ONLY YOU




求めてくれる何倍も強く
本当は自分こそが求めてる



「帰ったら驚くぞ〜」
 メイは綺麗にセッティングされた食卓を見渡した。
 今日はレオニスの誕生日だ。
 今朝出がけのレオニスの様子では、自分の誕生日だということに気づいてないらしかった。
 レオニスらしいといえばらしいが。
「えっと、全部OKだよね」
 後はレオニスが帰ったら、温めればいいだけだ。
 メイはもともと料理は得意な方である。
 が。
 こちらの器具や調味料などに不慣れだったせいか、よく失敗していた。
 でも今日は完璧だった。
 うん、と満足げにメイは頷いた。
 レオニスに内緒で何度もこのメニューを練習してきた成果だ。
 鶏肉の香草焼き、ブロッコリーとジャガイモ後色々の温野菜のサラダ、パンプキンを煮詰めてつぶしミルクを加えたポタージュスープ。スライスしたジャガイモにはさんだすり下ろした魚をとろけるチーズとメイ特製クリームソースと一緒にパイで包んだもの。
 それからそれから。
 バースデーケーキ。
 レオニスは甘いものが好きではないから、工夫に工夫をこらして。
 うんと濃いカカオを使って、コクのある薫りと苦味がおいしいチョコレートケーキを。
「あたしって天才♪♪」
 その出来栄えに、メイの口元がほころぶ。
 喜んでくれるかな。
 喜んでくれるよね。
 レオニスと恋人同士になれて、初めてのバースデー。
 メイはうきうきと窓辺に近づいた。
 ここからなら、帰ってくる彼の姿がすぐに分かる。
 これを見たら、どんな顔をするだろう?
 『ありがとうメイ! 嬉しいよ!!』
 なんて。
「ちょっと・・・無理か」
 メイはくすくすと笑ってしまう。レオニスのことだ、素直に感激を表わすなんてありえないだろう。
 けれど。
 きっと笑ってくれる。
 メイの好きな、優しい瞳になって。
「・・・はやく、帰ってこないかな・・・」
 メイは椅子を引っ張ってくると、その窓辺に座った。
 こんなに人を好きになれるとは知らなかった。
 メイは今では運命とキールに感謝している。
 この世界にこれてよかった。
「レオニス」
 大好き。
 胸で呟いて、メイは一人、照れて笑ってしまう。
 こんな幸福な気持ち。
 レオニスを想う。
 楽しくて、少しおもはゆくて、なぜだかじれったくて。切なくて、嬉しくて、そして愛しかった。


