LOVE POWER


The power of the love.
It is very great power.
When prompted for by this power,he will do the act which he doesn't do if he is daily life.
Because his soul orders himself to do so,he cannot but do so.
The love has such power!!



 陽光が窓からカーテンのレースごしに床に零れている。
 暖炉の火は消されていた。
 今日は天気が良く、窓を閉めていれば部屋は気持ちのいい暖かさを保てていた。
「・・・・・・・・・」
 レオニスは目を通していた書類を置いた。
 先ほどから向かいのソファーに座り、ちらちらと自分を見ていたメイを見る。
「どうした?」
「うん」
 メイはそう乗り出してから、言葉を濁した。
「えーと・・・」
 そんなメイの様子に、レオニスは少し笑んだ。
 この一見傍若無人に振る舞っているように思える異世界の娘が、実はかなり人の心情や状況に気をつかう方なのをレオニスは知っている。
 強気で明るい言動と元気な笑顔だけに目が行きがちだが、いつもそれと相手に気づかせることなく相手を思いやっている。
 普通はなかなか気づけないが、もう半年以上彼女と恋人としてつきあっているレオニスなのだ。
 レオニスはテーブルに置いた書類を裏返した。
 読むのはやめたという表示である。
 それでも「いいのかな?」という恋人の思いを見てとって、レオニスは足を組んだ。
「・・・別に急ぐ書類じゃない」
「ちょっと聞きたいんだけど」
 メイはレオニスの方に身を乗り出す。
「レオニスってさ」
「?」
「甘いものダメだったよね」
「・・・・・・ああ」
「お菓子とか嫌いだよね」
「・・・・・・好きではないな」
 その言い方は正しくない。
 はっきり言って、レオニスは甘い菓子は嫌いだった。
 というより、大の苦手なのである。
「それだったらやっぱり・・・」
 このあたりで、レオニスはメイが何を言いたいのか思い当たってくる。
 メイは少しそこで言葉を切り、それから続けた。
「チョコレートなんて、嫌いだよね」
 やはり。
 そう、レオニスは思う。
 今日は2月5日。もうすぐバレンタインだ。
 こういう行事には疎かったレオニスだが、恋人をもつ身としては少しは詳しくなる。
 レオニスは表面上は平静を保ったまま、迷った。
 メイのことだ、14日には自分でチョコレートを作るつもりなのだろう。
 レオニスが受け取ると、きっととても嬉しそうに笑う・・・・・・。
「・・・・・・嫌いではない」
 レオニスは、メイの嬉しそうな笑顔が一番好きだった。
 ここで嫌いだと言えば、きっとがっかりさせてしまうだろう。
 メイを落胆させたくはなかった。
「でも、好きじゃないよね?」
 そのメイの問いに。
 レオニスは半瞬の間をおいて。
「チョコレートは・・・」
 レオニスの脳裏に浮かんだのは、おそらくチョコレートをくれるだろう時に浮かべるメイの笑顔。
「好きな方だ」
 全くの嘘である。
 不味いというだけでなく、受け付けないのだ。
 我慢をすれば食べられるが、はっきり言って胸が悪くなる。
 一番嫌いだといってもよかった。
 だが・・・。
「あ、紅茶入れて来るね!」
 そう言って嬉しそうに部屋を出ていくメイの背中を、レオニスは優しく見送った。
 一個ぐらいなら大丈夫だろう。
 何より彼女の想いが詰まっているのだ、たとえ苦手なチョコレートだろうと美味しくないわけがない。
 そう、レオニスは思った。
 しかしレオニスは、この時メイに正直にそう言うべきだったのだ。
 チョコレートは苦手だがメイからもらうものならば嬉しいのだ、と。
 けれどそんなことをレオニスが口に出して言えるわけもない。
 レオニスは後日、この事を痛烈に悔やむことになる。



