長 編   1980〜1988



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惑乱の公子 〈平たい地球シリーズ V〉 (1981)
銀色の恋人 (1981)
白馬の王子 (1982)
影に歌えば (1983)
熱夢の女王 〈平たい地球シリーズ W〉 (1986)
堕ちたる者の書 〈パラディスの秘録〉 (1988)
獣の書 〈パラディスの秘録〉 (1988)

惑乱の公子  DELUSHION’S MASTER 〈 FLAT EARTH V 〉 (1981)

  砂と太陽の国の王ネムドルの元に、水の王国から嫁いだ美しいジャスリン。 太陽神のようなネムドルに一目で恋に落ち、やがてその子を身ごもった。

  だが妊娠によってジャスリンの体型が変化するや、ネムドルの愛は他の女たちに移り、生まれてきた子へと移っていった。 ネムドルの愛を奪われた、と思い込んだジャスリンは、そのまま狂気へと落ちていく。 ならば赤子さえいなければ、と我が子を死に追いやってしまった。

  それはすぐにもネムドルに知られた。 愛を取り戻すどころか、ジャスリンは罪を責められ、そのためにジャスリンの心は完全に壊れてしまった。

  そしてある晩、王宮より追いやられたジャスリンの前に、闇の君の一人、狂気を司るチャズが現れる。 チャズはジャスリンの望みを叶えようと告げる。 ジャスリンが望んだのは、ネムドルの狂気であった。


  『死の王』に続く〈平たい地球〉シリーズの3作目です。

  3人目の闇の君、チャズが登場します。 〈狂気〉という捉えがたい概念(キャラクター)が、醜美一体の姿と独特のセリフ回しで、魅力的に描かれています。 このシリーズでの、一番の狂言回し(美味しいトコ取り、とも言う)は、このチャズではないでしょうか。

  物語の先々で、あの妖魔の王アズュラーンもチャズの狂気に絡めとられてしまいます。

  息もつかせぬ壮大な物語を、是非とも色んな人に読んでいただきたいです。 ・・・・・とにかく、読んでみてくださいね(笑)。

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銀色の恋人  THE SILVER METAL LOVER (1981)

  裕福な母親の庇護のもとで、ジェーンは人形のように無為で孤独な日々を過ごしていた。

  ある時友人エジプティアのパーティーで、彼女はギターを爪弾きながら歌う一体の美しいロボット ─ シルヴァーと出会う。 鳶色の瞳に赤褐色の髪、そして銀色の肌。 シルヴァーはエレクトロニック・メタルズ社が試作した精巧仕様ロボットの一体であった。

  ジェーンは彼をロボットとわかっていながらも、恋に落ちてしまう。

  シルヴァーを心の底から求めながらも、相手がロボットであるが故に母には何も言い出せない。 だがその激しい想いに突き動かされ、ついにジェーンは自分の意志の力で家を出る。


  翻訳された長編の中では唯一のサイエンス・フィクション作品です。 (タニス・リーは他にもたくさんのサイエンス・フィクションを発表しているのですが・・・) 昔から用いられてきたロボットと人との交流、人工知能は心を産み出すのか?、というテーマが語られています。

  リー独自の鮮やかな色彩の中で、人形のように幼すぎる心を持つジェーンと、人間らしさを持っていたために検査に通らなかったシルヴァーが、互いに影響しあい変化していく姿が見事に描きだされています。

  心の一部を無くしてしまったようなジェーンの友人たち、彼女を愛情という名目で支配する母親。 そして様々な象徴に満ちた世界。

  ジェーンの愛によって産み出されるものは、彼女自身の自立だけではないのです。

  蛇足。 私は何度もこの物語を読み返していますが、読む度に新しい発見をし、泣いてしまいます。

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白馬の王子  PRINCE ON A WHITE HORSE (1982)

  王子は気が付くと白馬に乗って、十時間も荒野をさまよっていた。  ところが自分が何者で、どこから来たか、まったくわからない。

  すると、黒髪の娘、荒野の女主人(レディ・オブ・ザ・ウエスト)が現れ、真鍮の竜に護られた骨の城に世の秘密が隠されている、と助言する。

  娘が消えた後、自分を奮い立たせようと王子が独り言を言うと、なんと乗っていた白馬が口をきき、当然のように返答をした!

