ぬくもり

「間に合ってよかったですね」
 ハルモニア軍が引き上げた後に、リコは息をついてフレッドを見た。
 フレッドは強く首を振る。
「何を言う、リコ! あんな奴等俺たちだけで充分撃退できたさ」
「…………」
 ナッシュは、少し笑ってそんな二人を見ていたが。
 ざわついた声に、振り返った。
 チシャ村の人たちの向こうに、 クリスと、アップルが連れてきた少年が向き合っているのが見えた。
「そうだ……その目、その髪、あの時、ルルを殺した……」
「あの時の少年か……」
 クリスが、目を見張る。
 リコがナッシュを見た。
「どうしたんですか、ナッシュさん」
「ん? いや……」
 ナッシュはリコを振り返り、だが。少年の叫び声に再び彼らの方を見た。
「なぜだ!? ……なぜ、こんな所にいる? ここはグラスランドだぞ!」
「…………」
 クリスが目を伏せるのをみとめて。
「ナッシュさん?」
 リコの声を背中に、ナッシュは人ごみに向かって駆け出した。
「チシャの村だぞ!! なんで、お前が、この村のために戦っている!!!」
 叩きつける少年の叫びに、クリスは答えられない。
「お前たちの言う蛮族に手を貸す理由はなんだ?」
「大人は複雑なんだよ」
 ナッシュは、クリスを背中に庇った。
 少年に言う。
「純粋であることが子どもの美点では必ずしもないってことを、理解するんだな」
 口調は静かだが、その目は厳しい。
 少年の連れのダックも、彼を諌める。
 シーザーが軽く手を叩いて村人たちを見回した。
「悪いが、見世物じゃないんだ」
 散った散った、と集まっている村人たちを解散させる。
 ナッシュの背に少年の視線は遮られているが、それでもクリスは顔を上げることができなかった。
「――行こう、クリス」
 ナッシュが、クリスを促す。
 クリスは、それに頷いてそこを離れた。――ついてくる少年の視線を、痛いほど感じながら。





 ヒュ―ゴ、と呼ばれていたな、確か……。
 クリスは、息をついた。
「あの、少年は?」
 人気がなくなった場所まで来ると、ナッシュがそうクリスに聞いてくる。
 クリスは自分の片腕を無意識に抱いた。
「カラヤの村をゼクセン騎士団で攻撃したときに、彼の友達をこの手にかけた。そういうことだ」
「戦うすべを持って、それを使うなら避けられないことだな」
「……あの少年よりさらに……。幼い子どもだった」
「…………」
 クリスは、静かに笑う気配に、ナッシュを睨みつける。
「何が、おかしい」
「いや……。キミは、ホントに不器用なんだな」
 言って、ナッシュはクリスの正面に回りこむ。
「カラヤといえば、戦士の村だ。いくら幼くてもキミを殺そうと襲った時点で、その子は自分の命を賭けたんだ。負ければ殺されるのはしかたないといえばしかない」
「何を……ッ。しかたないなどと……」
「それに、キミは背後から襲われたんだろう? 手加減する余裕がなくても当然だと思うがな」
「! なぜ、知っている……」
 自分は、この男に何も話していないはずだった。
 クリスは、真正面に立つナッシュを見た。
 ナッシュは肩をすくめる。
「ま、情報量には自信があるんですよ」
 すっとナッシュの手がクリスに伸びる。
 クリスは自分の頬に触れてくるナッシュから身を離そうとするが、彼の言葉に凍りついた。
「アンタ、騎士団長には向かないかもな」
「――――ッ!!」
 自分はどんな、顔をしたのだろう。
 ナッシュはクリスを見て一瞬辛そうな顔をして、そしてふいと手を離すと、少し笑った。
「ああ、子どもに背中取られたことを言ってるんじゃないぜ? ……あんたは、優しすぎる」
「馬鹿なことを」
 クリスは、顔を伏せた。
「私のどこが……」
「それから、自分に厳しすぎだな。オレが聞いた時、子どもを殺した状況を話さなかったろ?」
「その必要はないと思ったからだ」
「普通はもっと自分を弁護するもんだ」
 さらりとナッシュは言う。
 クリスはナッシュに顔を上げ、そしてその目に戸惑った。
 彼がひどく優しい目で自分を見ていたから。
「あんた、もっと自分に優しくしてやったほうがいい」
「私は……」
「辛いときには辛いと言ってもいいし、泣きたいときには、人間泣くことも大事だ」
「…………」
 涙が零れそうにならなかった、と言えば嘘になる。
 優しい言葉の方が、厳しい言葉より耐えることが困難なのだとクリスは知った。
 けれど。
「…………」
 キュッと唇を引き締めたまま佇むクリスに、ナッシュは一つ息をつくと、楽しそうに笑った。
「あーあー、強情なお嬢さんだ。普通はここで、胸に飛び込んでくるもんだが」
「! ナッシュ! また私をからかったのか!」
「いえいえ。涙は人間の心を癒す一番の手だってことです。年配の言葉には耳を傾けるものですよ」
「だいたい、お前はどこまでが真面目に言っているのか、分からな――」
 クリスは、言い終える前に言葉を失った。
 ナッシュが、彼女を抱き寄せたのだ。
 背中に回された腕に、クリスは我に返る。
「な、なにを!」
「知ってるか? 人の温もりってのも、心を癒すにはいい方法だってことを」
 笑いを含んだ声に、クリスは抵抗しようとし。
 その後静かに言われた言葉に、止まった。
「クリス。――見てるオレの方が、痛い」
「ナッシュ……」
「だから、お前のためじゃなく。オレのために今は、こうしていてくれ……」
「…………」
 そのささやきに、クリスは目を閉じた。
 感じる体温は、泣きたいほどに暖かかった。
 



END