳥のさえずりが聞こえている。カーテンの隙間から薄く光が射しこんでいた。それのせいだろう、ゼルガディスはゆっくりと瞼を開いた。微光でも目に染入るのか一瞬顔を顰めていた。
少しだけ開いている窓からはまだひやりとした空気が流れ込んでくる。ねっとりと澱んだ部屋に清冽な空気は心地良いものだった。彼は、まだ起き出すには早い時刻だと、薄闇を纏ったような光でそう感じていた。
今、ぼんやりと目に映るものは、日の光。それは照らすもの。そして彼の癇に障るもの。
だが、先日の夜明けまでは感じていた、気だるさを伴った嫌悪感を抱く事はなかった。
「あんたが・・・・・いるからか?」
ゼルガディスはふと呟いてみる。
口の端が自然と吊り上るのを感じていた。彼の視線はすでに陽光から引き剥がされている。不意にベッドが微かに軋んだ。ゼルガディスは半身を起して、目の前にある眩しいモノを見ていた。
白く柔らかく温かいモノ。一目見た時からどうしようもなく惹かれ、暗闇で忸怩と沈んでいた自分にとって羨望の対象だった。それは尊敬にも憧れにも似ていた。性別を越えた何か。そんな感情だった・・・・はずが・・・・?・・。今はもう最初の頃の聖人然とした想いではなくなってしまった。
「・・・・・・・つまるところ、俺は凡庸な男でしかなかった・・・ってとこか・・・・?」
溜息にも似た呟き。誰にも聞かれること無く霧散する。だが、彼の表情は暗いものではなく―――どこか満足げな表情だ。そしてもう一度窓辺へと顔を向ける。すると朝もやに包まれた太陽が見えた。もやに包まれていようと強烈な光は彼の瞳に残像を焼き付ける。なんとか残像を消し去ろうとするが視界の中で存在を誇示し続けた。
ゼルガディスは溜息をつき瞼を下ろす。そして、陽光より尚、鮮烈なものを思い描き始めた。そうすれば残像など消えうせるのだと。その姿はまるで祈りを捧げているようだ。
どれくらいそうしていたろう。
ゼルガディスは自分が呼ばれているのを感じた。そっと閉じていた瞼を開ける。するとすぐ目の前には女の顔があった。
女は「変わった寝相ね」と笑っており、そのまま軽やかな声を響かせていた。そうして、ようやく笑い治めるとそのままゼルガディスの胸に擦り寄ってきた。薄絹より尚、柔らかな肌の感触は例えようも無く心地よいものだった。
「眠っているように見えたか?」
実際のところゼルガディスにはよく分からなかったのだ。瞼を閉じてから呼び覚まされるまで。ただ眩しくて眩しくて、何も感じてはいなかったように思えた。今もその余韻からかぼんやりと、胸に顔を埋めている女を―――見ている。
そんなゼルガディスの独り言とも取れる言葉だったが、以外にも女は至極真面目な顔で小首を傾げていた。そして不思議なものを見るように言った。「そうねぇ・・・抜け殻・・みたいだったわね。蝉の抜け殻。」と、微かに笑った。
蝉の抜け殻・・・抜け殻。
ああ、なるほど―――ゼルガディスは妙に納得していた。さすがにこの女は鋭い。打てば響く頭脳と感性。その鮮やかさに内心舌を巻く。確かに女の言う通りだ。自分は現し身を残して別のものに寄添っていたのだから。
ゼルガディスは女の目を見つめ笑んだ。
「中々言ってくれるな。俺は虫か?」
すると、女はゼルガディスの背に腕を廻し、より強く密着させた。彼の肌の冷たさを愉しんででもいるのだろうか?答える様子の無い女に少し苛立ちを感じたかゼルガディスは先程より強い口調で問うた。
「聞いているんだろう、おい?」
女は、ゼルガディスの胸に頬を押し付けていたが、ゆっくりと顔を上げた。少しずつ彼に向けられる視線。強く激しく何者をも突き通す―――瞳。その強さ故に、先ほど彼の瞳を焼いた陽光とオーバーラップする。ちかちかと瞬く視線。それは彼の反射中枢に命じて、意識するより早くその瞳を閉じさせた。彼はまたも彫像と化す。
瞬間、彼の唇に柔らかなものが触れる。それはそのまま彼の唇を割り内部へと侵入し蹂躙し始めた。
ゼルガディスはその柔らかなものが離れるまで、ひとしきりその柔らかさと温かさを堪能していた。そして、それが彼から離れた後、こんな言葉を聞いた。「そうよ、虫に・・蝉になればいいじゃない。蝶でもいいけど・・・それで脱皮するの。いらないものを全て脱ぎ捨てて、生まれ変わって・・飛んでいけばいいのよ」と。
彼は何も言わなかった。その女の言葉に呆れたのか、感心したのか、はたまた、怒りを覚えたのか。その表情からは何も読み取れなかった。
「脱皮・・・・・か。それも、いいかもしれんな。」
ゼルガディスは誰ともなしに言う。そして今も彼の胸に寄添っている女を掻き抱いた。強く激しく。すぐさま女から強すぎる力へ抗議の声が上がるが、ゼルガディスは黙殺した。
そうして沈黙は、辺りにまたも艶と燠を呼び起こし始めた。
非凡な呪わしい体も、
凡庸な只の男も全てを脱ぎ捨ててしまえ―――。
(完)
どーでもいいコメント。
真希人様、にゃん太様、リンク&いつもいつもありがとうございますっっっ
とゆーことで献上させていただきました♪
本当にUPされる御新作にはうっとりとさせていただいております。
これからも頑張ってくださいね!!
三下管理人 きょん太拝