「やっほー! シルフィス〜!」
 駆けてきた勢いのままに胸に飛び込んでくるメイを、シルフィスは抱き留めた。
「ごきげんよう、メイ。相変わらず元気みたいですね」
 そうにっこりと微笑む美しい親友に、メイはえへ、と笑った。
「うん。シルフィスも元気?」
「はい。今日はどうしたんですか?」
「じゃーん!」
 メイは効果音つきで、小さな袋を差し出した。
 シルフィスはそれを受け取る。
「これは?」
「チョコレート!」
 メイは得意げに胸をはる。
「あたしが作ったんだよ」
「へぇー」
 シルフィスの横から、そう手が伸びた。
 その手は袋の口を開くと、小さなチョコを一つつまみ出す。
「ガゼル!」
 シルフィスは、チョコを口に入れてしまった彼を軽く睨み上げた。
 そう、見上げた、のである。
 メイがガゼルに初めてあってから2年近くが過ぎていた。彼は成長期の少年らしくぐんぐんと背が伸び、今はシルフィスを軽く追い越している。体つきも少年から青年のそれに変化しょうとしている途中で、がっしりとしてきていた。まだ伸びるだろう、とはレオニスの談。顔つきも精悍さを増している。
 去年正式に騎士に叙勲されてからは、焦りが消えたのか以前よりは落ち着いて見える。
「うん、上手いゼ」
 だがその笑顔だけは、昔のままだった。
 そのガゼルと同じ時期に、やはり念願の騎士となっているシルフィスは眉を寄せる。
「勝手に食べるなんて」
「いいのいいの。どうせ食べてもらおうと思って持ってきたんだもん」
 メイはそう笑う。
 シルフィスはそうですか? と微笑んでメイに言った。
「じゃあ、お茶でも飲みながら一緒に食べましょう」
「おう、今の時間なら食堂も空いているしな」
 いつのまにかガゼルもかんでいる。
 三人はたわいない会話を交わしながら、食堂へと向かった。
 騎士となったシルフィスとガゼルの部屋は、もうこの騎士団宿舎にはない。二人はすでに外で生活していた。だが、時間を見つけてはここで稽古に励んでいる。というより最近は、後輩に稽古をつけているのだ。
 シルフィスとガゼルは、若手の騎士の中では1、2を争う腕の持ち主になっていた。
 『いつか、あれは剣を振るう時似合いの一対になるな』。
 そう以前聞いたシオンの言葉を、メイは二人を見ながら思い出した。
 白磁の肌に美しく綺麗な騎士と、褐色の肌に逞しく精悍な騎士。
「・・・たしかに絵になるよね〜」
「何が?」
 ガゼルは振り返る。
 メイは「何でもない」と笑った。
 もちろんそうなるには、ガゼルの方が後1年か2年かかかるだろうが。
 メイはそんな想像を切り上げて、食堂の窓に面した席についた。シルフィスが紅茶を運んできてくれる。
 三人はチョコをつまみながら会話に花を咲かせた。
 ふと、そのチョコの話がでる。
「それにしても、上手ですねメイ」
「えへへ。最近は、失敗しないようになってきたんだ♪」
「最近って・・・。そんなによく作ってんのか?」
「練習練習。だってもうすぐ14日じゃない」
 メイの言葉に、シルフィスはなるほど、と頷く。だがガゼルは首をひねった。
「けど、隊長はたしか、甘いものはダメじゃなかったか」
「チョコレートは好きなんだって」
「・・・そうなんですか」
 釈然としないまま、だが疑う理由もないのでシルフィスは頷いた。
 メイはにこにこと続ける。
「シルフィスとガゼルにもプレゼントするね」
「オレらにもか!?」
 少し驚いたふうに、ガゼルは言った。メイは指をおりはじめる。
「あとね、殿下とシオンとキールと、アイシュと、リュー、それからディアーナ」
「それは嬉しいですけど・・・・・・」
「あ、でも14日は1日かけてつくるからレオニスにしか渡せないの。皆には15日ね」
「いいんですか、メイ。恋人や好きな人に渡すのが普通でしょう」
「え? だって皆大好きだもん。義理チョコだって、あたし、感謝の気持ちをいっぱいつめるから」
「義理チョコ? 何だそれ」
 聞き慣れない言葉に、ガゼルが口をはさむ。
 メイは指をたてて説明した。
「あたしのいた世界ではね、バレンタインデーは恋人にチョコを贈ったり好きな人に告白したりするだけじゃなくて、いつもお世話になっている人に感謝の気持ちをこめてチョコを贈る日なの」
「皆に世話かけてる自覚はあるんだ」
 感心したように言うガゼルに、すかさずメイのパンチがとぶ。ガゼルは殴られた頭をわざとらしく抱えた。
「いたた・・・」
「自業自得です」
 メイのパンチがきくはずもないのを分かっているからか、シルフィスはさらりと言う。
 それからいくらか会話を楽しんでから、メイは館に帰った。
 メイを送ってから食堂に戻ったシルフィスたちは、チョコの入っていた袋をなんとはなしに見る。
「・・・隊長がチョコレートを好きだったなんて初耳だよなー」
「ええ、本当に」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なあ、シルフィス。何考えてる?」
「ガゼルこそ」
「・・・・・・世話になっている人に感謝をこめて、か」
「・・・・・・」
「結構いいと思わねー?」
「そうだね。そういうきっかけでもなかったら、なかなか感謝の気持ちを表せないし」
「何のお話ですか?」
 若い見習い騎士が、数人シルフィスたちに寄ってくる。後輩には人気の高い二人だった。
 ガゼルがああ、と話し出した。
「・・・だからな、14日はオレも・・・・・・」
「へえ。いいですねー、それ」
「何だ何だ?」
 騎士たちまでが集まって来る。
 メイは義理チョコの説明をする時に、大きなことを抜かしてしまったのだ。
 それはつまり、『女性が渡すもの』ということを・・・・・・。