 新年祭についての話が終わった後、レオニスが退出する前に軍団長が口を開いた。
「―今夜、空いているかね?」
「? はい。それが何か」
「これからわたしの屋敷に寄ってくれないか」
「屋敷に、ですか」
「うむ。娘に、どうしても君をつれてくるように頼まれてね」
「・・・・・・。申し訳ありませんが、私には・・・」
 以前断り切れずに見合いしたものの、それは一度限りという約束であった。
 それに今は自分には恋人がいる。
 レオニスがメイのことを言う前に、軍団長は大きく頷いた。
「もちろん、君があの少々有名な異世界の娘とつきあっていることは知っている」
 本当は少々どころではないのだが、気を使ってか、そう軍団長は言った。そして続ける。
「だが、君はまだ若い。結婚を考えてただ一人とつきあうのは、はやいのではないかな?」
「・・・・・・」
 見合いを勧めた時とは正反対の言葉だ。
 レオニスは目の前の男に気づかれないように、小さくため息をついた。
「・・・お言葉ですが、私は彼女以外の女性とつきあうつもりはありません」
「まあ、それはどうでも良い」
 そうあっさりと軍団長はレオニスの言葉を受け流してしまう。
 どうでも良くないわよ! とメイあたりなら言い返している所だが、レオニスにそれが出来るはずもない。
 レオニスは疲れたように口を閉ざした。
 軍団長はレオニスに、にっこりと笑む。
「頼む。娘に今朝約束させられてしまってね。なに、ほんの少しでいいのだ」
「・・・・・・わかりました」
 怒ったメイの顔が一瞬脳裏をかすめたが、レオニスはその彼女に謝りつつそう応えた。
 ここまで軍団長に言われては、レオニスには断れない。
「少し寄るだけでしたら」
「ありがとう、恩に着るよ」
 少しも恩に着ているとは思えない軍団長とともに、レオニスは宮を出た。
 夕焼けが街道を茜に染めていた。
 馬車で少し行くと、すぐに軍団長の屋敷に着いた。
 門でレオニスは少し待たされる。
 しばらくして軍団長の娘と母親自らがレオニスを出迎えに来た。
「こんばんは、レオニス様」
「こんばんは。・・・・・・」
 申し訳ありませんが、すぐにでも失礼させて頂きたいのですが。
 その言葉が出る前に、娘が早口に言った。
「来てくださって嬉しいですわ、レオニス様。さあ、中にお入りになって。お食事が冷めてしまいますもの」
「食事? いえ、私は―」
「さあさあ、どうぞ。私も嬉しいですわ、ご一緒できるなんて」
 やんわりと、だが否を言わせない調子で母親がそう言う。
 娘は満面の笑顔で、頷いた。
「シェフに腕によりをかけて作らせましたの。わたくし、レオニス様とお食事ができるなんて嬉しくて、朝から楽しみにしていました」
「・・・・・・」
 あの、タヌキ親父め。
 珍しく、レオニスは内心そう毒づいた。
 その軍団長は、動じることなくにこやかにレオニスを促す。
「さあ、入ってくれたまえ。遠慮は無用だ」
「・・・は。ありがとうございます・・・・・・」
 しかたなく、レオニスは門をくぐった。


「・・・遅〜い! 遅い!!」
 メイはふくれる。
 もう完全に陽は沈み、街は明かりが灯っていた。
 窓辺にいるとかなり冷えてくる。
 メイは椅子の上で膝を抱えた。
「・・・・・・遅いゾ、レオニス」
 レオニスも自分を好きだと言ってくれる。
 けれど、レオニスが自分を好きでいてくれるよりも、何倍も自分の方がレオニスを好きだ、とメイは思う。
 レオニスが想ってくれている何倍も、自分の方がレオニスを必要としている。
 レオニスだけを愛している。
「何度も温めてたら、不味くなっちゃうじゃないよ〜」
 雪が、降りだしていた。
 こんな夜には、世界でたった一人になってしまったような気分になる。
 メイは瞳を閉じた。
 レオニス、レオニス。
 はやく、帰ってきて。
 レオニス。
 ひどく、彼が恋しかった。


