ゼクセンの銀の乙女〜Lady Knight〜![]() |
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一年中様々な場所で開かれている晩餐会や舞踏会だが、今年は特に華やかだ。 ゼクセンはここしばらく外敵の脅威もなりを潜め、焦臭いグラスランドとの国境も今は平穏を保っているからだった。 戦場とは無関係な上流階級の人々も、このゼクセン連邦では商業で利を得ている者が少なくない以上、一部を除いて長すぎる戦いは歓迎されない。 戦う騎士たちには迷惑なことだが、適度な戦争と適度な平和。それが、彼らの利を安寧のものにするのだ。 今日も盛大な舞踏会が開かれていた。 庶民には縁のないものだが、上流階級にはなくてはならない社交の場だ。 夕闇が空を覆う頃、広間には貴族たちが集まり出す。 優雅に流れる音楽。それにあわせて男性にエスコートされながらステップを踏む淑女たちの、花のように拡がる色とりどりのドレス。 主催者が評議会議員の中枢の一人であることもあって、特に盛大な会だった。 「ゼクセン騎士団の、クリス・ライトフェローという騎士を知っていますか?」 その出自は庶民ながら、その力によりすでに一隊を任せられているパーシヴァルの姿もそこにあった。 誉れ高き六騎士の一人、「疾風の剣士」としてすでに名高い。 加えてその素晴らしい外見とスマートな所作に、城下町の娘から上流階級の淑女たちにまで不動の人気を誇っている。 パーシヴァルの問いに、彼にエスコートされている娘は、小さく頷いた。 「ええ……。名前は……」 むしろ、ゼクセンの民で彼女の名を知らない者のほうが珍しい。顔は知らなくても、彼女の名くらいは町の子供でも知っている。 パーシヴァルは娘の、長い銀の髪を見ながら微笑んだ。 「美しい方でしてね。ちょうど貴女と同じ銀色の髪なのですよ」 「そう……なのですか」 「ええ。瞳も、夜明け前の空のような、綺麗な紫で……。わたしは、驚いているのですよ、セレス嬢」 パーシヴァルは、そっと娘の耳元にささやく。 「彼女ほど素晴らしいひとはいないと思っていたのに、貴女のように美しい方がいたなどと……」 「私は……。止めて下さい、パーシヴァル様」 セレスは、目を伏せる。 パーシヴァルは、くいと彼女をエスコートしている腕をその腰にまわした。 「貴女の魅力に震えるわたしを、哀れと思っては下さらないのですか?」 柱の影へと、抱き寄せる。 顔を伏せるままの彼女の、むき出しの肩に腕をまわして抱き込むと、広間から二人の姿はちょうど影になる。 「哀れな男に、レディ、どうぞ慈悲を」 パーシヴァルの息が首筋にかかって、娘は少し身じろぎした。 パーシヴァルは胸の中の彼女が小さく震えているのが分かる。 パーシヴァルの笑みが深くなった。 「……震えているのですか……? 可愛い人……」 「……に……」 娘は、パーシヴァルへと寄りかかると、その耳に囁いた。 「いい加減にしろッ……パーシヴァル……!!」 怒りに震えている娘に、パーシヴァルは小さく吹き出す。 「おやおや。セレス嬢、わたしの誘い方はお気に召しませんでしたか」 「パーシヴァル……!」 娘は、低く小さく怒鳴る。 銀の髪は長くゆれ、男女の睦言には似合わぬキツイ瞳は鮮やかな紫。むき出しの肩ははっとするほど白く、その身を包むドレスは水の流れのように微妙な青の色合いを光の加減で揺らしている。 その格好は普段の彼女からは考えられないものであったが、それでもどこから見ても彼女はクリス・ライトフェローその人であった。 「セレス嬢はそんな態度はしないと思いますが」 「…………ッ」 しれっと続ける騎士に、クリスは唸る。 その反対側の柱の影から、ボルスが怒りに身を震わせてパーシヴァルを睨んでいるのだが、パーシヴァルはそれも無視している。 