prelude



 かったるい。うっとおしい。ねむい。
 頭には不平不満の言葉しか浮かんでこない。
 ――――どうしてこー、入学式って暇なのかしら・・・・・・。
 込み上げるあくびを必死にかみ殺す。
 入学試験で首席でも取っていれば、この退屈さもいくばかは失われていたかもしれない。そう思うと、手を抜いたのは間違いだったか、と後悔の念が押し寄せる。
 でも新入生総代の言葉なんか考えるの面倒だし・・・・・・。
 やろうと思えば全科目万点も取れた。やらなかったのは、ただひたすら面倒だったからだ。
「では、次に新入生を代表して――・・・・・・」
 かわいそーに。首席を取ったばかりに、面倒な挨拶なんか考えさせられて。・・・・・・それとも手抜きなんて考えなかった真面目人間なのだろうか。
 ふと興味が沸いて、壇上に上がる人物を眺める。
 ――――ふぅん。
 ひとめ見た感想はそれだけ。
 インターナショナルスクール、という肩書きも伊達ではない。その男子生徒は青銀の髪だったのだ。瞳の色は見えない。顔はと言えば、遠目からでもわかるほどの美形。これは女子が群がりそうだ。
 よくいるナルシスタイプのお坊ちゃんかしら。
 ぼんやり思いつつ観察を続ける。
 彼は持っていた紙を広げ、読み上げる。少しの淀みも見られない動作。新入生400余人プラス先生方約50人の目にさらされているのに。端から見ていて、彼が緊張しているとは到底、思えない。喋りも流暢だ。どもったりつっかえたりしていない。低い声は耳に心地よく響く。
 やがて彼は長くもなく短くもない「新入生総代の言葉」を言い終える。
「一年D組ゼルガディス=グレイワーズ」
 という名乗りの言葉で締めくくって。
 ――――げ。
 あたしは耳に入った言葉に青ざめた。
 クラスが一緒だ・・・・・・。
 ――――なんとなーく、トラブルに巻き込まれるような気がするのは・・・・・・・・・・・・やっぱり気のせいじゃないんだろーな・・・・・・。こういう運に関しては絶対的に悪い方向に当たるし・・・・・・。
 彼はあたしがぼんやり思ううちにも壇上を下り、席に戻った。
 心の中で溜息をつく。
 やだなあ。三年間、猫被って卒業しようとか考えてたんだけど・・・・・・。
『そうねえ。じゃあ、あの学校に入れたら好きなようにしていいわよ』
 高校を決める際に姉に言われた言葉だ。大学に行かなくてもいい、遊び呆けようが何しようが自由だ、という言葉に多少不安を感じたのを覚えている。
『あの学校? どこの学校よ』
『名前は知っているでしょう? 一昨年、女子高から共学に変わった、ロードインターナショナルスクール』
『って・・・・・・姉ちゃんが去年、通ってたとこじゃないっ!』
『そうよ。あそこの学校はスキップ(飛び級)も許可してるから、運が良ければ一年で卒業できるわよ?』
 そう言う姉は一年で卒業した。ちなみに姉と自分の年齢差は二つ。姉は今、両親の手伝い(うちは雑貨屋さんを営んでいるのだ)とウェイトレスのバイトに忙殺されている。高校を卒業した後、某大学に入り、またもスキップして一年で卒業してしまったのだ。
 我が姉ながら尊敬してしまう。絶対本人に言えないが。
『・・・・・・なに、考えてるの。姉ちゃん』
『何よ人聞きの悪い。別になにも企んでなんかいないわよ』
 その時はさらりと流されて、結局、入学した今も姉の真意など掴めていない。
「それではこれで入学式を終わります。新入生の皆さんはA組から・・・・・・」
 式はあたしが過去を回想している間にも進行していた。進行役の教師が壇の上に立っている。
 周りからどっと溜息が漏れる。いくらインターナショナルスクールの、しかも全国で五本の指に入るくらい頭のいい学校に受かった者と言えど、やはり長ったらしい入学式は退屈なようだ。
 かくいう自分も、これでようやく終わりか、と溜息をついたクチだ。
「D組、起立してください」
 一斉にがたがたとパイプ椅子から立ち上がる。
 これでよーやく入学式も終わり、か。後は教室に行って担任の先生との顔合わせして、帰るだけ。
 異様に長くて疲れる一日だったような・・・・・・。
 出口に向かって歩きつつ、本日三度目の溜息をついた。


