『ラバーソウル』


 窓の外は暗く、しんと静まりかえっていた。時折、野犬の鳴き声が遠くから響いてくる。
 仄かなランプの光だけが光源の、安宿の一室。ゼルガディスは窓際に佇んで、じっと窓の向こうを眺めていた。階下の酒場はとうに閉まっているらしく、宿屋は静かだった。いつもならば安らぐはずのその静けさが、いまはやけにゼルガディスのかんにさわった。
 彼は苛立たしげに窓枠に手をかけ、窓ガラスに額を押し当ててため息をついた。
 と、そのとき。
 ――こん、こん。
 ふいに部屋のなかに響いた音に、ゼルガディスははっと顔をあげた。
 大股で部屋を横切り、扉に近づいてドアノブに手を伸ばす。ゆっくりと扉を開く。扉の前には、リナが立っていた。いつもの魔道士姿ではなく、ごくあっさりとした部屋着を身につけている。
 ゼルガディスが体をずらすと、リナは女豹か何かのようなしなやかな動きで部屋のなかに滑り込み、さっさと部屋の奥まで歩いていった。
 ゼルガディスは扉を閉めて、部屋の奥を振りかえった。リナはベッドに腰掛けて、靴を脱いでいるところだった。
「あの二人は?」
 とゼルガディスは聞いた。
「スリーピングをかけてきたわ」
 リナはしどけなくベッドの上に横たわりがら、そっけなく言った。
 ゼルガディスはベッドの端に腰を下ろして、リナの顔を見下ろした。リナもゼルガディスを見上げた。
 沈黙が落ちた。しばらくそうやって見つめ合った後、リナがゆっくりと口を開いた。
「……何日ぶりかしら?」
「4日ぶりだ」
「そう? もっと長かったような気がするわ」
 ゼルガディスはリナの顔の両脇に手をついて、その顔を覗きこんだ。
「……そうだな」
 青黒い岩の肌に覆われた長い指が、そっとリナの唇を撫でた。リナの細い両腕がのびて、ゆっくりとゼルガディスの首に巻きついた。その腕に引き寄せられるように、ゼルガディスはリナの上に覆い被さった。
 幾度も幾度も深いくちづけを交し合いながら、ゼルガディスはせかされたようにリナの服の合わせ目をほどこうとする。
「あ、ちょっと……」
 リナが顔をよじってゼルガディスの唇から逃れ、かすれた抗議の声を漏らす。
「何だ?」
 リナの顎を舌でねぶりながら、ゼルガディスが聞き返す。
「ちょっと、待ってよ。風の結界を張らなきゃ」
 ゼルガディスの体を押し返しながら、リナが身を起こそうとする。
「いいだろ、別に」
「良かあないわよ」
 リナは怒ったような口調で言うと、ゼルガディスの体を乱暴に押しのけた。
「おい、乱暴するなよ」
 ゼルガディスのむっとしたような声音も意に介さず、ベッドの上で姿勢を正し、呪文を唱えはじめる。その横で、ゼルガディスは面白くなさそうに肩をすくめた。
「……これでよし、と」
 ベッドの周囲に風の結界が張られたのを確認して、リナは満足げに呟いた。
「相変わらず、用心深いよな」
 ベッドの上に寝転がりながら、ゼルガディスが呟いた。
「念を入れるのに、こしたことないわ。万が一ってこともあるし」
「万が一、か」
 ゼルガディスはかるく肩をすくめた。
 リナはゼルガディスの体の上にしなだれかかり、その胸に顎をのせて彼の顔を覗きこんだ。そして、くつくつと笑った。
「何だ?」
「だって、」
 とリナは笑いながら言った。
「何か、悪いことしてるみたいなんだもん」
「悪いことだろ? 違うか?」
 ゼルガディスは口の端を吊り上げて笑った。
「その方が興奮するんだろ?」
「……あんただって」
 リナはゼルガディスの額を小突いた。
 栗色の髪がさらりと流れてゼルガディスの頬にかかった。鼻先が触れるほど近くに、リナの顔があった。彼はリナの顔を見つめた。ランプのかすかな光に照らされて、その形の良い頬や鼻すじや唇が見えた。リナはどこか潤んだような瞳で彼の顔を見下ろしていた。
 自分の指がもつれたような動きでリナの服を解きにかかるのを、ゼルガディスは他人事のように眺めていた。リナは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、彼の服のなかにその華奢な両手を潜り込ませた。
 俺には選択肢なんかないんだ、とゼルガディスは痺れたような頭の隅で思った。こんなことを続けていたらいつか絶対にばれて修羅場を見ることになるだろうし、リナにとって俺は体のいいオモチャに過ぎないのかもしれない。それでも、この瞳をこの表情を薄い布の下にいる裸の女を拒絶することなんて出来やしないだろう。
 ゼルガディスは目を閉じてリナの顔を引き寄せる。花のような香りが鼻をかすめる。リナが両腕を彼の背にまわしてしがみついてくる。
 このまま朝なんて来なければいい、とゼルガディスは思う。この熱い夜だけが永遠に続いて、闇が俺たちを包み隠してくれればいい。恋も欲も、何もかもいっしょくたにして。
 ゼルガディスはリナの口をこじ開けて、湿った舌をその中へ潜り込ませた。






The end.


 私の憧れ、ひな様よりお預かり致しました秘宝です。
 もう、ここまでいらした方ならばゼル一色なのは間違いないでしょう。
 ああ、・・・・もはや何も申しますまい・・・・。
 幸せでございまする。
 ひな様本当にありがとう御座いました。

ゼルちゃん釘付 三下きょん太 拝