determination X

「・・・・・・」
 いつまで続くのか。
 レオニスは執務室の窓をちらりと見やった。激しい雨が、窓を叩いている。レオニスの思いはだが、その雨に向けられたものではない。
 さきほどやって来た、軍団長の長い話のことである。以前きっぱり断ってから間が空いたため、娘のことは諦めたのかと安心していたのだが、ここ一週間ほどは殆ど毎日来訪されていた。
 レオニスにはその理由がわからなかった。
 ひと通り、いつもの娘の話をした後、軍団長は静かにレオニスを見据えた。
「君は、優秀な騎士だ」
「?」
「君は、その腕だけでなく、王家と国への忠誠も厚い」
 そこで、一度言葉を切り、彼はレオニスを真っ直ぐに見た。
「君は、自らの命とこの国とどちらが重いと思うかね?」
「この国です」
 唐突な質問に眉を寄せながらも、レオニスはそう躊躇なく応えた。
 自分は騎士だ。王家と国に、命も忠誠も捧げている。
 しかし、次の言葉に彼は凍った。
「では、メイ=フジワラとこの国ではどうか」
 予想外のショックを、レオニスは受けていた。守りたいものと守るべきものは違う。それは、メイにも自分自身にも言ったことのある言葉だった。
 自分は、一人の男であり人間である前に、騎士なのだ。家族や恋人を守る前に、王家と国を守る。そうしなければならない。それを疑ったこともない。それなのに。
 なぜ自分はこうも動揺しているのか。
 なぜ即答できない。
「それは・・・・・・。もちろん、国です」
 自分の言葉に、鋭く胸が痛んだ。
 軍団長は満足げに頷いた。
「うむ。それでこそ、君だ」
「ですが、なぜです」
 不審が、レオニスの胸に当然ながらもたげた。なぜ突然彼はこんな話を自分にするのか。
 軍団長は少し躊躇する。
 しかし、レオニスはそれを許さなかった。
「なぜです」
 静かな声のままだったが、その見えない力に軍団長は気圧されたように口を開く。
「これは、まだ内々の話なのだが・・・・」
 軍団長は声をひそめる。むしろ、いい機会かもしれない、と彼は思い直していた。これで娘も報われるかもしれない。そんな期待が生まれる。しかし内容が内容なので、嬉々とした声は理性で抑えた。
「このところの災厄の原因は、メイ=フジワラであるそうだ」
 レオニスの顔色が変わった。がたん、と彼は席をたつ。
 軍団長は言葉を失った。彼がこれほど自分の感情を表すのを見たのは初めてだった。
「き、君・・・・」
「急用を思い出しました。失礼」
 上滑りな言葉だけを何とか残して、レオニスは執務室を出て行こうとする。軍団長は思わず声を上げた。
「待ちたまえ!」
「!」
 振り返る男の射殺さんばかりの瞳の力に、軍団長は内心震え上がった。話は済んでいないと言うかわりに、かろうじて言葉に出たのは別のことだった。
「・・・・上着を、忘れておるぞ」
「・・・・・・・・」
 レオニスは自分のコートを掴むと、今度こそ部屋を出て行った。




 レオニスは雨の中を飛び出した。
 どうしても、自分を抑えられなかった。何がしたいのか、何が言いたいのか分からない。ただ、メイを探さずにいられなかった。
 災厄の原因。その重大さを、彼はよく分かっていた。その被害も何もかも、知っている彼だからこそ。
 レオニスは街中を走り回った。メイのいそうな場所を探した。
 そして、魔法研究院に行く途中で、彼女とシオンの姿を見つけた。
「・・・レオニス・・・・・・・・」
 濡れそぼった彼女に、ズキリと胸が痛んだ。
 どうして気づいてやれなかったのか、とそう思う。最近の彼女の様子はおかしかった。しかしそれが、これほど大きなものに苦しんでいたのだとは。
 レオニスは真っすぐメイとシオンに近づく。
 レオニスと、シオンの視線がぶつかった。
 互いに無言だったが、シオンは軽く息をつくとレオニスの肩を叩いてその場を去った。
「・・・・・・・・・」
 レオニスは着ているコートの片側を広げ、シオンを見送るメイを雨から守るようにかざした。
 それに気づいて、メイは顔を上げる。そして、あわてたように笑った。
「いいよ、レオニス。あたし、ほら、レインコート・・・」
 着てるから。
 だが、メイのその言葉も笑顔も、レオニスの真剣な眼差しに凍りつく。
「・・・ど、どうしたの・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
 レオニスは、空いている手の方でメイの雨で冷えた頬に触れた。
「寒く、ないか」
「・・・・・・・レオニス・・・・・」
「・・・・・・気づいてやれなくて、すまなかった」
「・・・っ」
「すまなかった」
「違、レオニス、あたしが・・・・・っ」
 メイは堪えきれなくなったように、泣き出した。
 レオニスはつき上がる感情のままに、彼女を抱きしめた。
「・・・ごめんね。ごめん、ね、レオニス。・・・・ごめんね・・・・っ」
「―お前のせいではない」
 泣きじゃくる恋人に、レオニスはそう強く言った。
 なぜだ、と思う。
 なぜ彼女が、災厄原因なのか。レオニスは今彼女を苦しめている運命の全てを呪った。
 『メイ=フジワラとこの国ではどうか』
 軍団長の先ほどの言葉が、レオニスの胸に響く。
 レオニスは唇を噛んだ。
 この胸の中の彼女と、この国と。
 自分はその時答えた。この国だと・・・・・。
「レオニス・・・!」
メイはぎゅっと、レオニスの服をきつく掴んだ。
「・・・・・・・2度と、言わない。今だけ、今だけだから・・・! ------離れたくない・・・・・・・!!」
「離さない」
 レオニスは、強くそう返した。
 怒りが、胸にあった。彼女への理不尽なこの運命の仕打ちが、彼女の辛さを消してやれない自分の無力さが許せなかった。
「何も心配しなくていい」
『メイ=フジワラとこの国ではどうか』
 再び脳裏にその言葉が響く。
 知るものか!!
 彼は怒りのままに、そうはき捨てた。
 そんな答えは知らない。ただ確かなのは、メイを失えないということ。失いたくないということ。
 たとえ騎士ではなくなっても。
「わたしがお前を守る」
 レオニスはしっかりとメイを抱きしめた。
 お前を奪うものは許さない。
 それが運命でも。たとえそれが、神であろうとも。



 激しい雨の音だけが、いつまでも響いていた。

END