評価  :至高の一作 :傑作! :読み応えあり  :十分楽しめる 
2003 December
12月読了分:
−14
「宿命の囁き」         マーセデス・ラッキー      創元推理文庫 577-06    
 タルマ&ケスリーのストーリーから紹介され始めたこのシリーズも、ついにヴァルデマール年代記の本編に突入です。前作「運命の剣」のヒロイン・ケロウィンが鍛えるのはヴァルデマール国の王女エルスペス。前作でからくもアンカー王の侵略を切り抜けたヴァルデマール国に、王の新たな侵略の魔手が迫ります。魔法を寄せ付けないはずのヴァルデマール国内で、エルスペスに忍び寄る魔法の暗殺者。神秘的な力を持つ使者でもあるエルスペスは、何かが起こりつつあることを察して女王達の反対を押し切って外の世界へ助け手を求めます。達人と呼ばれるほどの偉大な魔法使いを求めて。そして異変はヴァルデマール国だけでなく、シン・エイ・イン族の血族、鷹の兄弟達が治める地にまで広がっていました。もう一人その異変に気付いたのは、元魔法使い「暗き風」。これまで秘められていた鷹の兄弟達の世界、そしてヴァルデマール国、ストーリーは二つの世界、一組の女と男から始まります。
 女神でもなければ飾り物のヒロインでもない、生身の女性描き続けるマーセデス・ラッキー。新シリーズ「ヴァルデマールの風」の第一作が登場です!

−13
「陋巷に在り・10」        酒見賢一            新潮文庫 さ-25-12     
 これまで謎のヒロインだった徴在の登場です。子蓉との戦いで壮烈な死をとげた顔穆、その穆との悲恋のストーリーも明らかに。そして孔子の誕生秘話へと話は繋がっていきます。孔子が何故神話の時代から人々を解放する役割を担わされたのか、神話の時代の礼から文明の時代の礼へ転換を成し遂げた運命は、実は皮肉にも徴在という古の巫女によって蒔かれたのです。
 医ゲイの相変わらずの傲慢ぶりもおかしい第十巻、物語はいよいよその始まりの秘密へと進んでいきます!

2003 November
11月読了分:
−12
「The Sky-Green Blues」   タニス・リー      ランダムハウスオーディオブックス    

 『異国からのジャーナリストのフランシスは、インタビューのために作家ロノの隠れた幻想的な屋敷に訪れる。鬱蒼としたジャングルの縁にあるシティー、そこにあるロノ屋敷には静けさと様々な熱帯の緑にあふれていた。そして影のようにその屋敷にたたずむ、漆黒の舌を持つ美形(たぶん)のサーバント・レイチェル。しかし屋敷の静けさとは逆に、シティーは異国の軍隊に包囲され、夜にはその攻撃の輝く色彩の火が踊っている。
 謎めいたインタビューを繰り返すフランシスとロノ。シティー陥落目前のある日、ロノはメッセージを残し...そして、夜毎体を重ねるようになったレイと共にフランシスはジャングルの中に逃げ延びていく、ロノ残した機械に乗って。
 緑が渦巻く熱帯の森の中でフランシスの見出したものは?』

 リーの魔呪的なまでの色彩感覚があふれ出た作品。イメージ的にはポルポトによる陥落前のカンボジアといった感じでしょうか、熱帯のむせ返るような緑と、遺跡の冷たく艶やかなグレーが鮮やかに物語を彩っています。女性の朗読でオーディオテープで聞いたのですが、ジャングルや月光に照らされた石像のイメージが幻視として目の前に次々と現われて、目の前に見えている現実を覆い尽くすようです。(実際車の運転中だったのですが、幻視と重なって信号の色の意味が読み取れなくなって危ない目に(^^;)。
 SFとファンタシーの融合と言うのはなかなか難しいですが、リーの色彩感覚がそんな継ぎ目を完全に覆い隠してしまった傑作です。ヒロインのモノローグにはリーの小説観が垣間見れるこの作品、短いですので原書にトライしてはいかがでしょう。

−11
「しあわせの理由」        グレッグ・イーガン      ハヤカワSF1451           
 『脳の腫瘍はぼくの頭の中をしあわせのホルモンで満たした。12歳まで24時間の幸せで過ごしたぼくは、脳の中から幸せを感じる機能を全て奪い去られる、最新のウィルス治療によって。生命と引き換えに得たのは、永遠の欝の世界...しかしテクノロジーは、失われた幸せの感覚を再び僕の前に提供した。でも、ぼくの幸せって...(表題作「しあわせの理由」)』

 私という存在は、本当はどこにいるのでしょうか?
 イーガンの作品はいつもその問いに返ります。SF好きのあなたなら、一度はこんな疑問を持ったのでは? どこに真の私はいるのだろう...私を成り立たせている無数の原子の中にか?脳のシナプスのインパルスに?量子力学の多元世界の一つとして?その答えを映し出すためにイーガンは様々な私を描き出します。

 「位相夢」ではロボットの中に電子的にコピーされる老いた私を。いったいどの、いつの電子パターンの中に私はいるのでしょう?

