評価  :至高の一作 :傑作! :読み応えあり  :十分楽しめる 
December
12月読了分:

「反逆の星」
 オースン・スコッド・カード ハヤカワSF974     (−)
  
「フリークス!」 (もしかして放送禁使用語?)がいっぱい、差別用語は出まくりのとても危ない作品。
 「反逆者達が流された流刑惑星世界。鉄の無いこの世界で唯一鉄を手に入れる方法は、アンバサダーという交換機を使って本国に価値のあるものを送ること。覇権国ミューラーの一族は強力な再生力をもち、再生可能な人間の器官を売って鉄を手にしていた。その一族の世継ぎラニックは自らの再生力の暴走によって、女の体になってしまう。追放されたラニックが見たこの世界の秘密とは。」
 カードは悪を描くには優しすぎるようです。自己弁護を始めた悪はもはやみすぼらしいだけです。そういう意味で、主人公ラニックは行動した後の言い訳が多すぎ、カード自身が弁明する気分に駆られてしまうからでしょう。やはり、カードには愛を描いた美しい作品が似合うようです。

「幻獣の書」 パラディスの秘録 タニス・リー 角川ホラー文庫 560 
  
中世ヨーロッパの華麗なゴシック世界を舞台にした耽美エロティックホラー。パラディスの秘録シリーズ第二巻になります。美しき女の幽霊との出会いから始まる、1000年時をまたぐ呪いの物語。ストレートホラーとしては読みやすい佳作です。
しかし、、リー様の作品としては
「平凡」という感じですねえ。まず、悪魔が美しくない。やはり、悪は悪の美学がないと、このままではただの動物ですね。それと、ヒロインも妖しくない、なんか典型的なホラーのヒロイン達という感じで平板な気がします。やはりリー様のヒロインは一癖ないともの足りませんね。

「石の夢」 ティム・パワーズ ハヤカワFT177・178     (−)
  デカダンな雰囲気の19世紀ヨーロッパ舞台にした、なかなか凝った吸血鬼ものです。もちろん魔法使いなんか出てきませんから、吸血鬼相手に追いつめられていく、ホラーTRPG的なマゾヒスティックな緊迫感が味わえます。フランス、イタリア、スイスとヨーロッパ名所ツアーも味わえるお得な作品ですが、
ちょっと長すぎ!
前後巻合わせて800ページ強を使わなくても書けたんじゃないかという気がしますが。前半の展開のとろさがなければ結構私的ベストホラーになったのに残念なところです。
November
11月読了分:
「順列都市」
 グレッグ・イーガン ハヤカワSF1289・1290     
  もし、あなたが複雑系やカオス理論に惹かれるものを感じているのなら、この本は絶対お勧めです。バタフライ効果や、セルオートマトンなどつぼに入った小道具がイントロを盛り上げ、生命とは何かという壮大なテーマが、ソフトウェアーでシミュレートされたもう一つの「胡蝶の夢」的世界に展開します。あなたは蝶を夢見る人なのか、それともコンピューターシミュレーションのコピーが見る夢なのか。
「モンゴルの残光」
 豊田有恒  ハルキ文庫 と2−1     
「ジンギスカンの大ハーン帝国は滅びなかった。世界は黄色人種が支配する歴史を歩んだ。奴隷としてさげすまれた欧州人シグルドはレジスタンスに身を投じて、ついにタイムマシンによる歴史の改変を試みる。」
だいたいタイムマシーンものというのはキワモノになっちゃうのが常なんですが、さすが豊田氏、パラレルワールドを駆使して一種のシミュレーションものとして最後まで謎を引っ張っていきます。歴史は個人の気まぐれでなくある程度まで必然で動くのだという重厚な歴史観が作品に深みを与えています。
「ブルー・シャンペン」
 ジョン・ヴァーリー ハヤカワSF1071     
  近未来の幻想的空間に繰り広げられる人間ドラマ、ハート・カクテル的味わいがヴィヴィッドな表題作「ブルーシャンペン」をはじめ、ヒューゴー賞、ネヴュラ賞、星雲賞の三冠を達成したホラーSciFi「Press Enter■」を含む傑作短編集
「無伴奏ソナタ」 オースン・スコット・カード ハヤカワSF644     
  軍の幼年学校で繰り返される戦争ゲーム、生き延びる少年達が見たものは。シビアなSciFi短編「エンダーのゲーム」を含む初期短編集。

