my little lover U![]() |
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追って来たリリィたちを振り返ると。 クリスは、騎士たちの間に駆け込んで、サロメの足にしがみついた。 サロメは、一瞬、何が起きたのか分からず。 リリィとアップルはそんな彼らの前に立った。 固まっているサロメ。彼の足にぎゅっとしがみつくクリス。 リリィは可愛く微笑んだ。 「あら、微笑ましいわねー。サロメのこと、お父さんみたいに思ってるのかしら」 内容は全然可愛らしくない。 少なくとも、おそらくサロメにとっては。 内心大ショックを受けているサロメを、ボルスたちは気の毒そうに見る。 サロメは、クリスを見下ろした。 クリスは、ひどく不安そうな顔でサロメを見上げている。 「……大丈夫ですよ」 サロメは、ゆっくり膝を折ると、クリスと目線を合わせた。 「ここには、貴女を傷つける者は誰もおりません」 「…………」 「大丈夫」 できるだけ優しい笑顔を心がけて、サロメは少女にゆっくり微笑む。 クリスは、じっとそんなサロメを見て。 それから、彼の手に自分の手をからめた。 「クリス様……」 「アップル殿、いったいどうしたのです?」 ロランが、アップルを見る。 アップルは困ったように微笑んだ。 「家に帰りたいって……。当然でしょうね……」 今のクリスは幼い少女だ。家や家族を恋しがって当然だった。 彼女にしてみれば、周りは知らない者だらけなのだから……。 「しかし、クリス様のご実家には一族の方はおられないでしょうし」 言うパーシヴァルに、ボルスは強く頷く。 「それに、我々はここを動けない。今のクリス様を、ゼクセの家でお一人になどできるか!」 「だから、貴方たちがクリスさんを見てくれればいいと思うの」 アップルは明るい声になる。そして、サロメと手を繋いでいるクリスを見た。 「記憶がなくても、貴方たちのことは信頼してるみたい。意識の下で覚えているんだわ」 「しかし、昨日は我々のことも……」 怖がられないようにと、クリスと距離を置いているレオがそう聞く。 それに、アップルは笑った。 「それは、あれだけいきなり怖い顔で怒鳴り込んで来たら、誰でも驚くわよ」 「クリス様、心配ありません!!」 普段のクリスに向けるのと同じ熱さで、ボルスは少女に言っていた。 「俺が貴女を守ります!」 「我々は貴女の味方だから、安心していいですよ、小さなレディ」 パーシヴァルは少し身をかがめて言う。 ボルスがそんな彼を睨んだ。 「何が小さな、だ! お前はこんな時までふざけたことを!」 「何だ、ボルスは小さなクリス様はレディではないと思ってたのか」 「だ、誰がそんなことを言った!! 俺は、ただ!!」 低次元な言い合いを始める二人の騎士を横目に、サロメはクリスに静かに言う。 「では、これからは我々がクリス様のお相手をさせて頂きます」 「…………貴方は?」 「サロメと申します」 かくして。 少女クリスには、彼ら騎士が順番につくことになった。 クリスがサロメにしがみついたことで、成り行き上今日はサロメがクリスの相手をすることになった。 平静を装ってはいるが、やはり心が弾むのか。 去り際に、「嬉しそうですね、サロメ卿」とパーシヴァルに言われてしまう始末だった。しかも、珍しくその時の目が笑っていなかったことは忘れることにした。 サロメはクリスの部屋で、城の子どもたちに借りた絵本を彼女に読んでいた。 普段なら決してしないことだが、クリスのベッドに腰掛け、眠りに入る前の彼女に色鮮やかな挿絵を見せながら読んでいる。 内容はよくあるお話で、囚われのお姫様を勇敢な騎士が救う話だった。 そして話はハッピーエンドで終わる。 クリスはベッドの布団から顔を出しながら、本を見ていた。 「……いいな……」 小さな、小さなその呟きに、サロメは少女を見る。 銀の髪は流れるように長く、紫がかった空色の美しい瞳も確かにクリスで。 しかし彼女も、今は小さな少女なのだと知る。 「クリス様にも騎士はおりますよ」 サロメは、クリスを敬称で呼ぶ自分たちは、クリスの騎士なのだと説明していた。まさか、貴女の部下ですとも言いにくい。ゼクセン騎士団的には違うのだが、ボルス初め自分たちに限ってはあながち嘘でもない。 「我々は、貴女を守ります」 姫に憧れているのかと思ってそう言ったのだが、どうやらそうではないらしく。 クリスは小さく首を振った。 「私も、こんなふうな強い騎士になりたいの」 「…………」 サロメの優しい眼差しは、さらに深くなる。 「クリス様ならば、必ず。