Faces Under Water (The Seceret Books of Venus Book I / Overlook Press)
原書に挑戦される方へ

 タニス・リー最新シリーズ・ベヌスの秘録シリーズの第一巻「Faces Under Water」の登場です!

 今回は前シリーズ「パラディスの秘録」と比較して、サスペンスタッチのダイナミックなストーリー。しかし、そこはリー様、随所に幻想的なシーンが登場し、恐怖と魔術に彩られた壮絶なクライマックスを迎えます。

  さて、このベヌスの秘録シリーズのモチーフの一つは錬金術。どこか惑乱の王チャズを思い起こさせる老錬金術師シャーキンが登場し、いい味を出しながら要所、要所でアルケミスト(錬金術師)らしい魔術をふるいます。これがまたまたかっこいい。そうでない時は完全にあっちの世界にいっちゃてるマッドサイエンティストなんですが(^^;

  そして錬金術と言えば誰でも知ってる「地・火・水・風」の四大元素。今後発行される巻も含めて、この四大元素を順に一つ一つテーマとしていくようです。今回は、水の都ベニス(ベヌス)を舞台にするのにふさわしく「水」がテーマ。初めは水面に沈むマスクから始まり、ベヌス(ベニス)のラグーン、水中宮殿と様々な美しい水のシーンが登場します。
  そしてこの作品のイメージカラーは水を表すブルー。リー様の色使いはいつも見事ですが、作品の中でも美しい青が次々と登場します。ベヌスのラグーンを彩るブルーグリーン、黄昏に沈む水路の藍、そして最も青いのは、ヒロイン・エウリディケの瞳の青、蝶のマスクに縁取られたその双の青は、物語の始まりでもあり、終わりでもあったのです。

  リー様にしては珍しくミステリー色もありサスペンス風なので、パラディスシリーズと比較して読みやすく原書にトライする価値は十分です。

 序盤である第一章「The Mask」は、世界設定と謎の提示がされています。そして物語は、第二章「The Face」でヒロインとのダークなストーリが展開されていき、第三章「TheSkull」、エピローグ「The Heart」でのクライマックスへと進んで行きます。私自身が原書挑戦する時は、この序盤の展開のところが一番しんどいので、ご参考までに第一章の要約を下に載せておきました。

 それでは、若干背景についても説明をいたしましょう。物語が展開するのは、平たい地球のような何処か別の地球、それで地名の呼び方も若干異なっています。例えばベニスはベヌス、アメリカはアマリスといったように。ちなみに前シリーズのパラディスシリーズは、パラレルワールドのパリを舞台にしていました。

 そしてベヌスの元となるベニス(ベネチア)ですが、海の上の干潟を固めることで出来上がった人の手による都市です。街は道路ではなく水路で結ばれ、人々はどこへ行くにもゴンドラと呼ばれるボートに乗って移動します。ベネチアは7〜8世紀には都市作りが完成し、14世紀には船を使った海外貿易でその絶頂を迎え、東地中海の女王と歌われました。人口10万に満たないベネチア一都市の歳入がフランス一国をはるかに上回ったと言うのですからその豪奢さは容易に想像できます。当時のベネチア貴族の奥方の化粧箱にはフランス王妃のものより豪華な宝石が無造作に置かれていたそうです。

 しかし、16世紀に新航路が発見されると地中海貿易に頼ったベネチアは少しずつ衰え、やがて貿易都市から歓楽の都として知られていくようになります。そのなかでも仮面をつける謝肉祭は有名で、他のヨーロッパの都市では王宮でしか見れないような食べ物や、出し物がふんだんに振舞われ、仮面をつけた人々の間には全ての障害が取り払われ快楽の火が灯されたそうです。この物語もそんな快楽の祭りを背景に展開されています。

 全てを快楽に変える退廃の都、その中に溺れる青年フリアンはどのような謎と恐怖に巻き込まれていくのでしょうか。
 



 第一章 「The Mask」 要約

 18世紀のベヌス。緩やかな斜陽の光の中、美と退廃を誇る都。
 そんな都に耽溺し暮らす青年フリアンは、運河に一つの仮面を見出す。
 水面に漂う顔...
 そんな不吉な気配を漂わせた仮面は、フリアンの隠された運命の始まりだった。

