ガブリエル様。 ガブリエル様、私・・・。 この人を、救いたいのです。 たき火の向かい側に座っている騎士を、エルリアは揺れる炎ごしに見つめた。 その荒削りだが、充分に端正な面は何の感情も浮かべていないように見える。 初めて会ったとき、怖そうな人だと思った。がっしりとした体躯は威圧感さえあった。そして、向けられた鋭い眼光。のど元に突きつけられた剣よりも、そこにある押し殺された殺気がエルリアを縛った。 それから。 エルリアは彼に勇者の一人になってもらった。 豊かな大国へブロンは、たびたび隣国ファンガムにその領土を狙われていた。その幾度もの侵攻から自国を守るため、数多くの騎士を持つようになったへブロンは、いつしか騎士の国と言われるようになった。そのへブロンの首都、この世界で最大の都市「不夜城」ヴォーラス。 そのヴォーラスの全ての騎士たちを統括する若き騎士団長、レイヴ・ヴィンセルラス。 名誉も地位も第一の騎士と極めたはずなのに、彼からは明るさや当然あるべき自負が感じられなかった。 エルリアは、それが不思議でなんとなく彼を気にするようになったのだ。 遠くから、多くの騎士を従え先頭を行く彼を見つめることもあった。 もっと誇らしげにしても、かまわないのに。 ただ黙して馬を進ませる彼の姿に、エルリアの胸はなぜか痛んだ。 そして気づいた。 彼が時々、その瞳を苦しげにゆがめる事を。 今も・・・。 炎の影が揺れている、無表情なレイヴの面。けれどそこに、たしかにエルリアは苦悩を見た。 何があったのですか? 何があなたを苦しめているのですか。 問いかけたい想いを、エルリアは飲み込む。 レイヴを包む、拒絶の見えない壁が、触れるなと彼女に叫んでいる。 「・・・・・・」 エルリアは立ちあがると、たき火の周りを回ってレイヴの横に歩み寄った。 「エルリア?」 「・・・・・・」 エルリアは、レイヴの隣に座る。 「こうしていても、かまいませんか?」 エルリアは、そうレイヴを見上げて微笑んだ。 私にもっと力があったら。 そう、エルリアは思う。 もっと天使として優れていたなら、この人を安らげてあげられるかもしれないのに。 何があったのかエルリアは知らない。 けれど、レイヴに苦しまないでほしかった。 そんな、辛そうな目をしないで。 ああ、私にあなたを癒せる力があったなら。苦しみを和らげることができたなら。 だがその方法を知らず、エルリアはただ願うしかできなかった。 苦しまないで。苦しまないで、苦しまないで・・・。 無力な自分が歯がゆくてならない。 ああもっと、世界がこの人を優しくつつんでくれればいいのに・・・。 レイヴはそんな彼女に、冷たく顔を背けた。 「勝手にすればいい」 冷たい、突き放したような声。 けれどエルリアは、ほっと胸を押さえた。 寄るな、と。そう言われるかと思ったのだ。 こんな、苦しみをかすかでも和らげてあげられる力を持たない自分なのに、そばにいることを許してくれたのがエルリアは嬉しかった。 「はい」 喜びの声に、レイヴはエルリアをちらりと見る。 彼がそうやって自分を見てくれたことが嬉しくて、エルリアはにっこりと微笑んだ。 「・・・・・・」 レイヴはふいと、再び顔を背ける。 エルリアの胸がズキリと痛んだ。無視されたからではない。レイヴの姿に消えない苦しみを見たからだった。 エルリアは、涙がこぼれるのを我慢しなければならなかった。 胸が痛かった。 この人の苦しみが、痛い。悲しい。・・・苦しい。 エルリアは初めて知るその感情が何か分からなかった。自分はいったいどうなってしまったのだろう、と思う。 エルリアは傍らの、もう決して振り返ろうとはしない騎士を見つめた。 ガブリエル様・・・。 どうしてだか分からないのです。でも。 そう、エルリアは胸の内でガブリエルに続けた。 私は、この人を救いたいのです。 自分にそんな力はない。こんなことを思うことさえ、おこがましいのかもしれないとも思う。 それでも。 私は・・・・・・。 夜の闇に、遠い虫の音とただ炎のはぜる音だけが響いていた。
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BGM■Sol La
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