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| ハッピーウェディング |
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| ポーラは、幸せだった。 ウォルの職業(?)柄、一緒に昼間過ごせる日はめったとなかったが。 彼を想いながら刺繍をしたり、お菓子を作ったり、侍女とおしゃべりしたり、日が暮れかけると彼のために夕食の準備をしたり。 時には庭園の花を眺めたり、窓から入る優しい風に、まれにだがうたた寝してしまったり。 昼間一緒に過ごせなくても、ふいと時間が空けばごくごく稀にはウォルはポーラに顔を見せてくれるし、もっと頻繁にリィは彼女のところを訪れてくれる。 ポーラは、刺繍していた手をとめて、ほお、と息をついた。 窓辺へと目をやる。 今日もとても天気がいい。 暖かくて気持ちよかった。 ――幸せ。 そう、自然と顔がほころんでくる。 自分にはもったいないほどの幸せだと、ポーラは思う。 ポーラの周りの人は親切だし、国も今は安定していて毎日帰ってくる国王の顔も柔らかいし、王妃も相変わらずとても優しい。 大陸中捜しても、自分ほど恵まれた者はいない、と思う。 「――ポーラ!」 彼女の愛する王妃の声が届いて、ポーラはハッと我に返った。 風にのって届いたその声に、ポーラは階段を駆け下り外へと飛び出る。 そこに、輝かんばかりの笑顔の王妃がいた。 「やあ、ポーラ」 「王妃様」 後ろにハートマークがつきそうなポーラの声に、リィは少し苦笑する。 そして、ふわりと彼女の頭に手をそえた。 「走って来ると、危ないぞ。こういう時は、ゆっくり歩いて来ればいいんだ」 「で、でも。嬉しくて・・・」 「そうか」 くしゃくしゃくしゃ。 リィは思わず、彼女の髪を気にせず撫ぜてしまう。 それでもたりずに、きゅっと彼女を抱きしめた。 本当に彼女は、リィにとって、――妙齢の、それも今は立派な人妻に向かってこう表現するのは失礼かもしれなかったが――子犬のようで、可愛らしい。 「あ、あの・・・・」 「・・・・・・・・・」 遠くから侍女が、女主人を見つめている。 これは髪を結いなおさなければならないと思いながらも、王妃に意見する勇気があるわけもなく。 王妃がポーラを解放するまで、ハラハラと見ていることしかできなかった。 リィはしばらくして、柔らかくポーラを解放した。 「ポーラ、急なんだけどさ」 「はい?」 「明日、ウォルたちとお茶しに来るから」 「――まあ」 ぱあっとポーラの顔が嬉しげに輝く。 「では、王妃様でも食べていただけるお菓子を焼きますわ」 「うん」 リィは、頷いた。 ポーラは幸せだった。 こんなふうに、身内だけで茶会を楽しむのは久しぶりだった。 眺めのよい場所に設置されたテーブルに、国王夫妻と両騎士団の団長、独立騎兵隊長、そしてシャーミアンとロザモンド、ラティーナがついている。 本当はウォルとリィだけの予定だったのだが、数が揃ったほうが楽しいだろうとリィが顔を合わせたメンバーを誘ったのだった。 はじめは突然の誘いに遠慮した者もいたが、本当に内輪だけだということで皆その日身につけていた服装のままで参加することになった。 ポーラのほうにはその連絡があったので、十分準備することもできた。 そのポーラはというと、相変わらずお茶とお菓子を手ずから客人に出していた。 細長いテーブルの片側には国王夫妻が、その向かいに他の6人が並んでいる。 気の置けないメンバーばかりのこと、すでに談笑が始まっていた。 お茶とお菓子を配り終えたポーラに、リィは声をかけた。 「ほら、ポーラも座りなよ」 言ってから、隣のウォルを見た。 「おい、ずれろ」 その言葉に、その場にいる全員が言葉をなくす。 王妃の意図が分からない。 しかし、 「ああ」 なるほど、と一人王妃の考えが分かった国王が、王妃と反対側の自分の隣にある席にずれた。 