Cold rain








震える
お前を抱きしめる




それが許されるなら。












    
 それはまるで、柔らかな光。
 彼女を前にしていると、穏やかなものが心を癒していく。
 レイヴはそれを自覚せずにはいられなかった。
 だがそれこそが、彼が最も恐れることだった。
 心に焼きついた、最期に見たリーガルの後ろ姿。
 この胸に残る苦しみこそが、自分に与えられた罰なのだ。傷を癒されることは、自分の罪を失うこと。
 それは絶対に許されない。
 激しい雨が、彼を濡らしていく。
 レイヴは天を仰いだ。
 もっと降ればいい、と思う。
 この冷たい雨が、天使とともに旅するごとに暖められた心を、どこまでも冷やしてくれればいい。
「・・・・・・リーガル・・・・・」
 いっそ運命が、自分を裁いてくれればいい、と願う。
 今の名誉も、そして地位にも、自分はふさわしい男ではない。
『レイヴ』。
 耳の奥に残る、友の声。
 レイヴは手にしていた剣を、雨をはじく地面に突き立てた。
 なぜ。
「・・・・・・っ」
 なぜ、俺が死ななかった!!
「―神よ、俺をかわりに・・・・・・!」
 どうして俺が残らなかった。
 あの時。
 あの時。
 死の影が見えないはずがなかったのに・・・・・・・!!
「・・・・・」
 レイヴは剣を振るった。
 過去は彼を責め続ける。激しい後悔とともに。
 その時、息をのむ気配とともに、悲鳴のような声が上がった。
「・・・レイヴ・・・!」
 振り返らなくとも、それが誰かすぐに分かった。
 レイヴが今、一番会いたくない者だった。
「何もこんな雨の日にしなくても・・・・・・!」
「・・・・・・」
 レイヴは、天使を無視する。
 エルリアは声を上げた。雨の音に逆らって、半ば叫ぶような声になる。
「レイヴ! やめてください!」
「・・・・・・邪魔だ」
 レイヴは、彼女の優しさを受けたくなかった。
 自分を見つめる天使を見たくなくて、レイヴは彼女を向かない。
「レイヴ! ―身体をこわしてしまいます!! ・・・・・・お願いですから! もうやめて下さい・・・!」
 レイヴは、エルリアの手が伸ばされるのを感じて口を開いた。
「俺に触るな」
 完全な拒絶。
 激しい雨だけが、二人の間で音をたてる。
「・・・・・・」
 レイヴはエルリアを見た。
 柔らかな翼は雨に濡れ、水を含んで重く垂れている。長い黒髪はべったりと頬や肩にはりついている。華奢な身体は、雨の激しさに今にも壊れそうに思えた。
 吐く息は、かすかに白い。
「・・・・すみません・・・」
 そう、弱々しく、だが、彼女は微笑んだ。
 冷たい雨に、小さな肩がかすかに震えているのに彼女は気づいていないらしかった。
 レイヴはぐっと唇を噛んだ。
 雨に濡れそぼり、だが懸命に自分を想いやる天使にレイヴは無理やり顔を背けた。
 そうしないと、抱きしめてしまいそうだった。
「俺にかまうな」
 わざと冷たく言い放って、自分を抑える。
 離れない視線を振り切るように、剣を振り始めた。
 レイヴは自らの気持ちに気づき始めていた。
 恋なのか、人間としての信頼なのか、それとも妹を想うような気持ちなのかは分からない。
 けれど、今、彼女がどうしようもなく愛しかった。
 この雨に震える彼女を、ただ、抱きしめてやりたかった。
 彼女を抱きしめる腕を、許されているなら。
「・・・・・・レイヴ・・・」
「・・・・・・・」
 レイヴは決して天使を振り返らなかった。

END