my little lover U![]() |
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追って来たリリィたちを振り返ると。 クリスは、騎士たちの間に駆け込んで、パーシヴァルの腕に飛び込んだ。 パーシヴァルは、咄嗟にかがむと、小さな彼女を抱きとめる。 リリィとアップルはそんな彼らの前に立った。 「ちょっと、クリス! 逃げることないでしょ!?」 立腹しているリリィを見て、パーシヴァルはそのままクリスを抱き上げると――いわゆるお姫様だっこではなく、左腕に座らせるようにし、もう片方の腕で彼女を抱きこむように背を支えた。 「まあまあ、リリィ殿。そんな顔で追いかけては、クリス様でなくとも逃げ出しますよ」 にっこり。 涼やかにあっさり笑顔で言う声に一瞬聞き流しかけるが、とんでもないことを言っている。 一瞬十分置いてから、リリィの眉がつりあがった。 「何ですって!」 パーシヴァルの胸に抱き上げられているクリスは、パーシヴァルの首に手を回す。 そんなクリスを見て、サロメは困ったような笑みを浮かべてリリィに一歩進みでた。 「……まあ、まあ。落ち着いて下さい、リリィ殿」 「それより、どうしたのですか、アップル殿」 抜群のタイミングで、ロランがアップルを促す。 アップルは困ったように微笑んだ。 「家に帰りたいって……。当然でしょうね……」 今のクリスは幼い少女だ。家や家族を恋しがって当然だった。 彼女にしてみれば、周りは知らない者だらけなのだから……。 「しかし……」 サロメは、唸る。 家と言っても、今はクリスの両親はどちらも他界している。 六騎士たちは本拠地となっている城から動くことはできず、かといってゼクセの家に彼女一人置いておくのは不安だった。 「でも、貴方たちがクリスさんを見てくれれば、この城でも大丈夫だと思うわ」 アップルは明るい声になる。そして、パーシヴァルにしがみついているクリスを見た。 「記憶がなくても、貴方たちのことは信頼してるみたい。意識の下で覚えているんだわ」 「しかし、昨日は我々のことも……」 怖がられないようにと、クリスと距離を置いているレオがそう聞く。 それに、アップルは笑った。 「それは、あれだけいきなり怖い顔で怒鳴り込んで来たら、誰でも驚くわよ」 「クリス様、心配ありません!!」 普段のクリスに向けるのと同じ熱さで、ボルスは少女に言っていた。 パーシヴァルの首にしっかりと回されている腕が気に入らなかったが。 もちろん、この場合も気に入らないのはクリスではなくあくまでパーシヴァルである。 「俺が貴女を守ります! ですから、どうぞこちらに」 見つめてくる少女に、ボルスは腕を差し出す。 それを見て、パーシヴァルはクリスの視線からボルスを外すように動いた。 「それはダメだ」 「なんだと!」 「お前の馬鹿力で、クリスが抱き潰されでもしたら困る」 抱き潰す、という表現に、ボルスはカアッと赤面する。 が、パーシヴァルの台詞に聞き捨てられない言葉があったことに気づいて彼を睨んだ。 「おい! クリス様を呼び捨てにするな!」 「今の彼女は、クリス様じゃないだろう? クリス様になる前の、クリスという少女だ」 「しかしッ」 「…………わたしも、その呼び方は感心しません」 苦い声で、エルフの騎士が言い。 横で大柄な騎士がうんうんと力強く頷くのを見て。 パーシヴァルは、息をついた。 「……わかりました」 かくして。 少女クリスには、彼ら騎士が順番につくことになった。 クリスがパーシヴァルにしがみついたことで、成り行き上今日はパーシヴァルがクリスの相手をすることになった。 ボルスは最後まで反対していたが……。 パーシヴァルはクリスを、馬場に連れて行った。 