評価  :至高の一作 :傑作! :読み応えあり  :十分楽しめる 
2000 March
3月読了分:
   −05
「老いたる霊長類の星への賛歌」
 ジェイムズ・ティプトリーJr.  サンリオSF81‐A   
  
アメリカ合衆国所属宇宙船サンバード、その船は太陽の周回機動から地球へ向けて飛んでいた。太陽の異常活動でダメージを受けた船体からメッセージが放たれた。「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか...」。しかし、返ってきたメッセージは謎の宇宙船からの女の声であった。−「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」

 傑作というのは、時代背景を超越したものと、その時代背景に即したものとあります。文章の迫力といい、緻密な構成といい、そのメッセージ性といい、この作品がネヴュラ賞受賞作に足る傑作であることは理解できます。しかし、この作品が今の日本の読者にお勧めかというと考え込まざるをえません。なぜなら、この作品は70年代アメリカのフェミニズム運動の深刻さがその背景になっているからです。

 フェミニズムが女性に優しい人という意味に誤訳されてしまう日本にいてはぴんとこないことですが、60年代以前のアメリカでは女性は完全に男性の従属物でした。例えば卑近な例ですが、普通の家庭では夫が完全に財布を管理して、妻が必要なお金を夫にお願いしてもらいうけるというのが一般的で、基本的に家の財産権は夫のものと考えられていました。つまり、女である妻は一人の独立した人間ではなく、男である夫の従属であったわけです。そのことは、英語の女性を表す単語−「Woman」が直訳すれば「亜人間(デミヒューマン)」であることに端的に現れおり、それを背景にしてこそこの作品の最後のセリフ「あら、ただ人間と呼んでいるわ」が生きてくるわけです。

 もちろん、そのメッセージ性は脇においておいても、骨太なSciFiを楽しみたい欲求は充分満たされる短編集ですので、古き良き作品を読んでみようというSciFiファンにはお勧めの一品です。  
   −04     
「あなたの魂に安らぎあれ」
 神林長平 ハヤカワJA215                   
  
世界は荒廃し、人類は火星に取り残された。しかも、地上に住めるのは僕として作られたアンドロイド、人間は破沙と呼ばれる地下都市でしか生き延びられなかった...

 シルヴァーバーグに似たような有機体アンドロイド小説がありましたが、素材はいかにも神林流に調理されています。特にクライマックスのまるで舞台の早変りのような幻想的展開は、それまでのメカっぽいハードさとの落差を楽しませてくれます。
2000 February
2月読了分:
   −03
「精霊がいっぱい」
 ハリイ・タートルダヴ  ハヤカワFT259・260             
  
有害廃棄魔法事件。エーテルが媒介して電話が伝えた伝言は、廃棄魔法処理場で有害魔法廃棄物が漏れ出しているというのものだった。主人公フィッシャーは自家用魔法じゅうたんでフリーウェイを現場に急ぐ。

 どうです?こののりについて行けましたか? OKなあなたは大丈夫。このロスアンジェルス版ゴースト・バスターズとも言うべき「精霊がいっぱい」を思いっきり楽しめます。十分発達した科学は魔法と変わらないという定理がありますが、十分発達した魔法も科学と変わらないのでしょう。クローン増殖した小人さんにID番号を振り分け、エーテルを介してしゃべったことを特定の電話鬼に話させるなんてところまで至れば、これはもう立派な技術です(^^;。あきれているあなた、我々だって電話線の中を通る電子なんて見たことないじゃありませんか。もしかしたら電子は小人さんの顔をしているかも。その中でもVirtul Reality(仮想現実)をもじったVirture Reality(高徳現実)は爆笑もの。皆で手をつなぎチャネリングをこの世とあの世の中間仮想世界を作り出すんですぜ。

 
閑話休題(さておき)、この技術となった魔法には当然作用反作用のごとく、有害な魔法廃棄物が生まれます。そして環境保全局に勤める主人公デイヴィッドはそれを取り締まる下っ端役人なのですが、今回のそれは彼のお役所的な日常を超えて、国家紛争にもなりかねない大騒動になっていきます。ラブコメは大人っぽいのにキュート、ラストのスペクタクルシーンはヒロイックファンタシー張りの精霊魔法合戦と盛りだくさん一作です。それと、この作品ロスアンジェルスローカル落ちも満載ですので、ロスアンジェルスを良く知っている方は3倍くらい楽しめます。聖ジェームスフリーウェイ(サンディエゴフリーウェイ)の渋滞と聞いて苦笑したあなた、お友達になりましょう(^^)。 
    −02     
「緑の瞳」
 ルーシャス・シェパード ハヤカワSF756                      
  
死から蘇った男、しかしそれはゾンビーとしての生だった。そして与えられたその生は数ヶ月...

 ハードSF派、もしくはSF右翼の方、まったくお勧めしません。そしてSF左翼の方、特にゼラズニイファンを自称するあなた、お勧めです(^^)。前半のストーリー展開は、ゾンビーの立場から見たホラーゾンビー物という感じですが、後半ではヒーローとヒロインのすさまじい逃避行、そしてアンデッドの生を生きる主人公のもう一つ世界が、神話へと昇華して行きます。
2000 Jarnuary
1月読了分:
   −01
「アヌビスの門」
 ティム・パワーズ ハヤカワFT181・182                  
  時の迷宮を駆け抜ける壮大なほら話。あなたはいくつもの肉体を経て、時の始めにしかけられたわなに出会う!
 とにかく「石の夢」では、凝りように感心しつつもそのシリアスさと長さにうんざりしましたが、この「アヌビスの門」ではパワーズのブラックユーモアが炸裂、一気に行けました。特に悪役キャラ達が実に良く立ってます。姿を見せない声だけの悪の帝王という感じの上主様
を始め、1000年の時を越えて主人公を追いまわす人造人間ロマーニ、ピエロの扮装をした乞食の王。本人達が古代エジプト神復活という目的に大真面目なだけに、幼稚園を襲う悪の秘密結社的なとほほ感がただよってきます。ただし、さすがは博識パワーズ、お得意の詳細な歴史設定で19世紀ヨーロッパ、古代エジプトと史実を織り交ぜ、虚実が入り組むその世界は安っぽさを感じさせません。
 
そして、男ばっかりのこの物語に登場する隠しヒロイン・XXXX(伏字)が実にキュート! 物語の終焉で自分と結ばれる運命を告げる主人公に「なーにいってるのよ、このばか」と上目遣いで怒るしぐさ、私、完全に転びました(^^;。そしてエピローグで迎える別れの切なさ...
 まあ、とにかくパワーズの良いところが出そろったこの作品、上質なユーモアファンタシーをお好みでしたら、お勧めの一冊です。
 (でもパワーズは絶対に禿にこだわりがあると思う)