評価  :至高の一作 :傑作! :読み応えあり  :十分楽しめる 
2004 June
6月読了分:
−09

「みなさん、さようなら Les Invasions barbares」  映画配給 コムストック 監督・脚本 ドゥニ・アルカン 

 カンヌ映画祭での脚本賞と主演女優賞、04年度のアカデミー賞外国映画受賞賞した作品。たぶん日本でなら「たそがれ清兵衛」のアカデミー賞受賞を阻んだ作品といった方が通りがいいでしょう。銀座のシネスイッチで見てきました。

 好き放題やってきた享楽的な左翼知識人の老人の死期。父に反発して証券トレーダーになった息子を最後まで振り回すその姿は、本当にわがまま親父の一言。しかし、死に近づくにつれて縮んでいく父の姿、そして暖かく支える父の悪友達、自分なりに死を受け止めようとするその姿に、しだいに愛おしさがこみ上げてきます。自分もいつかは迎えるであろうその日を見つめる男に、同じ人間としての暖かいものが湧き上がってくるのです。
 そして届く海の上からの娘のビデオメール...かなりこの辺で涙腺に来ました(笑)。

 この映画は一人の人間の終焉というドラマとしてみても素敵ですが、もう一つはヨーロッパの知識人階級の死という寓話劇として見ることもできます。つまり、父・「左翼・自由主義的な知識人」Vs息子「アメリカ資本主義ビジネスマン」という構図です。父はその資本主義の矛盾を暴くことに生涯をかけてきたはずなのですが、結果として具体的な行動や政治的な結果には結びつかなかったことが容赦なく暴かれていきます。文化大革命を称えた彼の恥ずかしい過去の回想なんかは、笑うにはあまりにも苦い一幕の笑劇です。(でもこれもアバンチュールだというところが憎めないところなんですが)。彼の最後を支えたものすら、資本主義者である息子のお金でした。豊かな知性に裏付けられた気高い理想と現実の卑小な行動とのギャップ、左派知識人と呼ばれる人の無力さが人生の最後に突きつけられていくのです。
 原題を訳すれば「蛮族の侵入」、ローマ帝国末期、文明を知らない本も読めない蛮族がこの世界を我が物にしていく姿を見つめたローマ人の嘆きです。ヨーロッパの知識人として、アメリカ人を蛮族に見立て、世界を我が物にするアメリカに対する憎しみを表したかったのでしょう。そう言えば、死期を悟った者が友人達を招いた宴の後に自らの命を絶つ、それはローマのエリート達の理想でした。

 では、敗北者である彼は何も残さなかったのか?
 いえ、振り返ること、自分は何者なのかを徹底して考え抜くこと、そんな自らに対する真摯な思いを受け継ぐものがいることを、ラストシーンは伝えてくれています。 
 絶賛されただけのことはある映画です。 

2004 May
5月読了分:
−08

岩月謙司氏集中月間(笑)           評価:


「女性の「男運」は父親で決まる」
        岩月謙司      新潮文庫 い61-1        
「幸せな結婚をしたいあなたへ」          岩月謙司      新潮文庫 い61-2        
「女は男のどこをみているか」            岩月謙司      ちくま新書364           
「なぜ男は「女はバカ」と思ってしまうのか」   岩月謙司      講談社α新書140-1C      
「娘は男親のどこをみているか」          岩月謙司      講談社α新書140-2C      
「職場の「やっかいな女性」を説得する技術」  岩月謙司      青春出版社           
「メルヘンセラピー「般若になったつる」」     岩月謙司      佼成出版社            


 つぼに嵌まったのでまとめて読んでみました。
 岩月氏の女性へのメッセージを荒っぽくまとめてみれば...

(テーゼ)
女性は男性の何十倍も快・不快の感情を感じる。

(男女のギャップ編)
・ よって、記憶や判断も自分にとっての快・不快の感情が中心となる。
・ 男性は事実をベースに記憶や判断を行うので、同じ事を目の前にしても女性と大きなギャップを生じる。
・ 女性の快・不快の判断は人間にとって共通の正しい判断であることが多い。
・ しかし、自分の周りの意見のみを、みんなの意見と確信する傾向がある。

(女性の求めるものとリスク編)
・ 感情を強く感じるため、人生で求める物は男性のような形ではなく愛や安心などのポジティブな感情である。
・ 感情を強く感じるため、周りの怒りや憎しみなどを自分から切り離せず巻き込まれ、汚染されやすい。

(ハッピー愛情編)
・ 女性は幼少期に、最初の異性である父親からいかに愛されるかを学び、そのシナリオを一生持ち続ける。
・ 父親から素直な愛を注がれた女性は、自分が愛される存在であると安定し、自分を愛する相手を選択する。

