ゼクセンの銀の乙女〜盗賊団討伐編 Z〜




 事の顛末を聞き終わったガラハドは、息をつくとクリスの頭をポンとなぜた。
「まぁ、上出来上出来」
「…………でも……」
 クリスは時々、自分がとても卑怯に思える。
 いつのまにか、周りの期待に沿うように応えを返している、そんな感じがする。
 ミリアムへの言葉は、本当にクリスが思ったことで。
 けれど、それは真実かと、問う声が自分の中にあるのも事実だった。
 クリスは、部下を率いる騎士としてこうあるべきだという像を、持っている。そしてそれに近づきたいと思っている。
 しかし結局は、そう演じているだけなのもしれないとも思う。
「私は…………」
 時々、分からなくなる。
 演じているのか。本当なのか。
 どこまでが本当の自分の気持ちで。
 どこまでが演じている自分なのか。
 その境目は酷く曖昧で、クリス自身を苦しめた。
『相手が一番欲しがってる言葉をやるんだ』
 それは、クリスが初めて部下を持つ身になった時、ガラハドに一番最初に教えられたことだった。
 部下の士気を上げるための、最上の方法だと。
「クリス、キミは真面目すぎるんだ。何でもそう思いつめていては、疲れてしまうよ?」
 ペリーズが、目を伏せる彼女の肩を優しくゆする。
「少しは、団長を見習わなくては。ね?」
「……言ってくれるなあ」
「そこで、ヘラヘラ笑うな! お前は、もうちょっとクリスに真面目さを分けてもらえ」
 ペリーズが半分以上据わった目で、ガラハドを睨む。
 ガラハドは、軽く肩をすくめた。
 そして、笑みを絶やさぬままに、クリスを見た。
「ところで、クリス。盗賊団の頭目は、地下牢か?」
「はい」
 クリスは、ルドのことを思い出して身を正した。
「そのことで、少し、お話が」
「なんだい?」
 そう穏やかに返したのは、ガラハドではなくペリーズだった。
 クリスは、傍らのペリーズを見上げる。
「その頭目、ペリーズ副団長を知ってる様子でした」
「俺を?」
「ほぉ……。なんだ、ペリーズ、盗賊団の頭と知り合いとは顔が広いな」
「茶化すなガラハド! でも、誰だろうな。……ありがとう、クリス。後で見に行ってみるよ」
「ルド、と名乗っていました。偽名かもしれま――」
 クリスの言葉が途切れる。
 ペリーズの穏やかな笑みが、豹変したのだ。それは怒りと驚愕が混ざったものだった。
 ガラハドも、ガタリと椅子から立ち上がる。
「ルド・レーストか!!!」
「アイツ……まだ生きて……!!」
 ペリーズは吐き捨てるように舌打ちし、ガラハドと競うように団長室を飛び出す。
 だが、ペリーズはピタリと立ち止まると、後を追おうとしていたクリスを振り返った。
「―――クリス、お前は来るな!!!」
 常とは違う強い物言いに、クリスの足は止まる。
 だが。
 走り去って行った団長と副団長の遠くなる甲冑の音に我にかえると、再び二人の後を追った。






 ボルスとパーシヴァルは、城の回廊で全速力で走って来る団長と副団長に驚く。
 しかし、彼等が声をかける間もなく、二人は大きな甲冑の音をさせて通り過ぎて行く。
「な、なんだ?」
 二人を見送ってのボルスのその問いに、パーシヴァルが首をひねる前に。
 今度は少し軽い鎧の音。
「――クリス様!?」
 ボルスが驚いたように声を上げる。
 銀の髪を揺らす少女は、ちらりと二人の騎士を認め。
 だが、立ち止まることなく通り過ぎた。
「すまん、今、急いでいる」
「…………いったい、何が……」
「――行くぞ、ボルス」
「え? ――ああ!!」
 ボルスとパーシヴァルも、その後を追った。






「――ルド!!」
 ペリーズの声が、地下牢に響いた。
 鉄格子の向こうで、ゆっくりとルドは顔を上げる。
「これはこれは。ガラハド団長にペリーズ副団長殿」
「…………おいおい、まだくたばってなかったのか?」
 ガラハドが、表面的には笑みを浮かべて腕を組む。
 ペリーズは、半分醜悪で半分恐ろしいほど美しい顔の男をじっと睨んだ。
 ガシャガシャと甲冑の音が響き、クリスと、それから少し遅れてボルスとパーシヴァルが現れる。
 ペリーズはクリスを認めて、厳しい目を向けた。
「クリス! 来るなと言っておいたはずだぞ!!」
