| 目覚めた後に・・・ 中編 |
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| 「・・・と言うことだ」 キュアン達にシグルドは今回の作戦を説明する。シグルドはレヴィンを見た。レヴィンは前線を途中で離れ、村の守護に向かうというもだった。 レヴィンは机上に広げられた地図でその位置を確認し、頷く。 「分かった」 「頼む」 シグルドは言い、その横でキュアンは地図をくるりと巻いた。 シグルドは部屋に集まった皆を見回す。 「―以上だ。皆、ご苦労だった。部屋に戻って休んでくれ」 部屋の中にざわめきが戻る。 「王子」 フュリーはおずおずとレヴィンに近寄った。 「レヴィン王子」 「なんだ」 「王子、お手紙を頂けますか?」 「・・・・・・なんのことだ?」 レヴィンはとぼけたように言う。あさっての方を見るレヴィンの目が、心当たりがないのではないことを表していた。 「夕方までに王子にお手紙を書いてくださるように、昨日お願いしたじゃありませんか」 明日ラーナ女王に今の状況を書いた書簡を送る予定なのだ。定期的に書簡を送っているフュリーだったが、レヴィンは一度も女王あての文を書いたことはない。 それではあまりに女王が寂しいだろうし、事実、フュリーは姉のマーニャから再三レヴィンに母親へ手紙を書かせるよう手紙で言われていた。 「忘れてたんだ」 レヴィンは言う。 だがそれで引き下がっては、また手紙がもらえないだろうと、フュリーは更に一歩乗り出した。 「では、今から書いてください」 「・・・フュリー」 嫌そうに、レヴィンは眉をしかめる。だがここでフュリーは引くわけには行かなかった。 「レヴィン王子。ラーナ様は王子のお手紙を待っていらっしゃるんです」 「俺のことはフュリーが書いて送っているんだろ」 「でも、王子ご自身のお手紙とは違います」 フュリーは言い募るが、レヴィンはいい返事をしない。 それをなんとは無しに見ていたシグルドが、口をはさんだ。 「レヴィン。フュリーの言うことはもっともだと思うが? 君自身の手紙を見れば、ラーナ様も安心だろうしお喜びになる」 「わたしもそう思うな」 キュアンがそう言う。レヴィンはシグルドとキュアンを恨めしげに見て、くしゃり、と前髪をかき上げた。 「―分かったよ」 「王子」 フュリーは喜色を浮かべかけるが、レヴィンが大きくため息をつくのに顔をかたくする。レヴィンはフュリーを見た。 「―お前、ちょっと卑怯じゃないか? こんな場所で言うなんて」 その冷たい声が、フュリーの胸に刺さる。 シグルドがそんなレヴィンに何か言う前に、エスリンが憤りの声を上げた。 「そんな言い方ないでしょ!?」 「やじ馬根性で他人の事に首を突っ込むのはやめてくれ。今はそんな時じゃないだろ」 エスリンがレヴィンとフュリーの事を気にしているのに気づいていたのか、そうレヴィンは冷たく言う。 決してやじ馬根性などではないつもりだが、それでもレヴィンの言葉も至極最もに思えて、エスリンは目を伏せた。 「レヴィン」 咎める色を隠せずにシグルドが口を開く。それを、キュアンは軽く手を挙げて制した。 シグルドはキュアンを見、キュアンが静かに頷くのに軽く頷き返して、エスリンの肩に手を伸ばしながらまだ部屋に残っている仲間を見回した。 「さ、皆解散してくれ」 そして自らもエスリンを促すようにして、仲間たちの後に部屋を出ていく。 それに続こうとしたレヴィンを、キュアンが呼び止めた。 「少しいいかな」 「・・・・・・」 レヴィンはキュアンを振り返り、足を止める。フュリーはそんな彼らを気遣わしげに見たが、そこに残ることができない空気にしかたなく部屋を後にした。 ぱたん、と背後で扉が閉まる。 「・・・・・・」 フュリーは顔を伏せた。 