Love | |
恋でなくていい。 愛されなくてもかまわない。 何も求めない。 ただ 貴方を愛していても いいですか。 |
ささやいている 俺を見つめる目で 俺に触れる指で いつも いつでも ささやいている。 尽きぬ その愛を…… |
強い腕に抱かれて、エルリアは目を閉じた。 嬉しいのか、辛いのか、切なくて彼女自分にも良く分からない。 けれど今は、この想いの名が何かなのかは知っていた。 人が恋というもの。愛と呼ぶもの。 「……すまん」 しばらくして抱きしめる腕をといたフェインに、天使は小さく首を振った。 「いいえ」 「……エルリア……」 「何も、言わないで」 そんな必要はないの。 エルリアの胸は苦しいほど痛んだ。 彼から漏れる言葉が、謝罪以外にないと知っていたから。 「フェイン」 エルリアは、彼の手をとった。 フェインの体温が、彼女の胸を締め付ける。 フェインに言ったのは天使としての、勇者への言葉。 その言葉に嘘はない。 だが、彼女自身が、彼を失いたくなかったのも事実だった。 「フェイン、ごめんなさい……」 フェインを復活の儀式に向かわせなかった。セレニスに会わせなかった。 フェインが、彼女を追って逝ってしまうと知っていたから。 フェインがそれを望んでいたことを、自分は分かっていたのに。 「ごめんなさい……」 私が、貴方を、失いたくなかったから……! フェインは少し戸惑ったように天使を見、その手で彼女の頬に触れた。 「何を謝る? 謝らなければならないのは、俺の方なのに」 「フェイン」 愛してる。 天使である自分が、どうしてこんなにも苦しいほど人を愛してしまったのだろうと思う。 彼の眼差しがただ、泣きたいくらいに愛しかった。 「私には……あなたが必要なのです……」 恋でなくてもいい。愛されなくてもかまわない。 ほんのひと時の支えだとしても、自分が今必要とされたことが嬉しかった。 それだけで、私は……。 天使とは皆こういうものなのだろうか。 そう、フェインは思う。 人間より遥かに、真っ直ぐにその想いを伝えてくる。 言葉で、というわけではない。 何よりその眼差しで。 溢れるほどの愛情を、尽きぬことがないのかと思うほど惜しげもなく。 彼女の自分への想いに気づいたのは、半年ほど前だろうか。 天使だからだろうかと、思ったこともある。 人を慈しむ彼女が、自分に同情して深い愛情をくれるのだろうかと。 けれど、セレニスを語る自分の前に、揺らいだ彼女の瞳は。 彼女の瞳に時折見え隠れする、切なげな想いはそうではないことを俺に教えた。 一度疑問に思えば、彼女の想いを知るのは簡単だった。 背中に感じる彼女の視線。求める時にはすぐそばにある彼女の気配。自分を傷つけないように選ばれる言葉。降り注ぐ木漏れ日のような優しさ。 俺が彼女を傷つけても、彼女は俺を癒そうとする。 彼女の背にある天使の翼は、本物だけれど。本当は、彼女の魂にこそ翼がある。罪に汚れた俺さえも、その手でその翼で、必死に救い上げようとしてくれる。 何も求めず。 ただ、愛だけをくれる。 そんな彼女を、どうして愛しいと思わずにいられるだろう。 けれど彼女へ心が傾くたび、セレニスの顔が浮かぶ。 セレニスを愛している。 俺はセレニスを愛している。 呪文のように、俺は決まって自分にそう繰り返していた。 俺が愛する女は、セレニス一人。 大切な、心から愛した、そして俺のせいで魂さえ不幸にしただろう、俺の妻。 なぜ彼女以外の女を愛せるだろう。 そんなことが許されるだろう。 嫌、誰が許しても、俺自身が許せなかった。 それなのに。 フェインは、自分を見上げるエルリアを見た。 お前は、それでもいいと言う。 俺はお前を傷つけたのに。お前の想いを知りながら、セレニスと死ねなかったことをお前のせいだと責めたのに。 それなのに。 俺の求める小さな声を、聞き逃さずにそばにいてくれた。 こんな自分を責めずに、ただ抱きしめてくれる。 愛していると、お前の全てで言ってくれる。 何も応えてやれない俺を。 「……すまん」 「いいえ」 「……エルリア……」 「何も、言わないで……フェイン」 フェインの手を、エルリアがそっととった。 「フェイン、ごめんなさい……。ごめんなさい……」 「何を謝る? 謝らなければならないのは、俺の方なのに」 確かに、彼女を必要としているのに。 決してそう言うことはできない自分。 セレニスを永遠に失った今も、いや、彼女を永遠に失ったからこそ。 おそらく、自分がエルリアに愛を告げられる日はきっとこない。 「フェイン……私には……あなたが必要なのです……」 「エルリア……」 遠く轟音が聞こえてくる。 二人は、それが聞こえてくる遠い空を見た。 禍々しい闇の下、天竜の姿が見える。 「俺は必ず天竜を滅ぼす」 全ては俺の罪が始まりなのだから……。 「はい。……必ず、勝つと信じています。世界は滅びません。……そして貴方も、決して死なない」 死なせない。 エルリアは、ぎゅっと彼の腕を抱いた。 死を苦しみからの解放だと、きっとまだ彼は思っている。 それでも。 それでも、死なせたくない。 失いたくない。 それがどれだけ我儘な望みだとしても。 「私の命と力の全てで、貴方を守ります。いいえ、守らせて下さい」 「やめろッ」 ビクリと翼を震わせたエルリアは、次の瞬間フェインに強く抱きしめられていた。 「……俺は、もう何も失えない……ッ」 失いたくないのではない。 失えないのだ。 この腕の中の温もりを失なうことなどできない。 「フェイン……。ごめんなさい」 エルリアは、そっと彼の背中を抱きしめた。 「私も……私も、死にません。貴方がそう望まないかぎり、私はあなたのそばにいます……。あなたの生きる世界も、あなたの命も、私自身さえ、あなたからは何も失わせません。もう、何一つあなたからは奪わせない……」 天竜との戦いは凄絶を極めたが、フェインとエルリアは大天使の守護を得てそれを滅ぼすことに成功する。 大地よりしばし、闇は去る。 夜明けの光射す大地に、翼を捨てたエルリアは降り立った。 フェインは人となった彼女の手をとった。 滅亡から免れたとはいえ、大地と人に傷痕は生々しく残る。 二人の行く道は、決して平穏では有り得ない。 けれどエルリアもフェインも、自分たちが決して後悔しないことを知っていた。
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