あたしは今かなりのピンチだ。なぜなら目の前にラルタークがいる。ゼロスはラーシャートを追いかけていない。ちなみにガウリィ、アメリア、ゼルの三人は宿屋ですやすやおねんねしているはずである。
出かけ際に眠りなんてかけて来るんじゃ無かったかも・・・・。
後悔しても始まらない。とりあえずゼロスが来るまで持ちこたえるか、逃げるかしなければならない。まず前者はかなり困難だ。いくらあたしがリナ=インバースだとしても、こいつ相手には荷が重い。
そして後者もまたそうだ。かなりの困難を極める。魔族である以上空間に干渉して結界を造るということなど、朝飯前なはずだ。
とどのつまり、ピンチなのだ。
ここはやはり無難なところで逃げるが勝ちよね!!!
「さて、リナ=インバース。」
あたしが逃げることを決めたのを悟ったのか悟ってないのかは判らないがラルタークが沈黙を破った。
「何よ。」
「今日はおまえを殺せとの命令は我が主ガーヴ様より受けてはおらぬ。ただ我と一緒にあるところまで来て欲しいだけじゃ。」
はぁ?何言ってるのこいつ・・・・。ガーヴはフィブリゾの計画を潰すためにあたしを殺すんじゃ無かったの?あ、でも今日はってことは明日になれば命を狙うって事なのかな?
「そんなこと言われて、はい。そーですかって返事して一緒に行く人がいると思うの?」
「いるはずはないなぁ。だが来てもらわねばならぬ。ガーヴ様の命令じゃからの。」
ガーヴの命令?ならなおさら怪しい。
「行かない。」
「では実力行使になるんじゃが・・・・。」
まっずいなぁ、こいつに実力で来られたらいくらあたしでも捕まるのは目に見えている。
「それもやだ。」
とりあえずここはゼロスが来るまで何とか口だけで持ちこたえなければ・・・・。我ながら情けない話だ。人(魔族だけど)任せとはね。
「わがままじゃの。」
ラルタークが困ったように頬をかいた。
「じゃぁ、何であたしがガーヴの所に行かなきゃならないのか教えてよ。理由によっては付いて行くからさ。」
するとラルタークはしばし考えて、
「すまぬがこれはガーヴ様本人の口から申されるとおっしゃっての、言えぬのじゃ。だが今回は絶対に危害を加えぬ。それは誓おう。」
ふう。まずいことになったなぁ。理由が判れば何とでも言いようがあって、まだ時間が稼げたのだが・・・・。一体ゼロスは何をしてるのよ!!!護り導くって言ったんだからちゃっちゃと助けに来なさいよ!全くもう!!
「危害を加えないのは何故?」
「それはの、気が変わったとおっしゃっていたぞ。」
気が変わった?あたしを殺さないってこと?
「危害を加えないのは本当?」
「本当じゃ。」
「やっぱりあたし一人じゃないとダメなの?」
「そうじゃなぁ、ダメじゃな。おまえさんの仲間は一緒にいると邪魔じゃし、ゼロスの場合こちらの隠れ場所がばれてガーヴ様が危うくなるからの。」
あたしの仲間が邪魔になる所はともかく、確かに。ゼロスがいるとまずいのだろう。あいつは今はフィブリゾの命令で動いてるって言ってたし・・・・。
「断っても実力行使って言ってたわよね?」
「ああ。ガーヴ様の命令はすぐに実行せねばな。さてそろそろ決めてもらおうかの。」
さてどうする。ラルタークの言葉を信じるのならあたしは行ってもいい。だが万が一にもガーヴはあたしを殺そうと考えていたら?部下にも隠していたら?フィブリゾでさえ探し出すことの出来ない隠れ場所をゼロスが見つけて助けてくれると言う可能性は低い。
あたしがタリスマンをしているから探し出してくれそうな気はするが、そんなことガーヴも気付いているだろう。プロテクトなり、なんなりかけるはずだ。
断って戦闘になってみんなに気付かせるって訳にもいかないみたいだ。
命令はちゃんと遂行するタイプのラルタークのことだ、きっと本気を出すだろう。
んなことになったらあたしは一瞬で呪文を唱える暇さえ与えてくれないだろう。
あう・・・。八方塞がり・・・・。
「ふう。選択肢は初めから一つじゃないの・・・・。」
「ふむ。そうとも取れるな。で?」
あたしはこいつらが嘘を付いていないことを願いながら言った。
「判ったわよ。行くわ。」
「それじゃぁ、早速空間を渡るから我に捕まっておれ。」
そう言ってラルタークは腕を出してきた。
あたしがそれに捕まった瞬間目の前が真っ暗になった。
「この先にガーヴ様がおる。」
やっぱり止めておけば良かったかも・・・・。
あたしは今更になって今日2回目の後悔をした。
はっきり言おう、ガーヴの圧力が半端じゃ無い。
あたしがこの空間に来たときからずっと感じていた。んなとこ1秒たりともいたくない。だが今更だ。どうしようもないので、ラルタークに言われるままガーヴの部屋の前まで来た。
「それじゃ我はここで。」
ちょっとぉぉぉぉぉぉ!!!あたしを一人にしていくなぁぁぁぁ!!!