少女の目が、嬉しそうに輝く。 「クリスは、馬が好きかい?」 散々文句を言われるため、騎士たちの前では本来のクリスへの口調をそのまま使っていたが、二人だけになってそれが変わる。 馬を嬉しそうに見ていた少女は、パーシヴァルを見上げた。 銀の髪は流れるように長く、紫がかった空色の美しい瞳も確かにクリスで。けれど、くるくると表情豊かな彼女は、やはり小さな少女だった。 「はい。騎士様」 頷く少女の言い様に苦笑して。 パーシヴァルは腕を伸ばすと彼女を抱き上げた。 交わる視線が、同じ高さになる。 「俺のことはパーシヴァル、と。それに普通に話してくれるほうが嬉しいな」 「…………。分かったわ、パーシ、ヴァル」 たどたどしい言い様に、パーシヴァルは少し笑って。 自らの愛馬に近寄った。 「馬に乗るかい?」 「うん!」 弾む声を微笑ましく思いながら、パーシヴァルは小さな少女を片腕で抱きなおすと片手で器用に騎乗した。 ぐっと高くなった視線に、少女は驚きつつ、喜びつつ……しかし、少しだけ体を硬くする。 それを感じて、パーシヴァルは前に座らせたクリスの身体に腕を回してしっかりと抱き、もう片方の手を伸ばして手綱を軽く握った。 「大丈夫。俺は、キミを落としたりしない」 「うん」 クリスは、顔だけ少し振り向いてにっこりと笑った。 パーシヴァルは少女に優しく微笑み返し、ごく軽く馬の腹を蹴る。 静かに、馬は歩き出した。 走る、というより歩くより多少速い程度で。ちょうどゆっくりとした風が頬を撫でる。 少女の風に流れる銀色の髪を眺めながら、パーシヴァルは幼い娘が好きそうなお菓子の話をしたり、見えてくる景色を問われるままに答えたりしていた。 「パーシ、ヴァル」 パーシヴァルは会話をしていて気になったのだが、クリスは自分の名を呼ぶときいつも苦しそうになる。 どうやら幼い少女の舌には、彼の名前の発音は難しいようで。 パーシヴァルは、少し考えてから、言った。 「………パーシィ、でもかまわない」 子供のころの呼び名。女の名のようで、呼ばれるのは嫌だったのだが、目の前の少女の辛そうな様子を見ていられなかった。 「じゃあ、パーシィ」 今度はすっと発音される。 「パーシィは、ゼクセンの騎士様でしょう?」 「そうだよ」 「……騎士団には、女の人もいる?」 「……いる」 パーシヴァルは、馬を止め、草原に下りた。 少女を抱き下ろす。 そして片膝をつき、同じ視線の高さで彼女と向き合った。 「凛とした姿は冴えた月のように美しく硬質で。それでいて気性は激しくて。剣の腕は素晴らしく、とても強くて、騎士団を守る戦女神のような方で。真っ直ぐで真面目で……少々融通がきかなくて」 ……可愛らしい、ひとが。 パーシヴァルの目は真剣だった。 少女は、だが、顔を曇らせる。 「……私も、なれるかな。そんなに強い、騎士に」 「必ず」 パーシヴァルは強く頷いてから、表情を柔らかくした。 「クリスは、騎士になりたいのかい?」 こんな小さな時から、騎士になりたかったとは知らなかった。 パーシヴァルは思い、軽い気持ちで聞いたのだが。 クリスはますます顔を曇らせた。 「……私が騎士になったら。強い騎士になったら、きっと、お父様も帰ってくるもの……」 「!」 パーシヴァルは、息を呑む。 クリスが幼い時から、父親がいなかったのは知っている。そして今では、その理由と彼の行く末も。 「……クリス……」 「ずっと、お母様が泣いているの。お父様が、帰ってこないから……。私が、男の子じゃないから。だから、お父様は帰ってこないって、みんな、言うの……。私が、女の子だから……」 「それは、違う」 ライトフェロー家は代々優れた騎士を輩出している名家。良家が男の後継ぎを望むのは、誰もが知ることだった。