 いつも自分を見る優しく穏やかな彼の目からは考えられない鋭さに、クリスはビクリとする。
 パーシヴァルがすっと彼女の前に出た。
「団長殿と副団長殿のそのご様子に、追うなとおっしゃるのが無理な話と思います」
 ペリーズは、初めてパーシヴァルとボルスに気づく。
「……キミ達も、来たのか」
「尋常ではないご様子でしたので」
 悪びれもなく言う騎士に、ペリーズは溜め息をついた。
 ガラハドが、ニヤリと笑む。
「まあ、そいつの言う事は最もだろうよ。クリスに来るなと言う方が悪い」
「けれど……」
「――そんなに、俺に近づかせるのが心配かい? まあ、お前の俺への仕打ちを考えれば当然か。……だが、『あの』お前が、こんなガキに入れ込んでいるとはね」
 それでこそ、確かめに来た甲斐があったってもんだ。
 そう、嘲笑とともに投げつけられた言葉に。
 ペリーズは無言でルドを睨んだ。
 ルドは狂気に彩られた笑みを浮かべる。
「あの世でステジアが泣いているぜ? どんな女にも――あの哀れなあいつにも揺らがなかったお前が」
「――黙れ」
「俺の可愛いステジアを………その冷たい目で殺したお前が!!」
「黙れと言っている!!」
 ペリーズはガシャリと鉄格子を殴った。
 そして、どこか怯えたような目でクリスを見た。
 クリスは青ざめていた。
 女性を殺した? おそらく、この男の大切だった女性を?
 クリスの頭に、ぐるぐると男の言葉が回る。
 ペリーズは目を歪ませ、クリスから顔を背けると鉄格子をギュッと握り締めた。
 パーシヴァルは、まいったなと頭の片隅で思っていた。
 パーシヴァルの隣のボルスは、騎士団の副団長の過去に衝撃を受けているようだったが、パーシヴァルには騎士団を束ねる位置にあるからといって団長や副団長が人間なのは変わりが無いと思っているため彼等の過去が清廉潔白でなかろうがあまり興味はない。
 だが、居てはいけない所に居合わせてしまったという、居心地の悪さは感じていた。
 どう考えてもプライベートな問題に思えて、親しくもない自分がそこに踏み込んでしまったようで、やっかいなことになったという思いが正直な感想だ。
「――いい加減にしろよ? ルド」
 ガラハドがペリーズの肩を軽く叩きながら、鉄格子に近寄る。
「お前さんは、何にも変わっちゃいないんだな。死にかけて少しはマシになるかと思っていたが。あれもこれも、誰かのせい、か? ステジアのこともお前自身のせいだろうが」
「うるさい! 貴様のような単純な男に、俺の何が分かる!!」
「そりゃ、分からんけどよ。まあ、正直言って分かるようになりたかーないが」
 ガラハドは、頭をかく。
 ルドの秀麗な頬が怒りに染まっていた。
「――どこまでも、ふざけた男だ……!」
「よく言われる。――ペリーズ!」
 しっかりしろ、とでも言うように、少し強く背中を叩かれて。
 ペリーズは顔を上げた。
「……ルド・レースト。ここに舞い戻ってきた理由は何だ」
「貴様に復讐するためだ。それ以外に、何がある?」
 ルドは、歪んだ笑みをペリーズに向けた。
「俺の顔を、地位を、ステジアを、全てを奪った貴様にな!!!」
「――言ったはずだな?」
 静かにそう響いた言葉に、男たちは言葉を切る。
 クリスが、すっと鉄格子の前に立った。
 クリスは、傍らのペリーズを見上げる。
 まだファーストナイトになる前。彼女が騎士団に入団して間もない時から、ガラハドとペリーズは彼女にとって実の兄のような存在だった。
 ステジアという女性と何があったのかは知らない。彼女を真実殺したのかもしれない。
 それでも、クリスはペリーズを知っている。彼の優しさも、笑顔も。その生き方も。
 信じられるのは、どちらか。
 そんなことは、決まっている。
 一瞬でもルドの言葉に惑わされ、ペリーズを傷つけてしまっただろうことが苦しかった。
「『逆恨みだろう』と」
 きっぱりと、クリスはルドに言う。
 一騎打ちの時にも、言ったその言葉を。
「……クリス……」
「ごめんなさい、ペリーズ副団長」
 クリスは、傍らのペリーズを見上げると、小さな声でそう言った。
「…………」
 ペリーズは、愛しげに少女に微笑む。
 ルドの目に愉悦が浮かんだことに、二人を見ていたガラハドも、互いを見ていたペリーズとクリスも気づかなかった。
(―――!?)