  成り行き任せのどことなく頼りない王子が、白馬の知恵に助けられながら、様々な怪物、難問に立ち向かう。


  ボケの王子とツッコミの白馬(笑) いまだかつてこんなコンビがいたでしょうか?(^O^)

  あらゆる所に探求的ファンタジーのパロディが散りばめられています。 リーのロマンティック・ファンタジーだけを読んで来た人間には、いささかびっくりするほど遊び心に満ちた作品です。

  ですがそれだけで終わらないのが、この作品。 物語の終盤では、読者が思いも掛けない”本当の自分”を王子は思い出します。 パロディを用いている作品だからこそ、とも、そういう作品であっても、とも取れる、リーのファンタジーに対する思いを垣間見るようなラストです。

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影に歌えば  SUNG IN SHADOW (1983)

  ヴァレンサではいくつもの名家が違いに牽制しあい、凌ぎを削っていた。 特に敵対しあっていたのは、モンターゴー家とチェンティ家。

  そのモンターゴー家の一人息子ロミュラーンは、ある夜、やはりヴァレンサの名家の一つフェロ家の男たちに突如、襲われた。 友人であるエステンバ家のマーキューリオと共に剣をかえすが、ロミュラーンもまた、深い傷を負ってしまう。

  手当のため、ロミュラーンがマーキューリオに連れて来られたのは、娼家であった。

  その夜、チェンティ家の一人娘であるユウレッタもまた、乳母に連れられそこを訪れていた。 担ぎ込まれた血だらけのロミュラーンを一目見るなり、ユウレッタは心を奪われる。

  ロミュラーンが何者かも知らず、もう一度彼に会いたいと、ユウレッタは乳母にせがんだ。

  リー様版ロミオとジュリエットです。 登場人物の名前も多少変えてはあるものの、誰が誰であるのか一目瞭然です。

  舞台となる世界の描写はリー様ならではの華麗さなのですが、シェイクスピアのオリジナルにどことなく引きずられているようで、いつものテンポの良さ、展開の鮮やかさがなんとなく弱く感じられました。

  いえいえ、逆にシェイクスピアのオリジナルを熟読してる方には、かえって面白いのかもしれません。 最後の最後では、あのおなじみのラストも、リーの魔法にかかって、まったく違う色合いを見せていました。

  ただ、リー様にぞっこんの私にとっても珍しく、一息には読めなかった作品でした(^^;)

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熱夢の女王  DELIRIUM’S MISTRESS 〈 FLAT EARTH W 〉 (1986)

  言葉巧みに魔道卿ラク・ヘズールを唆し、金髪の美しい青年オロルーは、妖魔の王、夜の公子アズュラーンの治める妖魔の王国ドルーヒム・ヴァナーシュタへまんまと入り込んだ。

  彼の目的はアズュラーンの娘アズリュアズ。 だがオロルーという青年の姿は仮のもの。 アズリュアズを地上へと連れ出したのは、狂気の王チャズであった。

  そして必然のように二人は恋に落ちる。

  その一方で、チャズの侵入とアズリュアズの逃亡を知ったアズュラーンは、二人を狩り、罰を下すために後を追った。


  『惑乱の公子』で、妖魔の王アズュラーンと人間であり彗星の娘であるドゥニゼル(ドゥーニス・エザエル─月の魂)との間に産まれた娘アズリュアズを主軸に、平たい地球の物語が繰り広げられます。

  広大な世界を舞台に、アズリュアズの愛が様々に形を変え、様々な人生に波紋を投げかけます。 前3作品に登場した闇の君たちや魔法使いたちが、アズリュアズへ示唆するために現れるのも、読者には嬉しい限りです。

  チャズとの愛、アズュラーンの女性原理としての魂の遍歴。 やがてアズリュアズが選択したものに、私たちは強く胸を打たれるのです。

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堕ちたる者の書  THE BOOK OF THE DAMNED 
              〈THE SECRET BOOKS OF PARADYS T〉 (1988)
 ★紅(くれない)に染められ★

  若き詩人アンドレ・サン=ジャンは、ある夜、逃げまどう見知らぬ男から一つの指輪を受け取った。 それは丸いルビーに甲虫(スカラベ)が刻まれたものだった。 翌日、その男は死体となって発見された。

  だがその指輪を見たアンドレの友人フィリップは、その持ち主を知っていた。 それは年老いた銀行家の若い妻、アントニーナであった。

  独特の雰囲気を持ったアントニーナにサロンで出会い、アンドレは彼女に心を奪われてしまう。 近付く口実に、彼はルビーの指輪を持ち出したが、何故かアントニーナは冷ややかにそれを否定した。