ワイアットが家を出て戻らなくなった時、同じ上流階級の人々の間でそういう噂がたっても不思議ではない。幼いクリスに、誰かがそれを吹き込んだのだろう。 そう、パーシヴァルは思う。 彼女が幼いとき、そんなふうに苦しんでいたの知って胸が痛んだ。 そして。 母親がずっと泣いていると言った。父親は家に帰ってこないと言った。 それでは、他に兄弟もいない彼女は、あの広い家で誰にぬくもりを教えられているのか。 使用人は彼女を、抱きしめはしないだろう。 愛情や暖かさが一番欲しい時、彼女は誰からもそれを与えられることはなかったのだ。 「……クリス……」 そう思うと、パーシヴァルは少女が憐れだった。 そして、他人に甘えたり頼ったりするのが酷く苦手なクリスの性質が、どこからきたのか分かった気がした。 「泣きたい時は、泣いてもいい」 パーシヴァルは、そっと、手を伸ばす。 パーシヴァルの手が少女の頬に触れ。その暖かさに少女は泣き出した。 パーシヴァルは、そんな少女を優しく抱きしめる。 父親に抱きしめられた記憶もなく、そしておそらく母親に抱きしめられたことも殆どないだろう少女は、パーシヴァルの服をぎゅっと掴んだ。 「……あったかい……」 その彼女の漏らした言葉に、パーシヴァルはふっと優しく目を細めた。 そうか、と思う。 最初に彼が彼女を抱き上げたとき、彼女がおずおずと自分の首に腕をまわした理由が分かった。 人の温もりに驚いて、そしてそれを放したくなかったのだろう、と思う。 小さな少女。 しかし、それはクリスで。 「……貴女が望んでくれるなら、俺はいつでもこうして貴女を抱きしめていますよ」 「……パーシヴァル?」 すっと出た言葉に。 パーシヴァルは驚いて少女を見た。 だがクリスは、やはり少女のままで。 しかし次の瞬間、その身体が大きくかしいだ。 「ッ!!」 クリスの顔が、苦しげに歪められる。 「クリス様!」 パーシヴァルは、咄嗟に思い当たり。 剣を抜くと彼女の服の端を切った。そして乱暴ともいえる仕草で彼女の服を引きちぎった。 それとほぼ同時に、クリスの身体が元に戻る。 倒れこむ彼女を抱きとめた。 「……ん……」 クリスは少し身じろぎし。 そして、目を開いた。 「……パーシヴァル、か?」 「はい。……クリス様、どこか苦しいところはありませんか?」 「? いや、別に、これといって……」 そこで、クリスは自分の姿を見て絶句する。 パーシヴァルの腕の中。しかも、素っ裸である。 「! きゃああああああ!!!」 素晴らしく女性らしい悲鳴を上げ。 ドンとパーシヴァルを突き飛ばすと飛びのいた。 しかし、それでは益々隠すものがなくなる。 赤くなるというよりも青ざめて、クリスは身体を腕で覆うとしゃがみこんだ。 空は青く。草原は優しい緑で。 そこにある彼女の肢体は眩しいほどで。 はっきり言ってパーシヴァルにとっては素晴らしく目の保養になるシーンではあるが、彼女の心情を考えればそうも言ってはいられない。 それに、どこに誰がいるとも限らない。こんな彼女の姿を、他の人間に見られるなどとんでもなかった。 「クリス様」 言って、身を小さくしているクリスを、パーシヴァルは再び胸に抱き寄せる。 「な、何をする!」 殆ど裏返った声で、当然な非難の声を上げるクリスに。 パーシヴァルは彼女を胸に抱きこんだまま囁く。 「この方が、わたしの身体で貴女の身体が死角になります」 その言葉に、クリスは固まる。 そう、ここは草原。 恐ろしく見晴らしのいい……。 自分の胸の中で動けなくなったクリスに、パーシヴァルは手早く自分の上着を脱ぐと、彼女にかけた。 「とりあえず、これを」 「……そ、そうだなッ」 上着をくれるなら、何も抱きしめなくてもよかっただろうにという突っ込みは、焦っているクリスにはない。 