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「ショックだわ〜」 ため息をつくリリィの言葉に、クリスは書類に目を通しながら頷く。 「そうか」 「…………」 ゼクセン・グラスランド連合軍本拠地。 ここはクリスにあてがわれた部屋だった。 今はお茶を飲みながら簡単な書類のチェックをしていたクリスの元へ、リリィがいつものように邪魔をしに――ではなかった、話をしに来ていた。 ここしばらく天気が悪いせいで、誰もが城に篭もりきりになっている。 彼女の「ショック」は今に始まったことではないので、クリスは軽く聞き流している。 たしか昨日のショックは、朝のメニューに、アスパラガスが入っていたとかいなかったとか……。 リリィは、ダンと机を叩く。 「もう! 聞いてるの!? クリス!」 「聞いている」 書類から目を離さずに言う。 リリィは、大げさに息をついた。 「まったく、親友が恋に悩んでいるっていうのに」 「そうか。…………恋?」 クリスは、顔を上げた。 ショックというわりに能天気なリリィの顔を見る。 そんなに思いつめているようには見えなかった。 しかし、元気なふりをしているだけということもある。 はっきり言って恋愛問題で自分が相談にのれるとは思えなかったが、リリィは彼女にとって数少ない女友達だ。深く悩んでいるのなら放ってはおけない。 「何かあったの?」 ちょうど目を通し終えた書類を、テーブルの上に裏返してからクリスは言った。 リリィは、お茶を飲みながら言う。 「ほら、傭兵隊にさ、ジャックっていう美形いたじゃない」 「傭兵隊……ゲド殿たちの傭兵隊? ジャック……そういえば、いたような気もする」 あまり覚えがないけど。 そう答えるクリスに、リリィは大きく肩をすくめた。 「あーあー、相変わらずそういうトコはテンデダメなんだから、クリスは」 「ダメって何よ」 リリィと二人だけなので、自然クリスの口調も女言葉に戻っている。 リリィはちょっと笑った。 「まあ、ねえ。クリスはいつも周りに、ボルスとかパーシヴァルとか、美形揃えてるから目が行く必要なんだろうけど」 「揃えるって……。変な言い方しないで、リリィ。あの二人は部下よ」 「でも、カッコいいのは分かってるでしょ?」 うーん、とクリスは唸る。 彼らは町で人気が高いのを知っている。 ブラス城下町でも、ゼクセでも、二人が女性に囲まれているのを目にすることは多かった。 クリスは気にしたことはないが、姿かたちも申し分ないのだろう、と思う。 「そう、だな。腕も信頼できるし。有能だ」 「なーんだ、クリスもやっぱり女の子なんだねー。安心した」 「???」 「ま、それはいいとして。私なんか、部下がアレじゃない?」 アレ呼ばわりされる哀れなリードとサムスだった。 この場に彼らがいないことが救いか。 クリスは少し気の毒になる。 「だからさ、ちょっと勧誘しようと思ったんだけど」 「……ジャックを?」 「そーそー」 「………………」 どこが、恋の悩みだ。 クリスは、一瞬でも真面目になった自分が悲しかった。 「でもさ、観察してると、どーもあの男、アイラって子に惚れてそうなんだよね」 「そう」 「そう。って! 他に言うことないわけ!?」 「他って………」 「『リリィの方がずっと美人よ』とか、いろいろあるでしょ、フォローが」 「そういう事を言われても…………」 クリスは、一生懸命アイラのことを思い出そうとする。 そう、彼女はたしか……カラヤの……。 一瞬、辛い痛みが胸を走ったが、クリスはそれを押し込めた。 「そういうのは、好みでしょう? どっちが美人かなんて、その人の価値観によるんじゃない?」 「甘い!」 リリィは、びし、とクリスを指さした。 「いーい、クリス。そんなことじゃ貴女の騎士たちだって他の女にとられちゃうわよ!」 「とられるって……そもそも彼らは私の同僚というだけで、別にそういう……」 「常に努力しなくちゃダメよクリス!」 「リリィ、聞いてる?」 「わかったわ! 私に任せておいて!!」 「リ、リリィ、私の話も――」 「わかってるって!!」 全然分かってない。 そう言いたいのだが、リリィは聞く耳を持たない。 「いい、クリス。貴女がアイラと私に負けているのはね、ずばり、可愛らしさよ!」 何気に自分を自慢しながらリリィはクリスの手を掴む。 「あの子がソーダ飲んでるトコなんか、結構可愛いのよね。目を輝かせちゃってさ……。