「レポートが明日提出だ、なんて聞いてないわよ・・・」
夕日が赤く染めた廊下を歩きながらあたしは小さくため息をついた。
本当なら今頃はアメリア達と美味しいと評判のケーキ屋さんで騒いでたはずだったのに・・・
「・・・あれ?」
微かに聞こえてくる音にあたしは足を止めると耳を澄ませる。
「・・・・・・歌?」
その歌はどうやら近くの特別教室から聞こえているらしい。
もうほとんどの生徒は帰ったはずなのに・・・?
なんとなく気になり、あたしはそっと足音を忍ばせてその教室に近づいた。
「・・・今日だって貴方を想いながら歌うたいは歌うよ」
少し開いた扉からそっと覗くと窓際でギターを抱え歌う男が一人。
「短いから聞いておくれ──愛してる」
ドキリとした。
瞳を閉じたその横顔がひどく大人びて見えて。歌うその声があまりに甘く切なくて。
それはまるで知らない人みたいで・・・
ふいに強い風が扉を揺らし。
「リ、リナ!?」
つられる様に顔を上げた男と視線がぶつかった。
「──通りかかったら声が聞こえたから」
見てはいけないものを見てしまった、そんな罪悪感にその場を逃げ出したくなる衝動に駆られ。
それを誤魔化すように笑いかける。
「良い歌ね。ゼルが歌っても」
「悪かったな、どうせ俺は歌が下手だよ」
あたしの言葉にゼルは小さく苦笑した。
「ラブソングを歌う時は好きな人が出来た時、ってよく言うけど。ゼルもそうなの?」
「違う・・事もないな」
小さな呟きと共に浮かべられた優しげな微笑。
その瞬間、ズキっとした痛みが胸を刺しあたしはぎゅっと手を握り締めた。
──好きな人・・・いたんだ・・・
今まで知らなかった痛みと感情に泣き出しそうになる。
一目惚れなんて柄じゃない。なのに・・一瞬にして奪われてしまった心。
「上手い下手はともかくとして。
そんな声で自分の為に歌われちゃ、みんな落ちるわよ」
自分でも驚くくらい落ち込んでいるのに、声は明るかった。
好きだ・・って、そう自覚した瞬間失恋なら、最初からこんな想いに気が付かなければよかったのに・・・
「そう簡単にいくと良いんだがな」
優しげな微笑が苦笑に変わるのを酷く苦い想いで見つめる。
「上手く行かないの?」
「・・・ああ」
一瞬目を伏せたゼルのその姿に、まだ見たこともない子への怒りと嫉妬を覚え。
そんな自分に自己嫌悪する。
「よっぽど根性のある娘なのね」
「確かに・・な」
「ま、ゼルも見た目ほど悪い奴じゃないし。がんばりなさいよ」
「・・・それは褒めているのか?」
軽い口調で明るく笑い飛ばすあたしにゼルは苦笑を返した。
「うーん・・・少なくとも応援はしてる」
そんなのは嘘だ。
応援なんかしたくない。他の子の事をそんな表情で話すところなんて見たくない。
そう、思っているのに・・・
「・・・まあいいさ。諦めるつもりはないからな」
きっぱりと前を見て呟くゼルからそっと視線をはずす。
「ねえねえ、どんな子?あたし知ってる?」
いつもと同じように振舞おうとしてどんどん墓穴を掘っているのに気付いてたけど、どうしようもなかった。
今黙ってしまったら、きっと涙が零れてしまうから。
「もしかして・・・アメリア?」
アメリアの名前を出した瞬間、すぐに後悔する。
もしここで頷かれたら明日からどんな顔でアメリアに会ったらいいかわからなくなる。
それに、少なくとも今は、笑って祝福なんて絶対に出来ないだろうから。
「冗談。そんなわけないだろうが」
きっぱりとした言葉に一瞬安心するが、まるで自分に言われたような気がして再び胸が痛んだ。
その痛みに顔を顰めない様に気を付けながらあたしはゼルを軽く睨む。
「ひっどい!アメリアが聞いたら泣くわよ?」
「だからって好きでもない奴を押しつけられたって困る」
困った顔で呟くゼルのその言葉は正論で。だけど──
「そうだけど・・・それじゃ女の子にもてないぞ?」
「・・・そう思うか?」
「少なくともあたしはね」
ゼルの言葉にこっくりと頷く。
自分勝手かもしれないけど、でも好きな人に冷たくされたくはないから。
「じゃあ、今後は気をつける」
「・・・どしたの?珍しく素直じゃない?」
いつもならこんな素直に人のいう事を聞く事なんてないのに?