 パーシヴァルは、ルドの目に嫌な感覚を覚えた。
 それを自覚する前に、石造りの地面を蹴っていた。
 ルドの手が、クリスの方へ伸びる。
 彼は、無手だ。
 けれど、パーシヴァルの勘がさかんに危険を告げていた。
「――クリス様!!」
 パーシヴァルは、彼女の腕を強引に引き寄せた。
 ルドの手が、格子の間から追いかけるようにクリスへと伸ばされる。
 鉄格子の前から離されていくクリスの身体に、ルドの指がもう少しで追いつこうとした時。
 格子から突き出された剣に、ルドの手は止まった。
 予想していない力に、クリスは引き寄せられるままにパーシヴァルの胸に倒れた。
 クリスがパーシヴァルの胸に倒れ、鎧が音をたてたのと。
 ルドの首筋にボルスが剣をつきつけたのと、ほぼ同時だった。
 ボルスの剣に阻まれて、ルドは動きを止めていた。
 その手は、格子の隙間から伸ばされたままピタリと空で止まっている。
「――ボルス」
 クリスを胸に抱いた形のまま、驚いてパーシヴァルはボルスを見ていた。
 どうして、と。
 ボルスはちらりとパーシヴァルを目だけで見る。
「――お前の身体が緊張したのが、分かったからな」
 空気を読む、といことは。戦場をかける者にとって必要なことで。
 ボルスは特に、訓練のせいだけでなく本能的にそういうことに敏感なようだった。
 パーシヴァルが駆け出す瞬間、ボルスは彼の身体が戦いの気を放ったのに気づいたのだ。
 だから、無意識に身体が動いていた。
 剣を抜き放ち、パーシヴァルの意識が向けられている先――危険を発する者へ剣を迷わず突き出したのだった。
「……何だ?」
 クリスは、驚きつつ身を起こす。
 ルドは、大きく後方に飛びのいた。
 そうすれば、鉄格子が邪魔で誰の剣も届かない。
 ペリーズは、見事な連携の二人の騎士を見。
 そして、ハッとルドを見やった。
 ルドの武装はもちろん、連行されるときに全てとかれている。だが、そのルドの手――指に、光る指輪があった。
「ルド、貴様ッ!」
「暗殺者の指輪(ニードル・リング)か……」
 ガラハドが、目元を歪める。
 ルドが、乾いた笑みを浮かべる。
「は……。惜しい惜しい……。もうちょっとだったのによ」
「その針に毒でも仕込んであったか? どこまで落ちたんだ、お前は」
「それでも元騎士か!!」
「騎士の位を奪ったお前が何を言うか!!」
 ルドが叩きつけるようにペリーズに返し、そしてフッと笑んだ。
「……それにな、毒なんかじゃねぇよ。ただの、痺れ薬だ。ちょっとした悪戯のつもりだったんだがな」
「何を!!」
「確かめたかっただけさ。そのガキがお前にとって大切な女かどうかをな。だが、その様子なら、確かめるまでもないか……」
 ルドの目が、クリスに注がれている。
 嫌な目だった。
 戦場で向けられる敵意なら慣れている。憎悪も、殺意も、向けられたことはある。
 だが、ルドの目はそのどれでもなかった。
 まるで、獲物を見つけた蛇の目のようで。
「……クリス様」
 だが、パーシヴァルの思いやるような声が、クリスを我に返らせた。
 部下を持つ上官としての彼女が、戻ってくる。
 強く睨み返す銀の髪の少女に、ルドは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「……可愛げのない……」
「――貴様!!」
 声を上げたのは、抜き身の剣を持ったままのボルス。
 そのボルスとパーシヴァルを見、そしてルドはペリーズを見た。
「毒なんかで、殺すかよ」
 先ほどの言葉を、そう繰り返す。
「そんなに楽に殺したんじゃ、つまらんだろうが」
「ルド! 貴様!!」
「そのガキは、苦しめて苦しめて殺してやる。お前の嘆きだけが、俺を癒せるのだからな」
