| 伝えたい想い W |
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| 胸が痛い。 胸が痛い。 嫌われるより憎まれるより、本当は諦められるほうが怖い。突き放されて、いらないのだと思われるほうが苦しい。町で行き交うその他大勢の人間のように接せられたら、そんなふうに思われたら、耐えられない・・・・・・。 メイはきゅっと唇を噛んだ。 泣いてしまいそうだった。 自分はこんなに憶病な人間ではなかったはずだ。自分はもっと強いはず。 そう、言い聞かせる。 それでも。 レオニスのあの冷たい瞳が脳裏から離れない。 「メイ!」 シルフィスが、メイを見つけて駆けつけて来た。 メイは、ハッと顔を上げる。 「・・・シルフィス」 「メイ」 シルフィスはメイの前に立ったが、何と言葉をかけたらいいのか分からない。 メイはえへ、と笑った。 「追いかけてきてくれたんだ」 「ええ・・・」 「さっすが、持つべきものは友、だよね!」 「・・・・・・」 シルフィスはハンカチを取り出すと、噴水の水に浸してから軽くしぼった。 それを、メイの頬にあてる。 「冷やしておいたほうがいいですよ」 柔らかな、いたわるようなシルフィスの声にメイは微かに目を伏せる。 「うん・・・ありがと」 「メイ!? その手!」 メイが頬にあてたハンカチに伸ばした手を、シルフィスはとった。 メイはあわてて手を引こうとしたが、シルフィスの手がそれをさせない。 「―ひどい火傷だ! ―あ、もしかして、あの時の・・・」 あまりにも至近距離でファイアーボールを放ったせいで、メイの両手は火傷していた。 メイは小さく舌を出す。 「うん。あ、でもすぐに治癒魔法かけるつもりだったからさ」 「でしたら早くかけてください」 シルフィスはこの時ばかりは、自分が魔法を使えない事を呪った。 メイの小さく華奢な手が、およそ正視に耐えないほど焼けただれていた。 メイは呪文を唱え出す。 「・・・あれ?」 そう言葉に出したつもりだったが、シルフィスの耳には何か呻いたようにしか聞こえなかった。 「メイ?」 シルフィスは動きの止まったメイを怪訝に見た。 メイは口を覆った。 ・・・やだ、気持ち悪い・・・・・・。 頭がガンガンする。 視界が歪んだ。 「メイ!」 帰れ。 浮かんだのはレオニスの声。 閉じた瞳から、一粒涙が零れた。 ・・・・・・どこに帰れっていうのよ。 この世界で帰る所なんて、自分にはレオニスの所しかないのに。 ・・・レオニスの馬鹿やろー・・・ 「―メイ!?」 シルフィスは倒れたメイを、抱き留めた。 「メイ!!」 呼ぶが、反応がない。 シルフィスはメイをそのまま抱き上げると、魔法研究院へと駆けた。 「―っつうわけでご苦労さん」 シオンは鐘の音が鳴り終わるのを待って、そうレオニスの肩を叩いた。 神殿での事後処理は全て終わり、今は王宮に戻ってきている。 レオニスと顔をあわせていたくないのか、ディアーナは早々に自室へ戻ってしまっていた。 「さっさと帰って嬢ちゃんと仲直りしてきな」 これからレオニスは新年の休暇に入る。 セイリオスも目を通し終わった報告書を揃えながら、レオニスに言った。 「はやく戻ってあげるといい」 「・・・・・・」 レオニスはぴくりと扉の方を見た。 少しして、バタバタと騒々しい足音が近づいてくる。 レオニスはため息をついた。 扉がノックされる。 セイリオスは苦笑しながら入室を促した。 「隊長!」 扉を勢いよく開いて顔を出したのは、レオニスたちが想像したとおりの少年だった。 「・・・騒がしいぞガゼル。こんな所までなんの」 「それどころじゃないって、隊長! メイがたいへんなんだよ!!」 「嬢ーちゃんが?」 「ひどい状態で意識がなくって、今魔法研究院にっ」 ガゼルの言葉を最後まで聞かず、レオニスは駆け出ていってしまう。 セイリオスとシオンも顔色をなくしていた。 「それで、メイの容態は」 「魔法研究院だな!? ―オレが行ってやる」 「―魔法研究院に・・・・行って治癒魔法がきいたからもう大丈夫なんです」 「・・・・・・な、なんだそりゃ?」 シオンは上着片手に、がくりと力を抜く。 セイリオスは小さく息をついた。 「それはよかった。