ゼクセンの銀の乙女〜Knights〜Y





「黙ってろ」
 幼馴染みの剣幕にも動じず、ガラハドは睨む彼のその額を手の甲でペシリとはたく。
 もちろんガントレットをつけたまま。
 額を押さえる副団長を無視しつつ、ガラハドは腕を組むとクリスに表情を緩めた。
「あのな、クリス。今この騎士団で、お前より強い男がどれだけいる?」
「……?」
 楽しげな目になるガラハドに、クリスは戸惑った。
 ガラハドはクリスの前に立つ二人の騎士と、ペリーズを指だけでさしていく。
「こいつらだろ? まあ、俺だな。それから、レオあたりか」
 ガラハドは、こっているらしい首を軽く叩いた。
「他の男は、お前より弱い。男でも、だ。お前がそのままで、腕力と体力が男だったら、女のお前より強いだろうさ。だがな、本当にお前が生まれた時から男だったら、今のお前より強いとは限らないぞ?」
 生まれもっての才能を、今と同じく備えていたかどうかも分からない。
 そしてそれ以上に。
 そう、一度ガラハドは言葉を切ってから、再び口を開いた。
「お前は幼い頃から、他の奴らの何倍も鍛錬したはずだ。それは、なぜだ? お前が女で、それでも強くなろうと思ったからだろうが」
「……団長……」
「お前の生き方は、お前の考え方は、お前の心は。お前という存在は、女として生まれそして歩いてきた過去なくしてはあり得ない。お前の過去のどんな小さなことが欠けても、今のお前ではないように――クリス、女であるということは、お前であるためには切り離せないことだ」
 クリスは、ガラハドの目に、唐突に昔副団長に言われた言葉を思い出した。
 好きで女に生まれたわけではないと、泣いた自分に。
 副団長が言った言葉。
『――そんな、悲しいことを言わないでくれ』
 その時は、意味が分からなかった。
 けれど。
 クリスは、団長の目にその時のペリーズの目を見つけていた。
 優しく、そして強い目で、ガラハドは言った。
「お前を、否定するな。クリス、お前の生きてきたことを、お前の過去を、お前の受けた苦しみを、お前が成した努力を、その誇りを否定するな。騎士たちが、そしてそこのパーシヴァルとボルスが、ここにいないサロメやロランが。そしてこのペリーズや俺が、お前を大切だと思うのは、ここに存在している『お前』だからだ」
「…………」
 クリスの瞳から、新たな涙が溢れた。
 それは決して、不快なものではなかった。
「それから、な」
 ガラハドは、声の調子を軽く変える。
 そして、クリスを手招きした。
「……?」
 クリスは、ガラハドの元へと進む。
 ガラハドは目の前に立ったクリスに、笑んだ。
「見ろ」
 言って、ガラハドは彼女の肩を掴むと、くるりと後ろ向かせる。
 クリスは自然に、パーシヴァルとボルスを見る。
 後ろから、ガラハドの声がする。
「あれは、お前の敵か?」
「……え……?」
 パーシヴァルとボルス、その二人の騎士と見つめ合う形になりながら、クリスはその問いに惑う。
 ガラハドの声は快活な笑みを含んでいた。
「同じ、騎士団員だ。そしてお前のために、この俺にまで平気で喧嘩を売る奴らだぞ」
 負けることを恐れ。
 勝つことに固執し。
 ただ悔しさに満ちていたクリスの心から、すっと堅い力が抜けた。
 昔、自分は決して負けてはいけなかった。そうでなければ、騎士として認められないのだと思っていた。
 鍛錬していたのではなく、必死に戦っていた。
 けれど。
 クリスははじめて、本当に何の囚われもなく、パーシヴァルとボルスを見つめた。
 ただ純粋に、自分の身を案じてくれていた。
 今も、真っ直ぐにクリスを見つめている。
「あれは、打ち倒さなければならない敵か? お前が必死で戦い、叩きのめさなければならない敵なのか?」
「いいえ……。味方、です」
 クリスは辛さとは違う泣きそうな顔で、微笑んだ。
 その彼女に、パーシヴァルは静かに目を閉ざし。
 そしてボルスは自分の胸が熱くなるのを自覚する。
 ガラハドは、クリスの頭にぽんと手をやる。
「仲間の力が強いことを悔しがるな。それは敵のようにお前の力を削ぐものではなく、お前の力に足される力だ。お前はもっと自由に強く戦え、そしてそれが出来ることで、他の仲間はそのお前に助けられてさらに強くなれるだろう。仲間の力はな、そうやって足されていく力だ」
「……はい」
 昔、クリスにとって周りは敵だった。
 しかし、月日がたって認められ、仲間として迎えられ、共に戦いながらも。
 勝たなければならない相手だと、自分が騎士たちのことを心の底ではまだ思っていたことに気づく。
 守らなければと思っても、守られることは侮辱だと感じていた。
 守り合うことが、当たり前なのだと思えなくて。
 守られるということは、負けることだと勘違いして。
 味方なのだということを、忘れていたのかもしれない。
 クリスの内から、長い間張りつめていた何かが、ゆっくりと溶けていく。
 穏やかな涙を拭うクリスを見つめてから、ペリーズは複雑に微笑んだ。
「……全く、美味しいところ取りですね、団長」
「そりゃ、年の功っていうヤツだ」
「……貴方とわたしは同じ歳のはずですが」
 そう言う副団長を、ガラハドはわざとらしいほど真面目な顔で見た。
「じゃあ、器の大きさか?」
「………。ふふふふふ、相変わらず面白いですね団長は」
 にっこり。
 微笑む整った顔に、異様な迫力がある。
「少し、別室でお話しましょうか、団長」
「…………」
 嫌そうに顔を歪めるガラハドを無視し、ペリーズは微笑みを浮かべたままクリスを見る。
 その笑みからは、嫌なものが消えている。
「では、クリス。しばらくは休んでいるようにね。俺は団長と話しがあるから」
 また後で。
 そう優しく言い置いて、ペリーズはガラハドを引きずって行った。