(ダメ恋愛編)
思い残し症候群:
・ 無関心な父親や暴力的な父親から愛を得ることなく育つと、男性にパートナーでなく父親を求めるようになる。
 
DSS・家庭内ストックホルムシンドローム:
・ しかしその男性選びは、外見こそ違え父親のような無関心・暴力的な男性を選んでしまう。

男性改造願望:
・ マザコンの父親から、母親としての庇護(ダメなボクを愛して!)を求められた娘は、男性に幻滅して軽蔑し改造したくなる。

・ そして父親のようなダメ男を選び、この人には私がいなければダメなのだという優越感の伴った関係を築く。
・ しかし、このような関係からは女性が本当に求める愛情や安心を得られず、次第に寂しくいらいらしていく。
・ 寂しいが故に会いたくなり、会えば余計に寂しくなるために、この関係へのアディクト(依存症)を深めていってしまう。

(親子関係編)
・ このような女性が娘を持つと、娘の幸せに嫉妬し父親もダメ男なので、結果として娘も母親と同じように愛が求められなくなる。

 著書の中では、いろいろな女性のカウンセリングの例を引いて具体的なので、大変分かりやすいです。

 まあ、もちろん、完璧な人間はいないので、我々はいい方と悪い方の中間にいるでしょうし、全部が親のせいだという主張も正しいとは思いません。しかし、自分の生きてきた履歴である自分の肉体の向き不向きには従わなければならないのと同様に、自分の既に形作られた心の在り方を別の物にできない以上、その心のあり方を理解することは大事なのだと思います。
2004 April
4月読了分:
−07

「紅顔」                    井上祐美子      講談社文庫 い80             

 男が最も幸せな時とは何でしょうか。何もかも忘れてのめり込める瞬間とは?

 それは社会の中で、自分の持てる力を思う存分振るっている時。そしてその自分が認められると感じた瞬間。
 人はそれを野心と呼びます。

 明朝末、明の武将として満州族から恐れられた呉三桂。その彼に都が陥落したとの知らせが届きます。乱世の到来は、彼の中に眠っていた野心を呼び起こすのです、天下の主となるという男として最大の野心を。しかしその彼の前に立ちふさがったのが、清朝の礎を築くことになる英雄ドルゴンでした。野心を持ちながら、自分よりもはるかに力を持つ男を前にした男の苦悩。野心に踏み出せば身の破滅、しかし野心を手放せば自分ではなくなってしまう。そんな苦悩をはらむ呉三桂にそっと寄り添ったのが、妓女として呉三桂に送られた円円でした。

 「そのお心、拾わせていただいてよろしゅうございましょうか」

 円円はその一言で男の心を預かるのです。
 作者は、体の交わりよりも官能的なこの男と女の結びつきを、あるものに託して見事に描き出しています。そのある物とは? そして呉三桂の野心はどうなるのか? それは是非とも、これをお読みなっている皆さんが作品のなかで味わっていただきたいと思います。
 男にとっての野心とは、それに寄り添う女にとっての愛とは何かを描き出した中国歴史小説の傑作です!

2004 March
3月読了分:
−06

「スペシャリストの帽子」         ケリー・リンク     ハヤカワFT                  
 
一番最初に読んで「?」と感じた皆さん、心配ありませんあなたは正常です。もちろん「???? わけわからん!」と言う方、あなたはこの先を読む必要がないでしょう。解説にある通り、この短編集の作品は夢にとてもよく似ています。それに浸っている時はとても筋が通っているような気がするのに、目覚めてみるととても奇妙なストーリー。でも、怖かったり、切なかったりする気持ちはとてもリアルです。そして、二度、三度と読み返す度に万華鏡のようにその味わいを変えていくのです。

−05
「永遠の森 博物館惑星         菅浩江       ハヤカワJA753                
 『衛星軌道上に浮かぶオーストラリア大陸サイズのアステロイド。マイクロブラックホールによって生み出された重力によって、その表面には地球の様々な環境が再現され、そこに自然と人の生み出したあらゆる美が集められていた。人の歴史の中で最も壮大なミュージアム、博物館惑星「アフロディーテ」。
 コンピューターへの直接接続により全てのデータベースへ瞬時にアクセスできる学芸員・田代は、そこで美への探求を静かに続けている...はずだった。しかし、アポロンの名を持つ総合管轄課に属する彼に押し寄せるのは、美術品、芸術家、学芸員達が複雑にもつれ合った厄介ごとばかり。そして彼の前に今日も一つ、美にまつわる謎が現われる。
 美に対する切なく優しい、時にほろ苦い想いのこもった九つの物語。』

 宇宙(そら)に浮かぶ博物館という設定と、美にまつわるミステリータッチのストーリーとこれだけでも魅力的ですが、菅さんらしい優しさと美意識に彩られて、とても美しいストーリーに仕上がっています。組織の雑事に忙殺される主人公・田代のぼやきぶりや、妻・美和子とのすれ違いぶりもなかなか身につまされて良いですし(笑)。そして作中にはとても美しいシーンが多く、文庫で想像するのも楽しいですが、豪華な挿絵付きで読んでみたいなあとも思わせられました。強いて一言付け加えるならば、隠しヒロイン美和子の姿がもう少しはっきりと描かれていたら、物語のほろ苦さがよりピリッとしたような気がします。
 日常的でありながら幻想的な、魅力あふれる連作短編集です。