が、先ほどの言い方では・・・」 「すみません、殿下。だってさ・・・」 ガゼルはレオニスを本当に尊敬している。メイを叩いたのには驚いたが、それさえレオニスのすることだから何かきっと深い考えがあるんだろうとも思う。 けれど。 「シルフィスが。あんなに青くなって、メイのことすげー心配して、本当に辛そうだったから」 たとえレオニスでも、シルフィスを苦しめたのだけは許せなかった。 「・・・・・・隊長も、少しぐらいあわてたっていい、なんて・・・・・・」 それでも自分がやってしまったことに嫌悪を感じたのか、ガゼルの声は苦しそうになる。 セイリオスは少年の心を軽くするように、小さく笑った。 「でも、わかるよ君の気持ち。私も同じだからね」 セイリオスの場合は許せない、というよりどうしてレオニスは上手くやっていかないんだ、という気持ちに近い。 友人であるメイのことを想ってそう思うのもあるが、やはりそれよりメイが傷ついてディアーナが苦しむのを見たくないから、という思いの方が強い。 シオンはバンバンとガゼルの背中を叩いた。 「気にするなって! あいつにはいい薬だ」 心底からの幼なじみの言葉に、セイリオスは苦笑した。 「―この、大馬鹿野郎!!」 目覚めてすぐの第一声に、メイは眉を寄せた。 「・・・怒鳴らないでよ、キール。頭に響く〜」 「当たり前だこの馬鹿!」 キールは本気で怒っているようだった。 「後少し遅れたら、両手を切断しなければならない所だったんだぞ!!」 「へ? ・・・ひえ〜」 ようやく事の重大さに気づいたらしいメイに、キールは大きく息をついて見せた。 「・・・・・・それに、シルフィスから聞いたぞ。そんな相手の懐でファイアーボールぶっ放すなんて、運が悪ければ上半身丸焦げだったところだ」 「―気持ち悪い表現しないでよ〜」 「気持ち悪いも何も、本当のことだ」 「うう、ごめん。もうしない」 「当然だ」 キールはきっぱりと言う。 メイは辺りを見回した。 「シルフィスは?」 「お前が無事治癒できたのを見届けてから、騎士団の方へ戻った。任務の途中を抜けてきたようだからな」 「そっか。・・・悪いことしちゃったな」 「とにかくもう少し寝てろ」 キールは軽く、メイの額を押した。 ぱたん、とメイはベッドに倒される。 メイは掛け布団を引っ張り上げようとして、自分の両手に包帯が巻かれていることに初めて気づいた。 キールはメイに掛け布団を直してやりながら言う。 「完全に治癒まではいっていない。後何度か治療したら、跡も残らなくなるだろう」 「うん。・・・ありがと、キール」 「・・・・・・それから」 「?」 布団を直し終わったキールはベッドから離れた。 「・・・頬の腫れも治しておいたから」 「あっ」 「・・・・・・」 シルフィスが言ったわけではないのだろうが、キールにはだいたいの事が分かったらしかった。 キールは視線をはずして言う。 「女を殴るなんて、最低な男だな」 その言葉に、メイは怒ったり同意したりする前に、笑ってしまった。 「キールがそんな事言うなんて何か変〜」 「・・・・・・」 だがメイは、向けられた真剣な目に黙ってしまう。 キールは小さく拳を握った。 意識のない時、メイは泣いていた。 小さく呼んでいたのは、レオニスの名前。 「俺なら・・・」 俺なら、お前をそんなふうに泣かせたりしない。 「キール?」 「―なんでもない。はやく寝ろ」 言って、キールは部屋を出た。 少し行った所で、こちらにやって来るレオニスとすれ違う。 メイのいる部屋は入り口で聞いているのだろう、キールには気づきもしない様子で駆けていった。 キールはその背中を振り返る。 俺のほうが、メイとは長いつきあいなのにな。 そしてその浮かんだ思いに、苦笑する。 「・・・・・・馬鹿馬鹿しい」 キールは前に目を戻すと、自分の研究室へと向かった。 バン、と扉を開け放ったレオニスは、驚いて飛び起きてこちらを見るメイを認めて安堵の声を漏らしそうになった。 開けた扉に肩をあずけたまま、片手で顔を覆う。 「・・・・・・」 「あ、の」 レオニスほどの騎士が、荒い息を繰り返しているのを見て、メイは彼がどれだけ急いで駆けてきたのかが分かった。 もしかして、自分を心配して? 「レオニス・・・?」 