 クリスは団長と副団長を見送ってから、パーシヴァルとボルスに目を戻した。
「その……。すまなかった」
 クリスは、少し頬を染めて彼らを見る。
「それに、その、みっともない所を見せて……」
 醜態だと恥じる上官に、パーシヴァルはにっこりと微笑んだ。
「いいえ、役得だと思っておりますよ。とても可愛らしかったです」
「な!」
 クリスが、怒るより先に。
 ボルスがパーシヴァルに詰め寄る。
「パーシヴァル! お前、ふ、ふざけたことを言うな!!」
「なんだ、ボルス。みっともないなどと思ってるわけではないだろう? それとも、可愛くなかったか」
「う、いや、そうではなく。そう、そうではなく、だな!」
 二人の言い合いに、クリスは呆気にとられ。
 そして、思わず笑みが零れた。
 それにボルスは赤面し、パーシヴァルは嬉しげに笑む。
 彼らに、クリスは言った。
「約束だしな。お前たちには、状況に応じて私の前に出ることを許そう」
「ありがたき幸せ」
 パーシヴァルは芝居がかった仕草で軽く胸に手をあて。
 ボルスは勢いよく言った。
「必ず、クリス様をお守りします!!」
「わたしもいることをお忘れなく」
「……ありがとう」
 今までなら、絶対に思えなかった。
 けれど素直に、今は思える。
 クリスは微笑んだ。
「頼りにしているよ。……そうだな、では、そのお前たちは私が守ろう」
 鮮やかな、彼女の笑顔に。
 二人の騎士は眩しげに目を細める。
 クリスは、笑みを載せたまま、軽く二人を睨んだ。
「だがな、やはり少しは悔しいな。今度、もう一度手合わせ願おう」
「そうですね、それまでにもっと鍛錬しておきますよ」
 パーシヴァルは、わざとため息をついてみせる。
 ボルスも、頷いた。
「今回は、俺たちに分が有りすぎな条件での手合わせでしたから」
「今度は一対一だぞ」
「もちろんです。――そうだ、今度わたしが勝ったら、報償は食事をご一緒して頂く、というのはいかがですか」
「な! パーシヴァル、ずうずうしいぞ!」
「……それでは、私が勝ったら何をしてくれるんだ?」
「そうですね……。わたしが、クリス様とご一緒に食事をするということで」
「それでは、どちらも同じではないか……」
「そうだ! ずるいぞパーシヴァル! クリス様、俺も、勝っても負けても一緒にお食事を……」
「その言い方では捻りがないぞ、ボルス」
「うるさい!」
「――分かった分かった。全く仲がいいな、お前たちは……。では、とりあえずこれから3人で食べに行くか」
 クリスの提案に、騎士二人はのる。
 パーシヴァルは、「食べたらちゃんと横になって下さいね」と付け加えることも忘れない。
 その横で、言い遅れたボルスはそのまま口を閉ざす。
 そんな二人に、クリスは苦笑した。
 この後数ヶ月遅れて、クリスたちは出陣する。
 この戦いからパーシヴァルとボルス、そして少し後にレオを加え、クリスは彼らと肩を並べて戦うようになる。
 時に前を、隣を、そして後ろを。
 互いに互いを守りあった。
 それぞれが隊を指揮するようになっても彼らの麾下の兵は一つの生き物のようにお互いを守りあい、時にはその総数の力以上の力を発揮し敵を打ち破った。
 サロメ、ロランを加え。
 戦場を縦横無尽に駆け、指揮し、そして戦う彼らを。
 人々はやがて、『誉れ高き六騎士』と呼ぶようになる。













 END