このお話の騎士より優れた騎士におなりです」 「険しい谷を越えられるくらい?」 絵本の騎士が越えた氷の谷を指差す。 サロメは頷いた。 「ええ。険しい谷を越えられるくらい」 「悪い魔物を倒せるくらい?」 「悪い魔物を倒せるくらい」 「お姫様を助けられるくらい?」 「姫君を救えるほど」 「――お母様を、守れるくらい?」 「…………」 サロメは、涙の滲んだクリスの瞳に気づき、その髪を撫ぜた。 「はい。……お母上を守れるほどに」 「お父様も、喜んでくれるくらい……?」 「……ええ。ワイアット卿も、お喜びになります」 「じゃあ、帰ってきてくれる? お父様、私がこのお話みたいな騎士になれたら、帰ってきてくれる?」 クリスは上半身を起こすと、サロメを見上げた。 サロメは、幼い少女をそっと抱きしめた。 「……ええ……。必ず」 帰ってはこない。そう知っていても、それを少女に話すことはできなかった。 ずっと我慢していたのだろう、小さな少女はサロメの胸で泣き出した。 「ずっと、お母様が泣いているの。お父様が、帰ってこないから……。私が、男の子じゃないから。だから、お父様は帰ってこないって、みんな、言うの……ッ。ねえ、私が、女の子だから? だから、お父様は……」 「いいえ!」 サロメは、強く言う。 ライトフェロー家は代々優れた騎士を輩出している名家。良家が男の後継ぎを望むのは、誰もが知ることだった。ワイアットが家を出て戻らなくなった時、同じ上流階級の人々の間でそういう噂があったのは本当だった。幼いクリスに、誰かがそれを吹き込んだのだろう。 「ワイアット卿は、お父上は、そんな男ではありません」 そう言いながら、サロメ自身彼に対して苦いものを思ってしまう。 この世にはいない人間であり、サロメははやくから彼が姿を消した理由も知っていた。それでも、やはり「どうして」と思ってしまうのだ。 もっといい方法があったのではないかと。あるいは、事実ではなくても、もっと優しい嘘があったのではないかと。 貴方は酷なことをする。 そう、思っていた。言ったこともあった。 酷なことをする。 クリスにも、そして自分にも……。 ワイアットが生きていることを知りながら、居場所を知りながら、それでも彼に口止めされて言えなかったのはサロメだ。父親のことを想う彼女を前に、いつも何も言えない自分が辛かった。 「お父上は、貴女とお母上の側にはいませんが、いつも貴女がたのことを愛していますよ」 本当は、確信ではない。 忘れたよ、と言ったのだ。あの男は。サロメがジンバと連絡を取り合うようになった時、「ワイアットはもう死んだ、俺には妻も子もない」と。 それでも。彼女の心をこれ以上傷つけたくなかった。 「貴女を、大切に想っていますよ。お父上だけではなく、皆、貴女のことを大切に想っています」 少しでも、癒したかった。 「貴女を愛しています。我々は――わたしは、貴女を支え、貴女を守り、貴女と共にあります」 「……でも、私はお姫様じゃなくて、騎士になりたいの……」 「ええ。知っています」 サロメは柔らかく笑った。しかしその目は、クリスが驚くほど真剣だった。 「貴女と共に戦うのが我々の願い。貴女は我々を守ってくださり、我々はそんな貴女をお守りする。どこまでも、共に。最期に倒れる瞬間まで。我々は――わたしは、貴女と共に」 「……ずっと、一緒?」 「はい」 「………サロメ、まったく、お前たちは……」 微妙な口調の変化に、サロメは驚いてクリスを見る。 だがクリスの顔は、やはり少女のままで。 しかし次の瞬間、その身体が大きくかしいだ。 「ッ!!」 クリスの顔が、苦しげに歪められる。 「クリス様!」 サロメは、咄嗟に思い当たって、普段の彼ならば考えられないほど乱暴に少女のネグリジェを引きちぎった。 それとほぼ同時に、クリスの身体が元に戻る。 その白い肢体にサロメは赤面し、急いで布団を彼女の肩までかけた。 クリスの閉じられた瞼が、小さく揺れる。 「………ん…・…」 「大丈夫ですか、クリス様……」 サロメは、そっとクリスの顔を覗き込んだ。 クリスの瞳がうっすらと開けられる。 「ん……。サロメ、か?」 「はい。クリス様、どこか不調な所はありませんか?」 「ああ……。ただ……なんだか……眠、い……」 最後は消え入りそうな声になって。 クリスはそのまま眠りに落ちてしまった。 「クリス様?」 サロメの問いかけに答える声はなく、代わりに規則正しいかすかな寝息が聞こえる。 サロメはほっとし、そして彼女の白い腕がベッドから下がっているのに気づいた。 