あたしはドアの前に呆然と立ちつくした。やっぱり行かなきゃいけないよね。帰り方わかんないし・・・・。
きぃぃぃぃ。
「失礼しま〜す・・・・。」
おずおずとあたしはドアを開けてそろそろと入っていった。
く、暗いぞ・・・・。目の前が見えない・・・・。
「おう、よく来たな。リナ=インバース。」
ガーヴの声が聞こえたとたん部屋が明るくなった。
うわぁぁぁぁ!!!びっくりした・・・・。
部屋が明るくなって判ったのだが、ガーヴは目の前にいた。
「んなびっくりすんなや。おらこっちへ来い。」
あたしは言われるままにした。逆らうとなにされるかわかんないからね。
「ほら座れ。」
ガーヴが案内したのはテーブルとイスがある部屋だった。そんなに広くは無いが、二人なら狭いとは感じさせないくらいの広さはある。
「で、今日は何の用なの?」
イスに腰掛けながらあたしは聞いた。
「んな警戒すんな。何もおまえを殺そうとしてねぇだろう?」
確かに・・・・。殺気なんぞ微塵も感じられない。だからって目的がはっきりするまでは気を緩める訳にはいかない。
そんなあたしの考えが判ったのか、ガーヴは
「今日はおめぇと話がしたいだけだ。同じ様な境遇のおめぇとな。」
「はぁぁ?」
魔族って暇なの?なにが悲しくて腹心の部下なんぞと仲良くお話をせねばならないのだろう?
「まぁ、聞けや。
俺は魔族から離反している。つまり魔族どもに命を狙われてるってこった。おまえもフィブリゾの計画のせいで俺ら一味に命を狙われている。だが俺は生きてぇ、おめぇもそうだろう?」
「そうよ。あたしはまだまだやりたいことが沢山あるんだからね。」
「はっはっはっは。そうだ。俺にもやりたいことが有る。
つまり俺とおめぇは一緒だ。生きるために戦っている。」
ガーヴは何が言いたいのだ?同じ様な境遇のあたしと話をしたい。っていうのは判った。だがまだ何かを隠しているような気がする。
「あたしと話をしたいだけなの?」
それなら帰る。と言おうとしたが、言えなかった。ガーヴがこっちに向かってきたからだ。
「それだけじゃねぇ。俺はおめぇを気に入ってる。出来ることなら俺とずっと一緒にいて欲しいくらいだ。」
なっ!!何ですとぉぉぉぉ!!!
なんかあたし変なのに気に入られてばっかり・・・・・。あたしの人生って・・・・。
なおもガーヴはあたしの方に歩いてくる。
逃げなきゃ!!!
あたしは本能的に悟った。だが辺りを見回せど、出口を見つけることが出来ない!!
お得意の空間干渉か・・・・。
「折角ここまで来たのに逃げられちゃぁもともこも無いからな。出口は消させてもらったぞ。」
リナちゃん、今日2度目のピンチ!!!さらに三度目の後悔!!!
やっぱり来るんじゃなかったぁぁぁぁぁぁ!!!
とん。
しまった!!いつの間にか壁際に追い込まれてる!!
あたしが横に逃げるのより早くガーヴがあたしの退路をふさぐ形で両腕を壁に押しつけた。
「逃げんなや。」
め、目の前に顔がぁぁぁぁ!!!
顔が暑いぃぃぃ!!それになんかドキドキしてるしって、あたしは何でドキドキしてるのよ!!!
「ちょっとどいてよ!!!」
「いやだね。」
どけぇぇぇぇぇぇ!!!なんか知らないがあたしの心臓が保たない!!
どれくらいあたしとガーヴが見つめ合っていたかは知らないが、きっとかなりの時間だっただろう。先に沈黙を破ったのはガーヴだった。
「ん?何だ?ラルターク。」
うっしゃぁ!偉いぞ!ラルターク。
「そうか、もうそんな時間か・・・・。仕方ねぇな。」
それから一度は目線をはずしたガーヴだったがまたあたしに目線を戻して言った。
「もう夜明けぐらいだとよ。だからおめぇの宿屋まで送る。っと、その前に・・・・。」
ふう。やっと解放される・・・・。などと思ったあたしが甘かった。
「きゃっ。」
ちょっとぉぉぉ!!なにすんのよ!!!
ガーヴはいきなりお姫様だっこであたしを抱きかかえた。
次の瞬間またまた目の前が暗くなった。
「おらついたぜ。」
ガーヴの声とともに見覚えのある部屋が目に入ってきた。
ガーヴはあたしを降ろすと、あたしの手を取り・・・・!!!
き、キスをした・・・・。
「じゃぁな。また今夜迎えをよこす。リナ=インバース。」
またって、また行かなきゃならないの・・・・?っていやじゃぁぁぁぁぁ!!!
でも・・・・。
はぁぁぁぁぁぁ・・・・。
「おはようございます!リナさん!あ、起きてらっしゃいましたか?」
「あ、アメリアお早う。」
アメリアが何か言っているがあたしは上の空だった。なぜならさっきのガーヴにふれられた手が熱いからだ。
くそぉぉぉ!リナ=インバース一生の不覚。
まさかあんな奴にねぇ。世の中予想外なことも起こるもんである。
fin.