「ソングマスター」 オースン・スコット・カード ハヤカワSF550    
  ソングハウスを巣立った少年の歌は銀河に響き、魂が響き合うハーモニーは、ハウスのソングマスター、孤独な老皇帝、冷徹な簒奪者の心と絡み合いいくつものストーリーを生み出していく。虚空の声が聞こえそうな傑作。
「第七の封印」 オースン・スコット・カード ハヤカワSF1013     
  予言は成された。七かける七かける七番目の世代、王の娘より救世主は生まれると。真の王の血統343代目ペイシェンスは、この惑星イマキュラータの真の姿を求める旅に出る。自分を呼ぶ声に引かれて...シビアな人間ドラマに裏づけされたSciFi版「指輪物語」。

「イシュタルの子」 篠田真由美 廣済堂文庫              (−)
  オリエントに文明が花開いた時代、イシュタルの子と呼ばれた獣人マヤとムーはバビロニアを舞台に繰り広げられる神と人との争いに巻き込まれていく。(でも、落ちが無いぞこの小説!)
「極微機会 ボーア・メーカー」 リンダ・ナガタ ハヤカワSF1243  
  分子レベルの機械メイカーは全て生物、無生物に働きかける魔法とも言える科学技術。究極のナノマシン、ボーア・メイカーを巡って、その地球環境への影響を阻止しようとする連邦警察長官カースティンと自らの命のためにそれを手に入れようとする人造人間ニッコーとの死闘。

「黒龍とお茶を」 R・A・マカヴォイ ハヤカワFT113           
  スタイリッシュな謎の初老の男性ロング、娘を探しにきたマーサはこの自分をドラゴンだと称する不思議な男性とお茶をともにする。そこからこのポップなサスペンスストーリーは始まった。マカヴォイのおしゃれで、どこかずれた会話が楽しめるファンタシー&ラブストーリー。

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「ブルー・シャンペン」 ジョン・ヴァーリイ著 ハヤカワ文庫SF1071    
ストーリー:
ブルーシャンペン: 月軌道の虚空に浮かぶ巨大なシャンペングラス、その重力の器に浮かぶのは、2億リットルの水が作る青い球体。宇宙に設置された巨大なウオーターフロントリゾート「バブル」。そこで、ライフセーバーを勤めるクーパーは、黄金のジプシーと呼ばれたスターの生の姿を見る。五感を再現する体験ヴィデオのスター・ギャロウェイとの恋に落ちたクーパーが現実に体験する悲哀」、性を取り替えられる社会での愛の姿を描いた「選択の自由」、ネットの網を忍び寄る恐怖を描いたトリプル受賞作「Press Enter■」を含む傑作短編集。TV・SciFiシリーズ「パラドックス」に「ブルーシャンペン」と「選択の自由」が原作として採用
コメント:
「ブルーシャンペン」: 美しい舞台です。月軌道の虚空に浮かぶ2億リットルもの水の球。その青い世界で出会う二人。体験ヴィデオスター・メガン・ギャロウェイは自らの意思で全身麻痺を、機械の力を借りても克服してきました。しかし、彼女に世界を開いてくれた機械そのものが、彼女の初めての恋を奪い去るとは。ビターな味わいの悲恋ドラマの中に、障害者の持つハンディーの意味が我々に突きつけられます。
「Press Enter■」: 怖いです、まじで。とにかく目に鮮やかに映像が浮かぶ研ぎ澄まされた描写。とにかくこれは映画にして見てみたい小説です。
October
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「星兎」 寮美千子 パロル社    
ストーリー:
 夜毎うさぎは少年を訪れる。窓の下にたたずむうさぎ、それはこの町と重なり合ったどこか不思議な世界への旅の始まり。
 ネイヴィーブルーのネオンサインのドーナツショップ、 深夜のお祭り、 埠頭のヴァイオリン弾き...
 「ねえ、どうしてきれいなだけじゃだめなの?この世界では」
 少年にうさぎは問う。どこかずれたうさぎとクールなアリスが繰り広げる不思議の国の旅。
 しかし、白い空白だったうさぎの記憶が蘇ってくるとき、うさぎは...」
コメント:
  最後の一行に涙があふれて止まらない物語というものがあります。例えば「アルジャーノンに花束を」での「ついしん。アルジャーノンのおはかに花束をそなえてやてください。」の一行のような。私にとって、「星兎」はそんな物語でした。

