The vow of knights![]() |
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「血塗られた剣を抱えて何を想う? 白き乙女よ」 ルシアの非難に、クリスの脳裏に浮かんだのは自らが手にかけた幼い少年の顔だった。 「我が氏族の血を吸った剣はまだその手の中か?」 手に蘇るのは、その時の感触。 「くっ…………」 クリスは、目を伏せた。 サロメはクリスのすぐ側まで馬を進めると、 「それが戦いであろうが!!」 クリスの前に立つルシアにそう怒鳴った。 ルシアはサロメに目を移す。 「あれが『名誉ある』戦いか? あれはカラヤでは戦いとは呼ばぬ。ただの殺戮だ!」 「しかし………あの、戦いは……」 ルシアたちから仲間を守るため、必要であったこと。 そうはっきりと言わなくてはならないのを分かっていながら、クリスの唇は上手く動いてはくれなかった。 彼女の手がまぎれも無い罪をもっていたから。 「クリス様…………」 それを咎めるではなく、むしろ気遣うようにサロメが小さくクリスの名を呼ぶ。 ロランが一歩馬を進めると、クリスに静かに言った。 「クリス様、戦いには必要なことです」 そして返す目でルシアたちを厳しく見据えると、よく響く声を上げる。 「聞け、草原に住む蛮族よ! 我らの信頼を裏切った報いは受けなければならない! この戦いにて、それを思い知るがいい!!」 「……クリス様、大丈夫ですか」 パーシヴァルが、クリスに馬をさらに寄せると、小さく聞く。 クリスはそれに頷いた。 ボルスが、彼女の反対側から敵に向かって駆け出る。 「クリス様を侮辱した罪、地獄で後悔するがいい!」 ボルスの剣と、ルシア、デュパの武器が交わろうとしたその時。 「待て!」 パーシヴァルの声が飛んだ。 チッと舌打ちしてボルスが手綱を引きながら、パーシヴァルを軽く振り向く。 パーシヴァルはサロメを促した。サロメは静かに言う。 「ハルモニア侵攻の知らせが来たようです」 「チッ」 ボルスは剣を抜き放ったまま、ルシアたちとにらみ合っている。 クリスはサロメに聞いた。 「評議会からの命令か?」 「はい」 「来るのか、来ないのか、若造」 デュパのその挑発に、ボルスが反応する。 「貴様ッ!」 「やめないかボルス!」 パーシヴァルが後ろから怒鳴るが、ボルスには届かない。 デュパとボルスの剣が二度三度と打ち合う。 それに流されるように、両軍は再び激突しようとしていた。 クリスは、サロメの報告を聞いて息をついた。 「評議会の命令では、退かぬわけにはいかないか………。―――ボルス! 止めろ!!」 「!」 ボルスはデュパと打ち合っていた剣を引く。 手綱を引いて、首を振る馬を落ち着かせると、馬首を巡らした。 「はい、クリス様」 「退くぞ! 騎士たちをまとめろ」 「は」 サロメはそう頷く。 デュパは、完全に剣を鞘に戻したボルスに言った。 「終わりか、小僧」 「……命拾いしたな、トカゲ野郎」 「それはこっちの台詞よ!」 「何を!」 「ボルス!」 パーシヴァルがボルスの横に馬をつける。 「急げ、クリス様が呼んでるぞ」 「何!?」 ボルスは言って、クリスの元へ駆け戻って行った。 残されたパーシヴァルは、デュパを見下ろす。 「では」 「……首を洗って待ってるがいいわ鉄頭どもが」 「それはそのままお返ししよう」 そして、馬首を巡らす。 そのパーシヴァルに、クリスが近寄った。 「準備は整った。戻るぞ」 「了解しました」 「白き乙女が、敵に背中を見せるのかい?」 ルシアが、両手を組んで不敵に微笑む。 クリスはじっと、そんな彼女を見た。 「このたびは、ここまでに。……いずれまた、お会いすることになるでしょう。……それから、その名で私を呼ぶのは止めて頂きたい。私は、クリス・ライトフェローだ」 それでは。 クリスは一礼し、馬首を返す。 騎士団はゆっくりと大空洞を後にした。 大空洞攻撃は、実質的に圧勝だった。 けれど騎士団の先頭を行く六騎士たちの様子は明るいものではなかった。 ルシアを前に、言葉を詰まらせたクリス。 最初に口を開いたのはサロメだった。 「クリス様。カラヤの件は、わたしの策です」 「サロメ?」 「クリス様が気になさることは」 「違う!」 「……クリス様……」 「…違う、違うんだ、サロメ」 ゆっくりとクリスはサロメに首を振った。 「私はあのことを後悔などしていない。お前の策がなければ、仲間を助けることはできなかった。……私はカラヤの村を焼いたことを、後悔なぞしていないよ。誤解させたのならすまない。お前が気に病む必要など欠片もありはしない」 「では、なぜ……」 その言葉に、クリスはサロメから目をそらした。 「……すまん。あの場所で、あの状況で、私は個人的なことを……思ってしまったのだ」 あの場面、騎士団を従えたあの時、自分は騎士団長として断固とした態度でいなければならなかった。 あそこで詰まっては、騎士たちの行動に後ろ暗い所があるのかと思われてしまう。 彼らの名誉を傷つけてしまう態度だった。 「……あれでは、団長失格だ」 あの時、本来ならクリスが言わなければならない事を代わって言ったのはロラン。 そして一番ショックを受けたのも彼だろうことが分かるクリスは、ロランの方を見た。 「すまん……ロラン。2度とあのようなことは繰り返さないと約束する」 「いえ……」 ロランは静かに首を振る。 