 豪華な食事を口に運びながら、レオニスはなるべく正面に座っている娘と目を合わせないように努めていた。
「お口にあいませんか?」
 娘が、不安そうに言う。
 レオニスはしかたなく目を上げた。
「いいえ。美味しいです」
「よかった」
 ほっと微笑む娘は、とても美しい。
 彼女はかなり美人だと思う。軍団長の自慢はあながち親の欲目ばかりではなかった。
 レオニスが思い返しても、彼が知る女性たちの中でも五指には入るだろう。
 レオニスは内心ため息をついた。
 それなのになぜ、自分などに好意を寄せるのだろうか。
 もっとふさわしい男はいくらでもいるだろうに、と自身の魅力には無頓着なレオニスは思う。
 彼女の気持ちを嬉しいとは思えなかった。
 はやく、私などから興味を失ってくれればいいものを。
「そうでしたわ。まだお祝いを申し上げていませんでしたわね」
 娘のその言葉が、レオニスの思考を途切らせる。
「? なんでしょうか」
「まあ、ご自分の誕生日をお忘れですの?」
 可愛らしく、娘は笑った。
 しかし、レオニスは笑えなかった。
 ―しまった!
 メイの顔が浮かぶ。
「レオニス様?」
 ハッと我に返ったレオニスは、娘を、そして軍団長を見た。
「申し訳ありませんが、急用を思い出しました。これで失礼いたします」
 食事中に席を立つ非礼をわびる。
 驚く面々に話す時間を与えず、レオニスはさっと席を立った。
「今日はお招き、ありがとうございました。―では」
「―待ちたまえ」
 その軍団長の言葉に、聞こえないふりをする。
 レオニスは足早に出ていった。
 門を出た所で、娘が駆け出てきた。
「レオニス様!」
「・・・・・・」
 息をつき、しかたなくレオニスは振り返る。
 娘はレオニスを見上げた。
「異世界の娘が待っていらっしゃるのですね?」
「・・・・・・。はい」
「なぜです?」
 娘は、今にも泣きそうな顔をしていた。
 さすがに、レオニスの胸が痛む。
 が、それは次の彼女の言葉に消えた。
「なんの取り柄もない、いいえ、礼儀の何も知らないがさつな娘ではありませんか。美しくもない、身分もない、教養も何もない。目をお覚ましになって、レオニス様。貴方はもの珍しい者への興味を愛情と勘違いなさっているのですわ」
「・・・たしかに。貴女のように彼女より美しい女性も教養のある貴婦人も多くいるでしょう。けれど彼女は一人しかいない。この世界に・・・いいえ、全ての世界を含めても、彼女は一人しかいない」
「・・・・・・」
「・・・失礼します」
 冷たいとも言える声を残して、レオニスはその場を去った。
 雪の舞い降りてきた街道を急ぐ。
 レオニスは自分の屋敷につくと、急いで門から中に入った。
 明かりの漏れるリビングへと進む。
 上着を脱ぎながら、扉を開けた。
「・・・・・・メイ」
 窓辺につけた椅子の上で、メイが丸くなって眠っていた。
 レオニスは上着を置き、メイに近づいた。
 食卓の上にはおそらくメイが一生懸命作ったのだろう御馳走が並べられている。
「・・・メイ、すまない」
 そっとメイの髪に触れる。
 窓辺にいたせいか、ひやりと冷たくなっている。
 レオニスは彼女をそっと抱いた。
 愛しい。
 そう、想う。
 かすかにメイは身じろぎし、そして目を覚ました。
「レオニス。―遅い〜」
 怒ろうと思っていたのだが、レオニスの心底悪かったと思っていそうな目に、笑ってそう言ってしまう。
 レオニスは少し目を伏せた。
「すまん」
「も、いいよ」
 メイは立ち上がり、レオニスの頬を両手で包んだ。
 にこり、と笑う。
「お誕生日おめでとう、レオニス」
「・・・・・・」
 レオニスは優しく目を細めた。
「ありがとう」
「さ、食べよ。今温めるね」
「ああ」
「それとも、食べてきちゃった?」
 鍋に寄ったメイが、少し心配そうにレオニスを振り返る。
 レオニスは静かに首を振った。
「いや」
「そう? よかった」
 メイはこぼれそうな笑顔を見せてから、レオニスに背を向けて火をかけだす。
 レオニスはそんなメイを見つめた。
 彼女は一人しかいない、そう言った自分の言葉が甦る。
 そう、メイは一人しかいない。
 他の誰も代わりにはなれない。
 メイは自分を好きだと言う。けれど自分こそが、彼女を何倍も愛している。
 そう、レオニスは思う。
 本当は自分のほうこそが、彼女を必要としている。
 メイを失うことなど、考えられない。そうなったら、自分がどうなってしまうのか分からなかった。
 自分が生まれてきてよかったと思う。彼女が生まれてくれてよかったと思う。
 優しさやぬくもりや明るさや・・・そんな光の全てが彼女だった。
「メイ」
「? 何?」
 明るく、メイが振り返る。
 レオニスは少し笑った。
 ここに、愛しい世界の全てがあった。
「・・・いや、何でもない」
「? 変なの〜」
 笑って、メイは再びレオニスに背を向ける。
 レオニスはかすかにそんなメイに笑んだ。
 お前が想ってくれるよりきっと、私のほうがお前を想っている。
 ―お前だけを愛している。


                                     End