いつからだろう、と思う。 あの綺麗な瞳を前に、胸が震えるようになったのは。 幼い頃から仕えてきた王子。 はじめは忠誠や敬愛や・・・そんな想いだったはずなのに。 「・・・・・・ダメよ、フュリー・・・」 あなたは騎士でしょう? レヴィンは自分にとって女王と同じ主君だ。 自分がこんな想いを抱いていい相手ではない。 フュリーはもう一度扉を振り返ると、静かにそこを離れた。 「君が何に苛立っているのかは知らないが、周りにあたるのは感心しない」 キュアンの厳しい声音に、レヴィンは肩をすくめる。 「・・・悪かった」 しかしそう言った時の目は真面目だった。 「今度から気をつけるさ」 「レヴィン、君も分かっていると思うが」 そう口調を和らげたキュアンを、レヴィンは見た。 「何だ?」 「フュリーのことだ」 「なっ!? 俺は別に、フュリーを・・・」 あせるレヴィンにキュアンは呆気にとられ、そしてふっと柔らかく笑んだ。 「フュリーは君のためを思ってあれこれと言っているのだと、そう言おうと思ったのだが・・・」 「う・・・・・・」 「なるほど。そうか」 よかったな、エスリン。 キュアンはそう個人的なことを胸に呟く。 レヴィンは赤くなったり怒ったような顔をしたりしていたが、観念したように大きく息を吐いた。 「・・・・・・そうだよ。俺は・・・あいつが・・・」 「ならばなぜあんな態度をとる」 子どもでもあるまいし、とキュアンは言外に含ませる。 レヴィンは視線を外した。 「あんなふうに振る舞わなければ、言ってしまいそうになる」 好きだ、と。 そんなレヴィンを、キュアンは不思議そうに見た。 「なぜそれがいけない?」 「キュアン、お前がもし俺の立場なら言うか? エスリンがお前の臣下だったら」 「・・・・・・」 それにキュアンは応えなかった。 レヴィンは叩き付けるように言う。 「言えるわけないだろ!? ―それじゃあ、命令になってしまう・・・!」 自分が好きだと言えば、拒めるわけがない。 忠誠が厚い騎士ならば尚更だ。 「・・・フュリーも、君のことを想っていると思うが」 ためらいがちなキュアンのその言葉に、レヴィンは首を振った。 キュアンは続けて言う。 「このままでいるつもりか」 「・・・こんな時だ。そんな事に時間を割いてる時じゃないだろ」 レヴィンは言ったが、それはどこか言い訳めいた響きがあった。 キュアンは小さく息をつくと、踵を返す。 「君の問題だ、君の思うようにすればいい。―だが」 キュアンは扉に手をかけ、レヴィンを振り返った。 「明日を約束された人間はいない。・・・君はこんな時だと言ったが、こんな時だからこそ尚更だ。・・・・・・何かあった時・・・レヴィン、君はそれで後悔しないのか」 「・・・・・・」 黙り込むレヴィンの応えを待たず、キュアンは部屋から姿を消した。 レヴィンの耳に、扉の閉じられた音が届く。 「・・・・・・後悔、か・・・・・」 レヴィンはそう呟いた。 さっきのフュリーの、悲しげな顔が浮かぶ。 ズキリ、と胸が痛んだ。 いつからだろう、と思う。 あの風に揺れる髪に、触れたいと思うようになったのは。 幼い頃から自分のそばにいた彼女。 はじめは妹のような愛しさや親しさや・・・そんな想いだったはずなのに。 「・・・・・・ダメだ、やっぱり・・・」 あいつは騎士だ。 自分はフュリーにとって女王と同じ主君だ。 彼女が自分に好意を持っているのは分かる。だが忠誠心と、愛情とは違う。 『後悔しないのか』 ふいに、キュアンの言葉が浮かんだ。 けれどその答えを、レヴィンは見つけられなかった。 そしてそのまま数日が過ぎ、作戦は決行された。 |
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