「クリス様、失礼します」 意識のないクリスに断ってから、サロメはその腕をそっととった。 布団の中に入れようとし。 さきほどの、小さな少女の声を思い出した。 『……ずっと、一緒?』 「……はい」 サロメは、クリスの手を、そっと抱いた。 「この命が、続くかぎり。…………それがわたしの、願いですから」 戦いの中で、いつか自分は死ぬだろう。 今まで多くの仲間が、その命をおとしたように。 それでもその最期の瞬間まで、貴女と共に駆けられるのならば。 何も後悔はしない。 「どこまでも……貴女と、共に」 そのサロメの静かな囁きを、窓から入る月の光だけが見つめていた。 小さな小さなノックの音に、サロメは扉をそっと開けた。 「クリス様は、もう眠られてますか?」 ボルスが、顔を出す。 その横で、パーシヴァルは苦笑した。 「こいつ、もう夜中なのにサロメ卿が戻るのが遅いと言い出しましてね」 クリスの相手をすると言っても、騎士たちは男。 相手が幼女とは言え、彼女が寝付いた後は部屋を出る決まりだった。 ところがサロメがいつまでたってもクリスの部屋から出てこないのを、ボルスがうるさく言ったらしい。 けれどそのわりには、パーシヴァルもロランもレオも揃っていることからしてボルスだけに責任を負わせるのはどうなのか。 ボルスはというと、自分がダシに使われていることは頭にないらしい。 「それで、クリス様は?」 「あ、ああ。わたしも今退出しようとしていた所だ。もう眠られた」 「そうですか……」 少し残念な顔をしてボルスは言う。その横を通ってパーシヴァルが部屋に入ろうとする。 「あ、何する気だパーシヴァル!」 「しッ。うるさいぞボルス。クリス様の睡眠の邪魔をするつもりか」 「あ、いや……」 「俺はただ、どんなご様子かとだな」 「それなら俺も」 「だめです!」 小さく、サロメが怒鳴る。 珍しい剣幕に、言葉を無くしているボルスとパーシヴァルの代わりに、後ろからロランが聞いた。 「………どうしたのですか?」 「え!? いえ。その、クリス様は無事元に戻られたのです」 「何? それはよかった!」 「声が大きいですよ、レオ殿」 パーシヴァルが言うと、レオは声を落とす。 「す、すまん。それで、クリス様は大丈夫なのか」 「ええ。今は眠っています」 サロメは頷く。 騎士たちはほっと息をついた。 「では、お顔を拝見してから」 と言いつつ中に入ろうとする彼らを、サロメは身体を正面に持ってきて止める。 「ダメです」 「なぜ、ダメなのだ!」 レオが、怒鳴る。 ベッドで身じろぎする気配があった。 騎士たちはクリスの方を見る。 と言っても、サロメと、入り口から入ろうとしているボルスとパーシヴァルからしか彼女の姿は見えないが。 レオとロランもクリスの方を見ようと思うのだが、3人が邪魔で見えない。 「……何だ、騒がしい……」 半ば覚醒しないまま、クリスは上半身を起こした。 サロメは青くなり。ボルスとパーシヴァルは、普段の彼女の声に純粋に喜んで彼女を見。 当然ながらはらりと布団はクリスの胸から落ち。 「!!!!」 月の光に浮かび上がる、白い肌。 一瞬固まった二人に怪訝な顔をして、レオとロランが無理矢理部屋を覗こうとする。 「なんなのだ?」 それに我に返ったボルスは。 「みみみみ、見るなぁああああああ――!!!!!」 顔を真っ赤にして叫びながら、全員をクリスの部屋からものすごい勢いで押し出した。 もちろんサロメの腕も掴んで引っ張り出している。 そして、自分も外に出るとバタンと扉を閉め。 荒く肩で息を繰り返し。 くるり、とサロメを振り返った。 「…………どういうことか、説明してもらおうか?」 普段はサロメには丁寧なはずが、口調が変わっている。しかも、目が据わっている。 その横で、腕を組んだパーシヴァルがにこりと笑った。 「もちろん、しっかりした理由があるはずです」 だがその目は全く欠片も笑っていない。 訳のわからないロランとレオは、そんなボルスとパーシヴァル、そして珍しく焦っているサロメを交互に見ていた。 一方クリスは。 薬の影響かまだ半覚醒状態だったため、扉が閉められて静けさが戻ると。 何もなかったように再びベッドに倒れた。 もっとも目覚めた朝、大変な騒ぎになるのだが………。 結局何の罰もなかったと胸をなでおろしていたギョームだったが。 それはクリスが元に戻るまでは、そこまでしている余裕が騎士たちになかっただけらしく。 その後騎士たちに引きずっていかれるギョームの姿を、城で目にするものがあったという。 |
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