そこは、いつもポーラが座る位置である。 ポーラは、王妃の声に座ろうとして動きを止めた。 「あ・・・・あの・・・・・」 困ったように、王と王妃の間の空席に目を向ける。 リィが、その席を軽く叩いた。 「ほら、ポーラ」 「・・・・あの、でも・・・・」 ウォルとリィの間に入るというのは、彼女には考えられないことだった。 ウォルが、笑う。 「かまわん。何より、コレがそうしたいと言っているのでな。すまんが、言う通りにしてやってくれ」 ポーラの性格からしてあまり心地よい場所ではないのをよく分かってるウォルは、すまなさそうに言った。 そこまで言われて固辞するわけにもいかず、しかたなくおずおずとポーラは二人に挟まれる場所に座る。 リィは嬉しそうに隣のポーラを見ている。 こほん、とウォルは小さく咳払いをした。 呆気にとられていた他の者たちが、我に返る。 「この顔ぶれで硬い挨拶など必要ないだろう」 そのウォルの言葉に、客人たちは口々に軽く礼を招待主に述べてからお茶に口をつけた。 たわいないが、楽しい会話が続く。 ただ一人ポーラだけが、居心地が悪そうに時々小さく身じろぎしていた。 そんなポーラは、 「ポーラ」 そう突然呼びかけられて、慌てる。 「は、はいッ。なんでしょう」 「ポーラ、もうすぐ誕生日だよね」 楽しげな王妃だった。 今日は特にご機嫌のようである。 「あ、はい」 「それは、おめでとうございます」 女性陣がそう次々と祝辞を述べる。 ポーラは真っ赤になった。 「い、いえ。あ、ありがとうございます」 「うん。それでさ、オレ、ポーラにあげたいものがあるんだ」 にこにこ。 いつにも増して王妃の笑顔は優しい。 「そ、そんな、もったいない・・・」 「もったいないって、まだ何にも言ってないよ」 「なるほど。それで先日、珍しく金を欲しがっていたのか」 納得した声はウォルのもの。 そして続けた声には、呆れた色もあった。 「それにしても、お前が無心するのはポーラへのプレゼントばかりだな」 「お前が奥さんにあげなさ過ぎるんだ」 ―――なんて会話だ。 イヴンは完全に呆れている。 慣れていないロザモンドなどは、傍らのバルロに問う目を向けている。 バルロはそんな彼女に、目で「放っておけ」と言っていた。 その間も王妃と愛妾の会話は続いている。 「――それで、その日に着て欲しいんだよ」 「あの・・・・? 服なのでしょうか」 「うん。花嫁衣裳」 ブッ。 思わずお茶を吹き出したのは誰だったのか、本人の名誉のためにここでは上げないでおこう。 それまで呆れ、または無視して会話を聞き流していた客人全員が、一斉に顔色をかえた。 「王妃様ッ!」 「妃殿下!」 「――また、お前はそんな事言ってやがんのか!」 つい、不敬な叫びも上がる。 しかし誰もそれを聞きとがめられるものはいなかった。 皆の剣幕に、リィの方が驚く。 そして、多少慌てたように言った。 「待て、何も離婚するとか、結婚しろとか言ってないだろ」 その言葉に、沈黙が返る。 客人達は無言で席についた。 ふーーっと深い息をつく。 バルロとイヴンは不機嫌なままだ。 バルロが、怒鳴りだしたくなる衝動を抑えながら口を開いた。 「だから? どうしてそう馬鹿馬鹿しいことを思いつくのですか」 「馬鹿馬鹿しいってことないだろ。本当の結婚式は無理でも、女の子なんだから花嫁衣裳とか着させてやりたいじゃないか。内輪だけで、結婚式のフリぐらいならいいだろ」 ムスっとした顔で、王妃はそう返す。 ――全く、この人はッ。 「そんなもの今さら必要ないでしょう。ダルシニ嬢が従兄上の実質の奥方なのはかわりないのですから」 「女心の分からないヤツだな」 王妃の言葉に、思わず「あなたよりは分かっている」と言いたくなるバルロだった。 「ポーラ・・・・」 ウォルの声に、リィはポーラを向く。 そこで、顔を伏せて小さく震えているポーラにぎょっとした。 「ポーラ!?」 