 「血を分けた姉妹」では冷酷な医学的試験によって隔てられるクローン(一卵性双生児)姉妹としての私を。生物学的に同じ肉体を持った二人の強い絆、その絆を断ち切られた時に私はどうなるのでしょう?

 「道徳的ウィルス学者」では、神の僕として「自分」の予言の実現に全てをそそいでしまった信仰者としての私を。信仰によって支えられる私、しかし生きて相反する欲望を持つ自分とクリスタルのような真理を望む自分との間で裂けてしまった時...

 そして表題作「しあわせの理由」では、脳の中の様々な化学反応としての私を描きます。人間は幸せを求めて生きていきます。狭くは自分の幸せを、そして広くは他の人々の幸せを求めて。それがたとえ他人の目から不幸であったとしても。それでは幸せって何でしょうか?シニカルに言えば、脳の中を幸せの物質で満たすことでしかありません。でも、本当にそれだけでしょうか、もし幸せがコントロールされるとしたら、その時私はどんな幸せを求めるのか。この作品のラストで、珍しくほんのわずかなセンチメンタルさも込めて、その答えが描き出されています。
 イーガンらしい、文系ではなく、理系の「私探し」短編集!

2003 Octorber
10月読了分:
−10

「不在の鳥は霧の彼方へ飛ぶ」  パトリック・オリアリー  ハヤカワSF1444           (-)
 うじうじしたマトリックス(笑)。ディックの作品のような、無限の悪夢といった世界は確かに魅力的です。でも料理の仕方によっては、しつこく鬱陶しくなりがち。実は夢だった>実はユメだった>実はユメダッタ>ジツハユメダッタ...これを繰り返してもねえ。本作はその辺微妙、人によってはOKかもしれませんが、私にとっては小説として読まされるのはくどいですな。もうちょっと縮めて、Xファイルのシナリオにしたらいい感じかもしれません。
−09

「黒塚」                夢枕獏            集英社                  
 一人の男に魅せられた女の執念。能はほとんど見たことの無い私ですが、能の面が光の当たり方や見る角度で幾重にも表情をかえるのに驚かされたことはあります。能を題材として本来戯曲として作られたこの物語、夢枕獏のいつもの熱い展開はそのままに、しかし、ふっとした間に、驚くほど冴え冴えとして風景が広がる一作です


−08
「ジャクリーン・エス」       クライブ・バーカー      集英社文庫               
 「腐肉の晩餐」、「地獄の競技会」、「父たちの皮膚」。タイトルだけでもバーカーの血の本のシリーズという感じじゃないですか。正統派血みどろホラーを堪能しようと思ったら、やはりこのシリーズですね。表題作「ジャクリーン・エス」は、力を得た一人の女が巻き起こす、血と肉の凄惨なストーリー。しかしその裏側には、一人の男のセンチメンタルともいえるラブストーリーが流れ、そのラストはホラー版究極の愛の姿でしょう。

2003 September
9月読了分:
−10

「レフトハンド」            中井拓志      角川ホラー文庫 H57-1           (-)
 リアル版「手っちゃん」!(笑)
 これで終わりにするのはあんまりかと思ったのですが、やはりこれ以上の感想は出てきません。作者が、古いチャンピオン連載漫画、古谷三敏氏の「手っちゃん」読んでいたのかどうかは定かではありませんが、読んだことのある方なら同意してもらえるのでは。
−09

「ジハード」              定金伸治       集英社文庫 さ35-1             
 パターンだよな、と思いながらもキャラが立ってよくかけてる小説を読むのはやっぱり楽しいです。銀英伝なりなんなりと突っ込むのは野暮ってもんでしょう(笑)。落語だって同じネタでも語り手によってまるっきり変わってしまうのですから。それに、イスラム側に立って十字軍の戦力を見るって言うのも新鮮ですね。強いぞフランク人