 やはり、と言おうかなんと言おうか。
 彼の周りには女子が群がっていた。新入生総代は目立つ。美形で頭がいいなら余計に、だ。
 ――――くだらない。
 どうしてこうも色恋沙汰に騒げるのか。人生、恋だけが全てじゃあないだろーに。
 視線を窓の外に移す。あたしの席は窓際の一番後ろの席なのだ。教室全体を眺められて授業中は外を見て暇を潰せる。なんていい席なんだろう。いままでは、圧倒的に廊下側の、一番前の席を割り当てられていたのだ。リナ=インバースという名前のせいで。
 まあ窓際一番後ろ、という席は、一番教師に目をつけられやすい席でもあるが。
 がらがらがらっ。
 教室のドアの開く音に入口付近を見た。誰もが黙り、一瞬の後、誰もが馬鹿みたいに口を開けた。
 入ってきたのは私服の男性教師(だと思われる)。彼は教壇まで歩き、持っていた名簿やらプリントやらを置いた。
「お、全員そろってるよーだな。席についてくれ」
 真っ赤な髪。それはいい。この学校は仮にもインターナショナルスクール。どんな人種の人間が集まっても不思議はない。教師だろうと生徒だろうと。
 だが、その髪が腰より長いというのは・・・・・・。しかも、なんと言おうか。
 野性的な美形――――と言えば聞こえはいいが・・・・・・悪く言ってしまえばおっさん顔。本当にあなたは教師なんですかと、この場にいる全員が心の中でツッコミを入れただろう。
 こんなのアリか?
 一拍置いて、生徒たちは各々、自分の席へと戻った。余談だが、黒板に自分の座る席が書かれているのだ。
 教室内はシーンと静まり返っている。全員が全員、ショックから立ち直れないのだ。
「オレの名前はガーヴ。一年間、D組の担任を務める。まあよろしくな」
 よろしく、って言われても・・・・・・。
「で、だ。今日やることはそんなにない。高校に入ってまで自己紹介だの何だのってのはうざったいだけだろうしな」
 物分かりはいいらしい。確かに自己紹介なんぞ、時間の無駄だ。友達を作りたいんだったら自分で話しかければいい。じっと黙って席に座っている奴は構われたくないのだろう。内気で話しかけられない、なんて人間はハナからこの学校を受験しない。
 個性の強い奴ばかりがこの学校を受験したのだ。――誰よ、そこで類友とか言ったヤツは。
「ここにあるプリントを配って解散だ。明日は委員会だの科目の係だのを決めて終わり。8時半までに来ないヤツは遅刻――と言いてえところだが、一応、8時40分が本鈴だ。40分までに来なければ遅刻扱いとする」
 ルーズなのか几帳面なのか。
「つっても、オレも職員会議やらが長引いて、40分に教室にこれない場合もある。そんな時は例外だな。話が脱線したが、まあそんな訳だ」
 教師は話す間にも教卓にプリントをきちんと並べていく。配りやすいように、だろう。
「列の一番前の奴、プリント配るの手伝ってくれ」
 人使いが荒い。普通は教師が配るもんじゃないのか。
 まあ、膨大な量のプリントを一人で配りたくない気持ちもわかる。それに教師一人が配るより、生徒数人で配った方が早い。
「一番最初に配るのが、家族へのお知らせってヤツだな」
 ガーヴ先生(違和感が・・・・・・)は、説明を加えながらてきぱきと作業をこなしていく。やがてチャイムが鳴った。
「もうこんな時間か。プリントも配り終えたし、無駄な説教も必要ねえだろう。解散」
 彼は一方的に宣言すると教室から出て行ってしまった。
 ――――えー・・・・・・と・・・・・・。
 帰って、いいんだよね・・・・・・。
 どうも調子が狂わされる。こんな感じで一年過ぎるのだろうか。スキップなんて面倒だから、3年きっちり通おうと思ったのは間違いだったか。
 教室はいまだしん、としている。ショックが強すぎて動けないのだろう。どうしよう、と周囲を見まわして目の合った者同士、苦笑いしたりしている。
 ――――いつまでも教室に残ってたって意味ないし、帰ろ。
 教室内の雰囲気なんか知ったことではない。あたしはあたしのペースを守るまでだ。・・・・・・さっきまで崩されっぱなしだったけど。