「な、何だこれは・・・・・・!」
 めったなことでは平静さを失わない、戦場で敵にかこまれようと冷静さを保っていると評判の、レオニス・クレベールは執務室に入るなり激しいめまいに襲われていた。
 彼の執務机の上に、色とりどりのプレゼントの山。
 彼が動揺するのもいたしかたない。
 震える手でその箱の数々を開けていくうちに、レオニスの表情は驚愕を通り越して青ざめていく。
 どれもこれもチョコレート。
 彼が最も苦手なものの一つだ。たとえ口にしなくても、これだけあると見ているだけで吐き気がしてくる。
「・・・何の・・・陰謀だ、これは・・・・・・?」
 チョコレートの匂いが立ちこめた部屋に耐え切れず、レオニスは窓を開けはなった。それでも我慢できすに執務室を出る。
 閉めた扉に、疲れたように寄りかかった。
 落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 今日は2月14日。
 だが毎年レオニスは、それほどプレゼントをもらったことはない。
 それもいつも断っていたし、レオニスは知らないが彼にあこがれる女性たちは彼が甘いものが嫌いなのを知っている。何より彼女たちは軽いとは言えないレオニスにプレゼントを渡す勇気がないからだった。
 レオニスは考えた。
 自分がメイと恋人同士であることはなぜか有名なので、自分にプレゼントをする女性はいないはずだと。
 それに騎士団の彼の執務室に、一般の者は立ち入れない。女となればなおさらだった。
「・・・いったい・・・・・・」
「隊長ー!」
 明るいガゼルの声が廊下に響いた。
 その横にシルフィス、そして後ろには見習い騎士をはじめ、レオニスの部下の面々が。
「お前たち・・・」
「隊長、お茶を持ってきました」
 食べるだけだと喉がつまるでしょう?
 そう言っていつもの綺麗な優しい微笑みを、シルフィスは浮かべた。
 レオニスはその美しい顔に、なぜか悪寒がした。
 どこかで警鐘がなっている。
 何か・・・何か、危険が迫っている。
 何度も死地をくぐり抜けてきた優れた剣士としての勘が、そうレオニスに告げていた。
 それが何なのかは分からないが。
 部下たちの明るい笑顔が迫る。
「でも知らなかったです! 隊長がそんなにチョコレートが好きだったなんて」
 明るいガゼルの声に、レオニスは凍りついた。