2004 February
2月読了分:
−04

「バイティング・ザ・サン」         タニス・リー     産業編集センター               
 『サイケデリックな色彩に彩られたドーム都市、昼も夜も永遠のパーティーは繰り広げられる。生体アンドロイドの完璧な奉仕による理想郷で、人間はジャングと呼ばれ半世紀ものティーンエイジを過ごす。やがてその乱痴気騒ぎに飽き、短い大人の季節の後に自らを消滅させる日まで。
 ただ楽しみ、エクスタシーを感じることのみを期待されたティーンエイジャーの群れの中で、一人の少女が声を上げた。
 「つまらない!」
 少女のエキセントリックな行動はいくつもの波紋を呼び、最後にはこのドーム都市全体を巻き込んでいく。少女が触れるの世界の本当の姿とは?』
 タニス・リーの初期のSF作品です。何と言っても70年代の作品ですから、懐かしい70sテイストがたっぷり。出だしはフラワーチルドレン風サイバーパンクといった趣です(どんなだ(笑))。しかしさすがはりー、これが古くない。読み進めていると、自分の内面にピュアな少女が抱く世界に対する怒りや切なさが伝わってきて、どんどん物語に引き込まれていきます。そしてなんと言ってもこの作品の魅力は、鮮やかな色彩の数々、スカーレット色の炎につつまれたレストラン・ファイヤーピット、淡いターコイズブルーの光に浮かぶ翡翠の塔。そしてこのドーム都市のサイケデリックで鮮やか見事ですが、その後の展開の砂漠の自然の美しいことといったら。本物の世界に魅せられていく少女の驚きが、瑞瑞しい色彩として表されています。サイバー都市と自然、二つの世界の色彩の対比が実にドラマティック!
 カバーイラストを含めてあえて冒険をしてまで、出版社さんがこの作品を新しい作品として送り出そうとした気持ちが分かります。この作品は、時を越えて繰り返される永遠の成長物語なのです。あなたも世界への探検に出かけて見ませんか?

−03
「国産ロケットはなぜ堕ちるのか」   松浦晋也       日経PB社                   
 ロケットっていうのは厳しい世界ですね。私も本職は技術屋ですので、強度の余裕をぎりぎりまで削らなければ飛べず、なおかつその物を使っての試験ができない一発勝負という恐ろしさは良く分かります。そして、白黒がはっきりと出てしまう「物」を扱う技術者達と、「人」の繋がりをあつかう事務屋さん達の論理の食い違いも(笑)。本書を読んでしみじみ思いました、
「技術なんざ失敗の歴史だ、ロケット技術者達がんばれ!」
 と。技術に携わる人なら必読の書です。

2004 January
1月読了分:

-02

「星の綿毛」                 藤田雅矢        ハヤカワJコレクション           
 
『砂漠を走る一筋の川の流れ。その流れも、恵みを村にもたらす緑もハハと呼ばれる存在から生み出されていた。砂の世界から全てを生み出すハハは、砂漠をゆっくりとした速度で渡っていく、その恵みに頼って暮らす村の人々を伴って。しかし、一人の少年・ニジダマはそんな閉ざされた村の外を夢見ていた。年に数度「都市」から不思議な道具と共に渡ってくる交易人、その交易人の一人・ツキカゲが少年に語りかけた。
「都市に行ってみないか?」
 旅を始めたニジダマの前にこの世界の真の姿が現われる』
 
 いいですねえ。美しいけれど繰り返される日常の世界からの冒険。その小世界が美しければ美しいほど、そこから旅立つ少年の物語が引き立ってきます。作者さんの後書きに書いたようにプリーストの「逆転世界」や、マキリップの「ムーンフラッシュ」の系譜に連なる作品です。

−01
「Future is Wild」         D.ディクソン&J.アダムス     ダイヤモンド社             
 『2億年後の世界。とうに人類はいなくなり、新たな生き物達が地球に栄えていた。空を飛ぶ魚・フリッシュ、象よりも大きい陸を歩くイカ・メガスクイド、砂漠を飛び回るカタツムリ・デザートホッパー。まるで荒唐無稽のように見えるこの世界、しかし、これは地質学者・生物学者達が情熱を注いで理論背景を作り上げた、壮大なIF(イフ)の未来なのだ』

 さすがはBBC、TVプログラムバージョンではこの世界を言葉でなくCGで作り上げて見せました。生き物だけでなく数千万年の地質学的変異や、それに伴う世界の変貌まで。本書はその世界の解説本といったところです。本書を先に読んだ方は是非ともこのBBCプログラムを見てください。あなたの目の前には体重8トンイカの足音だけでなく、我ら哺乳類の末裔の残酷な結末までが広がるでしょう。