ストロベリー・キス





 
「ボルス、しっかりしろ、ボルス!」
 
−ここはゼクセンの森。
意識が無いのか仰向けに倒れているボルスと、そんなボルスに必死で声をかけるクリス以外に人の気配はない。
 
、、、どうしてこんなことになっているのか。
 
それは数時間前のこと、、、
 
 
評議会に書類提出をする為、クリスはお供にボルスを連れてビネ・デル・ゼクセまで出向いた。
 
その帰り道。
 
 
「ボルス、わざわざすまないな。こんな大した用事でもないのに付き合わせてしまって。」
 
「お気になさらないで下さい、クリス様。おれが付いて行きたかったからそれでいいのです」
 
「そうか、、、」
そうして2人並んで会話をしながら、でもゆっくりもしていられないので少し早めのスピードで馬を走らせる。
 
暫くしてその速さに負けてしまったのかクリスがいつも時間をかけてまとめている髪形が崩れ長く綺麗な銀髪が風にそよいだ。
 
ボルスは恐らく初めて見たであろうクリスの髪を下ろした姿に馬を走らせていることなどすっかり忘れ、見惚れてしまっていた。
−気づいた頃にはもう手遅れだったが。
 
 
「ボ、ボルス!!前!!!」
 
「、、、えっ?」
 
「!!!」
すごい音と共にボルスが落馬していく。
 
そう、ボルスはクリスに見惚れて前方にあった木にぶつかり、その衝撃で落馬した際に頭を打ったらしく今こうして倒れているのである。
クリスには医療の知識が無いし、かと言って魔物が時折出現するこんなところにボルスを置いていけるはずも無いのでどうしようもない。
 
 
(こ、、、こんな時はどうすれば良いのか、、、)
クリスは自分の記憶にある、こういった場面に関係のあることを何とか思い出そうとしていた。
 
 
−ボルスが倒れたとき、きっとすぐに目を覚ますだろうと思ったがなかなか覚まさない。
ここまでひどいと流石に心配になる。
 
倒れている人間を目覚めさせる方法、、、
 
(、、、そういえば、、、)
クリスは、昔読んで貰った絵本の一説を思い出した。
眠り続けている姫に王子がキスをして目覚めさせた、そんな話。
 
しかしボルスは眠っているのではないし、ましてや経験のないクリスはキスなんて出来るはずがなかった。
 
でも、万が一それでボルスの意識が回復したら、、、いや、しかしそんなはしたないことなど、、、
と、クリスが心の中で葛藤を続けている間にどんどんと時間が過ぎていく。
 
クリスはボルスを見た。まだ意識が無い。
 
ふと、ボルスにこのまま意識が無かったら、、、と想像する。
ボルスのいない世界。常に傍にいる人間が突然いなくなる、、、。
 
(そんなのは堪えられない、、、)
こうなってみてクリスは初めてボルスの存在が自分にとって大切なものだと気づいた。
だったら、やるべき事は一つ。
ボルスが目を覚ますかどうか試みること。少ない可能性を信じて懸けてみること。
 
、、、何より、ボルスを失いたくないから。
 
 
クリスは仰向けのボルスを跨ぎ、少しづつ顔を近づけていく。
同時に、クリスの髪もサラサラとボルスの顔に落ちていく。
 
「ボルス、もしお前が初めてだとしたら相手が私で申し訳ない、、、でも私は、初めての相手がボルスで結構嬉しいのだよ、、、」
 
そう一言ボルスに断っておき、そしてゆっくりと自分の唇をボルスの唇に合わせた。
 
 
、、、初めてのキスはレモンの味がする、と学生時代の友人が言っていた気がするがこれでは、、、
 
(、、、甘い)
 
これではまるで甘い果物ではないかとクリスは思った。
 
一瞬のことが、クリスには永遠のように思えた。
 
 
 
−暫くして唇を離しボルスの様子を窺ってみたがそんなことで意識の無い人間が目覚めるはずも無く未だ目をさまさない。
 
「やはり駄目か、、、。ボルス、、、私はどうしたら、、、」
辺りを見ると日が暮れ始めているのか薄暗くなってきている。
これはいよいよやばい。
 
 
クリスは取り合えずボルスの頭に血が上らないよう、自分の膝にボルスの頭を乗せて木に寄りかかる。
 
「ボルス、そろそろ帰りが遅い私達を心配してサロメ達が捜しに来てくれるかもしれない。それまでの辛抱だ、、、」
クリスも疲労からか次第に目を閉じかけていた。
 
 
 
そうしてクリスが完全に眠りについたとき、今まで意識の無かったボルスが目を覚ました。
 
 
「ん、、、?ここは、、、?」
そう言ってまだぼんやりとしている視界を上のほうに向けると、長い銀髪に見た事のある綺麗な顔が入ってきた。
 
「クリス、様、、、?、、、、、、クリス様!!?」
 
ボルスはやっと自分の置かれている状況を把握出来た。
と言っても把握出来たのは、今クリスに何故か膝枕をして貰っていることだけで。
そして、クリスも何故か眠ってしまっている。
自分の意識が無い間に何があったのかボルスはさっぱり理解出来なかった。
 
 
−でも。
 
こうしてクリスに膝枕をして貰って、ボルスは不謹慎だと思いながらも嬉しかった。
 
憧れの女性にこんなにも近づいている。
ボルスは滅多に見れないクリスの寝顔を見ている内に、自分もいつのまにか眠ってしまっていた。
 
 
 
後に案の定クリスとボルスを捜しに来たサロメ達によってこの事を追求されることになるのだが、
サロメの話によると二人の寝顔は幸せそうに微笑んでいたらしい。
 
それを聞いた当の本人達は顔を赤くして、そんなことはないとそれぞれに否定した。
 
でも、幸せなのは確かだったかもしれない、、、。
クリスもボルスもその日のことを思い出しては頬を染めていた。
 
 
後日クリスはボルスに意識が無い間の事を訊ねられたが、「キスをしてしまった」と正直に言えるはずもなく、
そのまま時間は流れボルスも訊ねてこなくなった。
 
 
クリスがボルスに本当のことを言えるようになるのは、まだずっと先のことである。


      
 END