「リナっ!見てください、綺麗ですよぉ〜」
ぱたぱたと走り回るアメリアに、あたしは思わずは苦笑した。
「あんまり走ると転ぶわよっ!」
「大丈夫ですってっ!……うきゃっ!?」
あ、やっぱり転んだ。だから言ったのに。
「大丈夫か?」
近くにいたガウリィが手を差し伸べる。自称保護者だけあって、人の面倒を見るのが好きなのだ。
「だから言ったでしょ?」
あたしが近づくと、アメリアは舌を出して笑う。
「だってっ、こんな山全体が紅葉で色づいているなんて、始めてみたんですよっ!」
「確かに凄いな」
あたし以上にのんびりと歩きながら、ゼルガディスも呟いた。
「そうだな〜確かに」
ガウリィも木を見上げている。
季節は秋。赤く色づく紅葉が視界一面、というのは確かに凄い。でも、この色は……
「血の、海みたいね」
「こらこら」
「をいっ」
「リナ……」
「だって、そう見えるんだもん。しょうがないじゃない」
あ、アメリアが項垂れてる。
「冗談よ、冗談☆それより、早く行かないと、町にたどり着けないよ?」
「あ、待ってよぉ〜リナ」
あたしは仲間達の声を背後に聞きながら、町に向かって走り出した。視界に広がる緋色を振り払うように。
「やっぱり、凄い……」
あたしは皆が寝静まった後、一人で昼間の山に来ていた。
見上げれば満月と闇で色を濃くする紅葉。
「緋色……あの人の色……」
そう。あたしが昼間この紅葉を見て連想したのは……血ではなく、炎のように紅い髪を持った一人の存在。
―――其の人は、敵だった。自分が生きるために、あたしを殺そうとした。人ではなく、魔族だった。あの人とあたしが実際にお互いの前に現れ、共にいたのは、ほんの数刻。
それでも……一目で焦がれた。敵であるあの人に。
でも、お互い譲り合うことは出来なかった。「生きる」というお互いにとって、もっとも重要な事の為に。
そして、あの人は滅んだ。かつての仲間に滅ぼされた。
「……できることなら、殺してあげたかった。あたしの手で」
あの時言えなかった言葉を口にしたら、涙が零れた。次々と伝う涙を止める術を、今のあたしは持たなかった。ここには、誰もいないのだから。
流れ落ちる涙をそのままにし、あたしは紅葉を見上げていた。滲んだ瞳から伝わる映像は、視界を紅く染めて、あの人に包まれている気がする。
そんなこと、あるわけがないのに。あの人は滅んだ。魔族にとっての滅びは永遠のもの。人のように転生などしない。
「……ガーヴ……」
「呼んだか?」
不意に視界の緋色が消えた。変わりに肌色と緑色が混ざる。
『肌色と緑?』
涙で視界がぐちゃぐちゃで何もみえない。
『緑って言うと、赤くなる前の葉っぱの色……でも、肌色って?良く見ると、小麦色みたいだし……』
「何、ほうけてやがるんだ?聞いてるのか?」
ぺちぺちと頬が軽く叩かれる。殆ど離さなかったのに、耳から離れてくれなかった声が降ってくる。
声に心当たりはあった。だけど、聞こえるはずの無い声。
『でももし……まさか』
「………ガーヴ?」
「おうっ」
目の前に在る顔が笑ったのが、何故か分かった。
目をゴシゴシと擦り、改めて見上げた其処には……忘れようもない笑顔。少し野生的な男性。凶悪にもみえる自信の笑み。
鏡があったら、思わず赤面するほど、あたしはキョトンとしていた顔をしてたのだろう。ガーヴは少し笑い、あたしの頭を撫でた。
「ガーヴ……っ!!」
「そうだ。俺だよ。ガーヴだ……っとと」
あたしは目の前の男性に飛びついた。ガーヴは一瞬驚いたようだが、腕の中で泣きじゃくるあたしをずっと慰めるように頭を撫でてくれた。
どれぐらい時間が足ったのだろう。一瞬のようにも、数時間立ったようにも感じられたぐらい泣いた後、あたしは改めてガーヴを見上げた。
……見上げないほど、背が高いのだ。決したあたしが低い訳じゃないっ!
「どうして?」
滅んだはずのガーヴ。あたしの目の前で。魔族の罠とは考えられなかった。そんなことをしても、魔族には何の利益もない。
「ああ……お前が、あんまりピーピー泣くから……あの御方に一時的に戻された」
「あの御方って?……あっ!……悪夢の王……ロード・オブ・ナイトメア」
ガーヴの口調には、何処か疲れたものが感じられる。
ガーヴは魔族であっても、人の魂と交じり合ってしまい、魔族としての本能である、上への絶対服従、が解けていたはず。その彼が敬称を付ける相手は唯一人。
「良く分かったな」
「考えれば解る!!」
想わず胸を張るあたし。って、そういう事じゃなくて……。
「じゃ、なくて……なんで、あたしが泣いたら、あのパツキン魔王が?」
「パツキン魔王言うな」
ガーヴは冷や汗を流しながら、あたしを軽くはたく。
「お前のあの術。あれは召喚魔法の一種だって知ってるな?」
「うん……まあね。一度同化しちゃったし」
一年と少し前、あたしは禁呪を使った。冥王フィブリゾを倒すために。
『あいつだけは……許せなかった』
その禁呪はロード・オブ・ナイトメア……混沌の力を使用するもので……全てのものの母は、混沌そのもの。つまり、それ自身を召喚するのと同じ事だったのだ。
「その時点で、お前とあの御方には、極細とはいえ、繋がりが出来あがっちまった」
「ゲゲッ!?嘘!?」
ビビるあたしに、ガーヴはおっきな手を再びあたしの頭に乗せた。
「嘘じゃねぇよ。といっても、本当に極細だが」
わしゃわしゃと髪を掻き混ぜながら、ガーヴは淡々と語る。
って、髪が乱れるっ!!じゃなくてそれはもしかして、とんでもない事なのでは?