「・・・・・・と、言うわけですのよ?」
 ディアーナはそう今日の昼すぎの出来事を、兄と筆頭宮廷魔導士に語りながら首をかしげた。
「それにしても、わたくしもレオニスがチョコレートが大好きだなんて知りませんでしたわ」
 話を聞いたセイリオスとシオンは言葉もない。
 二人は互いに顔を見合わせた。
 三人の前のテーブルでは、形の良いカップからまだ湯気が揺れていた。
「なんですの?」
 ディアーナは可愛らしくそんな二人を見る。
 少々ひきつった笑いを浮かべたまま、シオンは口を開いた。
「それで? レオニスの奴はそのチョコレートを全部食べたわけかい?」
「ええ、そうですわ。さっきここに来ていたシルフィスが教えてくれたのですもの」
「姫様〜!」
 王宮の中から、ディアーナを呼ぶ声が聞こえた。ディアーナは、はっと手を口にあてる。
「いけない! もうそんな時間ですの!?」
「行っておいでディアーナ」
 優しくセイリオスは妹姫を促す。ディアーナはあまり気が乗らないようだったが、まさかセイリオスの前で堂々と授業をさぼれるわけがない。しかたなく、席を立った。
 そして思い出したように振り返る。
「お兄さま、後でお部屋に行ってもいいでしょう?」
「・・・ああ。待っているよ」
 セイリオスは優しく頷いた。ディアーナは輝くような微笑みを返して、声の方へ去っていった。
 セイリオスの瞳は、彼女の姿が完全に消えるまでそこを離れることはなかった。
 シオンが軽く口笛を吹く。
「あれは、きっとチョコレートだ。いいねぇ」
 セイリオスはそれに、寂しげなものの混じった笑みで返しただけだった。
 自分が、皇太子でさえなければ・・・・・・。
 そうしたら、ディアーナを。
 そこまで想いがいって、セイリオスは無理やりそれを振り払った。
「ところでシオン。レオニスだが」
「ああ、あいつ? チョコレートっつったら、あいつが一番苦手なものだろ」
「レオニスは、あれで実は優しい男だからな」
 セイリオスの声には同情の響きがある。
 部下たちの嬉しそうな顔と期待の目に、食べないわけにはいかなくなったのだろう。
「そーかぁ?」
 シオンはそう大げさに腕を組む。
「シルフィスと姫さんと、嬢ーちゃんはツーカーだからなぁ。案外チョコレートが苦手だってことを嬢ーちゃんに知られたくなかったのかもな」
「なぜだ?」
「今日はきっと嬢ーちゃんもチョコレート作って待っているだろうからさ」
「・・・・・・なるほど。だが、ディアーナの話からすると、どう考えてももうレオニスはチョコレートを食べるのは無理だろう?」
「まーな」
 言って、シオンはおもしろそうに笑う。
「それであのカップルがもめたら、オレとしても楽しいんだが」
「・・・・・不謹慎だぞシオン」
 さすがにセイリオスはそう、困ったように言った。