「・・・・・・」 レオニスは肩で息をしながら顔を上げた。 「・・・・・・」 レオニスはメイにゆっくり近寄る。 「レオニス?」 レオニスはメイを抱きしめた。 「・・・・・・よかった・・・・・・!」 耳元で震えるその声に、メイは泣きそうになった。 「なら、どうしてあんな事言うの!?」 メイはレオニスを突き放す。 「いつもいつもいつも! あたしばっかり、苦しくて、心配して、もういらないんじゃないかって悲しくて!!」 感情が抑え切れなかった。 ぱたぱたと、涙が頬をこぼれ落ちる。 「―ずるいよ! 不公平だよ! あたしばっかりがレオニスのことが好きなんだもん!!」 胸を叩く恋人を、レオニスは抱き寄せようとする。 だがメイはその手を払いのけた。 「いつだって! あたしばっかりが!!」 泣きながら身体中で拒否するメイに、根気よくレオニスは何度も手を伸ばす。そして、メイの振り回す腕が一瞬止まった隙に彼女を胸に抱きよせた。 「―愛している」 「嘘ばっかり!」 「本当だ! ・・・信じてくれ」 レオニスは伝えられない想いがもどかしかった。 自分がどんなにメイを愛しているかを、目に見えて示せるならばどれだけ簡単だろう。 メイは嫌々をするように、レオニスの背中を叩いた。 喧嘩をすると―たいていメイが一方的につっかかっているだけなのだが―、いつもレオニスが自分を抱きしめて愛しているの一言で終わってしまう。 けれど今度ばかりは。 「そんなことではぐらかされたりしないんだから・・・!」 メイはしゃくりあげた。 あの時の、レオニスの鋭い瞳。 「あ、あたしの気持ちも、考えてよっ」 「私の気持ちも考えてくれ・・・!!」 レオニスの初めて聞く狂おしい声に、メイはぴたり、と動きを止める。 涙に濡れた目で、レオニスを見上げる。 レオニスの瞳は、苦しげに歪んでいた。 「私の前で、お前が剣の下に煙に消えた時、どんな想いだったか! 私は近衛騎士として王族の側に控える時、私個人として動くことはできない。守るべき者と、守りたい者は違う。どれだけお前を助けたくとも、助けに行くことができないんだ・・・!」 いつだって守ってやりたい。 本当はこの腕の中で、どんな危険からも、冷たい風からさえ大切に守っていたい。 自分の胸の中で、じっとしていられる娘ではないと分かっていても。 「手を伸ばせば届くほどの距離にいても、何かあった時にお前を守れない」 それがどれだけ辛いか。 どれだけの恐怖を感じるか。 本当は、自分こそがメイを失うことに耐えられないのだ。 「・・・・・・。やっぱり、分かってないよ」 メイは涙を拭った。その瞳は、笑っている。 「レオニスはちゃんと、守ってくれてるよ」 「メイ・・・?」 「殿下とディアーナは、あたしの大切な友だちだもん。二人にもしものことがあったら、あたし、普通じゃいられなくなっちゃうから」 メイはにこっと笑って、自分の胸に手を添えた。 「レオニスはね、さっきの神殿の時だってちゃんと、あたしの心を守ってくれてたよ」 「・・・・・・・・・」 レオニスはもう一度メイを抱きしめた。 しばらく二人は互いのぬくもりを確かめるようにして、静かに抱き合う。 レオニスは、そしてそっとメイの頬を指で撫ぜた。 「すまなかった。痛かっただろう」 「ちょっとね」 メイは笑った。 レオニスはメイの包帯に巻かれた手をとった。 「・・・・・・。とりあえずは、明日から3日間はお前専属の騎士だ。どこに行きたい?」 「レオニスと一緒なら、どこでも嬉しいけどね、あたしは」 メイはレオニスの頬をそっとはさんだ。 とりあえずは、と続ける。 「明けましておめでとう、レオニス。今年もよろしくね」 「ああ」 そう、レオニスはいつも通り頷き返して終わろうとし、思い直したように続けた。 「おめでとう。今年もよろしくな、メイ」 「うん」 そして、新年最初のキスを二人は交わした。 しかしこの後もやはりレオニスは近衛の任務中にメイが現れるのを嫌がり、何度か周りを巻き込んで同じようなことを繰り返すこととなり、さらにレオニスはディアーナにメイと結婚する許しをもらうのにかなりな時間を費やさなければならないことになる。 ともあれ、恋人たちは幸福な気持ちで新年最初の一日を終えたのだった。 |
END