Love panic 〜Epilog〜![]() |
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……珍しい取り合わせだな。 クリスは、酒場前で話しているリリィとメルを見つけてそう思った。 勘がいいのか偶然が、メルの腕の人形が声を上げる。 「よぉ! 姉ちゃん!」 どこまでワザとでどこまでが無意識なのか、ブランキーの声にメルがクリスを振り向いた。 「クリス様」 「あら、クリス」 リリィもクリスをみとめる。 クリスは彼女たちに近づいた。 「こんにちは、二人とも」 「こんにちは」 可愛いメルの声をかき消して、ブランキーのダミ声が上がる。 「姉ちゃん、調子はどうだい? いい男はできたかい?」 「あ、バカ!」 リリィは焦る。 クリスはブランキーの言葉の内容を頭の中で繰り返して、そしてゆっくりとリリィを見た。 「……リリィ? いったい、どういうことなの」 「え、えっと、それはね……」 「賭だよ、賭! うちのメルと姉ちゃん、どっちがいい男をモノにできるかって賭だ」 賭? クリスは、リリィを睨む。 リリィが、えへへ、と少々引きつった笑みを浮かべた。 クリスが彼女に怒鳴る前に。 「で、どうなんだ? やっぱりメルの勝ちか?」 「こら、ブランキー、やめなさい!」 「姉ちゃん、男ができそうにないもんな!!」 ブランキーの暴言に。 クリスもさすがにムッとくる。 それで、思わず。 「い、いるわよ」 売り言葉に買い言葉でそう言ってしまって。 クリスは激しく後悔した。 リリィが目を輝かせて、クリスに飛びつく。 「えらい! えらいわ、クリス!!」 どうやらリリィはクリスが勝つ方に賭けていたらしい。 それだけではなく。 「ざまあ見なさいよ!!」 メルに胸を張るところを見ると、よほどメルに恨みがあるらしい。 ブランキーが疑いの目を向ける。←どんな目だ。 「……嘘だろ?」 「……う。……ほ、本当、だ」 たぶん? クリスは不安になった。 クリスの胸に浮かんだのは、もちろんボルスである。 昨日の夜、たしかにボルスとキスした。 が、別に想いを打ち明けたわけでも、打ち明けられたわけでもない。 お互い酒が入っていたし……。 (キ、キスをしたというだけで、恋人などと言ったら、やはり、迷惑だろうか……) とことん自分の評価が低いクリスは、そんな思考に陥る。 そんなクリスの様子に、ブランキーがキシシ、と笑った。 「ほら、見ろ。メル、安心しな。やっぱり姉ちゃんの負け惜しみだ」 「もう! ブランキー!! ご、ごめんなさいクリス様、この子、勝手に……」 そう言われては、クリスももはや退けなくなる。 (ボルス、すまん) そう胸の内で彼に謝りながら。 「本当だ」 「じゃあ、相手から直接聞こうじゃねーの」 「えッ」 クリスは絶句する。 だが、じーっとブランキーとメルはクリスを見ている。なぜか、リリィも。 クリスは彼女たちの視線に焦る。 どうしよう。どうしたらいいんだ。 クリスの頭は混乱する。 (えーとえーとえーとえーとえーと……) 直面したことのない事態に、思考がまとまらない。 「……ボ、ボルス――!!!」 戦場でのどんな危機にも、他の騎士に助けを求めたことのないクリスだったが。 クリスはぎゅっと目をつぶると、騎士の名を呼んでいた。 そして、広がる沈黙。 「ク、クリス……?」 しばらくして。 リリィが、頬を染めて俯いたままの親友に気遣わしげな声をかけるのと同時に。 「――クリス様!!!」 凄まじい勢いで、烈火の剣士が駆けて来た。 砂煙が立ってもおかしくない急ブレーキを、クリスの前で掛ける。 「お、お呼びですか!?」 「あ、う、うむ……」 クリスは、小さく頷く。 呆然としていたリリィとメルが、口を開いた。 「クリス、もしかして……そいつ?」 「クリス様、そうだったんですか?」 「何がだ?」 ボルスが怪訝に彼女たちを見る。 「ボルスさん、クリス様の恋人なんですか?」 メルの問いに。 ボルスは固まった。 かーっと血が昇る。 「えっ! ク、クリス様」 ボルスは、顔を伏せたままの彼女を見つめる。 キスは、たしかに交わした。だからそういう仲と言えば、そういう仲なのかもしれないが。 なにぶん彼女は酒に酔っていたし、まさか自分を恋人の位置まで引き上げてくれているとは思わなかったボルスであった。 ボルスの胸が痛いほど高鳴る。 天にも昇る気持ちというのは、このことかとボルスは思う。 「その……私たちは、こ、恋人同士、だろう…?」 少し不安な瞳で、クリスはボルスを見上げる。 ボルスは胸を感激に震わせながら、まるでその幸運を逃がすまいというように勢いよく彼女の手を握った。 「も、もちろんです!! クリス様!! もちろんです!!!!!」 うるさいほど断言する。 初々しいというか、熱いというか、そんな恋人たちをうんうんと頷きながら見てから。 リリィはメルにむかって腕を組んで見せた。 「どう? 納得いったかしら?」 「賭に勝てて嬉しいんですね、リリィさん」 「なんといっても一人勝ちだもんな!!」 リリィとメル(とブランキー)の会話に、ボルスが彼女たちに目を戻す。 「賭けって何のことだ」 「メルとそこの姉ちゃんが、どっちがいい男を恋人にできるかってぇ賭けだ。リリィは姉ちゃんに賭けてたからなぁ」 「ちょっと! 呼び捨てにしないでよ!」 