たとえるなら私が可愛いお願いをしてる時のよう、かしら」 可愛いお願いか!? リリィに振り回されるサムスたちがいれば、(あくまで)心で突っ込むだろう台詞である。 「だから、そうね……。ちょっとワガママを言ってみるってどうかしら!?」 「別に、私は可愛くなどなりたくない。私は騎士として―――――」 「ボルスたちだって、クリスが可愛くなるほうが嬉しいって!」 「あのね、リリィ。だから、彼らはそんな関係では」 「嫌われるより好かれるほうがいいでしょ!? 嫌われてもいいっていうの!? 側に寄るのも嫌ってなってもいいの!?」 すごい話の飛びようである。 しかし、口では勝てないクリス。リリィの勢いに押される。 「そ、それは、困るが……」 それほど嫌がられては、騎士団の仕事に支障がでる。 リリィは目を輝かせた。 「じゃあ、今日の夜決行ね! 約束よ!」 「は?」 「『可愛いわがまま』! 分かったわね!」 リリィは一人、すっきりした顔になって笑顔で部屋を出て行った。 残されたクリスは、茫然となる。 「……約束って……」 真面目な彼女は、真剣に悩んでいた。 その夜。 夕食を済ませた六騎士は、クリスの部屋で今のゼクセの状況を話していた。 サロメの報告が終わり。 夜も更け、そろそろ彼らがクリスの部屋を退出しようかとしていた時。 クリスはその気配に、思わず声を上げた。 「あ……」 リリィの「約束よ!」の言葉が蘇ったのである。 サロメが、立ちかけた席をつく。 「クリス様、何か」 「あ、嫌、あの……」 何と言っていいものか分からない。 だいいち、わがままというのはいったい何を言えばいいのか。 クリスは全員の視線が集まっていることに気づいて、焦った。 そこで、ふと思い出す。 それはリリィとお風呂に入った時のこと。 リリィはお風呂上りに、仕切られた隣の男風呂に向かってサムスたちにアイスクリームが食べたいから用意してほしいと叫んでいた。 「ア……」 「あ?」 パーシヴァルが、問い返す。 「ア………アイスが、食べたい」 「……………………」 おりる、沈黙。 クリスの頬を、カーッと朱が昇った。 馬鹿―――! 自分を罵る。 冷静になってみれば、あの約束とやらはリリィが一方的にしたもので、何も自分が実行しなくてはならない義理などないのではないか。 自分の言ったことを自覚すると、顔から火が出そうなほど恥かしかった。 実際、赤面しているのだが。 それに、考えてみれば、リリィのわがままよりさらに酷い。 こんな時間にアイスなど手に入れられるはずもなかった。 どうして自分は、こんな馬鹿なことを言ってしまったのか!! 彼らもどれほど呆れているだろう。 クリスは、熱い頬を手で押さえながら、恐る恐る顔を上げた。 「………食堂は、しまってますな……」 「いや、食料庫の保冷室にあるのでは?」 顔をつきあわせているロランとサロメ。 レオは「一つクリス様に残してさしあげていればよかった……」と一人唸っている。 「ク、クリス様! 俺買って来ます!!」 どこから買ってくる気なのか、ボルスはやる気満々にクリスに訴える。 腕を組んでいたパーシヴァルは、クリスが顔を上げたのに気づくと彼女を見て腕をといた。 「少しお待ち頂けますか? 作ってまいりますよ」 「ち、違……。い、いいんだ、皆。すまん、忘れてくれ!」 恥かしさに頬を染めながら、クリスは視線を外す。 「ホントに、いいんだ……すまない」 クリスは自分が情けない。 渋る彼らを、クリスは無理矢理部屋から追い出した。 「気にしないでくれ」 そう言って。 扉を閉めてから、クリスは深いため息をついた。 翌朝。 クリスは服を着替えると、昨日の醜態を思い出してまたもため息をついていた。 すると、ルイスが部屋に入ってくる。 「クリス様、お目覚めですか?」 「ああ」 「よかった。……もしお目覚めじゃなければ、お起こししなくちゃいけないと思っていたんです」 「何かあったのか?」 クリスの表情が硬くなる。 それに、ルイスは激しく首を振った。 「いいえ! そういうのじゃないんです」 ただ。 そう言って、ルイスは銀のトレイを差し出す。 そこに載っていたのは。 「それが、朝から入れ替わり立ち代り皆さんがいらっしゃって、これをクリス様にって……」 色とりどりの、アイスクリームがちょうど5つ。 クリスは絶句した後、頭を抱えた。 「ク、クリス様!?」 それから。 クリスの我慢が限界にくるまで、夜の打ち合わせ後に毎日アイスクリームのデザートが並べられたのは言うまでもない。
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