 レオニスは屋敷の門柱に身をあずけた。
「・・・・・・・・・」
 気持ちが悪い。胸がむかつくというような、生易しいものではなかった。
 冷たい汗が流れるのを、レオニスは自覚する。
 深く息をついた。昼過ぎのことを思い出す。時間をあけながら食べたが、それでも辛かった。全部食べるのに夕刻までかかってしまったのだ。入れ代わり立ち変わり部下の誰かが(様子を見に)現れるものだから、誰のを食べて誰のを食べていないというわけにはいかず全てを食べなくてはならなかった。
 チョコレートが本当に好きな者でも、なかなかできることではない。
 元々チョコレートがダメなレオニスなら、なおさらである。
 はっきり言って、あれは拷問だった。
 しかもかなり酷い部類に入る。
「・・・・・・・・・」
 レオニスはもう一度息をつくと、意志の力で平静を装った。
 いつもは心が軽くなる屋敷の入り口が、今は地獄の扉に見える。
 レオニスは自分を叱咤しつつ屋敷に入った。
 リビングの扉を開いたとたん襲ってくるチョコの匂いに、レオニスは本気で気が遠くなる。
 だが、
「レオニス!」
 明るく愛しい笑顔と声に、レオニスは踏みとどまった。
 メイはレオニスに駆け寄った。
「お帰り!」
 可愛い。
 こんな時でさえ、柄にもなくレオニスはそう思ってしまう。
「・・・ただいま」
 メイだけが知っている、優しくそして愛しげなレオニスの眼差し。
 それに、メイは慣れることができない。
 メイはそのレオニスに見惚れて、それから我に返ると照れたようにわざと明るく笑った。
「レオニス! これ」
 一生懸命作ったんだよ♪
 そう言いながら差し出される可愛い小さな箱。
 レオニスはうっと内心思うと同時に、ほっとしていた。
 レオニスが想像していたよりも、それはずっとずっと小さい。
「ありがとう」
 レオニスは言って箱を開いた。チョコレートは、小さいのが2個だけだ。
 2口ですむ。
 レオニスは安堵とともに、それを食べた。
 それでも、苦しい。
 もちろんそんな所は全く見せない。無理やり飲み込んでから、メイを見た。
「とてもおいしい」
「本当!?」
 メイはぱっと顔を輝かせる。
「よかった〜」
 嬉しそうに微笑むメイ。それはレオニスが想像したとおり、いや、想像以上で。
 レオニスは、こうしてよかったと心から思った。
「ありがとう、メイ」
「レオニス・・・」
 メイはレオニスの逞しい胸にそっと身を寄せる。
「大好き・・・!」
「わたしもだ」
 レオニスは恋人を優しく抱きしめた。腕の中の娘が、こんなにもいとおしい。
「愛している・・・」
 彼女の笑顔が守れるのなら、チョコレートぐらいなんだ、と思う。
 だがしかし。
 その心底からのレオニスの想いと裏腹に、身体は激しく苦痛を訴えていた。
 少しして身体を離した後、メイはそんなレオニスを見上げた。
「レオニス、大丈夫?」
「何がだ?」
「顔色が悪いよ・・・」
「照明のせいだろう」
 この会話が続くといけないと思い、レオニスはキッチンの方へ踵を返した。
「あ、レオニス」
「少し喉が乾いた」
「だったら、あたしが入れる!」
 なぜか焦ったメイの声に、必死で苦しみを我慢しているレオニスは気づかずキッチンへ向かう。
「いや、自分で入れるから大丈夫だ」
「あ、ダメ!!」
 メイの悲鳴は一歩遅く。
 レオニスはキッチンの前に来てしまった。
 レオニスは目の前に広がる光景に言葉をなくす。大皿いっぱいに盛られた、いびつな形のチョコレートの数々。
 メイは決まり悪そうな声で言った。
「あの。形整えるの、失敗して、それで。でも、最近失敗なんてしてなかったんだよ!? だけど、その・・・。だから」
 メイの声はどんどん小さくなる。
「レオニスが帰ってくる前に、処理しようと思ってたんだけど間に合わなくて。それで・・・後で、こっそりしとこうと・・・」
 言いながら、メイは情けなくて泣きたい気分になってきた。
 後で、内緒で一人で食べてしまおうと思っていたのだ。
 一生懸命丸1日かけて作ったのに、殆ど失敗してしまって。それだけでも自分が情けなくて恥ずかしいのに、さらにレオニスにそれを知られてしまうとは。
「・・・・・・」
 その時レオニスの胸に抗い難く沸き上がったものは、自分でもよく分からないものだった。
 それは切なさや哀れみに似た、けれどそれとは違う強い感情で。
 レオニスはメイを抱きしめた。
 自分に秘密で、一人だけで失敗したこれを食べてしまおうとする恋人がどうしようもなく愛しくて。
 いじらしい、という想いが一番近かったかもしれない。
「レ、レオニス!?」
 大皿のチョコに手を伸ばしたレオニスを、メイは慌てたように見る。
「ダメだってば!」
「・・・・・・おいしいよ」
「レオニス・・・・・・」
 レオニスは食べた。
 何も死ぬわけではない。
 そんな悲壮な決意が彼を支えていた。
「でも・・・顔色、本当に悪いよ?」
 その恋人の言葉に、レオニスはさらに勢いよく(元気に)食べなくてはならなかった。



「ありゃ? 機嫌いーみたいだな嬢ーちゃん」
 15日。ここはセイリオスの執務室だ。
 シオンもそこにいた。
 チョコを渡しに来たメイに、シオンは首をひねった。
 そんなシオンに、セイリオスは苦笑する。
 シオンは続けた。
「昨日、レオニスにチョコ渡したのか?」
「もっちろん」
 そしてメイは問われるままに、嬉しそうに昨日のことを話す。
「それでレオニス、全部食べてくれたんだよ」
 屈託なく微笑むメイ。
 そして、「じゃあ、またね」と明るく鮮やかな笑顔を残して出ていった。
「・・・・・・天使の顔した悪魔かい嬢ーちゃん・・・」
 さすがのシオンも呆然と呟く。そしてはっと笑いとともに息をついた。
「あのレオニスがね〜。愛情パワーってやつかぁ?」
「・・・・・・愛は偉大だ・・・・・・」
 メイの消えた扉を見ながら、セイリオスは驚愕や呆れを通り越して、そう感服に満ちた声でしみじみとこぼした。



 その日1日、レオニスは自分の執務室に籠り誰とも会おうとはしなかった。
 だがセイリオスとシオン以外、昨日の大量のチョコのせいで彼がダウンしていたからだとは気づかなかった。



                          End