| Cold rain |

| あなたの苦しみが代われるのなら 他には 何も望まないのに。 |
| |
激しい雨が、地面を叩いていた。 宿屋の部屋にレイヴの姿を見つけられず、エルリアは雨の中を飛び出した。 天気がよければ翼を使って空から捜すのだが、こう雨が激しくては飛ぶこともできない。 エルリアは彼の姿を捜して、雨の中を歩いた。 翼が水を含んで、重い。エルリアは何度も自分の翼の重みにふらつきそうになる。 レイヴは騎士として優れた腕の持ち主である。彼が一人であったとて、そうそう心配しなければならないようなことにはならない。 それが分かっていても、エルリアはじっとしてはいられなかった。 『エルリア。愛しい幼き天使』 天界での、大天使ガブリエルの言葉が甦る。 『貴女が愛する勇者を想う気持ちは分かります。騎士レイヴを救いたい願いも』 レイヴへの想いの名を知らぬ天使に、ガブリエルはそれを教えず静かに諭した。 『ですがエルリア。一人の人間の魂にまで深入りすることは、わたくしたち天界の者の領域を越えることになります。・・・・・・貴女は天使なのですから、一歩引いた広い視野と心でもって勇者を見守らなくてはなりませんよ』 はい、と応えたのだその時は。 エルリアは天使としての役目を、正しくしっかりと遂行したかった。何より大天使の言葉を素直に受け入れた・・・つもりだった。 大天使の言葉は絶対に正しい。あの方がそうしろと言うなら、そうしなければならないのだ。 けれど・・・・・・。 エルリアは、木々の間にレイヴの姿を見つけた。 「・・・レイヴ・・・!」 剣を振るうレイヴに駆け寄る。 剣の鍛錬をしているのは分かる。だが、何も・・・。 「何もこんな雨の日にしなくても・・・・・・!」 「・・・・・・」 レイヴは応えない。 エルリアは声を上げた。雨の音に逆らって、半ば叫ぶような声になる。 「レイヴ! やめてください!」 「・・・・・・邪魔だ」 「レイヴ!」 どうして。 どうして? こんなにもこの人は自分を責めるようなことばかりするのだろう―! 「―身体をこわしてしまいます!!」 「・・・・・・」 応えない彼を止めたくて、エルリアはレイヴの腕を掴もうとした。 「お願いですから! もうやめて下さい・・・!」 「俺に触るな」 完全な拒絶。 鋭い声に、エルリアの手は止まる。 切り裂かれたように、胸が痛んだ。 そうだ。 自分はいったい何様のつもりだったのだろう、と思う。 エルリアの唇が、雨に濡れた寒さだけではなく小さく震えた。 私は、彼の私的な部分に踏み入れるほどの者ではないのに。 なぜなら、自分はただこの地の守護を命じられた天使で、彼は協力者であるだけにすぎない、ただそれだけの関係なのだ。 それに自分は、天使であるのに、彼の心をほんのわずかも救う術も持たない役立たずな未熟者。 「・・・・すみません・・・」 「俺にかまうな」 短い言葉だけを投げて、レイヴは天使がいないかのように再び剣を振り始めた。 激しい雨が、彼を容赦なく打っていく。 エルリアは胸を押さえた。 冷たくされたことなどは、何でもなかった。むしろ、彼を救えない自分が拒絶されるのは当然なことに想えた。 ただ、彼の姿が胸に痛かった。 彼の辛さが、彼の痛みが、たしかに感じられて苦しかった。 『一歩引いた広い視野と心でもって勇者を見守らなくてはなりませんよ』。 そう大天使は言った。 けれど。 エルリアは雨とは別のもので、頬を濡らしていた。 ―できません、ガブリエル様。・・・・・・この人の傷ついた姿が辛くて、胸が苦しいんです・・・・・・・!! だめなんです。 エルリアは自分の想いの名を知るはずもなく、泣いていた。 この人が、苦しんでいると。 胸がつぶれそうに痛くて。 苦しくて苦しくて、死んでしまいそうなんです・・・・・・!! 冷たい雨が、エルリアをも濡らしていく。けれどそのあまりの冷たさに、エルリアは願わずにいられなかった。 彼を濡らさないで、と。 これ以上、彼の身体を、心を、冷やさないでほしかった。彼を苦しめないでほしかった。 激しい雨は緩む気配もなく、レイヴをたたき続ける。 その姿が、狂おしいほど苦しくて。 ああ、神様! エルリアはきゅっと自らの手を固く握りしめた。 この人の苦しみを、私に代わらせて下さい・・・・・! そうできるなら。 どれほど幸せだろう!? 「・・・・・・レイヴ・・・・・・」 決して振り返らない騎士を、エルリアはただ見つめるしかできなかった。
|
|