そして、続けた。 「クリス様。……差し支えがなければ、貴女が何故あの時動揺なさったのか教えて下さい」 「ロラン」 咎める声をレオは上げるが、自分もそれが知りたいためそれは弱いものとなる。 決して好奇心ではない。 ただ、クリスがルシアに言われるままになっていたその事が信じられないのだ。 しばらく沈黙が続いた。 サロメたち皆が、自分の言葉を待っているのが分かる。 個人的なこと……。しかし、あんな無様な所を呈してはそれではすまない。 「私は……」 クリスは、手綱をぎゅっと握り締めた。 これを聞いて、他の者はどう思うだろう? 誉れ高き騎士。彼らはまさしくそれに相応しい騎士たちなのだ。 軽蔑されるのではないか。 そんな不安に怯える自分の心があることを、クリスは何より恥じた。 あるいは少年への自らの後悔以上に、そんな保身じみた感情があることを。 「あの時の、カラヤの村で……」 サロメたちの目に映るクリスは、まるで断罪を待つ罪人の面持ちだった。 「子どもを殺した」 「…………」 息を呑む気配はなかった。 初めて知ったレオとロラン、ボルスとパーシヴァルに驚きはある。けれど、それ以上に平静だった。 どれだけその言葉の内容がショックなことでも。 なんの理由もなくクリスがそうするわけがないことを彼らは分かっている。 信じているのではない。分かっているのだ。 そしてどんな理由であれ、もし普通に考えて理由とならないものであっても。 彼女が成したことならば……或いは、犯したことならば非難するかどうか悩む必要もなかった。 彼らはすでに彼女の全てを受け入れている。 受け入れることを、とっくの昔に自らに決めている。 彼女の過去も、そしてこれからも。 ルイスは、声を上げた。 「クリス様! でも、あれは!!」 泣きそうな顔で、訴える。 「あれは、あの子が、貴女を殺そうとしたんじゃないですか!」 「それならば、それは戦いです」 サロメが、そうクリスに言う。 クリスは顔を伏せたまま眉を寄せた。 「私の、不覚だ。……村といえど、戦場で……気を散じた私の。父の鎧に気を取られていなければ、背後をとられることもなかった。もっとはやく殺気に気づいたはずだった」 騎士として剣を振るう以上、多くの命を奪ってきた。 けれどあんなに小さな、そして無力な命を殺してしまったことはなかった。 「どんなに子どもでも、人を殺そうと剣をとった時から戦士です」 「戦士だなどと……あんな……。剣を握る手も慣れていなそうな子どもを……。私がしっかりしていれば、簡単に剣だけ弾くこともできたのに。命まで……」 「クリス様の不覚なのは確かですな」 パーシヴァルの声が通る。 傍らのボルスが怒鳴った。 「パーシヴァル!! 何を言う!!」 「お父上の鎧に気を取られていたのなら、クリス様がお悪い」 パーシヴァルはボルスの非難が聞こえなかったように、続ける。 「あと少し気がつかなければ、その貴女の言う無力な子供に貴女の命が取られていたのでしょうから」 「……それは……」 「握る手が無力でも、その剣の刃が無力なわけではありません。貴女に剣が突き刺されば、それが大男のものだろうと子どものものだろうと違いはない」 「そ、その通りです、クリス様!」 ボルスが、顔を上げないクリスに馬首を更に寄せる。 「貴女のせいではありません!!」 「……しかし……」 クリスの脳裏に、あの小さな少年とそれを抱いて泣く少年の姿が蘇る。 戦場で死は平等に誰もの隣にある。 クリスは理性を重んじている。 けれど、やはり感情は彼女に、理性についてきてはくれなかった。 「クリス様の……他人の死を望んだ以上、その少年にも死の覚悟があったはず」 だからそのサロメの言葉に、彼女は弾かれたように顔を上げ叫んでしまっていた。 「でも、あんな小さな子どもだったんだッ! あんな小さな、あんな、あんな幼い子どもを――――ッ」 サロメの、そしてボルスたちの目が見開かれる。 散った涙に。 クリスは自分の頬に伝った涙に気づいて、バッと顔を背けた。 ボルスやパーシヴァルたちの目から隠れるように顔を伏せながら、手の甲で頬を拭う。 「……クリス、様……」 「……すまん」 震える声で、クリスは平静に戻ろうと唇をかみ締める。 「……見苦しいところを、見せた」 「……そんな、見苦しいなどと……」 たどたどしく言うボルスに、クリスは少し顔を上げた。 その表情はすでに、普段の彼女に戻っている。 その瞳がうっすらと赤いことを除けば、なんらいつもの彼女と変わりが無い。 「忘れてくれ」 短く言い、クリスは正面を向いた。 まるでさっきまでのことがなかったかのように。 「ク、クリスさ」 ボルスの声は、横から伸びたパーシヴァルの手に制せられる。 前を向いて進むクリスに、しばらくして静かな声をかけたのはロランだった。 「……これだけはお忘れなきように、クリス様」 「…………」 「貴女の功が、我らのものでもあるのならば、貴女の罪もまた我らの物です。――――我らはどこまでも、貴女とともに」 「……すまん……」 他に言葉が見つからず、クリスは目を伏せた。 サロメの声が後ろから聞こえる。 「いいえ。それが、我々の望みですから」 「…………」 クリスの目に、ブラス城の門が見える。 誉れ高き六騎士を先頭に、騎士団はその門へと石橋を進んで行った。
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