 ちょっとさめたアリスと時計を持たないうさぎが繰り広げるWonderland(不思議の国)の旅、うさぎのどこかずれた問いに時に主人公の少年は時にいらつき、時にため息をつきます。しかし、そのずれはうさぎの頭の中ではなく、うさぎの属する世界とこの世界との間にあったのです。シュールなシチュエーションに振り回されるばかりだった少年がそのことに気づくとき、うさぎも自らが属する世界を思い出します。そしてそれは、この不思議の国での旅の終わりでした。

 会えるはずのない人と会った夢、そして目覚めたとき感じる喪失感とその人への想い...
 そんな切なさの物語です。

(うーん、物語がピュア過ぎて突っ込めなかった(^^;)
September
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「影のジャック」 ロジャー・ゼラズニー サンリオSF文庫    
ストーリー:
  「静止した地球、世界は昼と夜の二つに分けられていた。闇と魔法が支配する暗黒界、その七王の一人ジャックは影を支配する力を持った伝説的な盗賊であった。しかし、その彼が王の一人である不死大佐の依頼、ヘルフレームの奪取を引き受けたことからストーリーが始まる。つかまって首をはねれられるジャック、そう、彼は宿敵こうもり王のわなにはめられたのだ。しかし、暗黒界の住人は決して死なない。堆屍穴と呼ばれる地獄で何度でも蘇る。そして蘇ったジャックの誓ったものは、関わった全ての人間への「復讐」であった。ジャックの復讐の炎は、この世界の根幹をも揺るがし、そしてこの世界は...
  SciFiに蘇ったハムレットが繰り広げる壮大な復讐劇」
コメント:
  まず、不死大佐やこうもり王の響きで引いてしまった人達(^^;。心配無用です。ゼラズニーが黄金パットを書くわけないじゃありませんか!むしろ、それを言うなら「ルパンIII世」オリジナルシリーズのカッコ良さに、シェークスピア張りの緻密な心理描写、そしてワーグナー風の壮大なカタストロフィーのミックスだと申し上げましょう。

 主人公ジャック、かっこいいです。彼がわなによって殺され、蘇った後に復讐を始めるところなんか、オリジナルシリーズでルパンが銭形にゴム弾でつかまり、刑務所に入れられ死刑になる寸前に摩り替わって脱出するという回を髣髴させます(「では、今死刑台に座ってるのは誰でしょう」「その死刑まったああ」、「俺は一度死んだんだ。その屈辱を晴らすためには...」)。

 もちろんゼラズニーですから、そこから渦巻きのように世界根幹の秘密へと話が広がっていき、この昼/夜世界を成り立たせているシールドやコルウィニアの鍵の秘密、そしてその奥にある更なる真実を巻き込んだ壮大なストーリーに展開していきます。この辺は怒涛のゼラズニー節!。そして、全てがカタストロフィーを迎えるラストシーン、ジャックの血の復讐劇にも最後が訪れる...かっこいいです。(考えてみると、ゼラズニーの主人公達はナルシーに浸ることを照れて、ハードボイルド的なカッコ良さをかもし出しているんですが、これってルパンのカッコ良さに通じるものかもしれないですね)。