「・・・わ、私、そんな、いけません、そんなこと」 たとえフリだろうと、自分が花嫁の位置に立つなど、なんておこがましい事だろうと思う。 「できません・・・ッ」 そこまで言って、ポーラはたまらずワッと泣き出した。 王妃の気持ちは嬉しい。本当に。 けれど、そんな王妃だからこそ、フリとは言え自分が国王の隣に立つことなどとてもできなかった。 「ポーラ。別に、オレが離婚するって言ってるんじゃないんだぞ?」 「そのくらいにしておけ、リィ」 国王が、そうたしなめる。 しかし、リィは何故かなかなか引かなかった。 「ウォルだって、本当の奥さんと結婚式したいだろ?」 「いや・・・・別に」 ウォルは男である。多数の女性が持つだろう結婚式の夢など別にない。 しかも、実際にはすでにポーラとは夫婦なのだから、結婚式などただの形式である。 「なんて冷たいんだッ」 王妃の非難に、ポーラは更にワッと泣き崩れた。 自分などのせいで、王と王妃が喧嘩するなど耐えられなかった。――実際にはこの国王夫妻にとって、これは喧嘩になど入らないものだったのだが。 リィはそんなポーラを見、そしてバン、と席を立つと夫を睨みつけた。 「ほら! お前がそんなこと言うから、ポーラがもっと泣いちゃったじゃないかッ」 「――お前が泣かせているのだろうが」 「お前が泣かせてるんだ!」 「お前だ」 お前がお前がと、愛妾を挟んで言い争う国王と王妃に、周りの人間はキレる寸前であった。 「だいたいお前はポーラへの優しさがたりない」 「何を言うか。泣かせているのはいつもお前だろう」 「今泣かせてるのは、お前だ」 「違う。お前こそ、俺の妻をあまり苛めるな」 お前が、お前が。放っておくと、永遠と続きそうな痴話喧嘩(?)に、イヴンが最初に切れた。 「――いいかげんにッ」 しろ! といいかけてさすがにそこは止める。 「・・・・してくださいよ、二人とも」 「―――も、申し訳ありませんッ」 涙声で小さくなったのはポーラだった。 リィが、矛先をイヴンに向ける。 「ポーラを泣かせるなッ!!」 「・・・・・・・」 シャーミアンはこめかみを抑えた。 ――ああ、もう、何が何だか・・・・。 それは、国王と王妃と愛妾以外の全ての人間の思いだった。 それまで口を挟まなかったナシアスが口を開いたのはその時だった。 「――妃殿下。妃殿下はどうしてそう花嫁衣装にこだわられるのですか?」 静かな声は、興奮を収める役にたった。 リィが、ドサリ、と乱暴に席に座る。 「だから。女の子の夢なんだろ?」 「それはもう聞きました」 バルロが短く言う。 リィは、鼻の頭をかいた。 「・・・・ロザモンドがさ、綺麗だったって聞いてさ」 結婚式のことだろう。 バルロは、当たり前のことのように 「それは、どうも」 と返す。 リィは続ける。 「そう言えば、オレの時も派手だったなーって思って」 ――王妃なんだから当たり前でしょう、とは思ったが自分の命が惜しいので口には出さないイヴンだった。 リィは、バツの悪そうな顔になった。 「それで・・・。その、見てみたくなったんだよ」 「・・・・・」 「だ、だってさ! あんな派手に飾らしてやってさ、真っ白な花嫁衣装着せてあげてさ」 ―――お前が見たいだけかッッ バルロの内心の突っ込みは、誰もの心に浮かんだものだった。 自分が飾られるのはあんなに嫌がるくせに、とウォルなどは思う。 あまりの理由に、ポーラも涙が止まっていた。 しばらく、何とも言えない沈黙が続く。 ロザモンドが、口を開いた。 「――白いドレスをお召しになるのなら、問題ないのではないかと」 『花嫁衣裳』だから問題になるのである。 ぽん、とリィは手を打った。 しかし愛妾の誕生日当日まで、またいくつか王妃が人騒がせな騒動を起こすことになる。 それでもポーラは幸せだった。 ――たぶん。 |
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