パーシヴァルはひとしきり笑った後、表情を改めた。 「で、どうですか、クリス様」 彼の声音に、クリスも真面目な顔になる。 しかし密着する二人は、もし広間から見えても愛を語らうカップルにしか見えない。 「今のところ、変わった様子はない」 「そうですか。こちらも不審な態度の者は見つかりません。……ですが、どうかお気をつけて」 「うむ」 頷き、クリスはパーシヴァルを残して柱の影から離れる。 大広間に出ると、ちょうど曲が一曲終わった所だった。 踊りを申し込まれてはたまらない、とクリスは急いで広間を突っ切る。そして、主催者の息子を見つけて膝を折った。 グラスを手に歓談をはじめる二人を眺めながら、パーシヴァルは小さく息をつく。しかしその目は、その二人に近づく者の様子を厳しく観察している。 「今夜でもう一週間だぞ。……ガセじゃないのか」 ボルスが自分たちの周りに誰もいないことを確認してから、そうパーシヴァルの背中に言う。 パーシヴァルは振り向くことなく、小さく言った。 「ガセの方が楽でいいのだがな。……だが、油断はできんさ。万が一ということもある」 「くそ……。おい、それにしても、さっきのはやりすぎだろう!?」 「あれ以外に、どうやって怪しまれずに広間から彼女を連れ出せるんだ」 「しかし……」 「だいいち、お前がその役をするといったから、俺にこの役が回ってきたのだろうが」 呆れたように、パーシヴァルは言う。 その言葉に、ボルスは何も返せなくなった。 ボルスは、帯剣している。通常舞踏会での帯剣は非常識であり、そのためボルスは人目の多い広間へ入ることができなかった。一方パーシヴァルは丸腰である。 万一の事が起こった時、戦える役はボルスであった。ボルスがそれを誰にも譲らなかったため、クリスとの連絡役はパーシヴァルがすることになったのである。ちなみに、ロランとレオは庭の木陰から広間を見張っているはずだった。 クリスは、女性であるので剣を隠すことは簡単である。 そのゆったりとしたドレスの下に、今も細身の剣を装備していた。 「……まあ、他の女を使えばお前でも広間に入れるだろうに」 パーシヴァルは少し意地の悪い笑みを、友に浮かべる。 ボルスは、嫌そうな顔をした。 彼とて、パーシヴァルが何を言っているのか分かる。 帯剣していても、その隣にスカートの広がったドレスを着ている女性をぴったりとエスコートしていれば剣は目立たない。 ボルスが一声かければ、この広間にも喜んで協力してくれる女性は数多いだろう。 「烈火の剣士」ボルスは、容姿も力も地位も備えている。パーシヴァルに比べて女性の人気がかなり落ちるのは、ひとえに彼がそういう感情で近寄ってくる女性を切り捨てるからである。相手にしないどころか、冷たい。 実際、まだファーストナイトになるまえのボルスは、パーシヴァルよりも人気があった。――もちろん、その頃はまだパーシヴァルがそれほど有名ではなかったせいも、ボルスが名家の出であることもあったが。 クリスと初めて戦場を共にしたその時から、ボルスは周りに女を寄せ付けなくなった。 「彼女の前で、他の女などエスコートできるか」 ボルスは憮然と言う。 彼女の前でなくても、できないものを。 一途一辺倒なボルスに、パーシヴァルはそう笑ってしまう。 ボルスはそれにムッとしながらも、クリスたちを見て舌打ちする。 この場合は、もちろんクリスにではない。 「あの野郎、クリス様に馴れ馴れしすぎるぞ」 「…………たしかに」 パーシヴァルも、面白くない。 クリスが任務として付き合っているのは分かっているが、他の男と談笑する様子は見ていて楽しいものではなかった。
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