「リリィさん、私に言わないで下さい〜」 目の前で繰り広げられる会話をよそに、ボルスの思考が晴れる。 恋人を作る賭け→彼女がクリス様に賭ける→女の魅力がマイナスだと思いこんでいたクリス様。 「――お前か! クリス様を落ち込ませていたのは!!」 怒鳴るボルスの剣幕にも、リリィは動じない。 「うるさいわね! そのおかげでくっつけたんでしょうが!」 「うッ」 「感謝してくれてもいいぐらいだわ」 親友で賭けをしていたくせに、なぜか胸をはるリリィ。 そして強く言えないボルス。 ブランキーがリリィに向かって身体を揺らす。 「大穴だよな、リリィ! 酒場で盛り上がって、総勢20名の賭けだぜ、でっかいぜ! 殆どがメルに賭けられてたからな!」 本拠地にいる者の大半は、クリスの鈍さが分かっている。 そうである以上一週間という短期間で彼氏を作る確率は低い。万一賭けを知れば、クリスは反対に恋人を作ろうなどと動かないだろうことも計算済みであった。 それゆえの高倍率なのだが。 「メルの若さにみんな賭けてたからなあ」 ぴくり。 クリスの頬が引きつった。 蘇るのは、メルを仲間にした時のこと。 小じわだの何だのと言ってくれたのだった。 クリスも普段は意識していないとはいえ、女である。やはり、傷つくことは傷つく。 「ブランキー! クリス様に失礼でしょ! いい加減にしないと、怒るよ!」 「それにだな、こいつ騎士だろ? 安心しな、メル。きっとそこの姉ちゃんが、地位に言わせて無理矢理モノにしちまったんだぜ」 ヒドイ言われように、さすがにクリスも人形を睨んだ。 リリィは、目の前で震える男騎士を認めて、思わずメルに声を上げる。 「バ、バカ……ッ」 しかし、本拠地内の女性陣と悶着を起こし続けるだけあって、人形の言葉は容赦なしである。 ブランキーのダミ声は消えることはなかった。 「女も歳を食うと焦るって言うしな!!」 ピタリ。 突然の静寂が落ちる。 怒りかけていたクリスでさえ、一瞬でその感情が驚きに消える。 リリィは頭を押さえた。 「だから……言ったのに……」 「命がいらんらしいな」 ボルスの剣が――もちろん鞘から抜かれている――、可憐な少女の首筋にピタリと当てられている。 リリィはため息をついた。 彼女でさえ、ボルスの前ではクリスを貶すととられる言葉は決して口に出さないものを。 メルは、騎士の刺すような瞳にぎこちない笑顔を浮かべる。 「わ、私じゃないです〜! ブランキーが勝手に」 ボルスが、剣呑な目つきのまま、ふっと笑った。 「……そうか。それは悪かった」 剣を、そのままブランキーへ――彼女の腕へ移動させる。 「ボルス、止めろ!」 少女の腕を本気で切り落としかねない騎士の腕を、クリスは慌てて掴んだ。 「ボルス!!」 「…………」 ボルスは、息を吐くと、剣を鞘へ戻した。 メルは動けない。 可愛らしい外見に似合わず、これでもメルはかなり強い。 その自分が、身構える間もなかったことがショックだった。 それに。 ボルスが、メルを見る。 「二度目の警告はないぞ、ガキ。その腕のヤツにもな」 これは、怒らせるとマジでヤバイ人種だ。 そう、メルは確信する。 珍しく、メルとブランキーはこくこくと頷いた。 「じゃ、じゃあ、クリス様……」 「お、おう。じゃあな!」 さっさと、逃げていってしまう。 リリィはパチパチと手を叩いた。 「さっすが、クリスバカなあんただけあるわ〜。あれほど見事にあの子を追っ払える男は初めて見たわよ」 「ク、クリ……バカって、どういう意味だ!!」 「まんまその意味」 さらり、とリリィは答える。 ボルスは剣に手をかけるが、リリィににっこりと微笑まれ。 さらにクリスの視線を後ろに感じ。 しかたなく唸るだけでお終いにする。 リリィはクリスの肩に腕をまわすと、その耳に囁いた。 「じゃあ、ありがとね、クリス」 「リリィ……! 賭けのことはッ」 「まーまー。あんたも私に感謝しなさいよ? それじゃ、お邪魔するのもなんだから、またね」 「!」 赤くなるクリスを残して、リリィは軽い足取りで去っていった。 残されたクリスとボルスは、無言で見つめ合う。 クリスは少し困ったようにボルスを見上げた。 「ボルス。さっきのアレは……感心できないぞ」 「貴女を、侮辱する者は許せない」 「……。でも、やはり、やりすぎだ」 「………………………………………はい」 すみません。 あまり納得できていないように、だがそれでもボルスはそう頷く。 「……ボルス」 うなだれてしまった騎士を、クリスは優しく呼んだ。 ボルスは、顔を上げる。 そこには、彼女の綺麗な笑顔があった。 「でも、来てくれて嬉しかった」 「ク、クリス様……。俺は、いつでも、貴女が呼べばすぐおそばに」 クリスは、ボルスにそっと抱き寄せられる。 昨日まではまるでそういうものに縁がなかったというのに、すぐこういう雰囲気になってしまう――突然恋愛関係に入ってしまったことに混乱する。 だが彼女のその焦りをよそに、ボルスは周りに誰もいないのを確かめてから、彼女の瞼へキスをした。 「いえ……呼ばれなくても。俺はいつも、貴女のそばに」 クリスは誰か通りがかったらと、身体を堅くするが。 うっとりするほど優しく頬を撫でられて。 「クリス……」 愛しげに名を囁かれて。 力を抜いた。 結構、幸せかも。……そう、どこかで思いながら。 |
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