 恐らく初期傑作「光の王」と対をなす傑作だと思います。だからこそ光と影なのでしょう。そして、この作品には中期ゼラズニーの魅力であるSciFiにつぎ込まれたハードボイルドと神話の融合という魅力が、胚芽のようにぎっしり詰まった作品です。もちろん言うまでももなく入手困難な一冊ですが、ゼラズニーファンなら筆者のように1000円以上出しても、即ゲットの魅力は十分です。
Special Review
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「バンシーの夜」 船井香著 あさぎ書房 Boys&Girlsセレクション    
ストーリー: 
 青い月光が子供部屋に射す時、妹に夢が訪れる。そしてその夢は僕らとこの町を包んだ...  
 夢で出会う奇妙な人々、子供達は変化する夢世界の冒険に旅立った。木で出来た巨大な大鷲、ルビーの巨人、風の髑髏、幾つもの魔物達が子供達に襲い掛かる。子供達に迫る幾つもの危機。その危機を救う謎の騎士。そして、子供達が自分達の真の夢と望みを知る時、魔物達に打ち勝つ力を発見する。月光の砦にとらわれた少女へと至る道と共に...  
 それは、この夢世界の真の姿へいたる道でもあった。

コメント: 日本のジュブナイルと言えば子供をバカにしたような作品が多い中、この作品はまったく違います!だまされたと思って読みなさい(^^)!  子供達が夢を失いつつある日常と、奇怪だが冒険に富んだ夢世界が交錯する導入部、そして、妹の寝言にちりばめられた幾つものキーワード。その謎と自分達が見た夢に子供達は引き付けられ、物語は一気に展開していきます。その辺の乗りは古き良き少年探偵団(^^)。そして、魔物たちに秘められた謎は打ち勝つたびに深められていき、そして、その最後の地で子供達はこの世界の成り立ちと自分達自身の夢を知るのです。  秀逸なグローイングアップストーリーとも、自分自身の物語探しとも読めるジュブナイルファンタシーの傑作!

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dasacon 以上、DASACON2参加書評 

緊急通告
この本についてさらに内容にふさわしい奇怪な現象が発見されました。(以下はネタバレを含むためあぶり出し

「バンシーの夜」―鏡の迷宮
 「バンシーの夜」は最近のジュブナイルでは稀有の傑作らしく、ネット内のあちこちで書評が書かれている。しかしそれを丹念に拾って読んでいった結果、恐ろしい現象に突き当たった。

 
レヴューしている内容が違っている...

 いったいどうやったら一つの作品が、
  だめゴジラが登場する思春期特有のあまやかな物語でありかつ、
  クトルー神ルルイエを呼び出した挙句のヌチャヌチャ触手合戦であって、
  なおかつシナプスの森に子供たちが旅をする児童書を装った神経生理学の本でありえるのだろうか。
 同名の著書が同一の時期に出版された可能性も探ってみた。しかし、それらは全てあさぎ書房出版の船井香氏の著書である。いくらなんでも同一の著者が同名で違った著書を出版することはありえない。ではこの現象をどう説明したら良いのか、他の本にカバーが間違ってかけられたのか、いやしかし、それぞれの書評は内容が違っていながら共通する部分はあるのだ。主人公の妹はターシャであり、この少女の見た夢が町の子供たちの夢として現れるという基本ストーリーは全ての書評で共通している。
 そして私はこの現象に対する唯一の合理的な説明に突き当たった。同じ原型を持ちながら無限に分化していくという現象...
 それは、