 鉄格子ごしに、ペリーズに挑むように笑み。
 そして、ルドは片手を上げた。
 その手首にはめられたブレスレットに光が集まる。
「な、なんだ!?」
 ボルスが、声を上げる。
 ルドの足元が波打った。
「クリス・ライトフェローと言ったか。お嬢さん、月のない夜は気をつけな」
「転移魔法だと!?」
 馬鹿な、とペリーズは舌打ちすると格子を叩いた。
 ルドを捕らえるための鉄格子が、今は彼等の行く手を阻んでしまっている。
 鍵を開けるまでの時間があるとは思えなかった。
 その彼の様子を楽しげに見つめ、ルドは余裕のある素振りで騎士たちを見回した。
「また会おうぜ、騎士様方。ああ、それから。ホントは、月のない夜ばかりとは限らないんだぜ?」
 嫌な笑みを残し。
 そして、ルドの姿は光とともに消え去った。
「――くそ!!!」
 ペリーズが、壁を叩く。
「どうしてヤツが魔法を使えるんだ!!」
「――転移魔法というより、あれは帰還魔法だな……。あの腕輪がそのアイテムなんだろうさ」
「帰還だと!? あいつが、いったい何処に!」
「知らんよ、そんな事は」
「ガラハド!!」
「――怒鳴るな。しかたないだろう、逃げちまったもんは」
 ガラハドは軽く苦笑し。
 そしてクリスとパーシヴァル、ボルスを見た。
「ま、ヤツはああ言ってたが、すぐに仕掛けてくる余裕はないだろうよ。だが……。一応、気をつけておけよクリス」
「……はい」
「それから、お前らも。さっきの調子で頼むぞ」
 ガラハドの声は笑みを含んでいるが、その目は真剣だった。
 パーシヴァルとボルスは、頷く。
「……クリス、すまない……」
 ペリーズが、クリスを辛そうに見た。
 クリスが首を振る前に。
 ガラハドが副団長の頭をはたく。
「ったく、いつまでもジメジメしてるんじゃないって」
「ガラハド――団長」
 怒鳴りかけ、ペリーズはやっとパーシヴァルとボルスもここにいることを思い出したのか、言葉を改めた。
「……分かっておりますよ」
 それでも、声に不満が滲んでいる。
 ガラハドはクリスたちを振り向いた。
「ほら、お前たちも、行くぞ。いつまでもこんな地下にいてられるか」
 言って、ずんずん階段へと歩いて行ってしまう。
 ペリーズはクリスを見てから、ガラハドの後を追った。
 クリスは、小さく息をつく。
「クリス様……」
 ボルスの声に、クリスは彼等を見やった。
「ああ、大丈夫だ。ガラハド団長ではないが、今は気にしてもしかたあるまい」
 そして、少し笑む。
「……そうだ、礼を言わなくてはならないな。ありがとう、二人とも」
「いいえ。……それより、あの男が逃げたことで、どうなるのでしょうね」
 盗賊団壊滅が騎士団への指令だったはずだ。
 パーシヴァルは、顎に手をあてた。
 クリスは、深い溜め息をつく。
「頭を倒すことも捕縛もできなかった、といことになるな。……またぞろ、うるさ方の呼び出しがあるだろう……」
 評議会。
 クリスはそのことを思って、気が重くなる。
「――ご心痛、お察しいたします」
「まあ、この盗賊団による被害はなくなるだろうし、我が方の騎士たちにも被害はなかった。だから、良しとしなければな。…………気晴らしに、遠乗りでも行くか……」
「では、お供いたしますよ」
「――俺も行きます!」
 3騎士は、連れ立って地下から地上へと歩いていった。
 頭を逃がしたクリスは、後日評議会でさんざん嫌味を言われることになるが。
 盗賊団討伐は第二部隊1隊で成功したことは確かで、彼女の武勲に新たに付け加えられることとなった。
 ルドを警戒したからか、クリスの部屋の両隣にボルスとパーシヴァルの部屋が配置されることになる。
 彼らは以後、常にクリスの側にあった。





END