Calling



それは

全てを突き抜けてゆく
奇跡






「陛下っ」
「―大丈夫です」
 青ざめるロザリアに、アンジェリークは静かに頷いた。
 光と闇、地と夢、そして炎と水の守護聖の目は、女王の力強い笑みに感嘆の色を浮かべる。
 けれどロザリアは安心などできなかった。
 無理ばかりして・・・!
 ロザリアは苛立ちと愛しさとがまざった想いに、毅然と微笑んで見せるアンジェリークを怒鳴りつけたくなる。だが他の守護聖が並ぶこの場で、それは許されないことだった。
 ロザリアと同じく、アンジェリークの女王候補の時代を知っている鋼と風と緑の守護聖は互いに視線を交わす。隠しきれない不安が、彼らの目にはあった。いつも一生懸命で、そして時に無茶な事をするアンジェリーク。それは昔も今も変わらない。
 アンジェリークは不気味な球体へと手を伸ばす。
 ぴしり、と青白い光が散った。アンジェリークは思わず顔を歪める。
「陛下!」
 駆け寄ろうとするロザリアたちを、アンジェリークは瞳で制した。
 そして球体へ目を戻す。
 危険だわ。
 球体には何か、得体の知れない・・・だが強い力があった。
 先ほどの光が散った時に受けた衝撃でさえ、女王の力に満ちたアンジェリークは殆ど平気だったが守護聖のサクリアではケガを負ったかもしれないものだった。
 アンジェリークは球体へと自分の力を注ぎ込む。
 女王の力でこの異質な力を中和するつもりだった。
 しかし次の瞬間、青白い光がスパークした。
「―っ!」
 光はアンジェリークを飲み込もうとする。
「陛下!!」
 守護聖たちは駆け寄ろうとするが、間に合わない。
 ゼフェルは小さな機械をアンジェリークに投げた。アンジェリークは無意識にそれを受け止める。
 そして。
 アンジェリークは光に呑まれて消えた。
 残ったのはただ沈黙する小さな球体だけ。
 あまりの展開に、ロザリアたちは呆然と立ち尽くしていた。




 その球体が現れたのは三日前だった。
 研究者たちが集められたが、芳しい成果は上がらなかった。彼らが何を行おうと、球体は反応しなかったのである。
 守護聖や女王が近づいた時だけ、かすかに鳴動するのだ。ゆえにこれは、サクリアに反応するのだということだけが分かったのだった。
 そしてアンジェリークは自らで処理することを決めたのだった。
「それで!?」
 文官から報告を受けながら、オスカーは足早に球体のある部屋に向かっていた。
 女王の護衛官となった彼だが、たとえ元炎の守護聖であろうと、今度のような女王と補佐官そして守護聖だけの重要な場には参加することは許されなかった。
「女王陛下はゼフェル様の通信機をお持ちでした。ですがそれはゼフェル様が昨晩作られてランディ様やマルセル様にお見せになろうとしたものでして・・・・・・」
「そんな事はどうでもいい! それで通信は可能なのか」
「それが・・・。クリアであったり、不能になったりと・・・」
 文官の言葉に、オスカーは舌打ちする。
 球体のある部屋についたオスカーは、その扉を勢いよく押し開いた。
 激しい音に、その部屋に詰めていた守護聖たちが振り返る。
「オスカー様・・・」
「あいさつはいい」
 駆け寄る炎の守護聖に短く応え、オスカーは球体に寄った。力を失った彼では、何の反応もない。
 オスカーはゼフェルを見た。
「それで、交信は?」
「さっきは『無事だ』って声がけっこうクリアに入ってたんだが、今は・・・」
 ゼフェルはそう言って、通信機をオスカーに差し出す。そこからは耳障りな雑音が聞こえるばかりだ。
「リークが、この球体は他の空間を結んでるんじゃないかって」
 オスカーは通信機を握りしめたまま、今の地の守護聖リークを見る。リークは頷いた。
「おそらく、別の空間に飛べるのだと思います。けれど通信機が不安定なところを考えますと、『道』は固定されていないと見るべきでしょう」
「陛下を追って行こうとしても、同じ場所に出られない確立が高い」
 ゼフェルはそうオスカーを見た。その目は「どうする」と問うている。
 オスカーが何か答えかけた時、通信機が音をたてた。
『・・・・・こは、混沌の・・・・・・』
「陛下!」
 オスカーは通信機に叫ぶ。
『・・・カー? オスカーなのですか?』
「はい。陛下、その空間の座標を読み取ることはできませんか」
『・・・・・・。だめです。ここは私の力が覆う世界ではありません』
「混沌?」
 光の守護聖がそう眉を寄せた。
 女王と守護聖の世界とは別の次元に、影とも言うべき混沌の世界がある。女王の力が薄い辺境にごくまれに現れる魔物たちが支配する世界だ。彼らは常にこちらの世界を狙っている。
「道を固定できれば、陛下をこちらに戻せるんじゃないか?」
 闇の守護聖がリークを向いて言う。それに、リークは困った顔になる。
「それはそうです。けれど道を固定するには、あちらとこちらに同質のもの、あるいはつながったものがなくては我々にも不可能です」
「つながる想いは!? 俺たちの想いと陛下の想いで・・・」
 そのランディの言葉に、リークは首を振った。
「無理です。行くより戻るほうが何倍も難しい。『想い』という心的なものではなく、たとえば血縁であるとか同じ気質の者であるとか・・・『変動しない存在』が必要なのです」
「なんかよく分からねーが、とにかくその『変動しない存在』とやらを捜すしかねーな」
 ゼフェルが忌々しげに言う。通信機から声がもれる。
『ですが、私の血縁はもう分からないでしょう?』
 アンジェリークが人間であった時から、もうかなりの時が過ぎている。だがリークは柔らかく言った。
「大丈夫です、陛下。貴女の血筋は、調べさせたらすぐに分かるでしょう。記録されているはずですから」
『そう・・・それでは・・・願・・・しま』
 オスカーの手の通信機は、再び雑音が激しくなってきていた。
『・・・・・・っ! ・・・の・・・が!』
 緊迫した声が、雑音の向こうでした。
 さっと守護聖たちの顔色が変わる。
 オスカーは通信機にかぶりついた。
「陛下!? どうしました!」
『・・・が・・・そこ・・・!!』
「陛下!」
『! ―きゃああああ!!』
 通信機は急にクリアになり、再び激しい雑音に交信が不可能になる。
「陛下! 返事をして下さい!」
 オスカーは応えのない通信機に叫ぶ。
「返事を! 陛下! ―アンジェリーク、返事をしろ!!」
 通信機は応えない。
「―クソッ!」
 オスカーは傍らの壁に激しく拳を叩き付けた。




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