 あれはあたしのせいじゃないわよね・・・・・・。インパクトありすぎる先生が悪い。
 プリントを鞄にしまい込み、席を立つ。かたん、という椅子を引く小さな音が異様に大きく聞こえた。それだけ教室が静かなのだ。現にドアの外からは隣の教室のざわめきやらが聞こえてきている。
 一人立ち上がったあたしに注目が集まる。あたしの行動は誰も立ち上がろうとしない中、目立ってしまったのだ。
無視してドアまで行き、さっさと教室から出た。いちいち視線にケンカを売るほど馬鹿ではないつもりだ。
 ッあ――――・・・・・・すごい開放感。廊下で深呼吸を繰り返す。
 教室という空間はどうも束縛を感じる。学校に縛られているような気がする。実際、行動の自由を多少、制限されているのだ。束縛感も当たり前なのかもしれない。
 さて、と。これからどうしよう。素直に家に帰ってもいいんだけど・・・・・・。なんとなーく寄り道したい気分だ。
「わ、見てー、すごい綺麗」
 廊下にたむろしている誰かが窓の外に身を乗り出していた。つられてあたしも窓の外を眺める。
 ――――うわぁ・・・・・・。
 遅咲きの桜だろう。満開に咲き誇っている。風に散る花びらが、何とも言えぬ幻想的な風景を作り出していた。
 この場所から見えるんだったら、中庭の辺りか。
 学校内の地図を頭に思い浮かべ、即行動に移す。つまり中庭へ移動する為に下駄箱に急いだ。
 本当を言うと、桜はそんなに好きではない。夏になれば毛虫で一杯なのだ。桜の葉っぱが穴だらけになっているのを見た者は、この気持ちを理解してくれるだろう。セミもくっつくし。あの抜殻は気色悪い。
 下駄箱で靴を履き替え、桜の咲く中庭へ。
 ――――ほんっとにキレイ・・・・・・。
 夜桜見物したら最高だ。満月なんか見えた日には絶景と言えるだろう。
 毎年、春だけは楽しみになりそうね。
 ぼうっと上を見上げながら歩く。一体どの辺りまで桜の木が植わっているのか。先に見えるのは淡い桃色並木。他の色が見えない。
 好奇心を刺激され、更に奥に踏み込んで行く。
 中庭って、こんなに広かったっけ・・・・・・?
 踏みしめる感触がふわふわしている。足元にあるのは土ではなく、花びらのじゅうたんだ。雲の上を歩くとしたら、こんな感じなのだろうか。どこか頼りなくて、心地いい。寝転んで昼寝をしたくなる。
 夏はともかく、春はさぞ気持ちいいだろう。
 ――――授業をサボる時はここに来ようかな。夏はヤだけど。毛虫とご一緒したくない。
 ざぁっと風が吹く度に花びらが舞い散る。桜吹雪に目を奪われる。桜色が頭の中にまで浸透していく。
 ・・・・・・キーンコーンカーンコーン・・・・・・という遠くからの音に我に返った。
 しまった、いま何時だっけ?
 腕時計の針は11時ジャストを指し示している。
 ――――やばい。早く帰らないと、お昼に間に合わないっ。
 今日はあたしが昼食担当なのだ。一日交代で姉ちゃんとご飯作りをこなしているのである。
 もと来た道を走って戻る。せっかく自転車通学なのだ、この利点を利用しない手はない。できるだけ早く戻って仕度をしないと・・・・・・どうなるか。姉のお仕置きを思い返し、背筋を粟立たせた。
 焦っていたせいだ。前方不注意で、現れた影に気付かなかった。散る桜のせいもあるかもしれない。幻想的な風景は、自分一人がこの場所に迷い込んだような錯覚を起こさせた。
 誰かがここに入って来るかもしれないとは、全く考えなかった。
「っきゃ・・・・・・!」
 どしんっ、と右肩に何かが当たる。否、何か、ではなく――誰か、だ。
「悪い、大丈夫か?」
 転がっても大して痛くなかった。桜の花びらのおかげだ。花びらのじゅうたんがクッション代わりになったのだ。
「大丈夫です」
 差し出された手におとなしく掴まり、立ち上がった。そして目を見張る。
 ――――こいつだったの。あたしがぶつかった相手って。
 そう。そこに立っていたのは、青銀の髪を持つ新入生総代。ゼルガディス=グレイワーズだったのだ。