−08
「ぼくらは虚空に夜を視る」    上遠野浩平      徳間デュアル文庫 Dか1-1        
 SFやファンタシーを読む人たちなら誰でも、この世界の外側にある本当の世界を夢想してみたことがるでしょう。その世界では今目の前にあるちっぽけな繰り返しの日常ではなく、この世界の運命に関わるような物語が繰り広げられている、そんな夢です。見方によっては現実逃避とも言われるこの夢想への苦く甘い想いを、ちょっとドライな語り口で描き出したナイトウォッチシリーズ。このナイトウォッチシリーズの第一巻がなかなか捜せずに、ようやく読むことができました。第一巻「ぼくらは虚空に夜を視る」は、このシリーズへの直球勝負のオープニングです。現役の少年少女の幻想文学ファンならストレートに、そしてかつて「地球(テラ)へ」や「ウは宇宙船のウ」に想いをはせたファンならノスタルジーをこめて楽しめる一作です。

2003 August
8月読了分:
−07

「この闇と光」            服部まゆみ       角川文庫 は10-4             (-)
 何故この作品が直木賞候補となったのか、私には分からないですね。それなりに謎解きのミステリーとしては書けてはいます。しかし、こういった幻想世界を描くのに、耽美主義の底があまりにも浅い。ボッティチェリの官能を描くのにあんな月並みな表現はないでしょう。ましてや、その後の画家の名前がラファエロやヴェネチア派の画家ではなく、ミケランジェロやダヴィンチなんですから。文学作品の引用はともかく、絵画のところでは観光ガイド並みの表現では、この作品が張りぼてのように見えてしまいます。無理な設定を耽美のパワーで押し切るのならもう少し個人的な思い込みが必要でしょう。

−06
「第六大陸1」            小川一水         ハヤカワJA 727              
 
「謎の円盤UFO」なら80年代に完成し、「スペース1999」なら宇宙をさまよっているはずのムーンベースは、2003年の今計画すらありません。アポロ(60年代)からスカイラブ(70年代)まで、人類の宇宙への進出は目の前のように見えていました。21世紀に入った今、何故我々人類はこの地上で足踏みをしているのでしょう?
 そんなかつてのSFが夢見た宇宙進出を21世紀の今、現実のものとしようとしたら。一人の少女によって率いられたプロジェクトが動き出します。プロジェクト名「第六大陸」、現在は建設中のスペースステーションや種子島の宇宙センターでのH2-Aロケットの後継機種といったリアルな設定からムーンベース建設へと、ストーリはこの第一巻で動き始めるのです。そこに立ちはだかっているのは真空からの脅威でも、太陽からの放射線でもありませんでした。立ちはだかったのはお金、つまりペイするかしないかという経済合理性の壁です。少女・妙の宇宙への夢と、卓越した技術力を誇る建設会社の技術員・青峰走也はこの壁をどうして乗り越えていくのか。人類は理由が無ければこの地上で宇宙(そら)を見上げながら暮らし続けるのか。今後の展開が楽しみなシリーズです。

−05
「農業は人類の原罪である」   コリン・タッジ       新潮社                    
 農業は最大の自然破壊である。心情的な「エコ」ではなく、学問としての「エコロジー」に触れた方なら自明の真理でしょう。本来人間の手が触れていない野生としての自然を、食料の生産を目的として人間がコントロールする環境を作り上げること、それが農業の本質なのですから。
 では、農業は自然を破壊するだけでなかった、それを行う人間をも家畜化したという理論はいかがでしょう。しかも、少なくともその初期には農業を始める前よりも、人間をずっと不健康にひ弱にしたというのは。文明の進歩に伴って人間は豊かになるというのが当たり前の考えです。ところが本書で説かれているように、狩猟時代の人間よりも農耕時代初期の人間の方が、身長は小さくなり骨からでも病気の痕跡が多く見られるようになったのです。これは狩猟時代であれば食物連鎖によってコントロールされていた人間の数が、農業によってそのコントロールを失い、農地の養える限りのぎりぎりの数まで増えてしまい、ほとんどの人間が慢性の栄養失調状態に陥ってしまうことになったからです。
 「おまえが土に還るまで、顔に汗することなく、パンを得ることはできないだろう」
 楽園を追放されたアダムとイブへの神からの呪いの言葉...これは正に農業を始めた人間達の状況を正確に表していたのです。

 本書ではこうした旧約聖書のストーリーやエデンの場所探し、西部劇や「七人の侍」を織り込みながら、農業はどのようにはじまったのか? それはどのように発展し人間に何を与えたのかを、実に楽しく分かりやすく教えてくれます。農業を始めた人間がいかに多くの動物を絶滅させてきたのかなどのショッキングな事実も、本書を読むとすんなりと納得させられてしまいます。日本でも縄文人と弥生人の比較論などで同じ趣旨の話が出てきていますし、人類学に興味のある方ならお勧めの一冊です。