 この本は進化している、という事実であった


 リングやラセンで語られた現象が今われわれの目の前に姿を現しつつあるのだ。私はこの「バンシーの夜」(以下バンシー)の進化系統樹を可能な限り探ってみた。
 まず、著者が書き下ろしたオリジナル・バンシー。これは現在あさぎ書房の書庫に眠っている本がそうであるかもしれないし、それらも全て増殖しながら進化してしまい、もう現存しないのかもしれない。まず我々の目の前に姿を現したのは、正統児童文学としてのバンシーである。ニム氏、安田氏らが最初にレヴューしたのは、夢世界と青い鳥的構成の児童文学バンシーであったと推測される。しかし、次に野田氏やちぇろ子氏がレヴューしたのはそれとはまったく雰囲気の異なる、神経生理や量子力学といった知見をバックグラウンドにした(ミクロの決死圏的)空想科学小説バンシーと呼ぶものであったようだ。ここでまずバンシーは恐らく隣接した書棚から最新の科学知見を吸収し大きく進化したと考えられる。ところが、次に有里氏がレヴューしたのは元の児童文学バンシーであった。これは有里氏が手に取ったバンシーが進化の前であったいう場合も考えられるが、私としては進化が環境適応で起こる以上、有里氏の取った書棚は児童文学に対して厳しくない環境であって、あまり大きな進化が起こらなかったという説を取りたい。そしてこの系統樹内でバンシーは緩やかに進化し、タカアキラ氏、筆者、Kanazwa氏がレヴューしたヒロイックファンタシーの系譜へとつながっていったのであろう。涼元氏や清水氏がレヴューしたのもその中ではより現代文学よりの系譜であろうか。そして空想科学小説バンシーも進化を続け、一歩氏がレヴューしたバンシーには涼元氏のものと同様現代文学的テイストが加わっているようである。 しかし、まさに突然変異的にクトルー神話を背景にしたホラー・バンシーが細木氏によってレヴューされる。内容的にはクトルー神話が児童文学の体裁をとったものとのことで、いままでの進化系統樹からは大きく大きく外れている。誰がそんなことをしたのかはわからないが、児童文学書を角○ホラー文庫の横にでも置いたのであろう。
 7月31日以降新たなバンシーは報告されていない。バンシーはその進化の旅を終え一冊の本として書店に並んでいるのであろうか。
 あるいは、もし、バンシーのその進化が今まで禁断の領域であった本のタイトルに及んでいたら...
 もしそうであったら、今書棚に並んでいる本は...

