夢の果て | |
『エアリス・ゲインズブール』 その存在が、ツォンの心の中で無視できないほど大きく育っていた。 その感情がどういった種類のものなのか、分からないほどツォンも子どもではなかった。 自分の立場を忘れるわけにはいかない。 <古代種を拉致せよ> それが自分の任務だということは分かっている。 エアリスがまだ幼いころから、その探索に携わってきたのだ。 ツォンは、プライベートを捨ててまでも、エアリスの捜索活動と監視に全てを注いだ。 けれど、それがその後、自分の心にエアリスを住まわせてしまうことになってしまうとは思いもしなかった。 心の葛藤が表に出てしまえば、常に冷静な判断の下で行動している自分を失ってしまう。 「いっそのこと、この気持ちを認めてしまえば、楽になれる」 頭の中で誰かの声が響く。 ツォンの中に棲む、もう一人の自分なのか、それとも別の誰かなのか、そんなことはどうでもよかった。 ツォンは、自分のエアリスへのこの感情を認めてしまうわけにはいかないのである。 『自ら見守ってきた花を手折るわけにはいかない』 ツォンはそう思って自分の気持ちを抑えてきた。 しかし、その決心もエアリスの、全てを飲み込んでしまう深淵のような瞳を見てしまえば、揺らいでしまう。 ツォンは自分を保つために、わざと冷たく振る舞う。 そうしていなければ、堅く閉ざされた唇にくちづけてしまいそうになる。 自分を睨みつけるその瞳を、快感に潤ませてみたくなる。快楽に支配された彼女の姿態が見たくなる。 そんな、やりたい盛りの少年のような時期は、とうに過ぎ去ってしまったはずなのに・・・・・・。 エアリスを包む空気は静謐で汚れなく、側にいるとツォンは、穢れた獣のような自分をまざまざと見せつけられる。 エアリスの安らかなオーラに触れれば、自分の想いも浄化されるような気がした。 少し乱暴な様子で、その腕を捕まえる。 激しく抵抗するエアリスを、抱きしめて囁く。 「少しでいい、このままでいさせてくれないか」 エアリスの髪が柔らかく、頬をくすぐる。 抱きしめたエアリスの身体は華奢で、ツォンの腕ではあまってしまう。 あたたかく立ちのぼる甘い香りに、心が癒されてゆく。 「エアリス。どうやら私は、君が好きなようだ・・・・・・」 ツォンは気がつけば、心の奥の本音を口に出してしまっていた。ずっと隠したままでいようと思っていた、消してしまおうと思っていた気持ちを・・・・・・。 驚いたようにエアリスの身体がピクッとはねる。しかし拒絶する意志はないらしく、ツォンの腕から逃れようとはしない。 しばらく続いた沈黙を破るように、エアリスは、その腕をツォンの背中に回した。 「今、ちょっと驚いてる。でも、嫌じゃなかったの。だからきっと、わたしもあなたが好きなのかもしれない。それが恋愛感情かどうかはまだ分からないけど」 今度はツォンが驚く番であった。 「ゆっくり考えられるように・・・・・・この気持ちがどういうものなのか、ゆっくり考えられるように、もう少し、このままでいて・・・・・・」 信じられない思いで、ツォンはエアリスを抱きしめる腕に力をこめた。 エアリスはツォンの腕の中で、彼の香りを確かめるように深呼吸して、目を閉じた。 抱きしめてくれる腕をうれしいと感じながら・・・・・・。
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