 フリアンによって錬金術師シャーキンのもとに持ちこまれたマスクは、魔術によってその中に古き呪いが吹き込まれていることを表した。そして、都の流行り歌を作った青年の死がそれと関わりがあることも。


 謝肉祭・仮面の祭りが華やかなベヌス、フリアンはいつもの様に錬金術師シャーキンのために死体を捜していた。しかし、彼が見つけたのは不吉な仮面であった。その仮面をシャーキンの館にもたらすと、シャーキンはその仮面に太古の黒い魔術がかけれられていることを告げ、その仮面を引き取った。フリアンはアパートに戻り、家の女主人から都で流行っている歌を作曲した青年デル・ネロが失踪したニュースを聞かされる。そして、デル・ネロがフリアンの見つけたマスクをつけていたことも。


 都はデル・ネロの歌で満ちていた。その歌は、闇に閉じ込められた姫君への愛を歌ったもので、いくつもの場所で何人もの楽士がその曲を奏でていた。ゴンドラのこぎ手ジュゼッペは、デル・ネロがそんな恋をしていたうわさがあることをフリアンに告げた。ゴンドラに乗るフリアンに、歌に歌われたような女が姿を表す。彼女が館から船へ乗り移るそのわずかの時、それはまるでランプによって照らされた舞台のよう。深い青の服と蝶のマスクを身にまとった彼女の肌はまるでアラバスターの白であった。

 何故か、フリアンは幸福だった過去を思い出した。富裕な家族の中に生まれ、父からも母からも愛を注がれていた若い日々。何故それを打ち捨ててしまったのか、フリアンの記憶は闇に消えていた。


 気に入りの娼婦のもとで一日を過ごすフリアン、そして今日はディアナの日、シャーキンの魔術を披露する月下の集まりに招待を受けた日であった。ジュゼッペとともに参加したフリアンは、その集まりに奔放な振る舞いで有名なマダム、メッサリーナや、錬金術に入れ込みシャーキンを嫉妬する貴族テアボルトらも見出す。
 そして、青の女。彼女は再び蝶のマスクを付け、無表情にその場にたたずんでいた。

 シャーキンの魔術は始まった。裸の女達が踊る中、シャーキンの呪文は女神ディアナを呼び出した。女神は雪のごとく、月のごとく白、三日月の紋章の額の下は黄緑の猫のような瞳。しかし、魔術儀式の最中に観客は雰囲気に飲まれ、メッサリーナは騒ぎ出し、シャーキンが魔術を止めても、観客達は興奮の中にいた。その騒ぎの中、再び青の女がフリアンの前に姿を表す。しかし、話し掛けるフリアンに彼女は無言で答えた。
 その帰り道、フリアンは数人の男達に襲われる。フリアンは運河に飛び込んでかろうじて逃げ延びた。


 アパートに戻ったフリアンは、留守中に彼を探しに来た者達がいたことを告げられる。ジュゼッペの自宅をさがし訪れたフリアンは、ジュゼッペがバラバラにされて殺されたことを知る。妻であったカリプソは取り乱し、フリアンをなじりまた誘惑しもした。そして、漕ぎ手仲間から、あのマスクを拾ってからジュゼッペが悪夢に悩まされていたことも知る。
 フリアンもまた熱病に倒れた。


 回復したフリアンは、ゴンドラに乗りあの青の女を見かけた館の運河までやって来る。そして、彼はデル・ネロの歌を歌った。
 「もし、あなたに笑みを浮かばせられなかったら、私は死んでいくだろう」
 彼女は現れなかった...

 その後、フリアンはシャーキンの館を訪れる。しかし、シャーキンの館は荒らされきっていた。あのマスクは奪い去られていたのだ。何物があのマスクにそれだけの執念を持つのか。使い魔としていたカササギも殺され、茫然自失とし、そのカササギとの思い出をつぶやきつづけるシャーキン。しかし、隣室から羽音が聞こえ、その部屋に残された紙にはメッセージがあった。

 「Don't cry. I live (泣かないで、私は生きている)」



 いかがでしたでしょうか。イメージぶち壊し出なければ良いのですが(^^;。こうして挑戦してみると、いかに浅羽さんの訳が原文の味をいかして華麗に訳されているかを実感しますね。
 

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