2003 July
7月読了分:
−04

「八妖伝」             バリー・ヒューガート  ハヤカワFT 340              (-)
 その魅力は相変わらずですが、さすがにマンネリという感じもチラホラ
。ヒロインに魅力が薄いのも痛いですね。 
−03
「マルドウック・スクランブル・圧縮・燃焼・排気」  冲方丁 ハヤカワJA 721・726・730   

 『「綺麗にしてやる、俺が綺麗にしてやる」そう言い残して男は少女を置き去りにした。燃え盛る車の中で少女娼婦バロットはつぶやく、「何故わたしのなの?」。炎が少女を燃えつくす前にバロットを救い出したのは、一人の男と金色のネズミだった。
  再び生きるチャンスをつかんだバロット。魔術にも等しい技術で金属の肌をまとい、あらゆる武器へと姿を変えられる生体兵器ウフコックを相棒に、少女は自分を焼き殺した男シェルを追う。追うものと追われるもの、暴力の嵐は街に、ビルに、そしてそれぞれの心の中にも吹き荒れる。冲方丁が描くスタイリッシュなバイオレンスアクション!』

 かっこいいです!重力を制御する魔人のようなミリタリー・ガイや、犠牲者のパーツを自らに移植する殺人狂達。彼らに立ち向かう少女バロット。金属の肌で体を覆い、生体兵器ウフコックの銃を撃つ戦闘シーンは実にハードボイルド!
 しかし、それだけがこの作品の魅力ではありません。スタイリッシュなバイオレンス作品というのは、かっこはよくても心の内面に触れない場合が多く、逆に内面の描写をするとキャラがじめじめしてかっこよくなくなるというジレンマをかかえています。しかし! この作品ではパワー(暴力)を使うことの恐れと葛藤をテーマをしながら、スタイリッシュな雰囲気をなくしません。キャラ達の名前が表しているように、外見が硬ければ硬いほど中身は柔らかい、力をふるう者ほどその実恐怖に追い詰められている、そんな内面の葛藤がストーリーの中に良く織り込まれています。全三巻中ほとんど一巻分使われたギャンブルのシーンもユニーク。むしろギャンブルの駆け引きの中にも、そんな葛藤のテンションが見事に表されています。葛藤を乗り越える自らのスタイルを身に着けたギャンブラー達も登場、バロットを導いていくのです(キャラ的にはむしろこっちの方が立っているかも(笑))。虐げられるものから虐げるものへ、パワー(暴力)を手にしたバロット。彼女が戦いの末に最後にたどり着いた場所、マルドゥック(天国への階段)にあなたは何を見出しますか?
 冲方丁が描く「少女と敵と武器」の物語。ディープなテーマを良く煮込んだスタイリッシュなバイオレンスアクションです!
−02

「恋ノウタ」             三枝克之       角川文庫 み26-3              (-)
 
万葉集恋歌のヴィジュアルリミックス。歌はヴィジュアルだと思うのですよ。何故なら自らのヴィジュアルな想いを表すがために、言葉は生まれ、歌は生まれたわけですから。古代日本の人々にこのような想いがなければ、今頃我々は中国語を使っていたかもしれません。この本のようにヴィジュアルなイメージが湧く編集は大賛成です。言葉とは移り変わるものであり、古の言葉を自分自身のイメージにひきつける為には、このような案内役はとても役に立つと思います。編者の解釈が紛れ込む?はい確かに、でも、読むという行為は読む側のそんな創造的な行為ではありませんか?。

−01
「陋巷に在り・9・眩の巻」   酒見賢一       新潮文庫 さ25--11             
 「冥界での神々の試練を乗り切り、子蓉と、の手を取る顔回。果たして顔回は二人の魂を無事に現世に連れ帰ることができるのか?そして地上では、孔子の三桓家打倒の野望が現実の物となりつつあった。」
 子蓉悲恋の巻ですね。邪悪さの中のさびしげな視線が魅力の裏ヒロイン子蓉ですが、今回も顔回との密かな願いがかなうことはありませんでした。己を愛するものを引き裂くことでしか愛を実感できない子蓉。子蓉の一番の願いは顔回と共に己を引き裂き滅びることなのかもしれません。これまで操り人形だった、も、今回ヒロインらしいけなげさが光っています。両手に花の顔回のダメっぷりも相変わらずですが(笑)。