 しばしぼうっと見上げていたが、呆然としていられる時間はない。思い出して軽く相手に会釈した。
「ごめんなさい、急いでたので」
「いや・・・・・・」
 彼は語尾を濁し、ふいっと視線を逸らす。意外な反応におや、と内心、首をひねった。
 ――――もしかして・・・・・・照れてる?
 実は壇上に上がった時も緊張してたんじゃ・・・・・・。ってそんなのはどうでもいいのよ。早く家に帰って、お昼ご飯の仕度をしなければっ!
「それじゃあ」
 軽く挨拶し、横を擦り抜ける。
 余計な時間を食ってしまった。ああっ、もう三分も過ぎてるッ!
 どう急いでも学校から家まで十分以上かかる。仮に十分で着けたとして、お昼の用意も何もしないで家を出てしまったから・・・・・・ど、どうしよう。とりあえず、メニューを決めるべきよね。サンドイッチが一番手軽だ。サンドイッチ用のパンってあったかな?
 あたしは自転車置き場まで、これ以上はないというほどの速度で走っていった。


 家には11時15分に着いた。サンドイッチ用のパンがないと、かなりピンチな状況だ。なにせ、商店街までは自転車でも、往復20分くらいかかる。行きが10分、買い物に5分と考えて、帰りで10分。家に着く時間は11時45分。
それからサンドイッチを作るとなると・・・・・・。12時に間に合わない。
 間に合わないとどうなるか。姉ちゃんの鉄拳制裁が待っているのだ・・・・・・。うちが雑貨屋なのは前述の通り。うちは従業員を取っていない。つまり父と母と姉の三人で切り盛りしているのである。三人しかいないと昼食を取る時間も限られてくる。昼食の間、お店を閉める訳にもいかない。だから一人一人、交代で昼食を取る決まりになっている。姉が時間に厳しい理由をわかってもらえただろうか。
 学校帰りに買ってくれば、多少の時間節約になったかもしれないが・・・・・・買ってこれなかった理由があるのだ。
 そう、一番重要な・・・・・・お金がなかったのだ。
 昨日、出掛けてから財布をバッグに入れっぱなしで、学校に持って行くのを忘れていた。定期があったから通学には不自由しなかったが。
「あら、お帰りなさい」
 鞄を放り出し、姉に尋ねる。
「ただいまっ! サンドイッチ用のパンっってあったっけ?」
 姉はソファーで優雅に紅茶を飲んでいる。ガラスのテーブルの上にはお茶菓子まで出ていた。くうぅっ、悔しいッ! 昼食を作る日じゃなければ、あたしの胃の中に全部納めるのにッ!
「あるわよ」
 ――――よ・・・・・・良かったあぁぁぁぁ。
 安心のあまり、全身から力という力が抜けていきそうになった。
 姉がカップから顔を上げた。座り込みかけているあたしに目を向けて。
「・・・・・・リナ、頭に何をつけてるの?」
「へ? 頭?」
 言われて適当に頭を探る。ふと、指先に髪ではない別の感触。髪を引っ張らないように、そろそろと取る。指先に摘まれていたのは、桃色の小さな花びら。桜だ。
 あんな桜吹雪の中にいたのだ。頭に上に降ってくるのも当たり前だ。
「なんだ、桜じゃない」
「桜? ・・・・・・中庭に行ってたの」
 流石は一年通っていただけある。姉ちゃんもあの桜吹雪を見て、中庭に行ったのかもしれない。
「うん。綺麗だなって」
 ぼうっと花びらを見つめた。しばしの間、脳裏に桜の舞い散る光景を蘇らせる。
「押し花にでもしたら? 入学記念に」
「ん・・・・・・」
 周りは一色、ピンクのみ。桃色の色彩に包まれた楽園――――。
『悪い、大丈夫か?』
 手を、差し出した彼。
『いや・・・・・・』
 彼は照れたように視線を逸らして――――ってあたしは何を思い出しているんだか。ぶんぶんっ、と頭(かぶり)を振って、ゼルガディス=グレイワーズの顔を頭から追い出した。生徒手帳に花びらを挟み込む。昼食を作った後にでも押し花にすればいい。
 あたしはサンドイッチを作る為にキッチンへ向かった。


 あたしは、知らない。
 この時の出会いが、未来のあたしにどれほどの影響を与えるのか。
 この時の出会いで、既に未来を決められてしまっていただなんて。

 あたしは、まだ、知らなかった――――。


――終。


住刃斬様よりのあとがき

 きょん太さんのリク、学園物のゼルとリナ出会い編です。これでもかって言うくらい少女マンガチックに仕上げてみました。元ネタはカレカノです。少女漫画をお手本にしてるから、余計に少女漫画チックな話に磨きがかかってしまった・・・・・・。
 お約束通りきょん太さんに捧げます。煮るなり焼くなりご自由にどうぞ。ではこの辺で。

稿了 平成十二年三月四日土曜日
改稿 平成十二年三月八日水曜日


お礼♪

ありがとうございます。ありがとうございます。
ナイス学園物です!!
私なんぞとは大違い・・・・。
やはり・・・やはり・・・・貴方様は師匠です!!師匠ーーーーーーー!!
これからは、住ちゃん師匠と呼ばせていただきます!!

三下管理人 きょん太拝