急いでパーシヴァルの上着を着るクリス。 しかし、男物の上着といえど、クリスのふとももの辺りまでしか裾がない。 足元がかなり不安だった。 「パ、パーシヴァル」 「はい」 「お前、城まで戻って私の服を持ってきてくれ」 「…………」 「お前ならそう時間はかかるまい」 たしかに、ここから城までそう距離はない。 パーシヴァルは、思う。 自分が馬を全速力で走らせれば、1刻とかからないだろう。 しかし。 パーシヴァルは、クリスの格好を上から下まで眺めて言った。 「その格好の貴女を、一人残して、ですか?」 「う……」 「襲ってくださいと言わんばかりですが」 「な、何を言う!! そ、そうだ、剣だ。剣を置いていけ!」 部下の剣を奪おうとする団長に、パーシヴァルは苦笑する。 「つまり、わたしは丸腰で行け、と? クリス様」 「し、しかたあるいまい!!」 「ふむ。……たしかに、剣があればその辺りの者に負ける貴女ではないでしょうが……。その格好で振るえるとは思えませんね」 「! では! どうすればいいというのだ!!」 逆ギレかけのクリスに、パーシヴァルはふ、と笑んだ。 「こうしましょう」 言って、パーシヴァルは愛馬に騎乗すると。 クリスを馬上に引き上げた。 「バ、馬鹿者! 何を!!」 「城のそばまで戻ったら、服をお持ちしますよ」 パーシヴァルは、自分の前に横乗り状態のクリスを、ぐっと片腕で抱き込んだ。 「それまでは、わたしの身体で貴女を隠していますから」 誰とも会わないようにしますが、顔はできるだけ隠していたほうがいいかと。 その続けられた言葉に、クリスは知り合いにこの状態を見られたらという焦りで、こくこくと頷き。 パーシヴァルの言葉通り。彼の胸に頬を押し付けるようにしてできるだけ身を小さくする。 パーシヴァルは、彼女に気づかれないようにその髪に口付けを落としてから、馬をかけさせた。 しばらくして。 「………結構、暖かいものだな……」 小さな小さなそのクリスの呟きを、パーシヴァルはだが聞きとめて。 「お望みなら、いつでも差し上げますよ」 この胸は、クリス様専用に致しましょうか。 そう、彼女の耳に囁く。 「バ、馬鹿、馬鹿者!! そういう冗談はやめろと言っている!」 クリスの手がパーシヴァルの背中をドンドンと叩く。 パーシヴァルは笑みを深めて、さらに馬を駆った。 クリスが元に戻り。 やっとその余裕が出来た騎士団は、ギョームを引きずっていった。 その中にパーシヴァルの姿はなく。 数日して、ボルスが不思議そうにパーシヴァルに聞いた。 「お前、どうしてギョームのヤツを許せたんだ??」 「さて。それは、あれだな。俺はあの感触を楽しませてもらったからかな?」 「??」 「お前でなくて、よかったぞ? ボルス」 「だから、何がだ」 「お前だったら耐え切れなくて、押し倒しているところだからな」 危なかった、と一人納得するパーシヴァル。 ボルスはますます不機嫌になる。 「だから! 俺にも分かるように話せよ、パーシヴァル」 「お、クリス様だぞ。ボルス」 その言葉に、ボルスは振り返る。 先ほどまでのやり取りは忘れたように、ボルスは彼女に駆け寄った。 「クリス様! 巡回ですか? どうか俺もお連れ下さい」 「ボルス」 気づいて、クリスは彼の方を向き。 必然的に、その向こうで立っているパーシヴァルに気づき、頬を染めるとパーシヴァルから目線を外した。 そして、ボルスを連れて角を曲がっていく。 その様子を眺めながら。 「……一歩リードしたかな?」 パーシヴァルは、一人、内心小さく笑んだ。 |
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