そんな疑問はゼルの次の言葉に打ち砕かれた。
「嫌われたくはないからな」
その一言がどれだけあたしを打ちのめしているのか、たぶんゼルは知らない。
知られたくもなかった。それは最後のささやかなプライド。
「いい心掛けよ。
それにしても、ゼルが好きな人か。一度でいいから会ってみたいわね」
「・・・鏡でもみたらどうだ?」
明後日の方を見てボソリと呟くゼル。
「そんなの見たって自分の顔しか映ってないじゃない?」
「・・・・・・お前なぁ」
訳が分からなくて首を傾げたあたしにゼルは、はぁ・・と疲れた様に深くため息を付いた。
「俺が惚れてる奴はな、救い様がないくらい鈍い奴で、自分は落ちないくせに他の女だったら落ちるなどと平然と言ってのけるし、そいつに言ってるのに勝手に別の女に言ってる事だと思ってるし、挙句の果てには『応援してる』なんてふざけた事を言う奴だ」
「・・・・・・え?」
ゼルの言葉に声を失う。
まさかそんなはずがない。そんな都合の良い話なんてありえない。
そうわかっているのに、鼓動がどんどん早くなって。
「・・・まだわからないか?」
覗き込むように見つめられて。ゼルのその瞳が凄く綺麗で、魅入ってしまう。
「これでも?」
クスリとゼルが笑い。そして・・・唇に触れる柔らかい温もり。
・・・・・・・・・
「わからない?」
「・・・わかんない」
じっと上目遣いにみつめると、ゼルは少し赤くなって横を向いた。
「あたしは救い様がないくらい鈍い奴だから、全然わかんないわよ」
「リナ、お前なぁ・・・」
少し拗ねた口調で呟く。
あれだけ酷い言われ方をされたのだから、このくらいは許されるだろう。
「わかんない。だからちゃんと言って?」
「・・・一度しか言わないぞ?」
相変わらず横を向いたまま、視線を合せずにゼルが言った。
「うん、一度でいいから」
こっくりと頷くと次の言葉を待つ。
それはまるで都合のいい夢みたいで。だからゼルからちゃんと聞かせて欲しかった。
「──好きだ」
そっぽを向いたままのその言葉。
だけど──
「・・・返事は?」
ゆっくりと振り返ったゼルが小さな声で問い掛けてくる。
嬉しくて、嬉しすぎて。想いを言葉に出来なくて。
そっと目を閉じると唇をあわす。
少し驚いたように見開かれる瞳。
「これじゃ・・わからない?」
恥ずかしくなり俯いたあたしのその頬にゼルの手がそっと触れた。
「いいや、十分だ」
そう言って笑ったゼルのその笑顔は凄く優しくて。
あたしだけに向ける特別なものなのだと感じて、それが凄く嬉しかった。
「あたしを落とすのなら、歌よりもっと良い方法があったのに」
「・・・食い物か?」
ゼルのその言葉にくすりと笑って首を横に振る。
「簡単よ。『明日提出のレポート貸してやる』の一言で落ちたわ」
聞いた瞬間広がる苦笑。
やがてそれは微笑に変わって。
あたしたちは顔を見合わせて笑うともう一度キスをした。
fin.
管理人のどうでもイイ一言。
紗羅さん!!ありがとうございます(はぁと)
ずっと以前からひっそりとファンでしたので、頂いた時にはもう舞い上がるなんてものじゃございませんでした。
リナ・・・かわええ・・・かわええ・・・・ふふふふふふ・・・・・・(壊)
ゼルの歌?!歌・・・・・・(うっとり)
ああもう、溶け崩れております!
本当に素敵なお宝をありがとうございました♪
きょん太拝