「安心しろ。別に気が向いたら乗っ取る、とかそういう事が出来る訳じゃねぇらしい」
「それって、安心出来るの?」
「できねぇな」
うあっ、きっぱり言うし。
「本当に微かなものらしいから、干渉とかは一切しないそうだが。ただ、お前は意志力が強いから………慟哭が、混沌の海まで響いたらしい。で、煩いから慰めてこいって放り出された」
あたしは黙ってしまった。なんか、とてつもなくスケールの大きい割に、内容が小さすぎる、とかそういう事以前に……泣き声が届いたぁぁぁ?
つまり、ここにいるガーヴには、泣き声も、その訳も全部筒抜けだと……。
あたしは、顔が瞬時に沸騰したように赤くなるのを感じ、俯いた。
「……まあ、俺としては、嬉しかったがな」
はい?今、なんて言いました?
キョトンとした顔で見上げたのだろう。ガーヴはまた笑い、あたしの顎に手をかけ、上向かせ……口付けた。
「こう言う事だ。解ったか?」
「…………な、何するんだぁぁぁぁっ!アンタわぁぁぁっ!!」
頬が、顔が熱い。何より、触れられた顎と唇が炎に炙られたように熱い。わたわたするあたしの目を、ガーヴが至近距離から覗き込んできた。
顔が近づくより何より、その深い緑色に吸い込まれるような気がしてよろめいたあたしを、ガーヴが支えてくれた。
そして、今度は自然と目を閉じ、口付けを受けた。
優しい、けれど燃えるように熱いそれに、何故か再び涙が零れた。
「泣くな。頼むから……」
優しく囁かれる声に、あたしは酔ったように凭れ掛かった。このままここだけが時間から切り離されればよいと願う。
けれど、きっとそれは叶わない。これはこの夜の間だけの夢なのだと、何と無く分かっていた。明けの明星が輝く、その時までの夢。
「リナ・インバース……」
「ガーヴ……リナって……呼んで」
それは願い。リナ・インバースなんて他人行儀に呼ばれたくない。
「ああ……リナ……」
夜気から守るように、象牙色のコートで包んでくれる。逞しいその胸に、あたしは身を委ねていた。
鮮やかな満月と、深い緋色の紅葉。その中で、二人はいつまでも離れることなく佇んでいた。
小鳥の少々やかましい声に、あたしは目を覚ました。
「ここ、は……」
辺り一面の赤に軽い目眩を起す。まるで緋色の絨毯の様に敷き詰められた紅葉。
あたしが起き上がると、何かが身体からずり落ちた。
「これ……」
あたしの身体を覆ってたのは、象牙色のコート。それが緋色の絨毯に広がる様に、あたしは目を潤ませコートを抱きしめた。
「夢じゃ……なかったんだ」
夢ではなかった。あの人に会ったのは。
暖かいそれは、あたしがゆっくりと手放した瞬間、空気に溶けた。
「ガーヴっ……」
ぼんやりと覚えてるのは、彼の最後の台詞。
『確かに、魔族は滅びりゃ終わりだ。だが、混沌に戻り、また生まれ変わる……別の存在として……だから、待ってろ。きっと探し出してやるから』
いつになるか解らない、なんて笑いながら言った顔が最後の記憶。
あたしは顔を上げて、紅葉を睨み付けた。あの人と同じ緋色の紅葉。
パンッと顔を一回叩き、あたしは起き上がった。待ってるなんて、まだるっこしい事はあたしには似合わない。
「待ってなんかいてあげない。あたしの方から探し出すわっ!だから……早く……」
あたしは最後にもう一度紅葉を視界に焼き付けた。
「これは勝負だよ、ガーヴ」
視界から振り払うのではなく、進むために前を向いた。
『ああ、負けねえさ』
そんな言葉が聞こえたような気がして、あたしは微笑みながらゆっくりと皆の待つ宿へと足を向けた。
前を歩き続ける貴方に合うために、あたしも歩き続ける。そうしたら、きっと出会えるはずだから。
fin.
どうでもいいコメント
ありがとうございます!!
私のお気に入り、ガーヴ様vvvvv
あまりのお素敵さに脳味噌が溶け崩れております(元からだろうが!)
ふっふっふっふっ・・・・最後まで拝読されたそこの貴方様。にんまりされていらっしゃるなら、是非とも私とお友達になってやって下さいませ!
三下管理人 きょん太拝