 ★黄の殺意★

  若く美しい娘ジュアニーヌは、自分とは異質な家族や義父の虐待に耐えられず、義弟の一人を殺してしまった事をきっかけに、家を飛び出してしまう。 目的地はパラディスの都。 ただ一人ジュアニーヌを大切に扱ってくれた義弟の一人が、高名な画家に弟子入りし、そこで絵を学んでいるのだ。

  ようやく義弟の元へ辿りつき、再会を喜んだジュアニーヌだったが、義弟はすげなく彼女を追い返した。

  帰る事もできず途方にくれた彼女の前に、サタンを主と仰ぐ侏儒が現れた。 意外な事に、彼はジュアニーヌを尼僧院へと導いた。

 ★青の帝国★

  サン=ジャンという男の筆名を使う女記者の前に、ルイ・ド・ジュニエという役者が現れ、突然「1週間足らずで私は死ぬ」と書いた名刺を差し出した。

  ド・ジュニエは後からやってきた他の二人の男に、強引に連れて行かれた。

  躊躇いながらもサン=ジャンは、1週間後に彼の家を訪れた。 書斎には、彼女宛ての封書と、2枚の美しい女性の額装された写真が残されていた。 そして窓の外には、一人の男が首を傾けて吊り下がっていた。


  「短編集」に入れようか迷って、結局「長編」に持ってきました(^^;) ページ数は少ないですが、内容は非常に濃い、架空の魔都パラディスの物語3編、シリーズの1作目です。

  『紅に染められ』は吸血鬼譚、『黄の殺意』はサタニズム、『青の帝国』は魔道士の蘇りの物語。 3編に共通するテーマは両性具有です。 どのモチーフもファンタジーではお馴染みのものですが、不思議と (いつもそうなんですが、本当に不思議なんです(笑)) リー作品ではまったく違う姿になってしまいます。

  色彩の扱い方もこのシリーズの特色で、作品によってテーマの色が決まっています。 作品名を見てもわかりますが、作品ごとに決められ、その色だけが溢れているのです。

  『紅に染められ』は血を思わせる赤だけが色として浮き上がり、血腥い空気の中で魔性の吸血鬼の、憎悪を裏打ちされた愛が繰り広げられます。 

  『黄の殺意』では眩しいばかりの黄色の光の中で、ヒロインと、彼女の根底にあり架空の都に存在する神(キリスト教)の、魔性と聖性が表裏一体として描かれています。

  『青の帝国』の青は、私たちが見る空や海のような心安らぐ青ではありません。 長く見つめていると不快感さえ感じるような、病んだ悪意の青です。 ド・ジュニエを通して立ち現れる古(いにしえ)の魔女は、巧妙に蜘蛛の糸を張り巡らせていきます。

  出版されてすぐに読んだ時は、実は半分ほどしか理解できませんでした。 たぶん、ただ色彩が美しいとしか感じていなかったと思います。 改めて読んで、物語の深さに驚かされました。 特に『黄の殺意』は圧巻です。 その並はずれた密度の高さを、どうぞ読んで、実感してみてください。

  こういう作品を読むと、作品の長さがその重みを作るのではないのだな〜、というのがよくわかります。

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獣の書  THE BOOK OF THE BEAST 
              〈THE SECRET BOOKS OF PARADYS U〉 (1988)

  幻想と退廃の都パラディス。 その都へと学問のために地方からやってきた青年ラウーラン。 彼は凋落貴族デュスカレの古びた屋敷に下宿する。

  だが最初の晩から、ラウーランは女の亡霊に出会う。 彼の周りで次々と起こる奇怪な出来事。

  やがてラウーランは亡霊の口からその名前を知る。 エリーズと名乗った緑の瞳の美しい亡霊は、デュスカレ一族と彼女の上に襲いかかった、過去のおぞましい事件を語り始めた。


  リーが作り出したパラレル・ワールドのパリ、パラディス。 そこで起こった妖しくも怪奇な物語。 パラディス・シリーズの2作目です。(1作目は『堕ちたる者の書』です)

  名門デュスカレ一族にまつわる呪いの歴史を、ローマ時代にまで遡り描いています。

  18〜19世紀の幻想文学を彷彿とさせる語り口調。 人ならざる存在を内包した闇の世界が、架空の都を覆い尽くしています。 各章のタイトルに用いられた色である緑と紫を様々な表現で散りばめ、極力他の色を排除した独特な色使いは、他の作家にはない感覚です。

  現代のシェエラザード姫たるリーの面目躍如とも言えるゴシック・ホラー作品です。

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