 緊急報告 8月15日
August
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「闇吹く夏」 シム・フースイVer4.0 荒俣宏著 角川ホラー文庫 H2-4    
ストーリー: もう、夏はこないかもしれない...
 宮沢賢治の故郷花巻の地に、「やませ」は闇の夏をもたらした。黒雲に閉ざされ、冷たい風に覆われた夏。それは狂い出した地球全ての大気の流れの表れであった。東北に乗り込んだ風水師黒田龍人とパートナー有吉ミズチは、そこに闇の帝都建設計画を見る。はたして花巻の地の風水は、そして地球の大気は平安を取り戻すのか?
コメント: ちょっと紹介が遅くなりましたが、4月に発売された文庫版シム・フースイシリーズの最新刊です。「ワタシ・ノ・イエ」で一軒の家の家相から始まったこのシリーズも、ついに地球規模の風水にまでパワーアップです。黒田とミズチのアクションもヒートアップ、もう最後はほとんど帝都物語ののり!荒俣調、闇のアニミズムの爆発です。
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July
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「地球の長い午後」 ブライアン・W・オールディス著 ハヤカワSF 224    
ストーリー: 太陽がその光を増し、地球は静かに緑に覆われていった。自転を止めた地球−その永遠の昼の中、人類はその姿を消そうとしていた。多くの動物の姿が消え、植物だけが残された奇怪な世界に生きる残された人々。ジゴクヤナギ、ヒツボ、ヒルカズラ、危険な植物達から逃れ生き延びていくだけの日々。その彼らの最後の希望は、月にまで張り渡された糸を昇る巨大な植物蜘蛛に乗り、魂として天に帰ること。
 そんな滅びの日々に疑問を抱いた少年はその一歩を踏み出した。壮大なイマジナリーストーリーに向けて...
コメント: もちろん、あの名作で同名の新作と言うわけではありません(^^)。
 植物が奇怪な変容を遂げ、濃い緑に覆われた地球。この作品を評するにはイマジネーションの奔流という言葉がぴったりでしょう。まるでジャングルの中で緑に酔うような、そんなトリップ感を味あわせてくれる作品です。解説でもありますが、一人の作家が創造できる極限のイマジナリー世界といっても過言ではありません。ツナワタリやチスイドリといった訳者苦心の植物名も、想像を広げてくれます。(特にポンポンという訳は絶品(^^;)
 ストーリー的には世界創造の起源を語る進化SciFiと言っても良いのですが、この破滅に瀕した地球を舞台に作者なりのひねりのあるヴィジョンが展開されていて、最後までその謎を楽しませてくれます。
 異世界を思いっきりトリップしたくなったら最適の作品!
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「キリンヤガ」 マイク・レズニック著 ハヤカワSF 1272    
ストーリー: 文明化という嵐の中で消えつつあるアフリカの一部族キクユ族。その民族の魂を救おうとした一人の男がいた。男の名はコリバ。彼は星間文明政府からユートピア法によって一つの小惑星を勝ち取ったのだ。自らの血に流れる民族の魂が生きるユートピアを作るために。キリンヤガ、神の愛したもうた地、その小さなユートピアはそう名付けられた。シャーマンとしてその太古の部族社会に住み込んだコリバとキリンヤガに、数々の運命の挑戦が待ち受ける。
コメント: 面白いです。全体が中篇のオムニバス構成となっているのですが、特に、「空にふれた少女」はヴィヴィッドな絶品。ただし、全体を通して一つの作品として面白いかどうかどうかは、好みの分かれるところでしょう。光瀬龍氏の「失われた都市の記録」や「百億の昼と千億の夜」といった無常観に満ちた作品を面白いと思う方にはお勧めです。
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「白馬の王子」  タニス・リー著 ハヤカワFT 48    
ストーリー: 荒野を行く白馬の王子、待ち受けるは巨大な真鍮の龍、魔物、妖術使い。そして、王子には使命を果たすという燃えるような決意が...無かった!? 記憶をすっかり無くして愚痴をこぼしまくる王子と、彼を支えるしゃべる馬のコンビ繰り広げるラプソディー。この最悪の無気力コンビは、ファンタシーランドを救えるのか。ブリテンのシェハラザード姫、タニス・リーが放つ、面白うてやがて悲しきユーモアファンタシー。
コメント: もし、あなたがファンタシーファンを自認し、数多くのファンタシーを読んでいるなら、この本は是非ともお勧めです。恐らくあちらこちらに「にやり」とさせられるような、いわゆるファンタシーをおちょくったシーンを見つけ出すと思います。この無気力王子の「やってられないよ」というつぶやきとともに... 
 しかし、さすがはタニス・リーそれだけでは終わらせません。「ジュウェルスター!」のときの声が響くクライマックスでは、ファンタシーファンなら誰でもこの王子愛さずにはいられないような結末が待っています。
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「東異聞」  小野不由美著 新潮文庫 お−37−2   
ストーリー: 時は明治、帝都「亰」が誕生してから29年。近代都市として生まれ変わったこの都市には、ガス灯があちこちに灯り、闇は追放されたように見えた。しかし...古き血筋、鷹司家をめぐる骨肉の争いの中で闇の者達は甦った。火炎魔人、人魂売り、首使い、闇御前、そして、引き起こされる惨劇。新聞記者平河と便利屋万蔵はその謎を追うが...
コメント: 「屍鬼」もそうでしたが、小野氏の舞台メイキングの上手さには毎回うならせられます。この作品ではパラレルワールドとしての亰が実に生き生きと生活観に満ちていますし、キャラもよく練られています。ただし、(ネタバレになってしまうので言いずらいのですが)ラストはミステリーとしては反則でしょうね。